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月を背に頂く女

「一つ、聞いて良い?」

「何だ?」

 ティンは昼食中に思わず口を開いた。その理由は。

「ラルシアが凄くおびえてるのはどうして?」

「うちの母親の旧姓はカーメルイアって言ってな、後は察しろ」

「カーメルイア? ああ、あのでっかいお店? どゆこと?」

「分り易く言ってやりゃ、うちの親は世界経済に食い込むほどの大会社のご令嬢でな、あいつ的にはいつでも自分の会社を握り潰せる重役ってこった」

「ああ、だから」

 ティンは目を移す。そこには完全に脅え切ったラルシアと素敵に仮面笑顔なディレーヌさんが向き合って食事をしている。

「あらあらどうしたのラルシアちゃん、食事が進んでないわよ?」

「エエ、チョット、キブンガ」

 ラルシアは死んだ魚の様な目で片言で喋り昼食のステーキを一切口にしていない。

「あらあら片言で喋って、悩み事があるならおばさんに言って良いのよ?」

「イエ、オキニナサラズ」

「んもう、そんなつれないこと言って、おばさん悪戯心でお父様を唆してラルシアちゃんの取引相手を買収しちゃおうかしら」

「やめてお願い本当! それされたらうちの会社が潰れるから、破産するから止めてお願い本当!」

 ディレーヌがいそいそと携帯電話を取り出すとラルシアは涙声で涙目で叫びながらぺこぺこと頭を下げ続ける。

 その様子を見たティンは。

「ラルシアが壊れた……」

「ところで陛下、私は近々メイド暦四十年になるのですが祝ってくれませんか?」

 マリンはティンの台詞に便乗するようにエーヴィアに語りかける。

「んーあー分った。じゃあ四十年頑張ったで賞的な勲章やるよ」

「あら、じゃあお父様に頼んで私のお付ご苦労で賞的な賞状を送らせるわ。就職に色々有利になるわよ」

「あーんじゃあ近くの街で良い店見つけたから飲みに行く?」

「すみません、高望みし過ぎた私が愚かでした、何も要りません」

 次々にエーヴィア、ディレーヌ、ルジュがマリンの為に祝いの提案をするが当人は丁重に断った。



 翌日、ティンは再び旅に出た。

「もう行くのか」

「うん、今までありが」

 蹴られた。ティンはラルシアに頭を蹴られる。

「謁見と言う単語を勉強して来いアホ」

「も、申し訳ありません、陛下……」

 敬語を忘れてはいけません。ティンが蹴られたのはそういうこと。

「えと、今までお世話になりました。このご恩は忘れません」

「ああ、思い出した頃にでも戻って来い。達者でな」

 ティンはもう一度頭を下げ振り返り、そのまま外へと向かった。

 門を開き、外へ出るとそこは相変わらず寂れた荒野があるだけ、他には何もない世界。

 ティンは名残惜しさを感じながらも歩き出す。

 数日をかけ、やっと辿り着いた国境門を抜け、とうとうティンはイヴァーライルを出た。

 イヴァーライルを抜けた先には森が広がり、木々のざわめきだけが響き渡る。そこで少し、今までを振り返る。少し後ろめたさを感じながらも頭に描くのはいつも一緒にいた幼馴染のこと。

(華梨、今頃どうしてるだろう。元気だといいけど、きっと怒ってるだろうなぁ……酷いこと、言っちゃったしなぁ。謝れば、許してくれるかな? 浅美も元気、かな? でも、あたしが心配するのは……お門違いかな? あたしが、浅美を傷つけた様なものだし……合わせる顔なんて、無いよね。きっと、向こうもあたしの事なんか嫌ってるよね、忘れてるよね、全部、あたしが悪いんだから……)

 ティンは頭を振った。嫌なことよりも、いいことを考えようと頭を回す。

 そうだ、楽しかったことに浸ろう。運命も知らず、気ままにいられたあの頃を。

(そう言えば昔皆で行った海の家、楽しかったなー。クリスとか普通の服でも胸だけはおっきいのに水着になると圧倒的でびっくりしたんだっけ。華梨とか絶望的な目で見ていてたなー。師範代ともう一人のあいつは人がいる海岸に行ってナンパばっかしてたっけ? 一回地獄に落ちればいいのに。そう言えば、あの夏の日、麦藁帽子被って買い物に行かされた日に皐にアイスキャンディーを買ってもらったっけ。結局みんなの分買ってもらって、皐には本当に感謝だよ)

