黄昏が飲む創天
ティンとエーフィリス、二つの世界の激突が始まると同時にエーヴィアもまたリフィナに天へと指差し。
「リフィナ、お前の魔法であの創天術式に光を注ぎ込め!」
「それって、おい! そんなことして大丈夫か!?」
「大丈夫だと言った、なら全力でその言葉を信じる! ティンの気合と根性を、ここにいる我々が信じないで誰が信じる。いいからやれ!」
「ええい、世界がどうなっても知らないから!?」
ヤケクソ気味に叫び、リフィナは天に向けて術式を展開し光を一点に集めて解き放つ。放たれた光は天の方陣へと直撃。光弾けとび術式の中へ溶け込んで方陣がより輝きを増して広がっていく。
比例し、より膨れ上がるエーフィリスの光。ティンはその光に押されて黄昏の光がより弱まっていき。
「ほら見なさいよ!? あれで一体」
「いやもっとだ! より強く激しく、光を注ぎ込め!」
エーヴィアはリフィナに伝えるだけ伝えると剣を構えて光の足場を生み出し上へ上へと登っていく。リフィナは訳も分からず、怒鳴りたい気持ちを魔法に込めて解き放った。
立ち上る魔法は方陣に叩き込まれそのまま方陣へと飲み込まれまた光が強まりティンが押されていく。エーフィリスの世界も徐々にティンの黄昏を押し退けてより強く光出し。
「んぐ、ぁぁぁ!?」
優勢だったエーフィリスが苦しみ始めた。リフィナは何が起きてるのか理解できない。何故世界が広がれば彼女が苦しむのか、答えは方陣にあった。
天の方陣へ、創天の魔術は広がり広がってより巨大化する。だが、それに呼応してより黄昏が強く大きく光出し肥大化した炎が水を得た魚が如く、否、油が注ぎ込まれたように激しく光を焼き尽くす。
リフィナは聡明な頭脳を以ってこの事態を解析、理解し把握。しかしそれはあまりにも。
「あの術式は、神滅ぼしの炎に焼かれてる。じゃああの術式が神になったっていうの!? 馬鹿な、さっきまで何の影響も無かったはずの神滅の業火が今になって。じゃ、ない!? そうか、神性を得る条件って確か!?」
はるか上空へと目を向けてみれば、エーヴィアは天の方陣へと極光の聖剣を叩き込んでいた。その意味はただ一つ。
そう、神性とはそもそも神たる器としての適性を指す。生まれながらの神、試練を超えて認められての神、神性はそうして得るものだ。しかし生まれながら神性を持たない凡人が得るにはどうするべきか。答えは単純、己の生み出す世界においてより深い信奉と大勢からの信心によるもの。誰もが神と認められた者は現人神となり、神性を得る。例えそれが創天術式によって生み出されたものであろうと、それどころか普通の人間であろうともだ。
ようは、何であれ己の持つ何かが周囲の者達から崇められる領域に至った存在は神となり己だけの神域を持つ。その広義で言えば世間で神業を持つとされる者でさえ、限定的な領域に限られはするが己だけの神域を生み出す事が出来るのだ。その理論でいけば、例え生まれたばかりの世界であったとしてもその世界に生み出した創造主を神と崇めるものが居れば、そこに列記とした信仰があればその創造主は神性を得る。
しかしてこの状況下でそう言った神性を得たと言う事は、逆に言えば神性を強く高く持てば持つほどティンの持つ黄昏の焔に焼き尽くされると言う事だ。それは暗に、術式が急成長を続ければ続けるほどにエーフィリスが不利になる事を意味する。
例えばそう、女王が性懲りも無く高密度の魔力を以って生み出したエクスカリバーをわざと使い、術式の成長を補佐する。それによって更に世界は膨れ上がり神性は強くなり、広がろうとしていた世界は遂に更に強く、黄昏の炎で押しつぶされる事となる。
現にリフィナとエーヴィア二人が見ている前で、膨れ上がる方陣に対して燃え盛る黄昏が余計に強くなる。ティンには一切の助力をしてないのに、寧ろエーフィリスへと力を譲渡しているのに状況は刻一刻とエーフィリスの不利になり始めている。しかしエーフィリスは。
「そんな、付け焼き刃!」
「ぐ、ぅぅぅぅっ!?」
ひるまずティンとの鬩ぎ合いをしていた。一見無謀にも見えるものの、実はこれがエーフィリスにとって最も有効的な回答である。何故なら、答えはティンを見れば明らかだ。今のティンは神話のヴァルハラその物、そうである以上燃え盛る黄昏の炎は必然的にティンを焼く。
