黄金の時の中へ
西洋風の高級車の中に似つかわしく無い東洋の和な音が響く、何かが固い板を撃ち叩く音だ。車はどう言う仕組みか、術式か機械による物か一切揺れておらず、後部座席でお互いに金髪の女性が向き合いその間に縦横線がびっしり書き込まれた木の板の上に白と黒の石を並べている。
まあ詰まる所、ティンとラルシアが所謂囲碁を嗜んでいたのである。勿論。ティンの超能力の関係上、二人零和有限確定完全情報ゲームでティンに勝つのは不可能に等しいのだが、ラルシアも無策と言うわけではなくティンには『一局中必ず十回以上は悪手を打つ』と言う条件が課せられている。尤もティンに言わせれば。
「じゃあしなきゃいいじゃん」
「私にとって戦略性ボードゲームは趣味、所謂気分転換なので」
とのことなので仕方なくティンは付き合わされることに。尤もティン曰く『その条件でも勝てる未来が既に千以上もの盤面が構築出来るんだけど』『fuck』と言うやり取りが行われていたのは内緒である。
「と言うか貴方、囲碁出来るのですか?」
「じーさまがボードゲーム好きでね。囲碁と将棋ならよくやってたから」
「それって、相手は剣聖でしたか?」
「知ってたのかお前」
ラルシアは白石を置くとふんと返し。
「ええ、貴方と言う存在を知ってからある程度調べましたし。一番驚いたのは、父があなたの事を捜索させていたこと、やけに貴方の事が割れるのが早すぎると思ったら実は今から17年以上も前から貴方が剣聖の下で暮らしてたことが判明してたそうですわ」
「おいこら待て、それあたしも初耳なんだが」
「だって、父も実は17年以上も経った末に知った事実ですわ。剣聖の下に辿り着いた彼らは交渉を行いましたが失敗、剣聖は拾い児を金で捨てるような真似を断じて許さず断固として拒否したそうです。結果として貴方を剣聖の下に預けて撤退しその事実を部下達の間だけで処理して不明としたそうですわ」
「マジかよ。じーさまらしいっちゃらしいけど、何であたしのこと隠したんだろそいつら。なんか理由でもあんの?」
「当時、父は大きな仕事を抱えていたらしく。会社の今後すら左右するほどの大きな仕事だったそうですわ。そんな状況で見つかった貴方、父は会社の未来よりも貴方を選ぶに違いないと当時の部下達は思ったそうです。貴方の存在を知り、相手が剣聖で、彼から拾い児を得ようとするならばそれ相応の誠意を見せねばならない」
思い浮かべる。自分を育て、剣を握らせたあの老人が突如大企業の部下達からお宅のお子さんを下さいを来られたら――そんなの考えるまでも無く却下だ。あの人が、剣聖とまで謳われていた彼が金程度で子供を。例え血の繋がりが無かろうと己の手で育てると決めた子を、捨てる訳が無い。
ならば当然、虎穴に入らずんば虎子を得ず。それ相応の覚悟と誠意をもって、それこそ己の全てを投げ捨ててでも手に入れるほどの覚悟無しではかの剣士から何もとれないと言う事である。
「父にとって貴方は宿敵の娘、故に見捨てると言う選択肢は初めから皆無。かと言っても無理に引き取ろうとすれば会社に悪影響を与えかねない、そこまで考えた父の部下達は全部黙って無かった事にして会社に報告したそうです」
ティンはラルシアの言葉に少し考える。思考を巡らせ、実は自分の知ってた家族が自分の事情をある程度把握していたとしたら。あの笑顔の裏で、自分の出生の裏を知りつつも自分の事を育ててくれてたとしたら。
あの二人は一体どんな気持ちで、血の繋がらない娘を育てていたのだろうか。拾った娘が何れ厄介ごとを運んでくると知りつつも、彼らは自分の事を一切の区別も差別もする事無く愛情を注いでくれた。死んだ己の息子の代わりでもなく、自分達で生んだ子供の様に。いつか厄介ごとを運んでくる、と知りつつも彼らは何一つとして衰える事の無い愛情をティンはその体に刻んだのである。
そこまで考えてティンは思考を止めて、目の前の事柄に目を向けた。そうだ、過去はどうあれど重要なのは今現在ある目の前の事象だ。そう、ティンの前にある現実と事象を淡々と、見たままの物を口にする。
