機械の残骸
ティンは光の足場から一歩ずつ下に降りて地面に降り立つ。そこには無残な鉄屑になり変わった黄龍に、ティンは複雑な思いで側による。機械は、バラバラに千切れて四散し、散々な状態だ。
両の膝が引き千切れ、腰が砕け散り、右の肘から先が何処かに飛び散り、左の肩から先が分離して存在しない。彼方此方に黄龍の体を形成していたであろう細々とした金属が転がっていて、ティンはその中で青白い部品を見つけると手に取る。
「これが、Fオリハルコン」
「おの、れ」
腕が膝が腰さえも、千切れてバラバラに飛び散った状態で尚も黄龍は動こうとする。まだ、心臓も脳も生きている。今までティンを執拗に追い回して来たこの機械は、まだ戦う気で。
「そんなに、マスターが大事か」
「だっ、って。マスター、の。望みは、オレが、叶える。んだ、オレが。ボクが」
黄龍の声が微妙に変化する。子供みたいな幼い声、だがそれは悲壮に塗れていて、見ていられないほどに必死で。
「ない、てる、んだ。あの、にん、げ、ぁん。わるい。ことなの。わかって、でも。とめ。とまら、なく。て」
「それで、こんな事を? 自分を捨てようって奴も、可哀想だからかえなるって? お前は」
「オレは、機械だ」
何も言えず、唇を噛むティンに黄龍が口を挟む。それでも自分が機械は機械なのだと。だがティンは無念を刃に込めて。
「感情の、無い、オレは、マスターの為に出来る事は」
「もう無いよ。お前はいい加減此処で」
二の腕だけで動く黄龍の前に立ち塞がり、剣を手に、振り上げる。その首を切り落とす為に。ティンは黄龍の首を刎ねる為に撫でるよう、真っ直ぐ刃を落として。
が、ティンが僅かな異音を耳にすると同時に素早く身を翻して距離を取るとそこには無数の仮面達が。仮面は分解した黄龍を即座に回収すると一部はティンに向けて見慣れたアームブレードを展開、突き向ける。
「黄龍を回収、済みしだい離脱せよ。時間はこちらで稼ぐ」
「了解」
整列し、ティンを取り囲む仮面の機械達。ティンは冷めた殺意の眼差しで返し。
「退け」
「断る。我らの任務は黄龍の支援、唯一の指揮官機体を潰されるわけにはいかない」
「あいつは、本当に機械か?」
返す言葉は虚しい沈黙。ティンは歯をギシりとくい縛り。
「我らは機械だ。合理的判断のもと行動している」
「何処がだよ!? お前ら全員マスターに捨てられて」
「それは、黄龍のみだ。本来、奴は一度廃棄処分され新しい機体に再度調整される筈だったが、何故かそれを拒否」
その言葉にティンはわずかに疑問を表情に浮かべる。しかし仮面の機械はそんなティンを無視して。
「我らの任務は引き続きこの地に止まり貴様の動向を見張り、あわよくば仕留める事にある。尤も、黄龍抜きでそれを実行するのは不可能と判断」
「じゃあ退けよ、今直ぐそいつの首を刎ね飛ばして」
舌打ち気味に言い放つとティンは剣を真っ直ぐ、冷たい殺意を瞳に宿して仮面の機械達に突き向ける。
「拒否する。先程から言っているように黄龍は我らの唯一の指揮官機体、破壊させる訳にはいかない」
「よって貴様はここで足止めする。あわよくば、此処で始末する」
「出来ると」
返事は増援、ティンを取り囲むように仮面の機械達が躍り出る。ティンはそれを見て理性の宿る冷静さで問いを投げる。
「何故今になって、質問に答える」
「黄龍が話したからだ。あの会話によって我らの中にある開示情報が更新されていることを確認。よって幾つかの疑問に答える余地がある」
その答えにティンは内心拍子抜けした。何故なら、今の今までまるで謎だった事実がこんなにもあっさりと、もしかすればと思いティンは慎重にこの状況を分析し。
「お前ら、実は心があるんじゃないか?」
「否定、だがその答えは近い。我らは元よりマスターの手により人の感情というものを理解できるように作られている。我らの基本設計は何かを救うことだからだ」
