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遅れた出演者

 ティンは、今やっと気付いたことがある。

 それは、この公爵館には結構人が住んでいることに。



 女王陛下にボコされてから十分で気絶復活すると――現実はエーヴィア女王陛下に無理矢理叩き起こされただけである――ティンは第二中庭に引きずり出された。

「……で、何でここに連れて来られたの?」

「仕事だ。一先ずうちの騎士団を鍛えてやって欲しい」

 エーヴィア女王陛下に続いて「よろしくお願いしますッッ!」と言う男の野太い声が響き、甲冑姿の男達が一斉に頭を下げる。

 ティンは訳が分からずにエーヴィア女王に顔を向ける。

「なに、どゆこと?」

「つまりはだ。うちの騎士団連中と模擬戦でもして鍛えてくれ。暇なんだから、そんぐらいやってくれ」

「……はぁ」

 ティンは言葉を返すと整列している騎士たちを見つめる。

「如何すればいいの?」

「まあ、あれだ。こいつらが襲って来るから返り討ちにしてやれ」

 エーヴィアが説明を終えると再び男たちが「よろしくお願いしますッッ!」と一斉に声を上げる。

「……分かった」

 ティンは渋々了承すると、エーヴィアの側に見慣れない人影がいるのに気が付く。

 何だろうとそっちに目を配るとエーヴィアの肩までしか背が無い(と言ってもティンからすれば十分大きい。エーヴィアが大きいのだ)朱髪の短くカットした青年がひっそりと立っている。

「誰そいつ」

「ん? ああ、こいつか」

 エーヴィアは言われてそっちに目を送る。その二人の佇まいを見てティンは。

「親」

「側近だ。親子じゃねえよ」

  エーヴィアは率先してティンを黙らせた。対して青年は何処か残念そうだ。

「後、一応彼氏だ。うん」

 空気が凍った。見事以上に空気が凍り付いた。ティンもコメントの困った。

 いきなり彼氏だ。驚くなって方が無理である。

「おい、火之志ひのし

 凍った空気の中、女王陛下が声を絞り出す。

「……言い出したあたしが恥ずかしいって如何言うことだてめえっ!?」

「お、俺が知るかっ!? 勝手に自爆したのお前だろうが!?」

「うるせえよ手前が責任取れよ!?」

「知るかよ!? 俺だって恥ずかしいわ!」

 とエーヴィアは顔を真っ赤にして火之志の胸倉を掴みあげる。対する彼も顔を真っ赤にして言い返す。この様子を見たティンは一言。

「ああ、これが痴話喧嘩」

 なんて言おうものだから二人から剣を眼前に突きつけられるのだ。ティンも動こうにも動けずにいるとそこにラルシアが通りかかった。

 ――のちに彼女は語る。ラルシアが天使に見えたのは後にも先にもこれが一回きりだったと。

 彼女に言えばきっと「あら、私は何時だって天使のような存在ですわ」と言ってのけるのだろう。ちなみにティンがこう語るのは理由がある。なぜならラルシアは笑顔で二人に。

「あ、ところで女王陛下。お世継ぎご出産の予定はいつですか?」

 等と言うのだから。

 本人的には最後に「なるべく早くして下さいましね。あ、その前に婚姻が先でしたか?」と言いたかったのだがこの二人(主にエーヴィア)を相手に何時までも冗談――と言うか冷やかしを言っていられない。当然脱兎の如く発言の直後にラルシアは加速魔法を用いて高速ダッシュで逃げた。

 が、当然この二人は黙って逃がす気は皆無らしく、無言で仲良くラルシアを追いかける。

 取り残されたティンは取りあえず。

「さーて、訓練始めるぞー」

 仕事をすることにした。



 訓練とは言うが実際はティンによるワンマンショーに近い。

 次々に襲い来る城の兵士をただただ何時も通りに斬り倒すだけだ。しかし、今までの様な機械の兵隊とは違い武器を持った人間な為か何時も通りと言う訳にもいかない。もっと言えば集中リンチではなく一人一人相手にして行くのだ。

