そして始まる創天崩し
「陛下、唐突に現れて早々どういう事ですか?」
エーヴィアは頬を拭うと毅然とした表情で困惑する魔王を見据えながら。
「まず創天術式の壊し方だ。幾つかある、一つは術式の核を破壊する事。大規模によって作られたもう一つの世界はちょっとやそっとじゃたやすく術式を破壊できない、よって本気で破壊するなら核を破壊する」
「この場合だとエーフィリス本人って事か。でもそれは」
繋げたリフィナが言葉を濁す。核であるエーフィリスの撃破はティンとラルシアの奮闘で判明した通り、基本的に達成できない。
「次に、魔力不足や魔力の供給切断による消失だ。魔法なんだから当然だが、世界を維持する事自体が出来ない場合も当然崩壊する。だがこれも不可能だ。魔力原は恐らくエーフィリスと創天術式そのもの」
エーヴィアは天上にて広がり続ける創世の方陣へ切っ先を向けて。
「あるいはこの世界自体だ。創天術式に取り込まれた連中の持つ光を神に捧げる供物みたいにして供給を得ている、よって魔力断ちも無理だ」
「女王、陛下?」
いきなり女王からの演説にティンを始めとしてエーフィリスも纏めて全員が困惑する。なぜ初めから正当を言わずに回りくどい事までしているのだろうか。
エーヴィアは天高く突き上げた剣をもう一度エーフィリスに差し向け。
「そして次は、生み出された創天術式と同規模そして同質量の魔術で相殺する事だ。こちらの方が単純で簡単だが、こちらの戦力のみでそれを実行するのは不可能だ」
「あの、女王陛下!? こんな時になって一体何をおっしゃって」
台詞の途中、ティンは女王の僅かな変化に言葉を詰まらせる。ほんの少し、背景も地面も徐々に光に変わろうとするこの世界においては見逃してしまいそうな、極小さな変化。手を握って開いて僅かに発光した、だけである。
たったそれだけ、それだけの行動しか行っていない。だが一体何を起こそうとしているのか見当も付かず、ただただ見守るしか出来ない。
「そして最後、その前に一つ。お前はこの世界がどういう構造になっているか、知っているか」
「何の茶番? 別にいいよ、お喋りしてたって。諦めたというのならそれでもいいよ。どっちにせよ、時間を稼いだところで始まった創世は終わらないし止まらない。私の望む私とリークの世界が」
エーフィリスがエーヴィアから視線を反らし、勝ち誇ったように語り出したと同時、エーヴィアは飛びのいてティンの隣に降り立つ。ティンは何が目的なのかわからないまま、しかしエーヴィアは勝利を確信した笑みを浮かべ。
「交渉相手から目を反らすとは、貴様も程度が知れるというものだぞ」
「はぁ?」
訳がわからない。何を言っているのか理解に苦しむと言わんばかりにエーフィリスはエーヴィアを見る。
「言っただろうが、貴様のいる世界がどういう構造なのか。基本的に世界を構築しているのはそこに生きているもの達が持つ共通認識、所謂常識ってやつだ、そいつが世界の法則を生み出し世界ってものを形づくる。じゃあ問うが、違う世界同士が重なり合ったらどうなると思う?」
「決まっているでしょう、異なる世界の法則同士が激突すれば片方が崩壊するまで食らい、あう」
エーフィリスは遂にエーヴィアの思惑を理解した。女王の行動は単純だ、ただティンの持つ神剣に魔力を注ぐのみ。それだけで、彼女の行動の意味を理解する。
魔王は瞬時に思った、止めないと。それだけは決して認めては。
「行くぞティンッ! 丁度いい頃合いだ、十分世界は育ったッ! こいつが創天崩しの第一歩、黄昏の焔の全開だ!」
「やめて!? あなた自分が何をしているのか」
「分かっているとも!」
ティンの持つラグナロックへと魔力が注入され、神剣は遂に黄昏色に染まり眩い光を解き放つ。輝く神剣はやがて炎を纏い始め、二人の体から黄昏の炎が吹き出る。吹き出た焔は爆発的に膨れ上がり、やがてこの空間を果てはこの世界そのものを飲み込んで焼き尽くす。
