魔王にされた聖女
気付けば急に変わり果てていた世界。分かるのは何処かの廃墟と化した宮殿と言う事のみ、一体全体何が起きたのかティンには理解出来ない。ただ、この瓦礫の上に立って居るだけという行為に生産的ではない。
ティンは一しきり周囲を見渡し、地面を蹴ってその固さを把握し、直ぐに崩れ無い事を確認して歩き出す。が、直ぐそこでティンは何かに躓きバランスを崩してしまった。しかしてそこはティン、相も変らぬバランス能力であっさりと体勢を戻すと一体何に躓いたんだと足元を見る。
「なるほど、そりゃそうだな」
ソレを見て、ティンは納得したと頷く。そこにあったのは鋼鉄の鎧、此処が何処かの王城でそして宮殿あったと言うのなら、そこを守っていた筈の人間が居てもおかしい話ではない。そして此処にこんなものがあると言う事は即ち。
「此処って元戦場? 攻城戦受けたにしてはやけに破壊されてるけど」
口にしながらティンは瓦礫の中を歩き回る。突き抜けの床を見るにここは地上数十階の高い場所のようだ。何せその下には螺旋階段となっており、幾つもの階層があったことを示唆する。
「ん?」
そこまで考えたとたん、ティンの視界に砂嵐が舞った。これは確か、超能力が此処を異常なレベルで観測したことを伝えた証拠。つまるところ、ティンは此処を視認している。それも一度か二度、此処の間取りをある程度把握するほどにである。
此処を見た事がある、それだけでティンとしては異常事態だ。見た事も来たことも無い場所、それも崩れて瓦礫と化した宮殿に何の見覚えがあると言うのであろうか。と否定するも一瞬、ティンの頭脳は刹那の速さで答えを出す。
「イヴァ―ライル、本城? いや待った何で」
「此処は、魔王の居城なの」
やっと来たか、そんな思いと共に声のする方へ真っ直ぐに斬線を描く。閃光が如く振り抜いた剣は、ティンが予想した通りに何の手応えを得る事無く空を切ると。
「もう、いきなり切り掛かるって常識無い人」
「常識ある人だったらどうするのさ。まさかテーブルとお茶菓子を用意して優雅に茶会とか言うんじゃないだろうな」
ティンは状況を確認しながら声のする方へもう一度振り返る。そこにはテーブルとお茶菓子を用意して優雅な茶会を催す淑女が一人。何処かで見た記憶のある金髪を長く伸ばした女性。
「もしもそうだと言ったら」
「その菓子が、何処まで薄く切れるか見せてやるよ。お代はそうだね、あんたも同じように薄切りにしてやるってのはどうだい」
鋭い切っ先を彼女に突き付け、ティンはただただ冷淡に宣告する。魔王を自称する彼女は優雅に微笑むとカップを一口飲み込んだ。
「まあ酷い人。そんな人に、飲ませるお茶なんてありませんよ?」
「そもそも、飲んでやるお茶も無い。で、一つ聞きたいんだが」
ティンは突き付けた切っ先を微塵も動かさず、純粋な殺意を叩きつけたまま彼女に問いかける。
「この世界は何だ。何でイヴァーライル王城と同じデザインなんだ」
「へえ。城なんて出来たんだ、あそこ」
イヴァーライル。その一言を聞いた瞬間に彼女は微笑みが消えうせる。代わりに奇妙とも言える雰囲気が溢れ始める。思えばこの世界には見渡す世界が無い、瓦礫の奥に見えるのはただの灰色の空のみ。その先には何もない、そう何も。
(待て、どういう事だ?)
