真夜中の慟哭
エーヴィアが電話をいじり車を呼び出すと一言。
「ラルシアが煩い、連れてけって」
「出発してから考えましょう」
「だな」
ティンの言葉に短く返しつつ女王は彼女と共にやってきた車へ乗り込むとすぐに出させた。
「陛下、どちらに?」
「王宮だっけ、本国の宮殿だったかな。昼間彷徨ったあそこ、明日の軽いリハと祭りの終わりの段取りとかその他諸々エトセトラエトセトラ。忙しいったらありゃしない」
口調とは裏腹に淑女らしい装いで外を眺めるエーヴィア。車は城下町から一旦離れて荒野の方へと向かう。
「市街地からはいけないんですか?」
「車両用道路が出来てないから、こうして一々大きく外に出なきゃ駄目なんだ。突貫工事すぎるだろうが」
「旦那さ」
直後、ティンの言葉に挟む形でエーヴィアの手刀が挟まれるが知ってたという態度で避けると苦い顔で。
「ではなんとお呼びすれば」
「許せ、恥ずかしくて思わず手が出た」
「いや、手が出ない呼び方を教えて頂きたいのですが」
「悪い、さっきデートしてたから話題に出ただけでこの車を破壊する自信がある」
「迷惑すぎる」
僅かに頬を染めながら口にする惚気への返答は、ただの迷惑。ティンの言葉に運転手の言葉が重なるっていた。恐らく、彼としてもこの車の破壊はやめて欲しいのだろう。仕事道具的な意味で。だがそんな台詞を言えば可愛いと思われるのか、相手している方からすれば暴れる寸前の猛獣を飼い馴らせという無茶ぶりに呆れの息を吐きつつも仕切り直しティンは思いつく限りの言葉を模索し。
「女王のSPは何処へ?」
「ミルガのクソジジイに呼び出された。で時間差で私まで呼び出した、あのジジイ覚えてろ」
デートの余韻を邪魔された恨みつらみが顔に出ていた。ティンは思わず顔を覆いつつ余計な事をやらかした老人に心内で涙を流す。聞いていた運転手、そして横にいたのであろうSPすら。
「なんという事を……」
ポツリ、しかしはっきりと呟いた。あの老いた大臣は腹を空かせた獰猛な肉食の猛獣から極上の肉を目の前で勿体ぶって奪っていったのだ、そのしわ寄せがどこに行くか混ぜわからないにだろうと女王以外思うもすぐにわざとだろうと結論付け、車は尚も進む。ため息を吐き、ティンはこのひと時に安らぎを感じ取っていた。
忙しいし、やかましくも鬱陶しいこの感覚。だがどこか悪くないと思いつつも目を閉じる。その瞼の裏に焼きつく過酷な日々にないわー安らぎないわーと思い返す。 つまらない訳でも無いし退屈でも無いがもう少し安らぎと言うか癒しと優しさの欲しくなる激動の日々にまたもや深いため息を吐くと。
「幸せ逃げるぞ」
「知りません」
誰のせいだとおもい視線を送るも女王はそっぽを向く。
「そういや、お前って異能というか超脳を持ってたな」
「それが?」
「いやな、お前の超脳って未来予測だろう? 何処までのどんな未来が予測できるのかと、な」
エーヴィアがそこでティンに視線を向ける。
「未来予測と言っても、実際はこれまでの経験から次に何が起こるかを早く多用的に考えるだけです」
「へえ、じゃあ全部の未来とか見えるのか」
「ま、ごく短時間なら。情報が割れてるのなら全世界中の未来を予測してみせますが」
「凄いな、それってどんくらい先まで見えるんだ?」
女王の問いにティンは瞼を閉じ、そしてゆっくりと目を開けると。
「五分、多分そのあたりまでなら信憑性のある未来を予測できます」
「短いな」
エーヴィアの返しにティンはため息を吐きつつも。
「そりゃ、これって単純な計算ですからね。ただただ1たす1はってのを無限に繰り返して未来にたどり着く能力です」
「つまり、この後心臓がどれくらい動くかってのをあらゆる方面から多面的に予測するってことか。そりゃ酷い、それならスーパーコンピュータの方が予言者になれるぞ」
「当たり前ですよ、そのレベルに追いつく脳を持っているのが超能力者って奴です」
「超脳なのか超能なのかはっきりしろ貴様。まあ、脳のスキルなら超能か。つまりお前は、この後何処からか暗殺者が襲ってきて私の心臓をぶすり、なんて未来も予測出来てるのか?」
遠目目に景色を見て、ティンは剣の柄を撫でながら。
「勿論です。あらゆる未来を見る以上、そういう未来も予測してますよ」
「へえ、理由は」