「詰んでるよ、ラルシア」
「……えっと、貴方。プレイングミスは何度?」
「計20、最後の一手も一応プレミだけど」
ラルシアは震える手で拳を握りしめた。どうやら殴ろうかどうかと鬩ぎ合っているようである。ティン的にはそこまで縛られると逆にギリギリで勝たせ難くなるのであまりしたくはないと心内で呟いた。これではラルシアのストレスを刺激させずに勝たせる事が出来ないのだ。
「さ、参考までに。プレミで勝つと言うのは一体」
「いやだってこっちの方がもっと目取れてるでしょ。尤も、途中からプレミで打ったはずの石が息を吹き返すこともあったし一概にプレミしろって言われても、プレミのフォローやフォロー出来ないようにするのかとかも聞かないと」
ティンが冷たく返すとラルシアは奥歯をぎしりと噛み締めると急に運転席に向かって一言。
「止まって」
ラルシアの一言によって黒塗りに長い車体の高級車は安全運転のまま緩やかに停車した。ラルシアは颯爽と車から降りるとティンも続いて車から降りて何処についたのかを確認。その場所は。
「でっかいお城ー何処だっけここ」
「イヴァ―ライル王国が誇る、イヴァーライル本城だよ。全く知らないくせに来たのか」
声に誘われて振り向いた先に居たのは年老いた男性が杖をつきながら歩いていた。ティンははて、と何処かで見たと思って直ぐに思い出す。
「ミルガ大臣」
「ふん、人の顔を見て思い出すか。超能力だか何だか知らんが、使い手がこうだと有難味も凄みも無いな」
言うだけ言うとミルガ大臣は話す事などもう無いと言わんばかりに立ち去って行く。ティンは次にラルシアに目を向けると。
「で、何でここに?」
「気まぐれですわ。貴方とはゆっくり話したいと思っていましたので」
「それで王城とか……まあ、いいけどさ」
ティンは呆れ気味に溜息を吐いて王城内へと歩いていく。城内は人も多く、先日見た時よりも城内の装飾が豪華になっているような気がした。思わずラルシアに目を向けると彼女も彼女で城内の装飾に興味があるのかあちこちに目を向けて興味深そうに調べている。
「ラルシアも珍しいのか?」
「ええ。私は基本デルレオンに居るので、イヴァーライル王城に足を踏み入れるなど正直滅多に無い事でして」
「本当、此処ってもっと寂れてたらしいけど昔の事を知ってるじーさん達が自重せずに改装しまくったそうだぞ。おかげで何処の迷宮だよってくらいに入り組んでて迷惑極まるにも程がある」
唐突に横から声がした。そちらへと視線を向けてみると、そこには白と金で装飾された金髪長身の女性が立って居て、見覚えがあるような気が。
「めんどい、女王陛下なにしてんの」
「おう、実はこっちももうめんどくさくなって来たから言うけどさ。迷った、出口何処」
あまりにも横柄かつ堂々とした迷子宣言にティンはドン引きしつつ近くに居たラルシアに声をかける。
「おいラルシア、最上級のVIPが道案内をご所望だとさ」
「あらそう」
返ってくる答えは非常につまらなそうと言うか心ここにあらずと言うべきか。ただただ目の前の、と言うか王城に置いてある装飾品にしか目が行っていない。
「これはもしや、既に失われた筈のイヴァーライル焼き? いやしかし……あ、こっちは40年物の……値段は恐らく時価……」
「おーい、そこの鑑定やさーん。こっち見てー話聞いてー」
完全にガン無視して鑑定に入ってるラルシアにティンが大きな声で呼びかけた。返事は無し、しかし暫くした後に納得したように肯いたラルシアがようやく。
「何ですか喧しい。歴史的文化財の前ですわ、少し大人しくなさいな」
「おうラルシア、良いの見つかったか?」
「あら女王陛下、ご機嫌麗しゅう」
振り向き、ティンを睨むとやっとエーヴィアの存在に気づいたらしく恭しく頭を下げる。
「はい、ろくなものがありません」
「おいこら、さっきまでのは一体何だったんだ」
