剣士達の宴
欠伸とともに朝日をその身に受け、ティンは朝日に彩られた城下町を見る。本日でこの凱旋祭も終わりを告げるのだ。なぜか妙なほど長かった気がするがティンは気のせいとして背伸びをし、身体をほぐして。
「んじゃ、仕事するか!」
もう十分一人で着れるようになった騎士服を纏い、ティンは仕事に入った。
朝の仕事を終えて、街中の警備になったティンは早速お昼を食べる為に祭りの中へと紛れ込んで行く。宛の無い旅だが、それも悪くは無いかなと思い始めた時だ。
「む、貴様は」
「人違いです」
刹那を以って切り裂く言葉、しかし目の前の男はよりにもよって言葉を断つ刃に対しなんと人混みの中で抜剣し。
「人違いでは無い。確かにティンだな、その身のこなしはあの女に相違ない」
「っからって、人を確かめる為に切るんじゃねえ!」
刃に相対するは刃のみ、そう語るかのごとくティンの剣に切り返してきた目の前の剣豪、否、剣帝は人混みの中でありながら抜剣から迷いなくティンのみを切り裂く刃を振るい、ティンはその中で人混みに触れずに避けると言う荒技を見せる。
人の川の真っ只中で殺陣を演じる狂気の領域に達して居る離れ業をこなす二人に人々は輪を作りあるものは称賛の声を上げる。だが二人はそんな事よりも相対し、対面した事しか気にせず。
「それにしても中々の動きだ。以前とは比べ物にならない程に、何か一つ迷いでも晴れたのか?」
「煩いな、お前には関係ないだろ」
殺気と殺気の応酬、抜剣せずともこの二人は既に視線のみで切り結んで居るのだ。そう、この対峙する男こそ剣帝とまで謳われし者、亮である。見るものによっては彼女と何故剣帝一触即発の空気で対峙して居るのか分かってない者は勿論、中には剣帝に挑む世間知らずとして非難中傷を浴びせる声まである始末。
しかし、この二人はそんな周囲の視線なぞ物ともせずに会話を続ける。
「確かに関係は、いやあるな。今のその切れ味を確かめるのも友の役目と思う」
「んなもんドブにでも捨てとけよ」
「捨てたさ、捨てたはずなのにやたらと目につく。真に鬱陶しくも捨て難い奴等よ」
亮は微笑を浮かべ、ティンに刃の切っ先を向ける。あからさまな挑発行為に周囲のどよめきが一気に湧き上がるが、ティンは臨戦態勢になるもののその構えは徹底して一つの方向性だけだ。
「何故戦わない」
「腹減ってるからやる気がない、良いから肉食わせろこのばかやろー」
終始防御と逃げの構えを取り続けるティンに言われ、亮は一度目を見開いた。僅かな間を置き、やがて目を閉じ剣を背負った合体剣のうちに納め込んだ。
「空腹ならば仕方がない、動けぬ貴様を切り捨てる意味も価値も無いからな。良いだろう、これも縁だ。迷惑代がわりに食事くらい俺が奢ろう」
「肉! 焼肉! 肉汁に肉塊、丸焼き!」
亮が言った途端、ティンは態度をころっと切り替え、あんた良い人だと言わんばかりに手を掴んでブンブンふった。亮はため息交じりにティンの手を払い。
「全く、貴様も女子ならそれらしいものを口にしたらどうだ。白昼堂々とヨダレを垂らしながら肉肉叫ぶものでは無い」
「人が腹減って彷徨ってる所に余計腹減ることさせたの誰だよこら」
指摘を受けてよだれを拭いつつも返すティンの言い分に亮もさもあらんとうなづくも、それはそれこれはこれという奴だとして、軽く流し移動することとした。街中を歩く中、ふと亮は。
「そう言えば先程、武旋とあったが知っているか?」
「げ、奴もこっちにいんのかよ。会いたくなーい」
「そう言うな、そう言えば驚くことに奴もお前のことも知っていたぞ。ふむ、お前達と会っているとスガードに会いたくなったな。お互いに音信不通になってどれくらいか」
「いいよ、師範代の事なんて。ここに来てさらに師範代とかもうやだ、そんな空気耐えられない」
亮は過去に想いを馳せる中、ティンは心底嫌だと叫ぶように重々しく声を出す。それに亮も微笑みを浮かべて。
「ふむ、やはり俺たちの中に女は居づらいか。まあ確かに、そう言えば武旋の奴はまた見覚えの女を口説いていやあの場合は口説かれてたな」
「え、何、あいつもてんの?」
「まあ、そうとも言えなくは無い。良くも悪くも無邪気だからな、そう言うところを好く女もいるそうだ。尤も」
言葉を一度断ち、亮は難しいと言うべきか複雑と言うべきか、はたまた理解できんと言うべき表情を浮かべて。
「奴は、家柄というべきか血筋と言うべきか、元々異性にモテやすいらしい」
「はぁ? 何それ」
「俺にもよくわからん。父親もそうだったらしいが、不特定多数の女性ではなく特定少数のみを引き寄せる魅力みたいな物を遺伝してるとのことだ。当人曰く、得したおぼえは無いから気にした事も無いし嬉しいとも思ったことは無いそうだ」
「師範代が聞いたら、血涙流しそう」
「ああ、武旋が奴好みの女性を魅了した時は本気で怒り、決闘が起こったな。スガードの奴ときたら『意味があろうが無かろうが関係ない』等と叫びつつ半日ほどの壮絶な決闘を演じてたな」
遠いかの日を思い返し、剣帝は先を歩く。そこでティンは。