エーヴィアがいった、これは全てティンの気合と根性に掛かっていると。それは正にこういう事だ、前から彼女を押しのけようと今も極光が迫っていると言うのに彼女の内から吹き出し焼き尽くさんとする黄昏はティン自身を容赦なく焼き尽くす。そして今もエーフィリスは細心の注意を払い今術の制御を行い術式の維持をしているのだ。即ち、この戦いの本質は正にどちらが先に根を上げるかと言う点にのみ集約される。
エーフィリスが執念を以って耐え忍び、ティンが自身の炎で焼け落ちるのを待つか。或いはティンの持つ黄昏がエーフィリスの世界を食い潰すか。これはそういう戦いとなっていた、にも拘らず。
「お、おおおおおおおおおッッ!」
「本当におバカ、剣何て振るってももう意味は無いのに!」
ティンは神剣でエーフィリスへと切り付ける。確かに、今武力を持っての戦争は無意味だ。そんな事をした所で今更何も変わりはしないのだ、が効果が無い訳じゃない。確かにティンの一刀がエーフィリスの世界を削っている。それは今は小さな塵芥であったとしても、重ねればもしや。
もう、そんな勘定すら出来ているかどうか怪しいがそれでもティンはエーフィリスの世界に切り込みを入れ続ける。届け響けと願いと祈りを込めて。
一方で、ラルシアは大人しく引き下がっていたもののこの状況に置いて己の成せることは何だろうかと思案し始めた。商人たるもの、時として待つ事も大切なことだと言うの知識を持つ故にこの選択肢をとったものの、状況は不明だった。
「陛下と姫君は、一体何をしていると言うのですか?」
ラルシアからすれば、二人が敵の援護をして結果的に敵が不利になったと言うところだ。リフィナの解説やエーヴィアの指示を聞かずティンの側で眩い光を見ていた彼女は状況の把握が一切出来ていない。
「でも、わかっていることならあります」
説明も解説も聞かず、状況の把握が出来てない彼女が一体何がわかるというのであろうか。ラルシアは己の手にあるヴァニティ・ゼロを握り直すとその刃の先を切るべき御敵へと向けて。
「皆が勝利を得るために動いている。ならば私の成すことはあそこの阿呆に助太刀をする事でしょう。全くもって、本当に馬鹿らしいですが」
ラルシアは片手でヴァニティ・ゼロを構え直すと己で生み出した足場を強く蹴り出しティンとエーフィリスがげきとつする戦場へと舞い上がりエーフィリスへと無の魔力を持って生み出した斬撃を幾つも飛翔させる。
飛び交う無数の刃はエーフィリスを容赦無く斬り刻むがそのくらいで怯む事は無い。だがラルシアはそれで手を緩めるような女では無い。当然、ティンの纏う神威に触れぬよう立ち回れるものの、今ティンとエーフィリスがやっているのは世界と世界の激突にして喰らい合いだ。神威を持たぬどころか神性を帯びているわけでは無い彼女がいくら攻撃しても意味は。
「ラルシア! 行くぞ!」
そこに叫ぶティン、ラルシアは唐突に呼び出された困惑しながも何故か己が何をするべきなのかわかっていた。何故か、自分すら訳も分からない領域でラルシアは理解していた。
ただ、ティンの隣に並び立ちその剣を振るうのみ。ラルシアはティンの呼び掛けに応じ颯爽と彼女の隣へと馳せ参じる。黄昏の中に入ったラルシアは気付けば平原の中にいた。
黄昏に染められた平原、草が生い茂る誰かが丹念に手を入れたような、この広い平原が誰かの手による慈しみと愛情を持って育てられた平原だ。何故平原か、と思うもののそこに一輪の白百合が咲いているのを見つけた。気高さの中に気品があり、その実よく見ると綺麗に咲いているだけで何も無い。ハリボテで出来ているとさえ表現出来る綺麗なだけの白百合。
ラルシアはふと目にした白百合が、まるで自分みたいだと思った。その時やっと理解する、ここは花畑なのだと。ティンが守る、彼女の世界。黄昏に彩られた美しい白百合が咲き誇る花畑こそ、ティンの世界だったのだ。ここは、彼女が守る彼女と繋がった者しか存在しない白百合の花畑、だがそれは。
「貴方の心に、今私しかいないと言うのですか」
今この花畑にあるのはラルシアの白百合しか存在しない、彼女との間につながりがあるのはただ一人しかいない。だがラルシアはそれは今気にする事では無いと寂しい花畑を超えて戦場へと。
「行きますわ、ティン。ええ、一気に叩き潰して差し上げましょうか!」
「ああ、あの女を叩っ斬る!」
輝く黄昏を帯びて、ラルシアとティンが肩を並べて同じ戦さ場に降り立つ。ラルシアは確かな感触と共に愛剣を握りかの創造主に切り込む。
