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世界を巡った宮廷魔導師達

 ぶっ倒れて居るネイルと潤、その二人を見たティンはふと今の今まで何故彼女たちと出会わなかったのだろうかと思った。なので、問うは一言。

「何してんの、あと人がクソ忙しい時に何してたの?」

「ティン、お前ってたまに口汚くなるよな」

「普段から口が汚い火憐よりマシだと思うよ?」

 後ろ二人のツッコミを無視するが彼女達は天を見上げては太陽が恨めしいと口にする勢いで激しい疲労感を感じさせている。何をどうしたらこんなになるのかこちらが聞きたいくらいで。

「えー、あー、あの。出来れば、水下さい」

「水? 直ぐそこに自販機あるけど」

 指摘すると何故か公衆の面前で脱ぎ出すネイル。下にはインナーがあり、うら若い割によく成長した体を見せつつも自分を引きずるように自販機の前に行くと、脱いだ上着のポケットから財布を取り出しては適当にお金を突っ込むと一心不乱にスポーツ飲料を押し続け、無尽蔵に出てきたジュースを拾うと3本ほど一気飲みし、そこで自販機の横に座り込んでは更にもう一本。

「っっっっっっっっ、っぱふぁー! あ"ー、い"ぎがえ"っだああああああああああああああ!!」

「水、飲み、物、飲む!」

 今まで体内に溜まっていただろう何を吐き出すネイル。更にそれを見ていた潤は液体に飢えたゾンビが如く、転がって居るジュースを手に取りガブガブと浴びるように飲んで行く。

「ああ〜、ああ〜っ、ああああ〜っ! 生きてるうううう〜〜!」

「や、や、やっと、戻ったああ! ふううううううっっ」

 閑話休題。二人はキャラを好きなだけ崩壊させるとやっと元に戻って来ては、既に何もかも失った後だと言うのにもかかわらず何事もなかったように服を着直すとビシッと姿勢を正し。

「とんでもない醜態を晒してしまいました」

「誠に申し訳御座いません。いえ、普段は宮廷魔導師として凛と働いているのですが昨日まで最高に忙しかったので」

「飲水で元に戻るなら別にいいけどどうしたの」

 ティンは若干引き気味に、きっと自分と同等かそれ以上の地獄を歩いて来たであろう二人に問いかけると、ネイルが先ずはと口を開く。

「実は、この国の凱旋祭の計画が出来た直後に私は王命によって外交官殿の護衛任務についていまして」

「へえ、じゃああんた昨日までずっと?」

「はい、昨日までずっと。特に植野魔法研究所との交渉は骨が折れまして、やっと目星が立ったのでお祭りの最終日に行っていいと言われたのが昨日の23時49分でして」

 火憐、美佳子、ティンは同時にそれなんて無茶ぶりだと心内で突っ込むがネイルの受難は更に上乗せされており。

「それが言われたのが表の世界でさあ大変、お祭りは行きたく無いのでお風呂入って寝たいと言う意見が何処かへと飛んで行き、しかも外交官殿の善意で0時発の飛行機に乗せられそのままアレヨアレヨと朝日の眩しい8時、帰国を果たしました。前日まで書類仕事で外交官殿共々1日の食事をして一食に削った状態で」

「その、外交官殿とやらは」

 若干引き気味に火憐は問いかけるとネイルは遠い目で彼方を眺めては。

「ああ、涼しい顔でしたね。こう言う時、デブは便利とか正気の飛んだ目で仰っておりました。今日の成功の為に生まれた犠牲者でしょう、おかげで人間生きるのに必要な分の栄養素がよく分かりました。可愛い顔してるからいい外交官になれると言うお褒めを貰いましたね。まあ、そもそも何故こんなにも忙しくなったのか、その原因を辿るとなぜか唐突にイヴァーライル経由で騎士警察の膿を吐き出す仕事関連がデルレオンから丸々やって来たのと、更に更に月事件の一件で何故かイヴァーライル関連に思いっきり取材の要請が来たからですが」

「そかー」

「不幸だったなー」

 最後の台詞を聞いた瞬間、ティンと火憐は数日前の一件を完全に記憶から抹消し燃やし尽くす。ティンからすれば二つ分の大事件をだから一気に空白の記憶が誕生するが、一切を無視する。