頭が回る、思考が駆け抜ける。時を置き去り答えを求めて駆け巡る。もしも此処が、先程までと同じ場所であると言うのなら。その先に合った筈の光景は、眼下に広がる世界は何処に行ったのか。ティンは記憶を掘り返す、此処までの記憶に何処か外に目を向けたことなんてあったか。
答えは、出た。一瞬外の眼下に目が向いている。しかしてその答えは恐ろしい事に、無。暗闇に塗潰されており、その果ても先も何もない。正に奈落の彼方に繋がっているとすらいえる。いや、周囲に地面が無いのはまだいいとしよう。何故それが彼方まで続いているのだろうか。
つまり、この城以外の世界が塗り潰れ落ちたと言うのだろうか。ならばここは一体何なのだろう。ティンは思考を重ね、何度も考察し、答えを構築しようとするが。
「イヴァーライル」
目の前の淑女の呟きによって、制止する。彼女は、愛おし気にその名を口にする。まるで甘い汁を嘗め回すように、下の上で転がしゆっくりと味わうように、その名を口にした。
そして彼女はお茶を口にする。口にして、飲み込んだ。喉を鳴らして、ごくんと音を立てて。醜く、無礼に。お茶を飲み干した。
「欲しい」
彼女は謳う。何が欲しいのか。
「全てが欲しい」
お茶を飲みほした淑女はまだ足りないと優雅に踊り出す。
「この世で最も尊いもの」
世界が欲しいと言った女は瓦礫の上で踊り出す。
「私はただ、それだけなんだ」
そして瓦礫の山のてっぺんに辿り着くと、ティンを見る。
「貴方は魔王を討つ勇者? それとも、お姫様を救い出す騎士様?」
「あえて言うなら、正答者」
「正答者」
淑女はくすくすと笑いあげる。
「貴方に、何の答えが見えるの? 私の、答え」
「別に。あたしはそこにある答えを拾っていくだけだ」
真っ直ぐな、付き向けた剣が如く真っ直ぐな言葉。彼女はそこに、憎悪に似た瞳で見つめる。憎悪と羨望と眩しさで、ティンを見る。
「私は、魔王。世界を食い尽くす、悪いわぁるい魔王。例えば」
淑女がスカートを翻す。中から出て来るのは扇情的かつ健康的な足か、否違う。出て来たのはドロドロに溶け落ちた闇で。闇が零れて周りを満たす、満たされた闇から翼竜人間が次々に出来上がっていき。
「こんな風に、ね。食べちゃえ」
「随分楽しい歓迎だなおい!」
魔王の命令一つで怪物達がティンに襲い掛かる。即座に起動するは光子加速、二倍速まで引き上げると踏み込んで一気に瓦礫を踏み込み跳び上がり敵を次々になます卸にしていく。
「あはっ、上手上手」
「言ってろ! シャイニング」
ティンは拙い魔力を動かして剣に送り込み錬成し。
「ウェーブ!」
剣から光の斬撃を繰り出す。繰り出された光の斬撃は翼竜人間の群れに直撃すると光が飲み込んで爆散して薙ぎ払っていく。が、直ぐに闇の中から怪物達が溢れ出て来る。
(蹴散らしても埒が明かない)
ティンは跳び上がった体勢を切り替え、地上に自信を叩きつける様に無理やり降り立つと。
「やだぁ、行き成りチェックの宣言? そう上手く行くかな」
「うっさい!」
そのまま魔王の下へと秒速を越えて一気に迫る。あれが何であれ、魔力を帯びて此処に存在している以上は当然のように属性による相性と言うものが存在する。つまるところ、陰から出て来ているのであればこいつらは闇の属性を持っていると言う証拠にもなる。
故にそのまま煌めく切っ先を真っ直ぐに、かの魔王の下へと疾走し。
「何っ!?」
影の世界を蹴散らそうと踏み込もうと言う直前で、魔王の歪んだ微笑みを目にすると同時にティンは直ぐに下がって距離を取る。
「あら、どうしたの? 急に怖くなった?」
「こいつ」
ティンは距離を取ると、現れる翼竜人間達を注意深く観察する。敵の笑みを見たからではない、幾つか気になる点が急に浮かんできたのだ。そこから導き出される答えはただ一つ。
「そいつら、闇じゃないな?」
「はあ? いきなり何を言い出すかと思ったら。それ以外の何かに見える?」
「じゃあ認めるんだな、あんたの周囲の奇妙な連中」
ティンが指摘する通り、陰達には奇妙なところがある。
まずは見た目、確かに影から這い出ては来るが何故か纏うオーラがある。確かに纏うオーラは暗い影だが、そもそも闇がオーラを纏っている時点で疑問だらけだ。まるで輝く光が如くオーラが、どう見てもあれが闇と断じる事が出来ないのだ。
さらに言えば先程放ったシャイニングウェーブの光が爆散した事だ。強烈な光の魔力を持つティンが放つ魔法、幾ら魔力の制御率が常人より低いからと言っても、貫通と持続力に優れたあの技が相手を押し込まずに飲み込んで爆散したのだ。
つまり、あの怪物達が抗って耐えたと言うことになる。だから敵を削る事も無く貫くことも無く、抗った怪物達を飲み込んで爆散したのだ。と言う事は。
「まさかこいつらこんな也で、光属性か!?」
「だって、私からして。兄さんも混ぜたって光以外の何だって言うの?」
