後悔と諦観、全てを断つには
創天が崩壊する。世界が崩れる。黄昏に染め上げられた天が光輝なる世界を打ち砕く。エーフィリスは脱力し切った表情でそれを見ていた。
「私、創天。私の、世界が」
「ティン、無事か!?」
ティンの肉体からは既に炎が失せている。と言うよりも、炎は世界を包んでいるのだ。さながら、此処こそがブリュンヒルデが火を投げ入れたヴァルハラが如く炎が燃え上がっている。
全てを終えた後、彼女は意識が途絶えたらしくそのまま光の足場を失い落ちていく。エーヴィアは光の足場を踏みながら素早く、ラルシアが張った天空術式に落ちる前にティンの側に向かい彼女を抱きとめると。
「おい、無事か!? くそ、何か言えこの馬鹿!」
「無理もありません、女王陛下。彼女はつい先ほどまで、魂を焼き尽くす程の業火の中で鬩ぎ合いを続けたのです。寝かせておくべきかと」
透明な床を生み出し、降りて来るラルシアはエーヴィアにそんな声をかけた。しかして、さっきまで気を失っていたティンは意識を取り戻すと輝く神剣を手にしながら身を起こし、まだ真上に漂う亡霊に向けて。
「おい、まだやるのか!?」
答える声は無い。ティンの言葉に対して返事が無いと言う事はつまり。
「貴様の創天は崩れた、もうこれ以上」
返事は無数の光の雨、降り注ぐ閃光に彼女達の目の前に防御術式が展開された。リフィナの展開した光子吸収の防御人は見事にエーフィリスの攻撃を吸い込み。
「あんたの攻撃方法が光の魔法である以上、私達には攻撃が届かない。もうこれ以上」
「舐めるな、四半世紀も生きていない分際で」
光の雨が強くなる、その衝撃はリフィナが張った防護術式を見事に撃ち砕き。
「このわたしに、敵うか小娘がぁッ!」
「えうそ馬鹿な!? さっきから何でフォトン・アブソーバーが貫通されんの!?」
「そんな壁が私に通用するとでも!?」
何度も打ち砕かれる光子吸収の防護障壁に驚くのも束の間、光の雨が一行の元に降り注ぐ。しかしティンは自身すら忘れていた服の、マントの端を掴んで閃かせた。
閃くマントから術式が構築され光の雨を一瞬弾くがそれで雨は勢い止まる事無く彼女たちに降り注ぐ。
当然姫は女王が、騎士は社長が首根っこ掴んで雨の中から抜け出し、エーヴィアは天にそびえる魔王へと。
「これ以上の戦闘は無意味だ! 貴様はもう創世することも」
「五月蝿い! 五月蝿い五月蝿い、もうみんな黙れぇッ!」
エーフィリスは駄々をこねる子供みたいに喚き散らすと砕けた筈の創天術式がもう一度構築されていく。
「こいつ、また!」
「おい! そんな事しても、また砕けるだけだぞ! 創天術式は伊達に禁忌と言われてはいない、そんな風に魔力と術式の構築だけで出来る程」
「だから、一からやり直すんだ! 素質を持った存在はここに」
『無駄だ、もう舞台は終わったのだエィフィ』
砕けた創天の欠片を掻き集め、もう一度創天を起こそうとする彼女に何者かが語り掛ける。それは先程から全員の耳に微かなそよ風のように、だが聞こえるものには確実に響く男の声。
『創天は起きぬ。もう崩されたそれは、もう一度その高みに至らねば虚しく消えるのみだ。我が妹よ、そして我が王よ』
「ああ、ずっとそばに。いたんだ。兄さん」
「にい、さん?」
エーフィリスの無力な呟きにティンが反響する。エーヴィアの耳に聞こえていた二人の男の声。
「兄さん、もう無理よ。わたしには、これ。しか」
『いい加減引き時だ。引っ込みがつかんのは分かるが、此処までだ。お前はよくやったよ、我が友よ』
「友。ならエーフィリスの、正体は」
エーヴィアとエーフィリスにしか聞き取れないであろう男の声から、女王は一つの声を導き出す。彼女の真の中身は。