「単純な理由から御涙頂戴の長編まで予測は出来ていますね。例えば今から」
女王の肩に触り、僅かに押し出し、剣を抜いて。
「こうして女王の肩を押した直後に暗殺者が何処からかーとか」
「面白いのかよくわから」
フロントガラスが砕け、ティンが肩を押し出した所に光の刃があって。その切先をへと目を移せば、そこにいたのが。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
黄龍とティンは、車の屋根を切り裂いて車外へと飛び出し斬り結んだ。
「陛下、ご無事ですか!?」
「え、あ、ああ」
車はスリップを起こしながらも急停車し運転手は即座に主人の様子を伺うも、エーヴィアですら何が起きたのか把握しきれていなかった。分かっているのは、ティンが僅かに押さなければ死んでいたのは自分だったという事で、エーヴィアはそこでハッとなってシートベルトを外して車の外へと。
「ティンッ!」
光刃が美も何もなく純粋な殺意として振るわれる、無機質な機械から叩きつけられるような殺意と鋭利な輝く刃。ティンは振るわれる光の刃が疾風と吹き荒れる中を突き抜けて黄龍と刃を交える。
しかし何故、という疑問が浮かんだ。何故こいつは剣を手に握って振るうのか。そもそもこいつの武器は腕に仕込まれたブレードの筈、それを取り外し何故か光刃を持っている切り込んできている。だがティンは、以前よりも早くなった奴に対して即座に疑問を捨てた。
背負ったブースターを操り縦横無尽と斬撃を繰り出す黄龍に続いて同じく繊細な剣戟を繰り出しつつ自身も光の壁に光子加速の術を用いての高機動で対応するティン。その様は端から見てみれば光と光の乱舞にも等しく、目では追いきれるものではない。
上から振り下ろして振り上げ、返しに突かれたから横から剣を挟んで滑らせ顔に向け剣を振るい、ブースト無理やり方向を変えて更にもう一度上段からの一撃に正面から受け止め流し首を両断せんと剣を走らせ、黄龍はまたブーストで今度はティンの後ろを取り横から切り払うも最初から分かっていると言いたげにティンの剣と黄龍の剣と切っ先で交わる。
「ええ、今度は他人狙うたぁいい度胸だなクソ野郎!?」
「ウアアアアアアああああああああああああああああ!!」
言葉が返ってこない、と言うよりもはや頓着すらしてしていない。
何故か光刃に変わった黄龍の武器、それを振るい硬直状態から一度脱し追い縋って切り込み突き出しあらゆる手で攻撃に打って出るもティンの剣捌きによって見事に流されては切り返される。そのティンに対する攻撃速度はすでに人の限界を軽く超えてはいるものの、だからどうしたとでもいうような気軽さでティンは流しては返す。
「今日はやけに煩い!」
「貴様、さえエエエエエエエエエエエエエエエええええええ!?」
「意味がわからん!」
交差する光と光、僅かに距離をおいてはすぐに詰め直して刃を切り交わす。もはやただの力押しにすら等しい攻撃にティンは最小限の行動で流して返すも黄龍の放つ剣は例え返してを受けたとしても緩みはしないのだ。ならばと受けた一撃を返すが黄龍は人間ではあり得ない機動でそれを避けてはティンに、斬り付けるも読まれて返しの一閃が、それさえ黄龍の高機動で強引に避ける。
それこそ宙間戦闘でも行っている、とさえ言える二人の高次元剣戟に戦闘に割り込もうとするエーヴィアに向かってSPは。
「女王陛下、避難を。今魔導師を」
「私が対処出来なきゃ国中の誰もが対処出来」
「女王陛下」
SPは声を荒立てることなく威圧する眼光で女王を見。
「例え、我らが役立たずであろうと女王の護衛が任務。ご理解下さい」
「あいつを見捨てろと」
「優先順位を間違えてはなりません」
その言葉に一寸の間を置き、エーヴィアはすぐに踵を返す。SPは懐より銃とナイフを持ち出すとゆっくりと戦闘区域を離れていく。
なんてやり取りが展開される中、二人の剣戟は更に激しさを増していく。互いの外套を裂き、攻撃を潰し、僅かでもズレがあれば何方か片方が切られてもおかしくの無い攻防が空中にて行われ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあッッ!」
「っから煩えって」