「まあ、全部はお祭りまで暇だから片手間にやろうって言い出した我々なんですがね。おかげで本来果たすべき任務とのトリプルブッキングでいやあ、忙しカッタァ。イエ、アノデスネ? それよりも忙しいのが元イヴァーライルに所属していたご隠居の取引と言うか勧誘で、いやあ本当に外交官殿との大冒険の数々、何度死線を越えたかアハ、ハハッハハハ」

「ご、ごめん。お疲れ様です」

「ああ、別にいいのですよ。半分余計なことをしてたってのがあるので、寧ろティンさんはこの国のために尽力なさったそうで、いやあ英雄さまさまですよ。そんな感じで後半は意図してなかった罠で世界を呪いましたが」

 一気に恨み言を吐き出すようにネイルは虚しい涙を浮かべて語った。なのでティンはこれ以上触れてはいけないと察し話題をずらそうと思って。

「前半は予定ないの余計なことだったの?」

「え、あ、はい。その、自由時間を使って父を探して」

「父? 父親をってこと?」

 唐突に出てきた父親のフレーズ。未だこの手の話題に拒否反応が出るティンはなるべく心を平静に保ちつつ返す。対するネイルはティンの内情なんて欠片も気にせずこくんと頷き。

「実は私、その。実感が無いのですが、6歳の頃誘拐されて奴隷商人に売られて娼婦と言うか、売春婦をさせられてたって言うか」

「結構重い割に曖昧だなおい」

 唐突な激白に横で話を聞いていた火憐が怪訝な表情で返すとネイルは他人事のように。

「実を言うと、6歳の頃に裏の世界と言うか西大陸のある村で父の手を放して露店を見ていた時に急に意識を失って、まあ誘拐されてと言いますか」

「そら誘拐されるわ。裏の世界で親から離れたガキがどうなるかなんて小学生でも知ってるわ」

「ええ、それで目が醒めると体が大きくなってるから何かと思えば3年間薬物で精神破壊されて、娼婦まがいの仕事をさせられていて、2年半くらい後にそう言う奴隷? 娼婦? 何かの解放運動だかで救出され、半年間魔術による治療をされてまして。治療の代償と言うのか、あるいは薬物の後遺症か、3年間ほどの記憶を失っていました。体も元どおりになっていて本当に自分がそんなことをしていたのか? とすら思うくらいで。兎も角、私は気付くと6歳から一気に9歳の大人になってたんです」

「いやお前、9歳程度で大人って。あいや、薬物投与で成長バランスぶっ壊されて無理矢理体を売春用にいじられちゃ大人になったと思ってもおかしくないな。まあ6歳からすりゃ、9歳の時点で大人か。で、都合よく記憶は無いと。まさかとは思うが膜も元通りか?」

「おーい火憐さんやーい、そこは聞くなよ」

 唐突なカレンのぶっ込みにティンが突っ込むとネイルは何にも気にした様子もなくあっけらかんと。

「はい、治療の過程で全部6歳の時と同じようになっていて。急に胸は大きくなってるわ背も高くなって体も大きくなって女の人みたいになってれびっくりでした」

「いや女だからお前、どっからどう見ても女だろ」

「いやあんたら」

「ああ良いから良いから」

 流されたティンが納得いくかと突っ込もうとすると美佳子が困った様子で割り込んでは。

「火憐は下ネタ平気というか人間を人間と思ってないというか、確か血肉と油をうっすい皮膚細胞で覆った生命体の生殖器周りの確認してるだけだから」

「いやそれもおかしいだろ。だからってもう少し気を使えと」

 幾ら何でもデリカシーがないと言外に告げるティンに火憐はため息混じりに目線をそちらへ向けると。

「話したのはあっち。つかさ、お前の中じゃ特に重いとか思ってないなら自分が売春させられてたとかそういうこと言うな。勝手にしたと言っても同情したこっちの気分も考えろ」

「えと、はい。身の上話をするの慣れてなくて、あえっと、そう言った経緯で父と離れ離れになってしまい、いくあても無くしたいこともなく、途方にくれて父と再会しようと一人で旅をと。あ、お金もその時に稼いだ物があって。大人の人達曰く、襲撃した店に隠されていた物だそうで私の稼いだ分を生活費だと言ってくれたんです」