「リードハルク・イヴァーライル、初代国王か!」
「違。う、よ。本当は、ただの亡、霊。いもしない、筈の。それを、リークの後悔が、この地に舞い降りた不浄と重なって、世界を滅ぼす魔王となり、再現したの」
「さっきと雰囲気が違う、正気に戻ったのか?」
ティンの問いかけにエーフィリスは優しく微笑み。
「違う。正気、とか、そういうんじゃ、無いの。あれは、リークが描いた私。魔王になった、私を、彼が作った。これは、きっと二人の思い出、に残った、私」
「思い出って、待って。もう一人って誰だよ!?」
「エイヴァン・デルレオン。そう、私の兄」
途切れ途切れの返事に、ティンは周りを見渡すもそんな人影はどこにもいない。そしてエーヴィアが前に出ると。
「この国の呪いが、負の感情を呼び覚まし、イヴァーライル原初の負である初代王妃を此処に具現させ」
「それは違う」
エーヴィアの答えは悲しくも鋼鉄の血を吐く冷たい言葉で塗りつぶされる。そこだけは違えてはいけないと言を厳しく。
「私は王妃じゃない……王妃になる前だった。婚姻の儀の日、私は誘拐されたの。兄さんの前で、みんなの、私が愛する、私達で愛する国民の前で、幸せになるあの日に」
「じゃあ、あれは」
「何を見たのか知らないけど、それはきっとリークの夢見た理想だよ。彼、私に一目惚れだったから。本当に、しょーもない人」
自重げに笑う彼女は眼下の彼女たちへと。
「わたしは、リークの後悔と無念で出来た亡霊だから」
「だから」
「だから、結局こうする!」
爆ぜる閃光、光の攻撃魔法が炸裂する。それが意味する答えなど、最早言葉にする事すら。
「わたしは、わたしの世界を作る! リークと夢見た理想へ!」
「つまりはあれか、創世に失敗した程度じゃ終われないってことか!」
光の衝撃を斬り伏せるとエーヴィアは毅然と上にざす魔王へと目を向けて。
「どうしてもか?」
「わたしの果ては、リークの流した涙の果て。悲しみに満ちた荒野の向こうにしか無いの。邪魔を、しないで!」
エーフィリスは取り付いた目に見えないしがらみを振り払い、またも創生の先に有るであろう理想の彼方を。その一点に見つめる瞳で一行の前に立ち塞がる。
「結局、やり合うしか無いようだ……行くぞラルシア、ティン、姫殿! これより、魔王を討つ!」
「御意に」
「Yes、your、majesty!」
「あいよ、人使いの荒いことで。ディスライト・シャドウアブソーブ!」
女王の言葉によって三人は臨戦態勢へと移る。事情は飲み込めずともわかることはただ一つのみ。もうそれしか彼女の、否彼の怨念は晴らせない。
リフィナは周囲の光を奪う術式を発動、光に満ちた黄昏は僅かに暗くなるも。
「効くかぁ!」
「エクス」
エーフィリスは持てる光輝を持って暗き世界を照らし、エーヴィアとティンが互いに極光の聖剣を。
「カリバアアアアアアあああッ!」
「光で光は」
直撃するもエーフィリスは受けた聖剣の刃を軽々しくへし折り、続いて飛翔する槍を片手でつかみ握り折り、次に乱舞する神剣の剣戟も一向に通じる様子もなく。
拳を振り下ろすだけで爆ぜる光でティンとエーヴィアを弾き飛ばし、ラルシアが次々に投げる斧もエーフィリスが撃ち出す閃光で全て砕け散る。
爆光の衝撃に乗るティンはそのまま衝撃の上を光の足場をクッションにしてもう一度肉薄して斬りつけるも大した効果は持てず、エーフィリスがただ手を払うだけで吹き飛ばされる。
ラルシアはその隙に漆黒の飛刃を投げ飛ばすもエーフィリスの肉体に届く前の撃ち砕かれ、間髪入れずに差し込まれたリフィナが放つ最大威力の砲撃魔法ですら意にも介さず素通し、直撃したにも関わらずダメージを受けたようには見えず弾けた光を薙ぎ払い、エーフィリスは頭上に幾つもの光の球を作り流星群として一向に叩き込む。