「くっそ!」
ティンは状況に気が付くと直ぐに剣を銀の騎士剣に持ち替えてリーチに物を言わせて次々に怪物達を薙ぎ払っていく。
「あっらー、結構頑張って作ったつもりだったけど。やられちゃったか、残念」
「そうかよ」
ティンが剣を一振り、それだけで消し飛ぶ怪獣たち正に狩ではあるがこれでは先に限界が来る。一体どうすれば良い物かとティンは考えて。
「お前は一体、何者だ!」
「魔王だよ。そう、私は魔王」
女はティンの光を見て恨めしいとくすくす笑うのみ。
「私はね、世界が欲しかった」
「理由は何だ!?」
先行舞う戦場の中で陰に飲み込まれながら、彼女は告げる。自分の望みを、その願いを。だが口にしたその願いはあまりにも。
「ただ、それだけだったの。私はただ、皆が笑って暮らせる。そんな世界が欲しかった、世界の全てをこの手に収め平和を築く。ずっとずっと、未来永劫、この星が終わりを迎えるその瞬間まで、ただそうしていたかった」
「じゃあ作ればいいだろうが、そんな優しい世界を!」
「無理だよ」
諦めきった声で、淡々と。ぼそりと、吐き出すように口にする。
「皆が言うの、それは悪だ。私の望みは、人を塗り潰して貪り尽す暗黒の祈り。私の願いも、望みも、皆ただの独裁だって」
「どこが!?」
ティンは叫んだ、彼女が口にする暖かい世界への祈りを何故そんな悪党の願いと断じられなければならないのか。確かに、彼女が謳う、作り上げようとする世界は紛れもなく平和で優しい世界だ。確かに独善かも知れない、他者から一方的すぎる平和なのかも知れない。
だけど、誰もが穏やかに暮らせる平和を願う祈りは願いは、とても美しい物の筈。神聖で穢れの無い、綺麗な物の筈だ。人に押し付ける願いだったとしても、それはきっと。
「私の願いは、皆の祈りを踏み潰す。皆の同調を否定する。覇道の願い、押し付けの望み。だからこそ称えられた! 魔王! お前は魔王、人の願いを、祈りを、食い潰して自分の願いだけを押し通す、世界の覇者であろうとする魔王! 私は、悪の魔王! 人の祈りも願いも望みも夢も希望も未来も幸せを踏み躙って自分の思い描いた物だけを押し通す、暗黒の魔王!」
「違うだろうが! 何で、人の幸せを願う事が、一体どこが悪だって!?」
ティンは彼女の言う台詞が理解できない。白銀の刃は変わらずに退魔の具現とばかりに影を切り裂き薙ぎ払う。だが、それでも彼女の闇は消えずに膨れ上がるのみ。
女は言う、願いは世界征服。確かにそれは悪だろう、皆の願いも祈りも望みも夢も未来も希望も、全てを奪い去る邪悪と言えるかもしれない。だが、その果てにある物が暖かで優しい、人々に幸福を齎すのであればそれは、きっと。
「皆が言うの。私は、覇者の器。己の願いの為だけに、世界を欲する貪欲な魔女! 皆の幸せ、そんな独善を押し付ける魔王!」
「誰だよ、そんなことを言うのは!?」
「闇の、教主。彼は言ったわ。お前ほど貪欲な人間は、魔王となるに相応しい。誰よりも深い欲望を持ち、誰よりも純粋に世界を求め、誰よりも世界の支配を夢見る女」
ティンは歯を食い縛る。彼女の台詞が事実なら、なんて酷い話だ。聖女の祈りを、魔王の願望と挿げ替え魔王に仕立て上げた。一体此処が何処で、彼女が何者なのか理解できない。分かるのはただ一つ。
「何であんたは魔王になったんだ!? あたしはどうすれば良い!」
「知らないよ、そんなの。私はただ、待ってるの。素敵な王子様が手を差し伸べてくれる瞬間を。ほら、直ぐそこに来てる筈だから」
急に、彼女はティンから目を逸らした。ティンの刃は遂に怪物の包囲網を突破して目の前の哀れな女に刃を届かせる寸前まで行くも、そこでまた彼女は陰に乗って高く高く昇っていく。
「王子さまって!?」
「貴方も知っているでしょう?」
天に昇る彼女は、ティンなんて目にも入れずに答える。そこに何の感情も無く、あるのは諦観と傍受。彼女は待っている、魔王と対峙するべき素敵な王子様を。そしてそれを、ティンのよく知る形で伝えた。
「イヴァーライル」
「はあ!?」
「私の婚約者。彼は言ったわ、僕達だけで国を作ろう。君の為に、国を作ろう。デルレオンと二人でなら、君の国を作れる」
「おい、まさか。あんた名前は!?」
ティンはそこで彼女の存在が気になった。何故、そこに至らなかったのかと自答自問する。彼女の日記らしき物があそこにあった以上、彼女は当然あれに関連するもの。
女はもう一度ティンに視線を向ける。行き成り名を問うとは失礼な奴だと言いたげに、彼女は自身の名を。
「エーフィリス。エーフィリス・デルレオン・イヴァーライル。イヴァーライル領の隣、デルレオン領の長女。エイヴァン・デルレオンの妹にして、リードハルク・イヴァーライルの婚約者」
告げたと同時、白銀の槍が彼女の体に突き刺さった。
んじゃまた。