 甲冑姿に剣と盾を構えた兵士がティンに向かって突っ込み、盾を突き出して隙間から剣を突き出す。

 対するティンは突き出された盾を蹴り、足場にし、踏み越え、兜の隙間から首元に剣を突き刺し、そこから剣を軸に相手を乗り越えて、反動で一気に剣を引き抜き、背中から一撃必殺の斬撃を送り込む。

 すると兵士は走り込んだ勢いに乗って吹っ飛んで地面に倒れ込んだ。

「次!」

 ティンの声に合わせて今度は大斧を両手で持った甲冑姿の兵士が一歩前へ出、そこから武器を構えてティンに向かって突撃をかけて来る。

 対してティンは剣を握り直して斧兵士と一気に距離を詰めて肉薄し、飛んで来る斧の一撃を潜る様に加速して腕を切り裂いて首元に刀身を埋め込んで一気に引き抜いた。

 喉を貫かれた男は無言のまま力を抜いて倒れる。ティンは退かそうと蹴るが、微動だにしないので位置をずらして叫んだ。

「次!」

 次に刀剣を両手で握った兵士が一歩前に出て武器を構えてティンに向かって走って来る。それを見たティンは剣を構えて堂々と前から突っ込み、そして酷くわざとらしく真後ろに回った。

 それを見た兵士は驚いて背後を振り向いた瞬間に背中を切り裂かれて地に伏す。

「次!」

 と言った感じに次々と襲ってくる兵士達を見事に蹴散らして行く。

 ついにはあっと言う間に全ての兵士を切り倒していた。

「……えっと、これで終わり?」

「へぇ……中々面白い戦い方をするんだ、君は」

 と声に引かれて顔を動かせばそこには薄い笑みを顔に張り付け、灰色の長い髪とボロい灰色のコートを羽織ったて刀を手にした男が立っている。ティンはふと、こんな男居たっけ? と首を捻るが妙に薄いと言う印象を抱いたので見落としたんだろうなと思い直す。

「えっと、あんたは?」

「俺? 俺は氷滅。氷滅烈也。氷滅流剣術の剣士さ。この城の……客員剣士だとかになってる。まあ、あれだね。旅をしていたら此処に流れ着いたのさ」

(……氷滅? あれ、どこかで聞いた様な……)

 ティンは頭を動かすが直ぐに止めた。だって疲れるし。

 男は手を顎に当てティンを見る。

「うん、ちょうど良い。俺暇だったから相手してくれよ。此処の兵士じゃちょっと物足りなくてね」

 そう言うと手にした刀をコートのベルトに差し込み、居合の構えを取る。

「んーまいっか。じゃあ行くよ」

 ティンもそう返して剣を握り直す。そして二人は測った様に同時に駆け出す。

 相手は居合を使用するなら十分に注意せねば一気にやられる。そう思った刹那の瞬間――男は刀を抜く。

「氷滅流秘剣――雨閃・零式ッ!」

 ティンは呆気に取られた――烈也が剣を抜いたことにではない。その斬線にだ。

 その斬線の軌跡は正しく、雨。男の通った後には降り注ぐ剣の雨、狂った様に繰り出される上段から下段への振り下ろし斬撃ッ! ティンはそれを見て、剣閃の合間を見切り、雨を払う様に剣を振るう。二人は交差し、まるで試験の結果発表を待っているかの様な静寂の中、烈也静かに片膝を着く。

「なるほど。雨さえ切り払う、か」

 と、静かに漏らすと立ち上がった。

「流石に零式は無理だったか……だがそれにしても良い腕前だね。君、凄いなぁ」

「な、なんなの、今の技……狂った様に連続振り下ろしって……」

「おかしいだろ? これは雨閃の初期型でね」

 烈也に身体に付いた砂埃を払いながら立ち上がる。

「うせん?」

「そ。“雨の如き剣閃”、名付けて雨閃さ」

「も、もしかして、それ上から使ったりする? こう、連続突きで」

 烈也はその台詞を聞いて驚いた様に。

「へえ、よく知ってるね。そう、弐式は上から雨を模して突きまくるんだ」

 その言葉にティンが盛大に驚いた。

「や、やっぱりだ!? 氷滅に雨閃って仮面ブレードじゃん! あんたどう言う関係!?」

「あ、君アレ(・・)のファン?」

 烈也の表情が変わる。こう呆れ果てたように。

「うん、そうだよ。少なくとも仮面ブレードの初代は大体実話。当時警官だったうちのご先祖様の伝記を、先祖の息子がどっかの出版社に持っていったら小説化して人気が出てTV放送になったのが初代。これ、ファンの剣士の間じゃ有名だよ?」

