暗黒に塗潰された歴史
魔王の心臓に向かって吸い込まれる様に飛翔する白銀の槍、魔王の肉体に突き刺さると閃光が爆散して弾け舞う。その着弾音は正に爆撃そのもの、遥かに離れた所に居る筈のティンの肌に波打つほどに衝撃が生み出されている。
あまりの力強さ、投げ槍にも拘らず魔法が掛かっていない筈なのこの擲弾その物とも言えるこの衝撃。正に間違いない、この槍を投げた人間はただ一人。
「ラルシアァッ!」
「気安く名を呼ぶな下郎ッ!」
ティンは振り替える事無くラルシアに声をかけると剣を振るい上げ、ティンは周囲の雑魚を一瞬にして薙ぎ払う。
「上、任せる! 5分までにそこから逃げろッ!」
「人に命令をッて、はあ!? 5分で逃げろ!?」
ラルシアは言われずとも次々に懐から武器を取り出すも、しかしてそこにティンから意味の通り難い忠告が入る。一体5分後に何があると言うのだ。だが問いかけ様にもティンが雑魚に埋もれて行方が見えない。そうである以上、出来る事はただ一つ。
「Lanceofrain!」
跳躍からの敵味方問わない槍の絨毯爆撃。あまりにも馬鹿げた攻撃法に流石のティンも舌を巻き、降り注ぐ槍の雨霰にティンは潜り抜けながら蹂躙される影を越えてその攻撃を受ける魔王を見る。
ラルシアの攻撃は留まる所を知らず、槍の絨毯爆撃を叩き込んだかと思えば次は斧の投擲乱舞、槍の連続投げが雨となり絨毯爆撃と化すのならこちらはさながら。
「Axethegale!」
狂乱の烈風がその総身を蹂躙し、身を削り抉り取っていく。正に鉄の暴風と呼ぶに相応しい攻撃、だがそれすら魔王は。
「蚊蜻蛉」
何なのだと、高々風如きで魔王を削ろうだなどと。
「煩いな、落そうか」
思い上がりにも程があり過ぎて、滑稽で笑みも浮かばない。憚るように魔王は纏う灼光でわずわらしい鉄の強風も槍の雨も丸ごと薙ぎ払う。しかしその程度で止まるラルシアではない。槍も弾く、斧も落すと言うのならすることなどは一つのみである。
「Swordintempest!」
ラルシアが手にした剣を頭上に投げ飛ばす。そして天高く舞い上がった剣は重力に誘われその切っ先を真下へ、受けて落下していく。重力に引かれたフリーフォールはやがて多くの仲間とともに地上へと突き刺さる。
そう、如何なる術式か。ラルシアが投げ上げた剣は無数の剣となり、嵐と魔王の体を切り刻むべく降り注ぐ。無数の剣が降り立つ荒野が今此処に。どれもこれもが投げつけるなんてことさえ烏滸がましいレベルの名剣の数々がラルシアの手より放たれ、嵐を顕現すべく地に降り立ったのだ。
無数の剣が突き刺さる墓場の様な光景が一気に出来上がった。だが、それですら魔王相手にどこまで通用したかと言えば。
「それで」
相対する魔王は、冷淡な表情でラルシアを見る。眼下の雑魚はいとも容易く蹴散らせた、が肝心の本体に至っては全くの無傷と言ってよく降り注いだ剣が彼女の体を一本でも貫くことはもちろん掠り傷を負わせることも出来ていない。
それどころか、これ程の攻撃を受けたにも拘らず魔王は微動だにすらしていないのだ。ラルシアはふむと顎に手を当て一考のポーズを取り、状況を確認。だが魔王は飽きたと言わんばかりにラルシアに向けて指を伸ばす。
光が指先に集い、閃光が彼女の体を貫き踊り狂う。不意打ち気味の駆け抜ける閃光、鬱陶しいなとそれを視認、正体は先程まで会話していた黄昏の聖騎士殿であった。
「邪魔」
言葉通り、邪魔者を排除せんと軽く腕を振るった。しかしそれだけで肥大化する閃光の刃がティンを切り裂かんと迫るも、ティンは空中に光の足場を生成して踊ることで刃を紙一重で回避。そこに魔王の肉体へ槍が音速を越えて直撃する。
またもや、響く爆音と衝撃。軽い術式付与だけで投げた槍が擲弾と同等の結果を齎す豪速槍にティンは見ていて冷や汗を僅かに垂らすも魔王は一切気にかけず、それを薙ぎ払う。光の刃に払われた槍は見るも無残に砕けて霧散するも、次に飛翔するは白銀煌めく戦斧。魔王の肉体に向かい、不規則な軌跡を描くも間違いなくその刃は魔王の肉体に。
「鬱陶しい」
鬱屈した声で近づく戦斧を、その手から放つ灼光で撃ち砕く。いい加減武器を山のように投げて来る蚊蜻蛉が鬱陶しいと思い始めたころ、ティンの剣が魔王の肉体を真っ直ぐ貫く。
