お祭りなのだから
「え、へ、え? いきなり何、何言い出すの?」
メイリフの問いかけにティンはただひたすら困惑するだけだ。何というか、意味がわからない。理解も出来ない。なぜ急に別の次元に行ったのか問いかけるのだろうか。
「てめえ、バックれられると思ってんのか!? 急に世界が真っ白になったと思ったら今度は異次元の彼方で世界と世界のぶつかり合いだこらぁ! しかももう片方は黄昏の光、そんなもんお前だけじゃねえか!?」
「は、はあ。そう、えっと、夢でも見てたんじゃ?」
意味わからんとばかりにティンはメイリフに冷たく返す。事実、そんな事などティンは知らないのだ。もし、仮にそうだったとしよう。メイリフのセリフは全て現実であったと仮定しよう。ではどうやってそれを証明するというのだろうか。
そう、それは全て無かったことになったのだ。何もかもが初めから無かったのだ。そうである以上、ここで幾ら彼女に質問を重ねたとして何も解決にはならない。
何故なら、黄昏と光輝の激突なんて、初めから欠片も存在しないのだから。
だからメイリフは。
「クソが! おいてめえ、あたしにソックリなやつ見なかったか、オレンジ髪のあたしだ」
「え、オレンジ、あそうだそうだ! あたしそいつにさっき」
ティンはここで先程メイリフを騙った女を思い出し、彼女の去り際に言われた物騒なセリフの意味を問いただそうとするもそれより早く胸元を締め上げられては。
「知ってるのか、どっち行った!? 何処に行った!?」
『随分余裕が無いですね』
何の説明もなく、ただただ求められるこの状況。遂にはメイリフの周りをフヨフヨ浮いてるだけの存在でさえその行動に口を挟み始める。
実際にこうされては喋りたいものも喋れない。聞きたいことは山積みに、されども要求は一方的。何故今日の彼女はこんなにも暴力的なのか。
「うっせぇ! 言え、どっちだ!」
『締め上げられて喋られるとは思えないのですが如何でしょうか?』
先祖の霊に言われてはメイリフも地団駄をふんで舌打ち、ティンを叩きつけるように離す他無い。やっと解放されたティンは咳払いをすると。
「ったく、高身長にもの言わせて脅しとか」
「良い加減にしろクソがッ! こっちゃ急いでんだバカヤロウッ!!」
いきなり肩を掴んで揺さぶる胸倉掴むはおまけに怒鳴り散らすメイリフ、ティンはほとほと自分勝手な様子に呆れたと言わんばかりに。
「あのさあ、急いでるからって人に物を頼む態度かそれ」
返事は拳だが、ティンからしてあくびが出そうなほどに予測通りな未来に歩いて避ける。続いて飛んできた脚を逆に流して剣の柄を鳩尾に埋めてクールダウンも行い。
「落ち着いた?」
「っそ、が」
「あーもーはいはいオレンジのソックリさんねはいはい、あっちに行ったけどどうした?」
突っ込まれた箇所を抑えて蹲るメイリフに反省の色すら見えない。ティンは面倒になって要望通りに答えるとメイリフは教えられた方に走り出す。
ティンは無視しよう、とも思ったがあの二人はどういう関係なのか一度確認しようと追いかけ見る。互いに夜の中の追いかけっこみたいなものだがティンは正直その気になれば人を無視して普通に走るよりも早く動ける。よって追いつくのも追いかけるのも余裕だったが。
そしてメイリフは例のソックリさんといとも容易く面会を果たすや否や。
「見つけたぞモモコ!」
「メイリフさん!?」
「姉さん? 居たんですか」
片方は再会したことに驚き、もう片方はああ居たのとでも言いたげに返す。ティンは物陰からこのそっくりな二人の体面を不思議な面持ちで眺めていると。
「おい手前、マジで此処に居たのかよ。あの瞬間お前の姿が見えた時びびりはしたが。何でここに居るとか、家はどうしたとか、無茶苦茶聞きたい事はあるが今聞きたいことは一つ、手前さっきまで何してた!?」
「は? 姉さん、一体何を言っているのですか?」
モモコと呼ばれたメイリフそっくりの女性は疑問符を浮かべながら返す。何が言いたいのか不明だと、しかしメイリフは。
「今さっきまでだよ! 手前がさっきあの妙な空間に居たのはこの目で見てたんだよ! 何か世界が真っ白になってから如何してたんだって聞いてんだよあたしはな!」