「う、うそぉッ!? あたし、いつも見てたよ! 最近まですっごくよく見てたよ!」

 仮面ブレードとはアーステラ全国で放映中の特撮物である。大体六十年も大昔から大人気シリーズである。あらすじは大凡『社会の裏で暗躍する悪を影から討つ、仮面剣士』の話。主人公は社会人だったり世捨て人だったり様々である。

 これが原因で一時期剣士を志す人が急増したりするほどの反響があったり。

 作中の基本的な設定として主人公は氷滅流剣術を使う剣士だと言う点である。ただこの氷滅流はシリーズが出る度に設定が変っていき、年々シュール化している。

 噂では街頭で出会った冒険者に脚本を書かせてる、と言うものが有名。

「じゃあじゃあさっきの雨閃ってレイン・フラッシャー!? うわ、あれが原型なの!? 何かしょぼい様な……」

「いや、アレでの技は大体原型より無意味に派手にしているよ。と言うか、人間が使うんだからしょぼくていいんだよ。と言うかそれぞれちゃんと目的があって生まれたんだけどね……」

 烈也は呆れ顔で言い切った。それを見てティンは。

「ねえ、仮面ブレード嫌いなの? 面白いじゃん!」

「そう? 俺としてはご先祖の奇行が元で作られたってイメージしかないけど」

「きこう?」

「変ってことさ。剣士の癖に、こそこそと闇討ちなんて見っとも無い」

「な、何だって!? そこがかっこいいんじゃないか!」

 ティンは思いっきり反論する。自分の好きな番組を侮辱されたのだ、当然の反応とも言えよう。

「そんなもんかなぁ……俺は別にどうでもいいんだけど」

「な、何ィ!?」

 と、そんな感じに烈也とティンは暫く対話した後、ティンは叫んだ。

「アンタ何か、大っ嫌いだッ!」



 ティンは酷く不機嫌な気分で第一中庭へとやってきた。ふとラルシアの事務所に目を移す。理由はさっきの鬼ごっこの結果が気になるのだ。

 と、そこで礼拝堂の近くに誰かが居ることに気が付いた。近くによって見ると茶のセミロングの髪の修道服を纏った女性が竹箒で礼拝堂前を掃いている。

「何してるの? こんな寂れたところで」

「んなっ!? 寂れたって酷い事言わないで下さい! と言うか見ていれば分るじゃないですか、掃除ですよ掃除。全く最近の人は……ってあれ、貴女誰ですか? 新しい旅人さん?」