その肉体は天に向かって舞い上がってはいるものの、そんな事はそもそも障害にすらなり得ない。ティンは光の魔法を駆使して空中剣舞を披露するも。
「手応えが無さすぎだろ!?」
まさにそこ、幾ら切り付けているのに刀身が歪んで通るとすら幻視する奇妙な手ごたえ。一言で言えば、通じてないに尽きる。これでは埒が明かない。
しかし次にラルシアが見せる芸は、何と魔力交じりに剣閃。飛び交う剣刃が魔王の肉体に殺到する。流石にこれは効かないんじゃないかと思うティン、だが現実は彼女の予想を超えて結果を出す。
「くっ」
魔王が、表情をゆがめた。僅かに眉を顰める程度ではあるものの、確かに苦痛に表情を歪めたのだ、今まで何をしても無頓着であった筈の魔王が。まさか予想外の展開ティンは思考を始めるもそこでティンは時間が来ると。
「ラルシア、そこから逃げろ今すぐに!」
「だから一体何が来ると!?」
ティンの意味が通らぬ退避の指示。意味が分からねば聞かぬと返すラルシア、だが聞かずとも答えが理解出来てしまった。何故なら、背後。遥か彼方、ラルシアの後ろで光が集う場所があった。一体それがと思考したところでふと思う。
そう言えば、行方知らずの女王と星姫は何をしているのだろうか。
考えに至れば後はたやすいこと、あの女王と星姫が他人の捜索を果たして大人しく待つだろうか。答えは考えるまでも無く否、つまりあの二人は勝手に行動するだろう。しかも同じく光の魔力を持った者同士、波長も合うだろうからお互い合流するのに手間も取らない。
であるならばもう答えは一つ、何処だで戦いの音が聞こえその光が見えようものならあの二人はどうするのか? 最早、答えは決まり切っていた。つまり如何なる手段を講じてでも参戦するだろう、この場に。
何とも頼もしい限りだがしかし、一つ疑念が拭えない。一体どのようにして参戦するのか、どんな方法で颯爽とこの戦場に来るのか。もう、答えを考える必要はなかった。ラルシアは全てを把握すると、自分と再会した時点でそこまでのシナリオが想定出来たティンの頭脳に畏怖を覚えつつも即座に退避運動を実行。
ティンの予告する5分より前、集った光が一つの束となって遥か遠方にあるこの戦場に殴り込む。光の速度で疾走する熱量、魔王は完全に意識の外から飛んで来た暴力にその身を蹂躙され、飲み込まれていく。
閃光が魔王を飲み込み、やがて通り過ぎて行った。魔王は僅かに荒い息を吐くのみ、だがそれでも多少は効いたらしい。しかし、受けきった魔王はある一点を見て表情を歪めた。それは、歓喜。
「来たぁ」
喜びに満ちた、女の声。ティンもその声に引かれてその方角を見る。そこからやってくる人間が二人、茶色い長髪を結い上げた白装束の魔導師と金髪ショートの淑女、光輝の星姫ことリフィナ・オーラステラと聖剣女王と名高きエーヴィア・D・イヴァーライル女王である。
「会いたかった。会いたかったよ」
エーヴィアが到着すると魔王は涙すら浮かべて歓喜に打ち震える。まさか、あんな彼方から星姫の砲撃魔法を叩き込んだ上に星姫の駆る空飛ぶ箒に乗って颯爽登場。
「イヴァーライル」
「いきなり人をそんな名で呼ぶとは、貴様何者だ」
「私、あなたの事、待ってたの――ずっと」
「知らん。と言うか貴様誰だ、私は女とイチャコラする趣味などないが」
遂に参上するエーヴィア女王は地に降り立つティンに視線を飛ばすと。
「状況を説明しろ」
「自称魔王、多分この世界の核はあれかと」
ティンは天に座する魔王を示し、エーヴィアとリフィナは見上げてそれを確認する。リフィナはティンのセリフを聞いた途端に怪訝な表情を浮かべると。
「魔王って、何それ。二年前のやつ?」
「いや全然違う。女王陛下、一時撤退を進言申し上げます。色々確認したい事がありますゆえ」
「あの女なら知らんぞ、と言うか撤退なんて出来るのか?」
「我が全身全霊を持って成し遂げます。何卒御一考ください」
忠を尽くす騎士が対応を取るティンにエーヴィアは事の重要性を理解し他はいいのだが、理由が分からず眉を潜める。
「おい、いきなり逃げるってどういう事だ。別に此処でも」
「いえ、とても重大な事です。故、落ち着いた場所で話し合いたいのでございます」
ティンの言葉にエーヴィアは無理やり飲み込み、ラルシアに向けて。