黄龍の疾走に合わせてティンも跳ぶ、二人は空中で交差し身を返して剣を結び、そのままティンは刃の上から滑らせ、黄龍は剣を振り下ろさせてティンの軌道をずらすもティンの滑走は止まらず、止む無く黄龍はブーストを使ってティンから離れ、ティンもフリーになると同時に足場を生んで黄龍へ追い縋り、黄龍は空中で身を反転させると同時に突っ込むティンと斬り結び弾き、返す刃で二人の剣が交差する最中ティンの斬線がねじ曲がって黄龍の腹へに向けた刺突に変わる。素直に切り結ぶ気のない無常な一撃に黄龍は蹴り上げるも、ティンの剣は更に柔軟に動き刺突が迫る足への斬撃となり、黄龍は止む無くティンからもう一度距離を取り、次は上から強襲を掛ける。上から振り下ろされる剣に僅かに左の肩を裂かれるもすぐに右手の剣から首目掛けて剣を振り上げる。黄龍はブーストでまたもや軌道を変えティンの剣閃からかわし、次は下段から切り込む。ブーストを吹かし真下からの強襲にティンは上段から剣を叩きつけるように光刃に合わせ、そこから力を受け流し光刃を滑らせ、黄龍はその手は食わんと剣の軌道を強引にティンに向けて振るい、バランスが微妙にずれた瞬間にティンは黄龍の刃から逃げ滑り落ちるように黄龍の胸を切り裂いた。
結んでは弾き、交差して落ちて跳ねて乗って切って飛んで降りて、そんな高軌道の応酬の最中にティンは異音を耳にする。あらゆる未来を予想しながらも待ち構え、黄龍より。
「己ェェッ! 活動限界か!?」
そんな事を言いながら地に降り立つ。ティンは光の床の上で。
「お前、いつも不調気味だな」
「オマエにはわかるまい、この身に残された時間は僅かだ。それよりも早く貴様を討たねば、オレの機体が」
膝をつき、体の数カ所から軋む音を響かせながら黄龍はティンへと睨む。何故、何があるというのか。
「ふん、ちょうど良い。どうせオマエには関係の無い話だ。オレが、オマエを早急に始末しなければならん理由を言ってやろう」
「聞きたか無いけど、言いたいならどうぞ」
ティンは退屈そうな表情で返せば。
「元より、この世界には人間以外にも多くの知的生命体、エルフやドワーフが、そして魔物に魔族やドラゴンさえ住んでいた。だがオマエ達人間は、そう言った自分達より上の危険という烙印を押した生物の駆逐を図った。これが、オマエ達の言う第二次世界大戦だ」
「……は?」
「あまりにもあまりな物言いに古代の王は怒り、神々より継承された力を振るい自らを現代に生きるただの人間と称した『真の現代人』を名乗る者達を蹂躙したのだ。現代人達は何処から得たのか、それとも神代の力から研究を重ねたのか独自の科学技術を使い応戦したが相手は創造主より承った神威。そんなモノは子供騙しにも等しかった」
機械から語られるは未だに資料が少なく、何があったのか不明とし、もはや誰かの作り話ともされる第二次世界大戦の話だった。ティンの聞いたことすらない真実をあっけらかんと。
「力ある国ナイヴィ帝国は鋼鉄の鎧を纏い、魔道機動兵器MAMESを開発し竜と共に駆逐した。知の沈む国ハナマハダ合衆国はその深遠たる叡智を持って多くの現代人に無理難題を持って圧した。そして、勇なる国トキヴァーリュ王国は湖の妖精達から聖剣エクスカリバーを承り、現代人を文字通り薙ぎ払った。現代人の得た叡智など神の前には無力どころの話ではなく、戦争にすらならない惨状のみが広がった。神威による不殺の圧勝は誰もが古代人の勝利かと思われた、がしかしその常識を逸脱しすぎた力は市民に恐怖しか与えなかった。正にあれこれ真の怪物であると、誰もこぞって王から逃げた」
そして、第二次世界大戦の本当の終わりはあまりにもあんまりで。
「古代の王は、戦には勝った。だが戦争には負けた。残ったのは同じ古代の怪物だけだった。故にトキヴァーリュはこの世界とは違う場所に逃げた、神より承った創世の術を持って妖精達にとっての理想郷を作り出し、人間達の支配する世界に見切りをつけて立ち去った。続き、居場所を失ったナイヴィ帝国もこの世界を去った、共に住み続けた黒曜の石を纏う龍といつかまた会う約束を交わして。エルフやドワーフ達にドラゴンさえ、人間が支配する世に絶望し、逃げ込んだのだ。言わば、この地に眠る伝説を伝説にしたのは他の誰でもない。他者を容認出来ぬ狭い心を持ったお前たち自身ということだ」