「はっ、お助けロボが人殺しに加担してるたぁお笑いだな」
「肯定。だが機械である以上、入れ込まれた任務に全うするのみ」
ティンは冷静に機械達の言葉を咀嚼する。確かに言った、己の本分は人助けであると。その事実に何処か皮肉げにおかしく思い、ティンは真っ直ぐに機械達に視線を向けると。
「お前ら、結局のところどこから来ているんだ? しょっちゅうあちこちからでて来て」
「答えることは出来ない。その件について明確に答える回答を持っていない」
機械的な回答にティンは舌打つで返す。分かってはいたがこのまま素直に答えは貰えそうにない。
「それじゃあ、お前らってなんて呼べば良いんだ? 組織名も知らないしそもそもロボットか?」
「どちら共に不明。我らの固有名称は存在せず組織名も存在しない」
「んじゃあ作った奴の名は? それも秘密か?」
「不明。我らの製作者及び指示を下している者の名は登録されていない。これは憶測だが、我らは不特定多数の何かの為に作られた可能性あり。その影響で誰の手のものなのか不明となっている模様」
「くそ、肝心なことは知らぬ存ぜぬか」
全てに対し、理由付けしての分からないという答えにティンは内心舌を打つ。機械達の方も。
「すまないが我らもただの派遣だ、大した情報など持っていない」
「そうか、じゃあ」
そんな言葉を合図に機械達が一斉にティンに襲いかかる、がティンは突き出していた剣をぐにゃりと曲げて四方八方へと走らせる。閃光が翔る、斬線が空間に絵を描き見事なまでの処刑場を此処に顕現させた。一瞬で屑鉄と霧散する機械達にティンは冷たい目線で襲い来る、斬線のうちに入れなかった者たちを見て。
剣を握り直し一歩、足を踏み出す。同時に更に駆け抜ける閃光、斬撃は夜空を照らす流れ星が如く天を馳せ、仮面の機械達をバラバラに切り裂いた。無残な鉄くずのみ残る戦場跡似てティンは気づけば消えていた黄龍の残骸に。
「出来れば、この手で」
僅かに口惜しいな、と思いつつ二度と立ち上がれないだろう好敵手の残骸があった場所に背を向けて城壁の方へと歩き出す。がそこでクラクションの音がなり、そちらへと振り返って見れば。
「ガキ、何してんだこんなとこで」
「結野、さん。貴方こそ何して」
「いやそいつは後ででいい、足がねえんなら乗ってくか?」
思わぬ再会に少し驚くがティンは頷くと後部座席の方に乗り込む為にドアを開ける、がそちらはなぜか数人雑魚寝になっておりティンは素直に閉めて助手席の方へ乗り込んだ。
「後ろの方々は」
「ああ、イヴァーライルのお祭り覗いててな。後ろにいんのは知り合いっつか学校のダチ。街のはずれに美味い店があるってんで行った帰り。まさか一回荒野に出ないと戻れないとか聞いってないっつーの」
ティンはなるほどと思いつつ後部座席の方へ見てみると確かに見覚えのある連中が積み上がっていて、端っこには雪奈と抱きかかえられた瑞穂がいた。重くないのかと思ったが。
「ああ、こんばんは」
「こんばんは」
雪菜はニコッと笑って返すがティンはまずはという感じに。
「瑞穂、何で抱えてるの?」
「え? ああ、車の揺れでですけど」
あっさりと、無邪気な表情で返した。ティンは起きてるだろう瑞穂に視線を合わせるが当の瑞穂は死んだ目で後ろのガラスから彼方を見ている。それだけを視認しただけで瑞穂との会話を断念して諦めることを決意、無理なものは無理だと認める勇気も必要である。
ティンは視線を前に合わせると。ふと思った疑問を横で運転する結野に。
「何で、車? 持ってたんだ」
「そりゃ移動に丁度いいからだよ。つか、これ一応レンタルカー。ゴーレム移動より早くて楽ー」