「ラルシア、一旦逃げるぞ!」
「はあっ!?」
高台から逃げ、ティンと同じく透明な床に乗って降りてきたラルシアは行き成り振られた無茶ぶりに怒鳴り返すも、舌打ちポシェットからまたもや無数の槍を取り出し。
「あいつの在庫すげえ」
「武器商人様様だ」
一気に投擲、突風が如く殺到する槍の群。しかし魔王の前には最早児戯ですらなく弾ける閃光によってすべての槍が薙ぎ払われる。だがここで止まるような人間は何処にもおらず。
「スターダスト」
「エクス」
星姫は杖代わりに箒を頭上で振り回し、女王は己が愛剣をそれぞれ握りしめ振り被り。
「ブラスタアアアアアアアアアアッッ!」
「カリバアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
箒の先より生み出される術式からは極大の星光が、振るわれる騎士剣からは極光の聖剣がそれぞれ放たれ、魔王の肉体に突き刺さった。炸裂する閃光と極光、共に光の極みに至っているとも言える爆光にラルシアだけが眩しそうに目を細めるも、他の面子はじりじりと下がりつつある。
閃光が晴れると魔王は相も変わらずそこに立ちはだかっている。居るのだが。
「ああ、逃げるんだ」
こちらの意図を見透かしたように呟いた。彼女は瓦礫の椅子に勢いよく座り込むと。
「いいよ、別に。私の目的は、世界をこの手にすること。別に、戦う必要なんて、無いんだ」
静かに消えて行った。まるで、初めからそこに居なかったと言わんばかりに。ティンは其れを確認するとエーヴィアの手を引いて瓦礫の上に乗って、先に虚構しか存在しない彼方へと逃げていく。
「おいティン、状況を説明しろ! 一体、何の話だ!?」
「一先ず、この戦場から撤退します。確認したいことが山の様にあるのです!」
返し、ティンはエーヴィアの手を引いて奥へ奥へ。ラルシアが現れた場所まで退避するとエーヴィアの手を離して座り込んだ。そこに着いてきたラルシアが。
「一体全体、此処は何処なのですか? 本当に、私も見当が付かないのですが」
「そんな事は後だ」
「んな!? あなた」
「エーヴィア女王陛下、単刀直入にお聞きします」
ティンの必死な、真面目なトーンに誰もが黙り込んだ。そしてティンは射貫く眼光をエーヴィアへと向けて。
「陛下、エーフィリス・デルレオンと言う方をご存知ですか?」
「誰だそいつ」
即答、女王の切り裂くような一言に、少しの間を置いてティンは深い深い溜息を吐いた。だがエーヴィアの表情は徐々に、徐々に目を見開き、冷や汗を流し強張った表情でティンを見下ろし。
「おいティン、答えろよ。答えろ、誰だそいつ。一体、誰なんだそいつは!?」
「じょ、女王陛下!?」
エーヴィアはティンの前に座り込み、彼女の両肩を掴んで揺らし始める。声まで荒げてまで問いかける様にラルシアが驚くが、エーヴィアは。
「私は、呪われたイヴァーライルに15年間住んでいた。その間、呪いを自分の持つ魔力で捻り潰しながら、15年間もデルレオンの書物を全て読み切った。全てだ! 呪いの影響で開いた禁書庫にも赴いた事がある、そこでこの国の歴史も学んだ!」
「え、えっと、その禁書庫は今」
「呪いの解除と共に崩れ消えたよ。書物も、随分古かったしな。だが、そこで私はイヴァーライルはともかく、デルレオンの歴代家族は大凡暗記した。だがそこにエーフィリス何て名前は無い。それだけならば良い」
己の半生を語る女王の姿は徐々に焦燥めいたものに変貌していく。やがてティンの両肩から手を離し、立ち上がって女王はラルシアの方へと振り向いた。瞳孔が開き切っていて、己の人生が崩れ始めと言わんばかりに。
「エーフィリスとは、イヴァーライルにとっては禁忌の名として都市伝説になって伝わっている。決して世に出してはならぬ禁断の名前として。デルレオンには、そんな話は全くないのに」
「それが、一体……お待ちください、エーフィリス・デルレオン? イヴァーライルで禁忌の名がデルレオンの名を持つ?」
「デルレオンの名って基本、貴族の名前でしょ?」
口を挟むのは箒に乗ったリフィナ。彼女は箒に体重を預け、のんびりとしたポーズをとっているがその瞳には射貫くように鋭い眼光が宿っている。