「そういや、あんたって何で剣帝とか言われてんの?」
「別に俺が流行らせた覚えは無いが、そうだな。3・4年ほど闘技大会で圧勝したら、気付けば剣帝だなどと謳われた」
その返しにティンは口端をぴくぴくと釣り上げながら。
「それ、何処まで本気?」
「上から下まですべて事実だ。どの大会も猛者揃いで俺も勝てるかどうか不安だった、しかし一度勝利の味をしめるともう一度、もう一度と言う欲が出て来て、修行がてらに闘技場を渡り歩けばこうもなった。あらゆる強敵が俺の前に現れては消えて行ったものだ。俺でさえ及ばぬほどに恐ろしく腕の立つ者がいた、時として道を踏み外す手段を取る者もいた、しかし俺はそれら全員を真っ向から撃ち砕き、気付けば剣帝などという称号を手にしたのだ」
珍しく熱く語る亮にティンは完全にうわあ聞いちゃいけないもん聞いちゃったよどうすんのこの空気と表情のみで一人語り、そして亮は更なる。
「尤も、彼らの武術も策も全て試合を前提としたものだ。俺は、自分の力をほとんど戦場で鍛え上げた。命を賭し、一秒後には吹き飛んでいただろう場所でずっと戦い続けたからな。9年ほどか、スガードは出会って4年で別れたが」
「あんた、戦場って、戦争に? 剣で? ――馬鹿?」
「ああ、馬鹿だとも。かつても今も、俺は馬鹿な夢だけを抱きしめて此処にいる。その為に生きて来た、剣帝の名もその過程に過ぎない」
唐突な戦場帰り発言に更なるドン引きを経験するティン。どうやって収集つけようかと悩み、即座に答えを出しては。
「ちなみにその夢とは?」
「本になるような英雄になる、ただそれだけだ。かの偉大な妖精王の様に」
「妖精王、か」
ティンは亮につられてその言葉を重ねる。妖精王とは、かつてこの世界に存在したと言われる御伽噺の英雄の呼び名である。人と、かつてこの世界に存在したと言われる妖精との間に立ち妖精達を統べる王となった伝説の英雄だ。この世界でもっとも有名で一般的な英雄譚、この世界の一般家庭で育ったのなら誰もが一度は妖精王の絵本を親から読み聞かせられるものだとすら言われている。
実際、ティンも何度か幼少期にじーさまとばーさまに寝る前に読んでもらったことがある。あの時どんな話であったかなど、記憶が擦り切れていてよく思い出せなかった。流石に、此処に至るまで重ねた記憶と思考時間がおかしい。ティンは既に1秒の間に自分の今後の一生分を実体験だと言えるほどに迫った計算を行える程になった。そこまで行くと、今こうしているこの状況が非常に鬱屈したものと化する。知り尽した、真新しさも感じない現在に吐き気すら催す。
そんな時、ふと思った。思い返す。そう言えば読み聞かせて貰った本の内容は依然として不明だが、本の中に紋章が刻まれていたのを思い出す。が、それが何なのかわからずこんな言葉が反復する。
「勇気の証、か」
「ああ、今も世界の誰かに勇気と夢を与える。出来るのなら、俺はそういう人間になりたい」
そんな決意を聞いて、ティンがまず最初に感じたのはそういや昼飯奢られるのに何を話しているんだという現実であった。世の中無情である、しかしそんな時に亮は足を止めると。
「ほう、これは驚いた」
「え、何また知り合い? じゃない、誰だあれ」
亮とティンの前に現れたのは、いやどっちかと言えば彼女達の行き先に居たのは両の腰に刀をそれぞれ三本は備えた上下黒スーツ姿の剣士だ。ティンはどっかで見たーと流し亮は殺気立たせつつ男の前に立つと。
「また会ったな」
「すまないが、何処の誰だろうか今の俺は仕事中なので後にしてほしいのだが」
「ああ、そういやこんな剣士いたなあ。いきなり襲われたなあ、何してんのあんた」
かつてあった黒衣の剣士が建物を背にして立って居た。それだけだった、しかし彼は見知らぬ人間が何の用だと返してくる。
「そう来るか、面白い」
「いや、純粋に誰なのかと問いたいのだが」
「あら剣人、知り合い? 例のお友達?」
と、そこにひょこっと金髪ゆるふわロングの女性が現れ、ニコニコと剣人と呼んだ青年に話しかける。恐らくすぐ近くの建物から出て来たのであろう、服装自体は普通と言うか少し高級感がある所から何処かのお嬢様なのだろう。が、彼女はなぜか幾つか書類を抱えていたのである。
彼女の出現に剣人はやっと来たかと小さく漏らしつつ。
「美佳子、君か、早いな。いや、俺の友人たちではないが恐らく知り合いの方だと思う。だがよく覚えていないから確実な事が何も言えない」
「あれだけの大立ち回りを演じておいて覚えてないは通じんぞ貴様」
「ふむ。その身なりに見覚えは」
「知り合いじゃないなら後にして貰っていいかしら。私、エーヴィア女王に近日中に会いたいの、出来れば早急に」
美佳子と呼ばれた女性は無関心を強調しつつ自分の用事だけを提示する、がその台詞に反応するのは当然彼女。
「え、女王に用事?」
「あら、あなたは?」
「あたしティン、女王の小間使い」
エーヴィア女王の頼れるパシリことティンさんなのである。
んじゃまた。