「ええっと、ああ確かに急に真っ白になりましたね。寝ているとばかり思ってましたよ? 真っ暗だったので立ったまま寝てしまったのだとばかりに」
「行き成り立ったまま睡魔も無く人間が寝るかぁ! 手前馬鹿なセリフもいい加減にしろ、物を知らないにも程があんだろうが!?」
素っ頓狂な返しにメイリフは遂に素で突っ込み始めた。更には地団駄を何度も踏むと。
「つうか、手前も何があったのか分かんねえ組なのかよ!? どんだけ使えない馬鹿なの!? お前は本当に馬鹿!? くっそ、この事態を把握してんのあたしだけかよふざけんなこらぁッ!?」
「人をバカバカ言わないで下さい! 大体、馬鹿は姉さんの方じゃないですか!」
メイリフはとうとうモモコの台詞をガン無視して頭を抱えるメイリフ。それを見ていたティンは彼女達の前に出ると。
「ねえ、あんたらって一体何なの? どんな関係?」
「あ、貴方はさっきの。この人ですか? 私の姉です」
恥ずかしいばかりだ、と言いたげにモモコはティンにメイリフとの関係を明かす。しかしそれにしては。
「いや、にしても似過ぎでしょ。何でこんなそっくりなの?」
「一卵性双生児の双子なんだから当たり前だろこの馬鹿野郎! 見れば双子だって分かるだろ頭痛くてシャーねえんだから一々下らねえこと説明させんなタコ!」
メイリフは先程から余裕の感じさせない態度ばかり見せるが、その上で蹲って頭さえ抱え込み始める。
「ああもう、どいつもこいつもマジで使えねえクソ共が」
「いきなり何なのメイリフ、さっきからよくわかんない事ばっか言ってるけど」
返事は舌打ち、メイリフの態度は一言にすれば最悪に尽きる。遂にモモコまでもがため息つくと。
「全く、いきなり出てくるなり一体何なのだというのですか、姉さんは」
「手前らがどいつもこいつもあの異常事態を知らねえからだろうが!? 大体あの場にいて何でお前は呑気に寝てられんだよどんな神経だ馬鹿妹!」
「ええ!?」
遂に立ち上がって今度は妹に対して意味の通らない罵声を浴びせるも、それに対して随伴していた女性の方が驚き。
「大体な、お前は昔っから物事知らな過ぎ何だよ本当にお前歳いくつ? もう二十歳超えてんの、姉にベッタリで生きるのいい加減にやめろこのクソが!」
怒鳴り散らす姉に妹も眉がビクンッと揺れる。さして一歩詰めるなり。
「本当、いきなり何を言い出すかと思えば。私がいつ姉さん如きに頼ったと?」
「その台詞が全部だボケェ! 逆にお前があたしに抜きで生きてられた事があんのかよ!? 年がら年中、姉に頼っていなきゃ生きていけねえ分際で何ほざいてんだクソが!」
メイリフに言われるとモモコも少し顔を伏せ、プルプルと肩を震わせると。
「どの」
完全に、切れちゃいけない何かが派手な音を立てて千切れたと言った表情を浮かべると拳を握りしめては。
「口で。ほざき、やがり、ますか。この……クソ姉がああああああッ!!」
「あのさぁ、何も知らない奴がくっだらねえことをごちゃごちゃくっちゃべってんじゃねえよッ!」
走る電撃と重力波導、ついに同伴の女性が剣を手に間に割って入り込むと。
「二人とも喧嘩はやめて! 世界で二人っきりの双子の姉妹で」
「だから、その姉が目障りで、今すぐ死んで欲しいんです!」
「退け美奈、てめえも丸ごと八つ裂きにすんぞこのクソが! 第一、どいつもこいつも人が真面目に目の前の異変にそれはそれとして、まずはお祭りを楽しみませんか?」
モモコが手に宿した電気を放ち、美奈は炎を剣に宿して二人の放つ水と電撃をさばこうとした刹那、メイリフが指を弾いて全ての力を無力化させる。
かと思えば手を弾いて誰よりも早く争いを放棄して祭りを楽しもうと言い出したのだ。年上の余裕さえ感じさせながら微笑むメイリフに不気味という感想以外の何もなく、確かにこの中で一番の年上は双子の姉妹である彼女と妹だ。
「皆さんも色々あると思いますが、しかし今はお祭りの最中です。此処は一旦水に流して仲良くしましょう、私実は現代の食文化がどう進んだのか非常に気になるのです」
「あの、メイリフさん、ですよね? えっと、急に」
「そこのクソ姉、行き成り出て来て人の空気を変えるとか」
モモコが更に電子をその手に集め、電気を放つもニコニコ笑うメイリフがすっと距離を詰めると、ぽんとモモコの手を叩くだけで集めた電子が霧散し。