 と、ティンが話しかけた途端に舌が回ること回ること。彼女も吃驚して少し引いている。

「え、あ、うん。えっと、シスターさん?」

「そそ、シスター・カレンですよーっと」

「え、華梨?」

「かりん? 誰それ、私はカレンです、カレン・フェイバット」

「……えっと、か、りんじゃなく、か、れん?」

 ティンは疑問系たっぷりに問うとカレンは満足気に首を縦に動かすと。

「そうですよカレン。で、教会へ何の御用で? これでも一応聖職者の端くれ、お悩み相談から懺悔まで聞いて差し上げますよ?」

「いや、こんなさ」

 とティンは上からしたへと視線を動かし、礼拝堂をじっくりと見回す。蔓が絡まり、今にも崩れそうな雰囲気に礼拝堂だ。幽霊とか出て来そうで、不気味である。

 良くて年季入ってる……と言いたいがここまでボロいとそんな事さえ言えない状態である。

「廃墟に人が居るとは思ってなかったから、何かなって」

「あなたが私をバカにしてるのはよく分かりました」

 ティンの失礼な物言いに青筋浮かべて返す。まあ寂れているとは言えども此処の礼拝堂に務めるシスターなのだ。自分の所属する教会を馬鹿にされたらそりゃ怒る。

「全く、騎士服を着ている癖に……え、騎士服? 貴女がティン?」

「へ、あ、うん、あたしがティンだけど」

 シスター・カレンはじろじろとティンの姿を上から順に見ていく。それに対してティンは怒って言い出す。

「もう、一体何なんだよ!」

「貴方が女王陛下の言っていた聖騎士? へえ……」

「女王陛下って……エーヴィア様?」

「うん、そう。この前、此処に居たって言う聖騎士のことを話していたから……なるほど、貴女が。じゃあこっち来なさい」

 と、カレンはティンの手を握るとその手を引いて礼拝堂へと入って行く。そして適当な椅子に座らせるとカレンはその側に立つ。

「ではでは、えーっと……うん、お祈りでもして行きます?」

「いや、何で」

「だって、騎士ですし」

「騎士と教会なんて関係ないでしょ」

 それを聞いたカレンは溜息を漏らして呟いた。

「はぁ……仕方ない、その辺りの歴史の勉強をするか……良い? この国は違うけど、一部の国で一番偉かったのは誰だと思う?」

「え? えーっと……王様?」

「うん、皆そう思うよね。この国、イヴァーライルも王様が偉いけど、教会の長、教皇が偉い国もあったんです」

「……え、何で? 教会の偉い人が何で関係あるの?」

 ティンはきょとんとして返す。

「理由としては宗教的世界観では国王だろうが皇帝だろうが皆一緒だからよ。そういう意味じゃ皆平等な一般信者、その上で一番偉いのは当然それを仕切る教皇って事」

「それおかしいよ。何で教会の中で偉い人が国を治める人より偉いの?」

「だから、宗教的な身分で言っちゃえば王様も一般人と同じ、一番上が神様、オケ?」

 ティンは酷いレベルの暴言を聞いた気分になった。

「そういうこと、その中で宗教を取り仕切る教皇が偉い。他にも小難しい話になるけど一気にぶった切って、何で騎士と教会が関係あるかって言うと、そういった教会が神聖なる目的で行う戦争、聖戦とかをやってるからよ。

 その最中、軍事的な拠点として礼拝堂を使っていたの。騎士修道会とか言われているわね。聖堂騎士団とも言うわ」

「もしかして……それが聖騎士の元なの?」

「聖騎士? ああパラディンのこと? アレは違う、パラディンって言うのは親衛隊とかの高位の騎士に与えられる称号だから……あ、でも高潔な騎士を聖騎士って呼んだっけ……確か、聖戦に参加した騎士団を聖騎士団と呼んだわね。あ、そうそう教会所属の戦闘部隊も神聖騎士団と呼んでるわね。ま、そんな感じに聖騎士ってのは高位で、神聖視されてる騎士って事」

「よくわかんないけど」

 カレンはずるっとこけた。まあ結構解説してて肝心の生徒が分からんと言われれば脱力するだろう。

「取り敢えず、聖騎士がすごく偉いってことと、教会と関係が深い事がわかった」

「うん、そこ分かってくれなかったら貴女の事殴ってるね」

「暴力シスター」

「ん? 何だって? よく聞こえないなぁ、もっかい言ってみ?」

 カレンは言いながらティンの喉元に斧を突きつける。その鮮やかな手腕にティンは思わず息を呑む。間違ってはいないよ、いきなり突きつけられた銀光放つ斧を見て息を呑んでるよ。

 ティンはか細い声で「何でもありません」と返すしか無かった。するとカレンは斧をしまい。

「うんうん、素直でよろしい。と言う感じに貴女が此処にいることは別におかしく無いどころか普通で寧ろ当然なの。オゥケーィ?」

「お、おっけー……あれ、でもあたしそうやって聖騎士になったんじゃ無いけど」

「あ、知ってるよー聖都セントラル・パラディンで聖騎士になったんでしょう?」

 カレンは手をヒラヒラと振りながら言い切った。それに対してティンははてと。

「あれ、何で知ってるの? あたしいつ言ったっけ」

「聖騎士で冒険者なんて、騎士達の聖都で神聖足り得る誓いを立てたんでしょう? そうでなければ聖騎士が一人で気儘な旅なんて出来る訳じゃない。遠征ならちゃんとした手続きだってあるでしょうし、そもそも貴女の装備に国章が無いじゃない。騎士の癖に仕えるべき国の紋章が無いし馬にも乗っていないなんて、そもそもそんなの騎士でさえない、その上それで自身を聖騎士と名乗るのは聖都セントラル・パラディンで誓いを立てた騎士だけよ」