「ラグナロックの神話が完全状態と化し、神滅ぼしの焔が噴き出す。その炎と神性をその身に宿す御神体が全開でその力を振るえばどうなるか? 答えは簡単だ、御神体を以って顕現された神剣、そしてそこから生み出された炎は胸に秘めた祈りを以って黄昏に沈む世界を生み出す! ティンは今や、ラグナロックの担い手として神性をその身に宿した存在。そして、神性が齎すその効力が何か知っているか?」
「――自身の、心象風景を疑似的そして一時的な箱庭の世界として顕現させる」
エーヴィアの言葉をエーフィリスが繋げた。エーヴィアは噴出した焔を操りその指向性を制御する。操られた炎は広がる世界中へと膨れ上がり、光に消えていく世界を無慈悲に飲み込んでいき、世界は薄暗い黒から無垢な白色にそして万象焼き尽くす赤へ、遂には黄金の黄昏と染め上がっていく。
「陛下、それって」
「ああ、この作戦の肝はティンだ。異世界の中で解放され顕現したティンの燃え盛るヴァルハラを再現した黄昏の世界は、ティンを軸とした神代の世界。そしてティンが生み出した世界と貴様の光輝なる世界、この二つが同時に存在すると言う事はどういう事か」
「片方は世界を生み出せる神、もう片方は自身を軸とした世界の創造主、それが同時に存在し、激突するってことは」
リフィナは漸くエーヴィアの思惑に気付くと天へと視線を向ける。そこには黄昏の炎は世界を飲み込み、その炎は天上の方陣へと届き、広がりゆく新世界を丸ごと飲み込んみ、全てが黄昏に染まりあがる。
黄昏に包まれた事によって、天上の方陣が鉄がねじれるような、ガラスが罅割れていくような音を上げて、展開され続けた世界が止まった。そして遂に始まるそれは、
「ああ、世界と世界の食らい合いが始まる! 互いの世界の常識と常識がぶつかり合い、激しくぶつかりあい、そして世界の常識を決める為の鬩ぎ合いが発生する! そして、ティンの生み出す世界の規模自体は無いに等しいが相手が神であるのなら。相手がある程度の広がった世界であるのなら」
産み落とされてもいない新世界の胎児なら、神滅ぼしも意味が無い。だが、十二分に育ち更に神として神性を僅かでも得ているのなら話が変わる。その為の時間稼ぎだった。
急に広がらなくなった天上の術式に呼応し、エーフィリスは心臓を抑えながら声もなく苦しみ悶える。今、彼女の肉体とその感覚は天上の創世の術式とリンクしていた。それが今、灼熱の黄昏によって無理矢理抑え込まれそれどころか寧ろ焼き焦がされて世界が無理やり潰されていく。
「なん、こっ、まっ」
「ほう、さすがに苦しいかエーフィリス。今やお前は世界の創造主そのものだ、その広がり続けていた術式とはお前の感覚とも繋がっていたようだな」
「ふざ、けるなっ!? こ、こんなので、私の世界が。リークと夢見た世界が消されてたまるものか!?」
エーフィリスは光を放ち、世界を潰そうとする黄昏を押しのけていく。そしてその光をティン目がけて投げ込み。
「私の邪魔をするのなら、皆消えちゃえばいいんだ!」
「やらせますか!」
その間にラルシアが割って入り込み、無属性の防御術式を展開する。このすきにエーヴィアはティンに。
「やるぞティン、ここからが正念場だ」
「陛下、この次の策は?」
「無い」
あまりにも堂々とした返しにティンは呆けるが無視してエーヴィアは。
「後は自分の中にある理想の世界の存在を信じ続ければいい。良いか、異なる世界と世界の法則のぶつかり合いで重要なのは、如何に自分を保つかってとこだ。自分の望む世界を、その存在を最後まで信じそれ以外の不純物を全て消し去る。その思いと覚悟が必要だ」
「思い、覚悟」
「まあ要は、気合と根性だ」
エーヴィアの最後の説明にリフィナとティンはこけるが女王の説明は真面目に遠慮なく続いていく。
「ここから先、全てにおいて勝敗を決めるのはもうそれだけだ。如何に己の勝利のみを信じそれ以外を排除する。何もかもをゆずらないように祈っていれば良い。だからこそ、気合と根性だ」
「つまり、気合と根性であの女を斬れ。そういう事ですか?」