リフィナは無数の防御魔法陣を展開し光の流星を受け止め吸収していく。だがティンからすればそれはただただエーフィリスの元へ行く為の道も同然、球を踏みエーフィリスに切り込む。だがそんなのは無意味に等しく、ほとんど攻撃になっていない。
ティンが切り開いた道、無駄にはせんとエーヴィアも共に切り込むもののティンよりはマシというレベル、全く通じる様子が無い。
「私は光の化身。幾ら光の属性抵抗を上塗りする攻撃をしようとも、光そのものは決して消せない。そこの小娘が周囲の光を奪って攻撃するのなら、私はその光すら飲み込もう」
創世の権利を失おうと、魔王たる極限の光は彼女の身から一切消えていないのだ。よって、光で彼女を討つことは不可能だ。確かにダメージがあるが、彼女を消し去るには人の一生ですら足元の及ばぬ程の時を要する。
ならばこそ、もはや彼女達に残された手段はただ一つしかあらず。不安しか残らぬからこそ連携したかったがもう無意味。
「では」
無情かつ無機質な鋼鉄の摩擦音が響く。それを希望という名の鞘走り、ここに置いてエーフィリスを討つに相応しい唯一の逸材が此処に来て躍りでる。
「私の、出番だと言うのですね」
「貴方? 特に大した」
「Quickbooster」
ラルシアはポケットに手を突っ込むと操作し、内側の重りを解除する。それはつまり、ラルシア自身の最高速度で動けるという事。
その事実に気づいたエーフィリスは思い出す。この光偏重構成パーティの中で唯一のジョーカーが、彼女だと言う事実。ラルシアの生まれ持つ属性は無単一、よって彼女に属性抵抗など。
「無意味、でしてよ!」
「嘘、何この人!?」
一瞬で目の前まで現れたラルシアの、勢いを乗せた斬撃がエーフィリスの張った障壁に重なり、大した抵抗もなく薄っぺらい紙同然に破られる。
光の防御障壁だが溢れ出す無の攻勢魔力には意味が無い。無属性の短所は敵の短所を突けないという点、しかし逆に長所は何があろうと素の実力以外で勝負せざるをえないという属性関連スキルの一切が無効、または完全に無視できるという特異な点にある。
エーフィリスが驚いたのにも無論理由がある。今彼女は創天に使っていた魔力を全て戦闘の回している。その彼女が構築した防御術式は先程までのとは比べ物のならないほどに頑丈になっているのだ。
にも関わらず、ラルシアはそれこそ無意味と砕いた。これが驚かずに居られるか。
「残念ですが、私の小賢しい防御は通じません。そんなもの、真正面からぶち砕いて差し上げますわ!」
「一体、どんな手品を。あ、貴方!? まさか虚無石!?」
エーフィリスはついに距離を取りながら光魔法の連打を繰り返す。どれもこれもがラルシアにとって一撃でも受けたら大ダメージ、と言うか掠っただけで意識が残っているかどうか怪しいところだ。如何にリフィナが敵の属性力を吸収し低下させているにしても限度がある。
しかしラルシアにとって見ればならば受けなければ良いだろうと剣を盾に前へ前へと突き進む。全ては彼女の手にある魔剣ヴァニティ・ゼロ、いやどちらかと言えば剣に埋め込まれた虚無石によるものだ。
無属性の魔力を極限まで上げるこの剣に魔力を注ぎ込めば、それこそラルシアからして無限大にも近い魔力が引き出せる。十分な魔力に腕力を組み合わせればご覧の通り、魔王の魔法が切り砕くことも夢では無い。
しかし、いくら何でもこの嵐のような光の乱撃をすべて避けろというのも無茶ぶりだ。ラルシアがいかに現状自身で出せる最速の状態であろうとも、流石に全てを斬り伏せるのは至難の技である。