「……ねえ、あたしが聖騎士だっていつ言った?」

 ティンは無い頭を必死に動かして考える。今までで自身が聖騎士と名乗った事は今までで一度も無い。だから余計に不思議だ。

「え、だってその服にセントラル・パラディンの聖騎士の紋章あるし。ラルシアさんが気付いて、私が調べて判明ってこと」

「……ま、待って。この服って紋章があるの!? 何処に!?」

 ティンは服の端を持って驚いた様に叫び、くるくる回って体中を見渡す。

「首元。マントの留金にあるのがそれ。今度行くことがあれば神殿に行ってみ、同じ紋章があるから」

 ティンは慌てて留金を外す。当然のようにマントが落ち、気にする事無くティンは留金の部分にきちんと何処かで見たような紋章が描かれている。剣と盾が交わった様な紋章。

「ほ、ホントだ……ホントに、見たことある様な紋章がある……」

「分ったのは良いけど、マントどうすんの? これ一人で付けるの難しそうだけど……ってこれ浄化の術式かかってるのね。砂埃が掃う事も無く落ちるなんてシュールねぇ」

 言いながらカレンは落ちたマントを拾い上げ、そのままティンの首にマントを付けてひょいっと留金を取り上げて付け直す。

「あ、ども」

「どうもいたしまして……そう言えば貴女、何で此処に居るの? エーヴィア女王が仕事させるとか言ってたと思うけど」

「あ、うん。終わった。騎士団全滅させて来た!」

「自慢げに言うな。それ最悪だから」

 カレンはティンの頭をチョップしながらため息をつく。

「え、何で。女王陛下はそれで良いって」

「ああ、なるほど。アホにはその説明で良いやって事か」

「ねえ、それ馬鹿にしてる?」

「いや全然全く持って馬鹿にしていませんよー」

 ティンは何か納得いかない何かを抱えながら流す。カレンは呆れ返った様に。

「と言うか、見境も無く切り倒しちゃ訓練の意味が無いでしょうが。あんた、騎士団の何を鍛える気?」

「……何を鍛えれば良かったの?」

「馬鹿だこいつ」

 カレンは小さく素早く呟いた。なのでティンには全く聞こえなかったのである。

「まいっか……そう言えば、騎士団ってことはその中に剣士いなかった?」

「え、あ、あいつ! あいつさひっどいんだよ! あたしがいつも楽しみにしてる番組を下らないとか言ってさ!」

 ティンは言われてピーンと来た。家出をするまで毎週見てた番組を下らないと切り捨てた、長い銀髪の剣士。

「ああ……仮面ブレードか……あれ、私も正直なー。毎回毎回設定が奇抜と言うか、氷滅流の扱いがおかしいよ。この前のシリーズなんて「身体に流れる氷竜の血が」っていやいや、氷滅流は一子相伝でそんな特殊設定ないし」

「ええっ!? 逆に斬新で良いじゃん仮面ブレード餓狼!」

 白熱するティンに対してカレンは酷いくらいローテンションである。

「が、がろうって、何? ごめん、正直一話だけ見て呆れて見るの止めたからよく知らない」

「初代見なよ!? あれ名作だよ!?」

「あー原作読んだからいい。あれ渋いよねぇ~、最初に出た『氷滅流、それは氷が如く冷たき悪を滅する剣』ってのが最初スルーしてたけど最終話でその台詞出てまさか泣くとは思って無くてさー。あれ実話が元の上書いてる人が上手いのか思わず読んでてのめり込んだよ、原作仮面ブレード。と言うか、あれ原作と言うか四代目氷滅流当主が名乗ってるんだね。最初そのネーミングどうよって思ったけど、中盤での『我が身常に剣也』と叫んで権力に負けた上司と対峙するあのシーン見て寧ろかっこよく思えたわ」