「ああ。今、あいつに対して有効なのはお前の持つ神滅ぼしの炎だ。エーフィリスが生んだ世界はまだ生まれ切っていないにしても徐々に新世界として準備が進んでいる。そこに神威の力を以って遅滞させ、その上で奴の術式自体をオーバーロードさせる。私とリフィナは魔力を制御して逆に奴の術式に魔力を送り込んで負荷を与える」
「そうか、そう言う事ですか! リフィナが光をかき集めて内部から術式を圧迫、私が外からせめぎ合いで圧迫、それで創天術式崩しが完成するんですね!?」
女王から聞いた言葉でやっとこの事態に対する有効打を見つけたと喜ぶもエーヴィアは苦い表情で頭を振る。
「違う、それはあくまで世界の強度を下げる為の物であって有効打にならない。決め手はやはり、ラグナロックより得た神性からの神威によって押しつぶし合いで打ち勝つ、だ」
「では、この作戦は」
「お前も一瞬で理解しただろ? 私達の小細工がエーフィリスを打ち倒すか」
「エーフィリスの執念が、私達の妨害を跳ね飛ばして世界を作り上げるか」
二つに一つ、エーフィリスが生み落とす新世界かティンの持つ黄昏の世界か。今ここに世界の明日を巡り、己の魂をぶつけ合う戦いが始まる。
「では、行って参ります」
「頼む。お前の願いと信念、それがエーフィリスに負けた瞬間、この世界の終焉だ。とにかく空回りでも何でもいい、お前の気合を奴にぶつけろ!」
「あんただけが頼りなんだから、しっかりしなさいよ!」
姫と王、二人から激励を受けて今光の聖騎士は戦場へと舞い上がる。上空ではラルシアとエーフィリスの競り合いが続いている、相手は世界そのものと言えるのにラルシアは苦もせずに無の魔剣でエーフィリスの光を切りさばき受け流す。
ティンは光に足場を形成しながら駆け上がり完全状態のラグナロックを振り上げエーフィリスに斬りつけ、エーフィリスも降られた剣に反応して腕を振る上げ、今此処に二人が激突した。
同時に起こる世界と世界の食らい合い、黄昏の世界と光輝の世界が互いに互いの世界を広げる為に塗りつぶしを巻き起こす。
その波動にラルシアでさえも吹き飛ばされ、しかし吹き飛ばされる中ヴァニティ・ゼロを宙に突き刺し、空中に巨大な足場を形成して空を見上げる。そこでは黄昏の光と純白の光が混じり合い奪い合い、食い合う。
二人がぶつかる世界を前にに最早互いの姿などその目に映ってはいない。ただあるのは己の世界をどちらが広げ切るか、どちらが相手を排除し己の世界で旧世界を満たすか、それのみだ。
しかしこの状況において先に魔王が苦悶の声を上げる。
「なん、で」
漏らす声は疑問、エーフィリスはなぜ自分がこんな仕打ちを受けねばならんのかという不条理への憤怒。彼女はただかつて見た夢を叶えようとしているにすぎない。ある男が見せてくれた、彼と叶えようと誓った昔日の思い出。もうどこにも残ってなければ誰も覚えていない思い出、否定されるのはいい。だが何故こうも、何故いつも、自分達の幸せが妨害されるのか納得いかずに、怒りの声を。
「なんで邪魔するの!? 私の、私達の世界が広がらない、広がらないよぉう!? なんで、こんな邪魔を、酷いことするの!?」
「んなもん知るか! 強いて言えば、お前の言い分が徹頭徹尾気に入らない!」
ティンからすれば、幸せな世界を作ってくれるのなら別に良いだろう。誰もが穏やかに暮らせる世界、それも良いと思える。だけども。
「あたしは、あたしの場所を、帰る場所を守るだけだ!」
「イヴァーライル人でも無いくせに、どこに帰るって言うの!?」
「行きたい、場所だよ! たどり着きたい場所に、行きたいだけだ!」
エーフィリスはティンのセリフをあっさり笑い飛ばすと睨みつけながら叫びあげる。
「お馬鹿な子、帰る場所も無いのにどうやって帰る気なんだろ。何処にも行くところが無いなら目の前から消えろぉっ!? 」
「みんながいる、場所だよ! あたしはそこに戻る。お前がいる限り行けないっていうのなら、あたしが斬り落とす! この手で!」
光り輝く黄昏の世界はより一層激しい光を放ち、激しくぶつかり合い互いに己の世界を広げ合った。
んじゃまた。