 そう言って旅立ちまでの事情を言い終えたと一度区切るネイルに火憐は浮かんだ疑問を彼女に投げる。

「んで、資金もらってなんで旅を? お前だって魔導師だろうが、金さえあれば宿借りるなりやっすいいえ借りるなりで幾らでも稼いで一人で食っていけただろうに」

「父とずっと二人旅でしたので。母は私を産んですぐに他界して、父の下に行くこと以外頭に無くて」

 そこまで聞いた火憐は何かを言おうとするもやめて顎に手を当てて考え込み、しかし数秒で天を仰いで無表情になり、頭をポリポリかくと。

「見た目は9歳でも知能も精神も6歳のまま、体はデカくなっても頭がガキのまんまじゃ冷静な判断も出来ず、親を探して飛び出してもおかしくは無いと。うわ、これ典型的な迷子のパターンじゃねえか」

「はい、一年後私は大人しく助けてくれた傭兵団でお世話になりつつ父を探せば良いのではと気づいたときには後の祭りで。旅立って1年半後、同じ目的で各地を放浪する潤に会わなければどうなっていたか」

 言って、ネイルは潤の方に向くと当人ははにかみつつ手でいいよいいよとジェスチャーし。

「んじゃそっちの潤とかは後で聞くか。んで、ちょい気になったんで聞きたいんだが親父の名前は? 旅の魔導師って事は目的は研究か、じゃあテーマは?」

「あの、ごめんなさい、全くわかりません。父の事はおとうさんとしか呼んだことが無くて名乗る時もグランディルと言う家名だけだったので名前がわからないんです。何を研究していたのかさえ。特徴すら、私と同じ色の髪というくらいで、顔も普通の中年男性と言うほどで特徴的な事は何も、寧ろ特徴が無いのが特徴と言うか」

「あ、それ見つからないフラグだ。ヤバイな、そこまで手掛かりが無いんじゃ生き別れじゃ無くて死に別れにパターンだぞ。お前今宮廷魔導師なんだろ? 手に職つけたことを喜んで諦めろ」

 ネイルから聞いた情報をまとめた火憐の冷たいツッコミが炸裂し、ネイルはそれでも諦めた様子も無く。

「あ、ただ父がよく言ってたわけではないんですが、一度だけ研究テーマについて語ってたことがあります。曰く、この世界は気持ち悪いと」

「気持ち悪いって、この世界が?」

 ティンが問い返すとネイルはこくんと頷き。

「何でも、この世界は秘密と言うか隠されてる事柄から成り立ちに至るまで、その全てが解明され切っておらず、誰もそのことに疑問も違和感も覚えずただただ傍受して理解しているこの世の中の全てが気持ち悪いと。父の研究はそれらを解明するのが目的であると」

「ま、言いたいことはわかるな。この世界、結構秘密にされてること山のように多いし。魔導師やってりゃ気持ち悪くも見えるか。つまり、魔導を通した歴史研究家か。ふむ、前人未到地区にいるんじゃね? ならあそこで研究するのが筋ってとこがあるし」

「ええ、そう思って一度前人未到地区の前線都市に行ったのですがそこにもいなくて。本当、お父さんどこに行ったんだろう」

 脱力しきった様子で言い終えるとネイルは天を見る。この広い空の下に居るだろう、いやいて欲しいと願う父を思って。

「所で、前人未到地区って?」

「それは後でな」

 聞きなれない言葉に反応するティンに火憐流すように返しては一通り話を終えたネイルを置き潤に視線を移し。

「じゃ、お前な。今迄何してたん? ってこれティンが聞くやつじゃね?」

「まあ、そうですね。それはそれとして、私は水沢潤と言う魔術師です」

「まあ、あなた魔術師を名乗ってるの?」

 潤の自己紹介に火憐も美佳子も目を見張って驚いた様子を見せる。その意味がよく分からないティンを置き去り、火憐は。

「おいじゃあ何か? お前って魔女?」

「い、一応、魔女です。これでも宮廷魔術師なので、魔女と言ってもいいです」

 火憐も美佳子も感動したと言う感じで小さな拍手を送った。ティンからすればちんぷんかんぷんだ、そもそも魔女と言うと彼女からすれば。

「魔女ってこう、悪い奴とかじゃないの?」

「ばっかお前、それは創作と言うか魔女恐慌時代でから刷り込まれたデマだよ。本来魔女は魔術師の女って言う意味で、本当はちっとやそっとじゃ名乗っちゃいけない奴なんだぞ」