「でしょ、でしょ!? 最初あたしも『単に仮面剣士ってだけじゃん』って思ったけど、あれって一種の覚悟の証明なんだよね」

「まあ、あれはまあ初代は良いってのは認めるけど、それ以外は正直無理やり続けてるようにしか見えないってのが何とも言えなくってさ。正直ねー」

 カレンはそう言って立ちっ放しに疲れたのか、ティンの側に座り込む。

「えー良いじゃん、面白いし」

「……こういう連中が増長させてるんだよな……ま、いいや。あ、そだ、あの人と戦ったんだよね? あー、じゃあちょっと気分悪くしちゃったかな」

「ん? いや別に?」

「そ? あの人、行き成り本気出す人じゃないから……あの人なりのルールって奴? いきなり本気で戦おうとしないの、烈也さん」

 カレンは言うと少し嬉しそうな表情を見せる。その表情は、何と言うか。

「好きなの、あいつのこと」

「わひゃおうっ!? い、いきなり何を言い出すのあんた!? そ、そりゃ顔良いし話してて飽きないし強いしかっこいいしでも私は一応シスターであって神と結婚している様なものでそ、その特定の殿方に恋をするなんて畏れ多い事出来る訳が無くて」

「つまり、好きなんでしょ?」

「……はい」

 シスターは夕陽よりも赤く顔を染め、俯きながら呟いた。

 ティンは息を吐いて考える。女王陛下に恋人が居て、隣に座ってるシスターにも好きな人が居て。ティンは、素直に思った事を口にした。

「ねえ」

「な、何よ」

「恋をするとみんな馬鹿になるんだね」

「あんた、殺されたい?」



 ティンはボロボロになりながら礼拝堂を出た。世の中、殴ると言いながら殴る人は居るが、まさか殺すと言って軽く殴る人はいないだろう。まあ実際居たのだが。

(まさか片手五、六発づつ殴って来るとは……やっぱりあいつ暴力シスターじゃないか?)

 そんな事を思いながら前をみる。すると、以前は寂れた雰囲気しか無かった噴水から水が噴き出し、シャボン玉が舞っているではないか。何とも神秘的かつ幻想的。そこまで別世界の様だ。そしてその中央、噴水の近く、幻想的な風景を彩る様に女性が立っている。

 手にはシャボン玉で彩られた長杖、纏うは水色を基調としたローブ、短く切り揃えた青い髪の女性が、そこに居る。

「ふぅ、これでよし、と」

「ねえ」

 ティンはその様子を見て彼女に歩み寄る。

「何をしてるの? あんた誰?」

「あら、貴方その格好……貴方がティン?」

 どうやら彼女も此処の住民らしい。彼女を知ってると言う事はエーヴィア女王から聞いて居るのだろう。

「私は宮廷魔導師をしている水沢潤。最近は公爵館の近くの水源を調べてたから初めて会うはずよ」

「水源? 何で?」

「貴方は、この国が昔呪われてたこと知っている?」

「あ、うん。結構有名だったし、ニュースでも時々言っていた」

 ティンは少し記憶を掘り返した。確か、『立ち入り禁止レポート』とか言う番組で特集が組まれていたことを思い出す。その時は空から見た国の様子を映し出されていたが、酷い様子だったのを思い出す。

 しかし、そう言えば。

「確か、二年前だっけ。急に呪いが解けたんだっけ」

「ええ、二年半前。私は此処に来て一年だからよく知らないのだけど。まあ、呪いが解けたって聞いたし、近くに来たからついでに寄ったの。そしたら女王陛下が『腰を落ち着けたいと思ってるなら此処で働くか?』と言われてね。まさか御伽噺でしか聞いた事がない宮廷魔導師になれちゃうなんて私も吃驚したけど、一応憧れだったし良いかなと思ってね」

「宮廷魔導師って何?」

「簡単に言えば王宮所属の魔導師のこと。国王様直属の魔導師の事で、魔導師として最高位の称号よ。今は荒れ果てた国内の水源を調べ、魔法で如何にかできないかって事の調査ね。漸く使えそうな水源を見つけて、噴水が動けるようにしたのよ」