光の隕石を切り砕き、その爆発を強引に魔力でねじ伏せて自身を押し通しては、目前の爆光がラルシアを飲み込まんと押し寄せ、るもラルシアはそれすら両断して先へ突き進み光雨が迫り、ヴァニティ・ゼロを突き出し自身を槍として雨の中を貫き、突如光の壁に激突してしまいラルシアの進撃は止まる。
ここまで無傷、意外と当たらぬ現実に驚きつつも止められた事によって苦い虫を噛み潰した表情を浮かべる。如何に星姫から全霊のバックアップがあろうともラルシアは属性抵抗を無視する代わりに属性抵抗が出来ない。
つまり、ティンなら直撃を受けても一撃で荒い息を吐いて膝を地に着く。が、ラルシアが直撃しようものならそれこそ己の命が危ない。
魔法は基本同種族殺しを無効にするがそれはあくまで物理的なものであって精神的な死なら普通にあり得るのだ。気絶なら良いが下手をすれば植物人間、それならまだ蘇生の目があるが一番の最悪で魂の消却。つまり精神どころか己を動かす心そのものがこの世から消えれば死んだも同然だ。
そして相手取る魔王はついに足を止めたジョーカーに対し容赦など無い、あるわけがなかった。
満ちる二つの魔力が二極の星となってラルシアに迫る。未だに止まぬ雨は足枷だ、下手に動けば詰む。この状況自体が詰みだがラルシアに諦めの色は無い。何故ならば。
「エクス」
「カリバアアアアアアアアアア!」
聖剣の大盤振る舞い、疾風怒濤の聖剣乱舞、本日何度目かになろう消費威力ランク共に輝くSが付けられるエクスカリバーが、二極の光星を両断し爆散する。
そう、確かにラルシアは魔王の一撃に耐えられない。耐えられはしない、のだがティンと女王エーヴィアは無論耐え切れる。流石に無傷とは言えないが、ラルシアがある程度切り砕けば良い話。
「行くぞラルシア、お前と肩を並べて同じ事するのは初めてだな! 義姉妹の契りを結んだ割に」
「あれは、未成年故の過ちです。お忘れ下さいませ」
「え、お前みたいな妹は個人的に好みだが」
エーヴィアのあっけらかんとした回答にラルシアは頭を抱えて被りを振り、追撃のため息を吐いては。
「貴方の家庭事情を把握していれば決して言いませんでしたわ」
「黙ってよかった、いやこの場合知らなくてだが」
「おーいここに父親公認の妹がいるぞー」
魔王から怒涛の魔法攻撃を冷や汗を流しながら四人による絶妙コンビネーションで切り捌く中、ティンのツッコミの対する返事は舌打ちに口汚い罵りに加え特別サービス。
「しね、いっかい」
「義姉からの熱い熱いラブコールどーも」
ティンとエーヴィアによるほぼギリギリな攻防。光線の雨が降り注ぎ、槍が暴れ回り、光の塊が惑星になって押し潰さんと迫り、光の流星が渦を巻いて一行を薙ぎら払い。
小粒の攻撃は全てリフィナのフォトン・アブソーバーが吸収し、光の惑星はエーヴィアとティンが相殺し、流星に至ってはティンの剣捌きによって全てが誰かに影響が出るより前に爆散している。その間にもう一度ラルシアがエーフィリスに向かって突貫いて行くが隕石群とも思える光星群がラルシアの進撃を阻み。
そんな、特にリフィナが術式の構築と詠唱で余計なセリフを口に出来ない中、エーヴィアはエクスカリバーで光の流星群を薙ぎ払いつつ良い事思いついたと。
「よしじゃあうちら今から三姉妹だ。これ終わったら全員で打ち上げしよう。星姫は私の従姉妹枠で強制参加な」
「陛下、今リフィナが喋れないほど忙しい中の雑談はこの辺に。んじゃ行くぞラルシア!」
「命令すんな、下郎。行きますわよ!」
一人詠唱しながらも、意志を束ねて一行はエーフィリスの下へと進軍する。
それでは次回に。