「そうそう、魔女を名乗るってことは『私は女性だけど魔術師を専業として生きてます』って言う宣言そのもの、下手に魔女を名乗った以上半端な仕事も振る舞いの一切が許されなくなるの。何せ自分の事を態々プロフェッショナル、しかも代々親の家系から技術を受け継いだ存在であると、そう呼んだんだから」

 自慢げと言うか得意げに語る美佳子にティンは思いの外重い言葉だったことに驚く。潤も潤で照れ気味に。

「い、いやあ、母の魔術を勉強中なのでそこまでって程でも。でも、水沢という家名に誓って私は魔女であると断言します」

「偉い! よく言った! 魔女を名乗るならそれくらいビシッと言わなくちゃ! 最近、覚悟も重さも知らずにちょちょっと勉強した程度で結果出した気になって魔女気取りになる馬鹿が多くてねーそいつらに比べて貴方偉いわ、水沢潤か。覚えたからね、貴方の名前!」

 パチパチと拍手を続けて絶賛する美佳子に火憐も目に見えて感動したと態度に出し。

「いやあ、今の時代に家名に誓う魔女なんて貴重だぞ。こいつは凄いな、イヴァーライルも結構いい線行くかもな。こりゃ将来が楽しみだな! で、何した?」

「えっ、っと、それ、は」

 急に潤は口籠もり、拍手喝采だった空気が急に重く重く、深海の底に沈んだようなものに変化する。美佳子は完全死んだ魚の目で、拍手を途中で停止して潤を見て。火憐も明らかの冷淡な空気を纏い。

「おいこら手めえ、宮廷魔術師名乗ったよなぁ。魔女を、名乗ったよなぁ。実績、言ってみ?」

「あ、ああええっと、そそう! あの城の術式を組んだの私です! 建築士さんと一緒に水道関連からほとんど私が!」

 潤が遠くにある王国本城を指差し、目をした火憐と美佳子は止まった時が動き出したかのように。

「凄いじゃない! 流石は年若くとも魔女は魔女! 素晴らしい仕事だわ!」

「あの城の術式組んだのお前か! すっげ、確かにあれは宮廷魔術師級の、いや魔女の仕事だ! いやはや、こいつは思った以上に大成するからもな」

「え、部屋ごと転移する奴も全部? と言うか、ものすっごい突貫工事の術式でリフィナが回りくどすぎるとか言ってたけど? 一月半で作った動けばいいな突貫作業って」

 実際に城の中を見てきたティンの一言に一気に顔が青くなり滝の様に冷や汗を流す潤と、それ以上に凍りつく火憐と美佳子。二人は冷酷なオーラを纏い潤を見ると。

「ほぉ、突貫工事。随分な仕事だなあ魔女さんよ」

「へえ、姫ごときに割られる術式で宮廷魔術師かぁ。安いなぁ、宮廷魔術師」

「ひぇあ、ままっ、待ってください!? 私が組んだのは水道関連くらいで、ぜぜ、全部じゃ」

「貴方、さっき、殆どと、言った。虚偽の申告が、魔女(プロ)に許されるとでも?」

 美佳子はビっと潤のひたいに指先を突きつけると鋼鉄を思わせる冷たい言葉を突き刺す。

「チェックメイト」

「チェック、メイト?」

「そう。これはチェックではない、チェックメイト。既に貴方はゲームエンドよ。大人しく何故わざわざくだらない嘘をついたのか進言なさい。それとも、私が六角柱の魔女(ゼクスエク・ヘクセ)に変わって審判を下しましょうか?」

六角柱の魔女(ゼクスエク・へクセ)って、魔女審判!? ご、ごめんなさい! まだこれから、これからなので生温かく見守って貰えると!」

 チェックメイトの宣言と魔女審判の宣告を受けた潤は土下座して謝罪を始めた。一体全体どうしたというのか、ティンは全くわからない。

「えっと、一体どうなってるの? 分かりやすく解説して欲しいんだけど」

「分かりやすくって、そりゃ」

 火憐はんーと唸ると数秒で。

「剣士のど素人が瞬光の剣聖と同じレベルの腕前だと嘘言ったようなもん」

「バカだこいつ」

 本当によくわかる解説にティンは即火憐に同意した。

んじゃまた次回。

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