 潤は此処までの経緯を長々とティンに語る。対する彼女は。

「へえ~、すっごいねえ。でも何でシャボン玉が浮いてるの?」

「ああ、これ? ……魔法で水源調整して噴水が動くようにしたから、その、私の魔力って泡が出やすくって……」

「つまり、どういうこと?」

「……まあ、私が魔法でやった結果ってこと。あ、あれよ、幻想的でいいよね?」

 よくない気がするが、いわゆる部外者であるティンには言い切られてはどうしようもない。

「……つまり、手抜き工事?」

「ううん、違うわ。仕様よ」

 もっと悪い気がするが、潤がこうも言い切るのであればそうなのだろう。ティンは此処にいてもしょうがないと感じ、移動を開始する。

 ティンは東館と書かれた館を歩き回り、二階から外の様子を眺めてみた。と言っても風景なんてない。遠くに崩れかかった岩の壁が見えるだけ、風景なんて欠片も無い。

(……ん、なんだあれ)

 遠く、岩の壁の近くに黒い点が揺れている見える。いや、きちんと視界に入れてみると黒い格好をした人間だ。服装の雰囲気的に、少女らしい。

 ティンは気になったので直に外に出て行った。



 外に飛び出し、踊る様に駆けて行くとやがて黒い点は徐々に黒い――いや黒紫のローブを羽織って――と思いきや実際はマントを羽織っているだけの様だ。

 ティンは後ろから近寄ると少女は立ち上がる……が、結構小さい。ティンの胸にも届いてないなら相当に小さいと言うことだ。そして、彼女ははっきりと言い切った。

「そこの人、立っている地面を割った。気をつけて」

 言われてティンは直に一歩下がった。そして予告どおり、軽い断層が起きる。ティンの立っている地面が下がり、少女の地面が上がる。そして少女はゆっくりとティンの方へと振り返る。

 少女の容姿は黒い髪を短く切り揃え、服装は白をベースの黒と紫の装飾が施された服装を纏い、黒光りする杖を手にしている。

「……誰、貴方。行き成り人の後ろに立たないで欲しいのだけど」

「い、いきなり地面を割る人に言われたくない!」

「何の用? 私は一応忙しいんだけど」

 少女はティンの言い分を流して言葉を繋げる。ティンはペースを崩されながらも口を開く。

「えっと、城から人が見えたからなんだと思って……と言うか何をしてるの?」

「この辺りの地面を調べてる。相当に荒れ果ててる様だし、ラルシアさんがこの辺りの地面を魔法で変化させようと業者に頼んでいるようだし、一応、月並みとは言えども地の魔法が使えるわたしが調査しようって話になってね。それでこの辺りの地質調査をしていたけど……やっぱり酷い様子。荒廃と言うか枯れてると言うか、酷いくらい大地が荒れ果ててね。栄養素が皆無でボロボロ、これは本気で如何にかしないとね。そう言えば貴方本気で誰? 城から来た、と言う事は公爵館からってことでしょう? 貴方もあそこに流れ着いた旅人?」