「それも昔からある、由緒正しい。今となっては最早イヴァーライル王国の貴族しか持っていない古い名前。それが付いているってことは、答えは一つ」
「そいつは、デルレオン縁の人間だ。イヴァーライルで禁忌の名を持った、女だ。それも、名前を持った」
ラルシアは困惑するが、リフィナは余計に険しい表情を見せる。彼女はイヴァーライル人でも無い筈なのに、何かを知っているようで。だがラルシアは異を唱える、何せ彼女の言葉が事実なら恐ろしい情報量になる。
エーヴィアがどうやって旧公爵家の人間の名前を把握していると言うのだ。
「で、でも記憶違いでは? 陛下の名前に似ていますし実は」
「デルレオンって、公爵家専用の家名。しかも個人名が判明している人間は実は三桁も行っていない。下手すると、エーヴィア女王の父親も公的には名前無い筈」
リフィナが口をはさんだ。誰もがリフィナに疑惑の目を向けるも。
「イヴァーライルは、その名前自体がイヴァーライル王国語の造語で『光輝く大地』って意味。光の魔法使いにとっては象徴となる国なんだよ。だから此処で研究のスポンサー頼んだの」
「そういう経緯だったのか。国名の意味は知ってたが、そこで繋がってたとはびっくりだよ。あと、公的にうちの父親の本名が無いのは事実だ。父さんは、名乗れるほどじゃないって先祖の名前を貰って14世とか名乗ってた。だから、名前違いは無い。私が知っている名前は全部で87個、そこに似ている名前はあってもエーフィリスなんて禁忌の名前は何処にも無い」
エーヴィアはそこで切ると今度は皮肉気な笑みを浮かべると更に。
「その内、名前の判明している女性は34名。ああ、それしかする事が無かったのもあって全員見事に覚えているよ。その中に、ギリギリな名前はあってもエーフィリス何て言う禁断めいた名前は何処にも無い」
「では、次の質問も面白い答えが貰えそうですね」
ティンは疲れた表情で上を見上げ、誰もが驚愕に染まる表情を見せる中。ティンは僅かな笑みさえ浮かべて致命的な問いを投げた。
「リードハルク・イヴァーライルとエイヴァン・デルレオンってご存知ですか?」
「誰だそいつ」
エーヴィアは即答する。しかし即答後、エーヴィアは口を閉ざして考える。考える、考える、記憶を掘り起こし掘り返しそんな名前が何処かに無い物かと探し続け、やがてティンに顔を向けると
「そんな奴、イヴァーライルにもデルレオンにも、いないぞ。おい、本当にその名前で良いのか? リードハルクにエイヴァンだと? なあ、レイヴンとかエーヴァントとか」
「いいえ、エイヴァンです。所で御二つのその名前は、で何処等ありますか?」
「あるに決まって、いやあるよ。父の名が、エーヴァント14世だ」
ティンはその答えに頷き返すと今度はこれで終わりだと言わんばかりに。
「最後に、イヴァーライル領って知ってます?」
「王国以前の、イヴァーライルの呼称だ。そいつを何処で、いやお前、今までの一連の質問を何処で。おい、まさか。そいつらは、まさか」
エーヴィアはある結論に到達する。いきなり、イヴァーライル人でもないのに出て来た三人の名前。最後に出て来たイヴァーライル領の意味。これらがまとまると浮かんでくる最悪の答えと、浮かんでくる古びた日記とこの国の在り方。
王族が一つの名前を襲名するのはよくある事だ、しかしイヴァーライルの王族貴族には一つ致命的過ぎる部分があった。如何に歴史の長い国とは言えどもそれでは決して説明のつかない疑問点。それを、リフィナがポツリと。
「イヴァ―ライルって、初代国王様とかの名前が無いんだよね。劇ではイヴァーライルにデルレオン、愛称すら存在せず、初代国王の呼び名は総じて初代国王。あとあの国、初代王妃様って存在すら怪しいよね」
「よく、知ってるな。お前」
「そりゃまあ、この国の歴史くらいネットに載ってたしねぇ。本当、あんたらよくこの謎気にせず生きてこれたよねぇ」
エーヴィアの返しにリフィナは暢気に返した。対するエーヴィアは乾いた笑いさえ浮かべながらティンに向き直ると。
「じゃあ此処は。あの女は、まさか」
「恐らく、イヴァーライル王国建国に関わった、原点ですね」
青い表情を浮かべて疲れ切った表情を見せるティンを、エーヴィアは引き攣った笑みを浮かべて眺めた。
んじゃまた。