エーフィリスに先程まで効果があると思えなかった斬撃、ティンと共に連携して繰り出す剣戟にエーフィリスは苦い表情で正面から受け止めた。効いてるという感触はないがエーフィリスの泣きそうな表情が既に効果抜群であることが判明している。
「余程、斬られるのが嫌なようで!」
「元々暴力行為に訴え出る考えすらなかったんだろう、こいつに出来るのは精々世界を広げる事くらいだろう!」
ティンは神剣を振るい神威をぶつけ合い世界の喰らい合いを始め、さらにラルシアまでも加わってエーフィリスに攻撃を仕掛ける。対し彼女は今のラルシアを見て一つの答えを口にする。
「眷属化。己が神威を他者に渡す事で相手を自身の僕に従える神性の権能の一つ! でもそんな出来損ないの神性程度で付けた神威を纏った程度で!」
「確かに何も変わってないけども! あたしの、姉妹になるかもしれなかった奴をなめるな!」
「は、こんな出来の悪い妹なんて不要ですわ!」
ラルシアは無属性の刃を振るってエーフィリスに切り掛かり、ティンもまた黄昏を纏い神滅ぼしの炎を以ってエーフィリスを切り刻む。二人の繰り出す攻撃は確かにエーフィリスに対して有効打ではあるものの、ずっと方陣のま直で世界が鬩ぎあいを続けている状況をずっと見ていたエーヴィアは。
「おいティン、黄昏の炎の広がりが弱い! 殴り合いよりもエーフィリスを押しつぶす方向でやれ! 多分、下手な攻撃はお前が持たない!」
エーフィリスと実際に鬩ぎあいを続けているティンはエーヴィアの言葉に耳を傾けている余裕はない。だが、彼女も徐々に分かって来たことがある。この鬩ぎ合いは確かに気合と根性の世界だ。攻撃を仕掛けても相手が、答えてくれないのならこうして押し潰すより他に無い。
「ラルシア、兎に角押し込むぞ! 下手に剣を振るより、そっちの方が幾分かマシだ!」
「の、ようですわね!」
ティンはラルシアに声をかけると、二人で剣を重ね合わせて一気に押し込んでいく。だからと言って二人の方が優位になったと言う訳でも無い。寧ろ徐々にティン達の側が燃え上がっていると言うのが正しい。
ヴァルハラを焼き尽くす神話が、遂にティンの体までも焼き尽くそうと炎が膨れ上がっているのだ。しかしその炎の矛先は少しずつではあるものの確実にエーフィリスに向かっている。だが、その炎の発生源である以上ティンは。
「く、ん! あ、づ、いッ!」
「少しは耐えなさいな! 貴方が倒れたら全てが台無しですわ!?」
「無茶、言うな! お前、体の内側から溶けそうな焔を食らった事でも」
「知りません! 誇るなら耐えきってからになさいな!」
ラルシアの激励のような突き放す言葉に、ティンはこいつは昔から変わらないなと口にしながら歯を食い縛り黄昏と光輝の世界はより激しくぶつかり合い食らい合っていく。
黄金に輝く世界の中で、一つの神と一つの創造主がぶつかり合い鬩ぎ合う。互いが互いに己だけの色で塗り尽そうと自身の世界を広げ合う。では、此処に一つ問いを投げよう。世界を生み出す規模の激しいぶつかり合いはやがてその空間そのものを破壊し、次元に穴を開けて別の次元へと落ちてしまう。
そう、それは例えば4次元、5次元、果てには無数の次元へと。はたまた、この世界と言う存在の裏側。此処では無い何処かへと流れてしまう可能性も大いにあり得るのだ。さて、何が言いたいかと言えばただ一つ。
「――え!?」
エーフィリスは周囲を見渡す。気付けば世界は綻び罅割れて今にも壊れそうだった。元々後悔と怨嗟だけで紡いだ日記、そもそもそんな物が新世界の創造同士の激突に耐えられる筈も無く。
「や、やめて!? 創天術式を成長させ、あづッ!?」
そして急激に黄昏を突き破って成長しようとするエーフィリスの世界は強い信仰によって支えられ、遂にはエーフィリス本人が神として確かな神性を獲得し、黄昏の炎がエーフィリスと彼女の世界を焼き尽くす。飛び出れば出るほどに、世界は業火に焼かれて燃え尽きる。これでは広げる意味も無く、そしてより強い信仰はエーフィリス本人と、彼女の肉体とも呼べる世界その物を業火で焼き尽くす。
遂に、限界を迎えた。しかし、まだエーフィリスには勝ちの目がある。ティンだ、奴を折ればこの創天崩しの根本が崩壊する。故にエーフィリスはより強い光を放ちティンも負けじと黄昏を肥大化させ――。
んじゃまた。