 ティンは少し驚いた。あの公爵館で自分を知らない人間がいたとは。

 いや、彼女の台詞を聞くに城の滞在期間は短いようだ。なら不思議は無いのかも知れない。

「と言うかこの国、いろんな人が来るんだね」

「貴方、旅人初心者? この国の位置を地図でよく見なよ」

 そう言って彼女は城へと向けて歩き出す。

「あれ、もう帰るの?」

「もうこの辺りは調べたからね。後、この国は山を通ると大体行き当たるから、結構此処に来ちゃうんだよ。覚えておくと良いよ」

 そう言って彼女を追ってティンも歩き出す。

「そういや名前は何て言うの? あたしはティン」

「……ネイル」



 ネイルと入り口で別れ、ティンはそのまま公爵館へと入る。すると、見慣れない人達がいる。

 数は二。銀髪で髪の長い人と、メイド服を着た青い髪の短い女性。内、ゆっくりと青髪メイドがティンの方へと振り向いた。

「いらっしゃいませ、お客様ですか?」

「客っちゃ客だな。今、此処に滞在している奴で新しいのが居るって言ったろ、そいつがそう」

 メイドの細くも透き通った声に続いてエーヴィア女王が加える。

「あらまあ、何て可愛い子ね。うふふ、一体何処から来た子かしら?」

 と波打つ長い銀髪を持つ女性は気が付くとティンの側に寄って軽く頭を撫でている。

「ってうわ!?」

「あらごめんなさい、可愛らしい金髪だからつい撫でちゃったわ。ねぇねぇ、貴方お名前は? 良かったらうちの子になってみる? まあ冗談だけど」

「え、な、名前? えっと、ティンだけど」

「そう、ティンね。良い名前ね、姓は?」

「ねぇよ、そいつは孤児だからな」

 二人の会話に割り込む様にエーヴィアが入ってくる。すると銀髪の女性はエーヴィアの方へ近寄りながら。

「んもう、人が話してる間に割り込むなんて悪い子ね。親の顔が見てみたいわ」

「なら鏡見ろ鏡」

「……え、どゆこと?」

 ティンは玉座でため息をつくエーヴィアの反応を見て頭を捻る。

「紹介するよ、そこの銀髪のおばさんがうちの母親だ」

「ひっどぉい、お母さんをおばさん呼ばわりするのなんて、エーヴィアちゃんだって後十年もすればお母さんと同じおばさんのくせにぃ~」

 言いながらエーヴィア(母)は女王陛下の隣に歩み寄り、抱き付いて頬ずりをはじめる。やられている女王は酷くうっとおしそうだ。

「後エーヴィアちゃん、お母さんの紹介の仕方がなってないわよ? お母さん、それだけはちゃんと教えた筈だけど?」

「あーそうそう、名前はディレーヌ。ディレーヌ・デルレオン、元公爵夫人の未亡人。これで良いか?」

「元が余計よ。まあ、概ね良しとしましょう」

「そして私が今日まで公爵夫人様に振り回されて来たメイド兼護衛役、マリン・ブルーフィアでございます。メイド暦四十年のベテランです」

「やれること少ないの威張るなよ、あんた」

 ディレーヌの台詞に便乗する様にマリンが自己紹介を行い、そこをルジュが突っ込んだ。

 ちなみにマリンの見た目はどう見ても二十代中盤である。

「……わ、若いにもほどが」

「魔力は物体の劣化を抑える効果がありますから。魔力年齢ならちゃんと実年齢相応です。メイド暦四十年!」

「凄い四十年!」

「ちなみに実際は三十九年と半年ですがさば読みました」

「さば読んでるの!?」

 ティンはマリンの言葉に反応し続け、最後に突っ込んだ。ルジュは呆れ気味に。

「いやそれさば読むなよ」

「四捨五入しました、申し訳ありません」

「いやそれ四捨五入しても四十年届いてなくね? 半年って数字的に四くらいだろ?」

 とエーヴィアが突っ込み、ただでさえ動きの少ない表情はぴきっと固まる。

「女王陛下、部下を苛めて楽しいですか?」

「私は楽しいわ? ねえ、エーヴィアちゃん」

「母さん、人を勝手に巻き込むの止めろ。後ベタベタくっつくな、うざい」

 エーヴィアは未だに深い愛情表現を行う母親に心底うっとおしそうに言った。対してディレーヌは。

「うふふ、やだわエーヴィアちゃんったら、お母さんの事をうざいだなんて……こっちは吐き気を抑えて娘にベタベタしてるって言うのが分らないの?」

「吐き気がすんなら似合わない事すんなよ」

「母親として娘を可愛がるのは当然でしょう? 全くお母さんに似て……気持ち悪い」

 そう言うとディレーヌはエーヴィアから離れ、廊下の方へと向かっていく。そして笑顔で。

「お母さん、長旅で疲れたから部屋にいってるわね。お昼にまたご一緒しましょう? 勿論、ラルシアちゃんも一緒にね?」

 そう言って廊下に入り、続くようにマリンとルジュも後を追った。

「……あ、そういやラルシアは?」

「ああ、しらね。あいつ母さん苦手だからなあ」

「後、恋人さんは?」

 ティンは踏まれた。頭から。

 じゃ、次回。多分、後で追記か活動報告でもっと長い後がきかくよ。

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