 そんなことを考えていると近くの草むらががさがさと音がする。ティンは弾かれる様に剣の柄を握り、そこを凝視する。

「――おや。こんな所で会えるとは、凄い偶然ですね」

 ティンは一瞬、我が耳を疑った。理由なら簡単だ、聞き覚えがあるからだ。もっと昔に、当たり前に聞いていた声が聞こえたのだから。

 やがて、草むらからその人は出てくる。女物の着物に、三度笠を被り、合羽を羽織った、微かに見える長い黒髪の女性。その姿に、ティンは無性に見覚えがあった。

「おや、声だけでは分かりませんか。では一つ。

 おひかえなすって。私は生まれは月宮の屋敷、剣術修行として武者修行の旅をしているもので御座います。名を」

 女はそう言って、三度笠を取る。結い上げられた黒い髪、深い森をイメージさせる深緑の瞳。そう、彼女は。

「月宮皐です。大体二、三ヶ月振りですね、ティンさん」

「さ、つき……? 皐!?」

「はい、月宮皐です。それにしてもこんな場所で巡り会えるなんて……イヴァーライルを抜けたんですか? よく通れましたね、ティンさん地図読めそうにないのに」

 ティンは思った。この女は紛れもなく皐だ、と。こうも悪びれること無く毒舌を吐けるのは皐以外にいない。だが、今のティンにはそれさえ懐かしく、心に突き刺さる。

「何で、ここに? あたしを連れ戻しに?」

「いえ、単純に武者修行です。ティンさんが出て行ったのを機に私も旅に出たのですよ。あの道場はいいですねぇ、修行の旅が良いだなんて。大手を振って所属道場を名乗れるってものです」

 皐は清々しい笑顔で言い切る。ティンは少し半信半疑で彼女を見つめるが、皐が動いた。

「まあ、雑談はここまでにしましょうか」

 そう言って皐は堂々と携帯型お着替えくんを起動し、衣服を変える。純白の和服、袖のない上着に左を前に羽織った着物。それはまるで、死装束の様だった。

「何で、着替えるの、皐」

「あはは、決まってるじゃないですか。勝負です」

 瞬間、ティンは恐れ戦く。皐が、敵意を剥き出しにしてティンを見たからだ。本来、ティンは敵意さえ向けられれば無意識に対応出来るくらいには身体を戦闘用に鍛えている。その彼女が反応出来なかった、いやしなかった。理由は一つ、敵対する理由が一切ないからである。甘い? 違う、ティンにとって皐は敵ではない、それ以前に敵意を向けられる覚えも無ければ敵意を向ける理由も無いのだ、何故敵意を向けて相対せねばならないのか。

「どうしましたか? もしかして、剣を向けられない、とでも言いますか? まあ良いですよ、それならそれでその気になってもらうだけです」

「どういう、こと?」

「こう言う事ですよ」

 皐は収められた刀の柄を握り、白刃が閃く。直後、ティンは素早く後ろに下がるとティンが居た場所で斬撃が舞い、鍔鳴りが響く。

「月華閃流、月影斬。油断すれば月の刃が切り刻みます」

「な、何する」

「その気にさせる、と言ったじゃないですか。貴方が本気になるまで攻撃を続けます。剣士として背を切るのは些か不本意ですが、まあ良いでしょう。あなたがその気になればいいのですから」

「な、なんでこんな事するんだよ!? あたし、皐を怒られる様なことした!?」

「クス、怒るだなんてとんでもない。私は単純にあなたと戦いたいんです。本気で。ああ、それとも未経験ですか? 本気で互いに殺意を向け合い、相手と斬り合う行為自体が」

 皐は詠う様に笑うように語る。その姿は異常にティンに見えた。だが、皐は正常である。人としてではなく、剣士として。戦に生き、戦に死することを誇りと感じる剣士として正常だ。