「え、え!?」
「魔力と電気の動きはよく似ています。一度でも流動の回転を止めるとこの通りです、特に魔力を練って形成した物ではなく術式を用いているものについては非常に脆く、たったこの程度の動きで魔力が霧散します。よく気を付けてくださいね」
「え、は、え、は、はい?」
穏やかな表情で語りかけるメイリフに、美奈は遂に何か気付いたらしく。
「もしかして、メイリフさんと一緒に居るご先祖様?」
「ええ、そうですよ。メイリフは激昂してたので引っ込ませたら暫くぎゃーすか騒いで、その後不貞腐れたように私の中の奥底で縮こまっていますよ。可愛いですね」
くすくす笑う彼女に、三人はドン引きするしかない。彼女の実年齢が一体幾つなのかティンには分からないが相当な年なのだろう――とそもそも振り返ってみれば彼女は大昔に生きた存在であったことを思い出す。
そこでティンの脳内に何かが広がり、声が響く。
『おい、そろそろ時間だ』
「あ、はい」
「おや、如何しました?」
「そう言えば」
「貴方はどちらで?」
そんな風に、一斉にティンの方へと向き直る。そこでティンはと言うと。
「ほむほむ、これが現代の商売人と言う奴ですか。随分と若い方もいるようですね」
「ハハハ、若いとはずいぶんなことを言ってくれるね。これでも相当時間をかけてきたつもりだが、あいや別に貴方の体について言っている訳では無いのだよ? ただ、貴方からして我々はまだ未熟の見えるのだろうなと思うと少しね」
「ふむ、元々巫女の家系だったのだろう。ならばこそこの状態にも納得がいくと言うものだ。しかしうちの人間はこの状態について何か言っているかね?」
「んーそう言えばあの子、私良く知らないんだけど、戻れる?」
「二つ返事で断れました。何でしたらお酒でもお持ちいたしましょうか? あら、死んでも嫌だそうです」
元々銀髪なメイリフが、徐々に青くその髪を染めながらニコやかに世界に名だたる社長達を相手にのほほんと相手して回るその様は凄くシュールであった。それを見ていたエーヴィアは。
「あいつって、随分心臓強いんだな」
「あれは精神が図太いだけかと」
ティンが呆れ気味というか、遠い異世界を見てるような気分で見ていた。そこには入れ替わったメイリフとノルメイア社長とカーメルイア社長にその息子と娘が並んでいる。あまりの異様な光景にティンはただただ無言になるより他になく。
「おやそこのお方、食事が進んでいるように見えませんが」
「ぼ、僕のことは放って」
「ああほらほら、お姉ちゃんがビールを注いであげるわ。あなたビール好きでしょう、父親に似て」
「おっと息子よ、こちらのつまみも美味いぞ? よしよし、この父が取ってやろう何支払いは姉に任せるから気にするな、たまにはあいつも家族らしい事をさせんと」
メイリフと言うか御先祖というかそんな方がカーメルイア社長息子に目を向けると途端に父と姉に絡まれ始める。と思いきや今度は社長が娘に奢れと視線を送ると娘ことディレーヌはノルメイア社長にガン飛ばし。
「ちょーっとそこの坊や、貴方他所の会社の人間の癖に人に払わせるの? いくら出すきってか六割ほどサービスだと思って着るのが常識だとは思わない?」
「おいおい、こちらは今家族サービス中でね。友人の娘と妻と娘で手一杯さ、なら君の娘くらいなら支払っておくが?」
「はぁ? 何処ぞの手先ともわからん人にうちの娘を奢らせる気はありません」
「成る程、これが現代人の取引ですか。今も昔も腹を探り合うのは変わりませんね」
エーヴィアが面倒だからもう出ないか、とティンに術式を使って囁いた。ティンはラルシアに目を向ける、ラルシアは真顔というか只管無表情で食事をゆっくり続けていた。
それを見てティンは即座に了解の意思を示すとエーヴィアがすっと立ち上がり。
「あ、悪い。母さん、私は明日早いから帰るよ」
「お疲れ〜」
「ご同行します」
女王が早口気味に言葉を紡ぐとティンも続いて立ち上がって後ろについていく。一瞬、モモコと目があったが完全にテンパっていた。何でここにいるのだろうと戸惑っている。
ラルシアを一瞬見たがおい待てと口に出しそうだったので即座に退室していった。
そんじゃまた。