「お、まえは」
「そして、そう言った紆余曲折あり人々は彼の地にてこの地で開発された伝説の金属であるオリハルコンの開発に手を出した」
おい待て、ティンはおもわず古代の王族がこの世界より追い出された経緯をあっさりとただのあらすじにすぎんと捨てた機械に突っ込んだ。が構わず話は続く。
「オリハルコンはこの世界でも希少な方法でのみ開発された金属だ。その硬度は常識外れで、加工にも手間がかかる一品ではあったが故に王族用の装備と言えば最早オリハルコンは常識であった。妖精界の者達は何としてでもオリハルコンを再生せねばと挑戦し、挫折を繰り返し、それでもなお挑み続け、ついにオリハルコンを作り出した。が、それはよく似た贋作であった。とてもオリハルコンとは呼べぬ劣化金属、だがそんな贋作にも使い道はあったのだ。オリハルコンは基本的に超高温度によって錬成が可能になる。かつて、鍛冶師のランクにオリハルコン級と言うものがあったがそれはオリハルコンを加工できる技術の持ち主という意味だったのだ。しかしその贋作のオリハルコン、名称はフェイクオリハルコン。Fオリハルコンと呼ばれるそれはオリハルコンの足元にしか及ばぬ金属、だがそれはオリハルコンに近い性質を持ちながらオリジナルオリハルコンよりも加工し易いという意味に他ならない。妖精界ではFオリハルコンの精製技術は確立され量産状態にあり、機械の部品としてはこの上ない金属として重宝されている」
「機械の、部品?」
ティンは黄龍の語るそこに注目する。ティンは思わず黄龍の話に聞き入っていたが、本人からすれば遂に見えて来た敵の正体だ。此処まで、本当に此処まで何処まで遠くまで旅をしてきたと言うのだろうか。そして話は。
「加工し辛く、細かい部品にし難いオリジナルオリハルコンは装甲に。加工し易く、細かい部品に出来るフェイクオリハルコンは機械の部品となる。オレの身体も初めはFオリハルコンで固めていたが、いかにオリハルコンと言えども劣化する。特に激しい戦闘にばかり使用してメンテナンスも満足に受けられない状態ではFオリハルコンも直ぐに磨耗するのみだ。オレは今、術式とこの世界の金属で騙し騙しに運用しているが。限界はもう近い、おそらく今晩には」
「お、前」
「故に、その前に、オマエだけは此の手で討たねばならん! この身が動かなくなるその前に!」
黄龍は光刃を真っ直ぐティンへと向けて。
「おい待て、なんでメンテナンスが受けられないんだよ」
「マスターは、オレに廃棄処分命令を出した。戻れば処分される、それでは任務を達成出来ない、マスターの望みを叶えることが出来ない!」
「お前、自分が何を言ってるのかわかってるのか!?」
主人に見捨てられた、そういう機械はまるで感情論で否定するような我儘を叫び。
「お前の主人はお前を捨てるって言うのに、それに従う必要が何処にある!?」
「オレは機械だ! 感情の持たない機械だ! 主人の命令は貴様の討伐だ、其れを満たさねば帰れない!」
「でもマスターはお前を棄て」
「そんな事は関係ない! オレはマスターが作り上げた最強の戦闘マシンだ! 他の戦闘機とは違う、初めから戦う為に作られたマシンだ! だから、この身を以ってマスターの技術を証明する!」
「言っていることがおかしいぞお前」
「オレは! ただ! オマエを!」
手にした光刃を手にティンへと突き向ける黄龍、ただ。
「オマエを、この、手で、オマエに、勝ち、たい、マスターの為に、あの人の、為だけに」
「黄龍、お前」
自身は機械であると、感情の有無を否定し続ける目の前の、無感情の機械を名乗るそれはティンからするとどう見ても。
「これで、真実最後の一撃。これで、オマエをおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」
「黄龍ッ!」
刹那、黄龍が僅かに動いた直後にティンの眼前に出現し剣を振るいその一撃を振るう。が、ティンはそれですら既に知ってたと言わんばかりに避けて剣の柄で光刃を撃ち、攻撃を流す。しかし黄龍はまだ終わらぬと強制的に軌道を変えるも。
黄龍は、空中分解を引き起こす。
ティンの目前で全身がボロボロにちぎれ飛び、ばらばらに飛び散った黄龍を、ティンは複雑な表情で見下ろしていた。
んじゃまた。