「は、初めてじゃあ、ないけど」

「なら同じです。私も貴方が斬ったモノと同じ扱いで良いんですよ。同じ敵です、敵は切って捨てるものでしょう? それと同じです」

「さ、皐は敵じゃない!」

「は、あはははははっ!」

 ティンの返しを聞いた皐は大きな笑い声を上げる。そして再び皐は刀の柄を握る。そしてまた白刃が閃き、ティンは素早く避ける。

「敵ではない、ときますか。まあ良いですよ? 私にとって貴方は十分魅力的です。十分、斬るに値する剣士です。なら、斬るだけです」

「な、なんで……なんでそこまでして敵対する必要があるんだよっ!?」

「おや、おかしなことを。剣士と剣士が向き合ったなら、斬り合うのが当然でしょう?」

 皐はさも当然の様に語る。まるで、それが真理の様に。

「皐、本気で言ってるの?」

「本気、と言うかそれが真理では? 貴方だって、強い人とは戦いたくなるでしょう?」

「たし、かに、そう……だけど……」

「理解、出来ましたか? では、やりますよ」

 皐は抜き身の刀を鞘に仕舞い込む。そして、皐は一瞬足に力を込めて駆け出し。

「月穿蹴ッ!」

 瞬時に懐に入り込むとティンの顎を素早く蹴り上げる。対してティンは身体を反らしてそのままバック宙で距離を取り。

「月駆穿衝ッ!」

 皐は負い掛ける様に駆け、跳躍から蹴りを放つもティンは素早く抜剣して蹴りを受け止め、火花が舞う。直後、皐は抜刀から一気に振り下ろしてティンの剣と激突し火花が舞う。

 皐は鍔競り合いなど行うことせず。

「足斧ッ!」

 右足を振り上げ斧の様に振り下ろし、ティンは踊る様に回転しながら踵落しをかわす。対して皐は振り下ろした足につられる様に体勢を低くして。

「天月穿ッ!」

 真上に、居合い抜きを放った。ティンは素早く剣を構えて防御を行うも、あまりの激しさに軽く打ち上げられる。そこへ皐は素早く納刀し。

「円月刃ッ!」

 宙に浮いたティンへ身を捻りながら斜め上へと追撃の居合い抜きを放つ。射られた矢の様に鋭い斬撃がティンの防御を貫く。皐は更に納刀しつつ前に出る。

「月影空歩ッ! 月斬翔ッ!」

 ティンの真下に出、真上に向けて居合い抜きを放ちながら跳躍してティンを切裂き。

「天月烈旋ッ!」

 続いて納刀と同時に真横から回し蹴りをティンに叩き込み、空中で踏み込んで。

「月影空歩ッ! 落月刃ッ!」

 更にティントの距離を詰めて叩き落すように上から居合抜きを叩き込むと同時に地面へとおり。

「地月斬ッ!」

 地を抉るように切り上げて地面に叩きつけたティンを切り上げ。

「月砕乱牙ッ!」

 無数の斬撃を一気にティンに叩き込むッ!

「はぁッ!」

 斬撃の締めにティンを蹴り飛ばし。

「月駆閃ッ!」

 納刀後から駆け抜けながら居合抜きでティンを斬る。

「流石ですね、全部打点をずらしますか」

「さ、皐こそ、相変わらず一撃が軽いね」

 ティンは即座に空中で体勢を立て直し、地に立つ。

「一応筋力トレーニングはしてるんですがねぇ。まあいいや」

 皐は納刀しながらティンの方へと向き直り、互いに距離を開けて向き合う。

「今のをくらっても反撃しませんか」

「……皐と殺し合うなんてことできない」

「まだ言いますか。そうまでして戦いを嫌う理由は何ですか?」

 ティンは黙り込む。自分でもよく分かってないのだ、無理も無い。だけど――いつも優しくしてくれた彼女を、敵として認識出来ない。でも。

「――やるって言うなら、叩きのめす」

「ええ、そうです。それで良いんです、敵は遠慮せずに斬って捨てればいいんです、よ!」

 ティンはやっと剣を構え、皐は応える様に踏み出して距離を詰める。

「蹴り上げなんてッ!」

「天月穿ッ!」

 ティンが蹴り上げを予知してかわすも飛んで来たのは真上へと放つ居合い抜き。天の月を穿つ一閃がティンの眼前を閃き、更に。

「斬月閃ッ!」

 納刀後、下から満月を描く様な剣閃を放つもティンは身体を横にして剣閃を避け――直後、描いた月を斬る様に上から斬撃が飛来するがティンは滑る様にそれを避け。

「月駆閃ッ!」

 鍔を鳴らし、避けたティンを追う様に居あい抜きと同時に駆け出す、が。

「もらッ!」

 皐は素早く跳躍から真後ろに回ったティンに鍔鳴らしつつ回し蹴り――天月烈旋――を放ち、ティンは剣で防いでそのまま仰け反り、踏み止まってから剣を構え直してから皐目掛けて突進を仕掛ける。皐は迎え撃つ様に居合いを放ち金属音鳴らし、火花が舞う。