気軽に返す 結野は鬱陶しそうに後ろに視線を送る。恐らく後ろの連中さえいなければもっと気楽だったのにとでも言いたげに。そんな中、車は城壁の周りを走り、荒野から城下町に向かっていく。荒野の道は思っていた以上に整理されているらしく、ティンが前に車で通った道より揺れが少ない。
「レンタルカー? 借り物の車なんだ、 結野でも運転出来るものだったなんて」
「殴るぞガキ。誰でも運転出来るわけでもねえよ、一応これ免許ないと乗れねえし貸してくれねえ。ま、この連中で車運転出来んのあたしくらいだから請け負ってやってんの。ったく、おかげで酒が飲めねえ。街ついたら一杯やっか、お前も来るか?」
結野は肩をすくませながらそんな話をティンに振るも。
「いえ未成年なので」
「かてえ事言うなよ、未成年つっても来年で成人だろ? ちょっとくらい酒が飲める方がいいぞ。それに地方じゃ成人の基準も飲酒の基準も変わる、冒険家なら未成年飲酒してねえ方が」
「近年それで冒険家のマナー違反と言うかモラルの低下についてうるせー評論家がいるそうだが、オタクの意見はどうなんですかね 結野さんや」
突如声を挟んだのは積まれた人混みの中から這い出てきた火憐だ。結野の両頬を指で突くと 結野のは上を見上げ、火憐は見上げた頭を強引に下げさせて。
「ちょ、ま、こら!?」
「いや待つのはどう考えてもお前だろうが。安全運転しろバカ」
「いきなり驚かすんじゃねえよタコ!」
「火憐、居たんだ」
いきなり出て来た火憐にティンは驚きつつ、声をかける。火憐の格好は昨日と打って変わって鎧がなくて凄くラフな姿で、 結野に怒鳴られると人の山を背に座り込んだ。数人呻くが火憐は気にせず。
「っつか、通りすがりはそっちでなんで連れは後ろなんだコラ」
「ああ? 酒くせえ連中を隣に乗せろとか何酔狂なこと言ってんだクソが。車から落とすぞタコ」
「飲めねえからって僻むなよ」
結野と火憐のクソだのタコだの飛び交う会話の応酬にティンは一先ず大人しくし、 結野は舌打ちで返した。そこで城下町への城門に近づき。
「そういやガキ、お前なんであの辺に居たんだ?」
「色々あったので」
「あ、そ」
ティンの冷めた返しに 結野も冷たく返し、車は城下町内へと入り込む。そこでティンは。
「ここで降ります。運んでくれてありがとうございました」
「別に良いよ、そこの悪酔いの馬鹿ども隣にのせるよかマシだ。んじゃ気を付けろよー」
車から降りて礼を言うと 結野はあっさりと車を走らせて去っていく。ティンは女王と連絡を取るため、通信術式を起動させつつ近くの見張り台の上へと昇っていく。術式の反応は無かった、と言うよりも返事が生の声で飛んで来た。
「ティン、無事だったか」
「陛下、にラルシアか。何でここに?」
見張り台の砦に入ったらすぐにエーヴィア女王がラルシアを伴って戦の準備をしてまっていたのだ。
「あなたが襲われたと聞いたので食事会の中を穏便に済ませ、直ぐにこちらへと向かったのです」
「へえ」
ラルシアの尤もらしく聞こえる返事にティンは物凄く冷めきった目を向けた。彼女が此処にいる理由など何処からどう考えてもあの場から理由付けで大手を振って外に出て行く為としか言いようがなかったのだ。まあ、ティンもそれを理解できる。あの場に居たのなら誰もが希う事であろう。
でもだからっていっそ言い訳もせず堂々とお前が心配だと言って、心配そうにだが態度の中に助かったと表現する人間にいっそ呆れと惚れ惚れする思いが胸をよぎる。いっそ一周回って大胆というか豪胆なこの姉貴分にティンは乾いた笑いを出して。
「何か?」
「いいや、別に。で女王陛下は何故ここに?」
「お前が襲われていたから、救援をどうするべきかと思ってな。存外、無事なようで安心したぞティン」
エーヴィアの言葉にティンは僅かに恥ずかしさを抑える様に、微笑み返した。
んじゃまた。