 ティンは剣を戻して更に皐に斬りかかり、皐は納刀する事無くティンと切り結ぶ。剣と刀が打ち合う音が響き、更に二人は斬り結ぶ。

「滅多切りぃッ!」

 ティンは踏み込んで剣を横から薙ぎ、皐は。

「斬月閃・連ッ!」

 皐は月を描く様な剣閃でティンの剣を捌き、続いてティンは剣を振り上げるが皐は描いた月を切裂く様に刀を振り下ろして刃が激突。

 続いてティンは蹴り付け、皐は月を描く様に蹴りを捌き、ティンが斬り付け、皐は剣閃を切り払う様に剣を捌き、ティンが斬り、皐が斬り捌き、ティンが蹴り皐が捌きティンが斬り皐が捌きティンが斬り皐が捌きティンが斬り皐が捌きティンが斬り皐が捌きティンが蹴り皐が捌きティンが斬り。

「月影空歩ッ!」

 皐はティンの攻撃を避ける様に後ろに下がり、それ食い付く様にティンが後を追って輝く剣を振るう。

「オーラブレードッ!」

 皐は身を捻り振り下ろされる剣をかわす。直後、剣が激突した箇所が光の炸裂を生み出す。

 ティンは尚も逃げる皐を追って森を駆け、やがて抜けて平原を突き出た――ところで。

「月影斬・五閃ッ!」

 ティンに月を描く斬閃が舞い飛ぶ。ティンは髪の端を削られる様に切られるがそれでも踊る様な足取りで皐との距離を詰めて皐に剣を振るい、皐もそれに応じる様に抜刀してティンと切り結ぶ。ティンは更に剣を振るい皐の刀と切り結び、皐も押され気味だった先程とは違って蹴りを交えティンよりも優位に立とうと攻め立てる。皐の蹴りをティンは剣で捌き、ティンは素早く切り返すも皐は素早く着地して刀を抜き、ティンの攻撃を弾く。ティンは素早く真後ろに回り、皐に切りかかり。

「月穿蹴ッ!」

 皐はそこに向けて蹴り上げるも、そこには何も無く、皐はそのまま足を後ろに向けて凪ぐ様に回し蹴りを叩き込むがそこにもいなく、視界の隅に見えた剣に反応して剣を振った瞬間、皐は感じ取った。さっきまであった剣が自分にとって一番見えたいた場所に――今では立派な死角となった場所に振るわれている事に。

「しま」

 それだけ言った。それ以上はティンの剣が皐の身体をとらえた為に言えなかった。

 先に一撃を入れたのは、ティンだ。ティンが先手を取る。

「は、入った……皐、入っ」

 皐は納刀して、ティンに向けて居合い抜きを叩き込み、ティンはそれを剣で斬り捌く。

「ど、どうしたの皐!? 一撃、一撃はいった」

「だからどうしたぁッ!?」

 ティンの言葉を消し飛ばす様に皐の怒号が響き渡る。その衝撃にティンは思わず仰け反る。

「一撃? 一撃入っただけです、まだ勝負はついてはいない。まだ勝負は終わってさえいないッ! 一撃入れたからなんだ、一撃入れたら終わりか? そんなお遊びみたいな勝負があるものか、そんな一回程度攻撃が入った程度で、誇りを捨てられるものかッ!」

「え、何、何なの……?」

 皐は納刀し、顔を上げてティンを睨む。

「剣士として生き、剣士として死す。これこそが、私の一生を賭すに値する誇り。剣士としての生き様だッ!」

 皐は眼前に刀を持ち、抜き身の刀身を見る。磨き上げられた刀身は鏡の様に皐の目を写す。そして――皐の纏う何かが、一気に膨らんで収縮する。

「な、何? 気が、膨らんだ?」

「月華閃流剣刀術、天下夢想。自己催眠による、身体強化の秘儀。さあ、続けましょうか。どちらかが、果てるまで」

 ども、やーです。今回は珍しく後半戦を次回に置いとくよー。

 今まで本気で敵対出来る相手としか戦わなかったティンが、初めて敵対出来ない相手との戦い。実はあの短編がフラグだったんだよ!

 それじゃ、次回また。

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