「黙れよ貧乏人。城一つ建てられない骨董品に何の意味があると言うのですか」
「ああ、此処の美術品全部合わせてこの城建てるの無理なんだ」
ティンはいつの間にか来ていた王城内のどこかの廊下を見渡す。そこにはずらずらと様々な美術品が並んでおり、歴史と伝統のある王城の雰囲気作りに一役買っていた。祭りの最中、此処にやって来る人々も中には観察眼には自信ありとあれこれ見て回っている。
「でさ、ラルシア。女王陛下がお困りなんだけど」
「あら女王陛下。どう致しまして? そこの馬鹿の相手につかれたのですか?」
「だったら良かったんだが」
「いや良くない」
「迷った、如何しよう」
現在年齢23の女性が胸を張っての堂々とした迷子発言。ラルシアもこれには微笑んで一言。
「私もです。仲間、ですわね」
「そうだな、仲間だな」
ラルシアの返しに満足げに納得する女王陛下は腰に下げたポシェットに手を入れた。どんな淑女のコスメ道具が出て来るのかと思って見ていたら、何と驚きの女王愛用の刀剣が出て来たのである。
最近の淑女はポシェットにガチ戦闘用の剣を忍ばせるのがトレンド、いざと言う時に使える優れもの。自分の身くらい自分で守ってこその淑女なのだ。なんて、そんな事はどうでも良いと言わんばかりに抜剣した女王は『え、何この人』みたいなドン引き視線を飛ばす金髪美女コンビに向かってその物騒な切っ先を向けるともう一度子供の様な笑みを浮かべてキメの一言。
「迷った、如何しよう」
「私もです。仲間」
「シングルス・エクスカリバー!」
極光の聖剣がラルシアがいた所を切り裂いた。エーヴィアの抜いた剣が太陽の様に発光しているものの、その大きさは通常サイズ。普通のエクスカリバーなら出しただけでこの城を内側から両断している。
「陛下、危ないです! そんなの避けられるの数人だけですわ」
「迷った、如何しよう」
「いえあの、電話でもすればいいじゃないですか! 私だってこの城内しりませんわ!?」
「お前が知らないのに、私が知る訳ないだろ」
大人の淑女は何処へ行ったのか、そこに居るのは極光の聖剣を構える巨乳の付いたイケメンが立っている。いや、ただの迷子なのだからイケメンとは程遠いうえにしかも自分が迷子なことを棚上げだ。
「ですから、電話すれば良いではないですか!?」
「持ってない、だから困った」
「子供ですか、貴方は!?」
「23年も生きれば大人にでもなれると思ったか?」
「いや何その超理論!? カッコよく決めればいいってモノではありませんわ! それとそこの貧乏な単細胞ッ! 何手前だけ無関係を気取ってやがるッ!?」
ついに、ラルシアの怒りの矛先がのほほんと事を構えていたティン自身へと向けられる。しかしだ、ティンが暢気に余裕ぶっていられるのには明確かつ単純な理由がある。それは何かと言えば。
「この面子全員が迷子なら、あたしも迷子だ」
「fuck」
「何だ全員迷子かよ。手前らそれでも社会人か」
「一番の年長かつ一番責任ある仕事してるの誰だよ」
ティンとラルシアは呆れ切った様子で突っ込んだ。そう言う訳で、しばらくはこの面子でイヴァ―ライル御城内をさまよう事となったのである。
唐突にラルシア様の解説をしていきまーす。多分十中八九いやそんな解説求めていないって突っ込まれそうだけどさ!
ラルシア・ノルメイア。
世界中に展開するちょっとお高めな武器製造販売会社ノルメイア、その総合社長の一人娘にして自身も同じくノルメイアの会社を経営する社長の一人。ちなみにノルメイアは武器商店とは言ったが、現実の世界に置き換えてみればスポーツ用品店みたいなものである。
会社全体の方針は「本物の重さを、貴方の元へ」を掲げており、ちょっとお高めの武器を販売している。全ての品が本物の一級品と言う少し狂ったような会社で、例え多少質の悪い鉄でも熟達された職人の腕によって最上級品へと鍛えられ、その性能は他所の店よりも高くなっている。しかし、この店の真の強みは「本物を、相応の価格で」と言う所であり他の店では高く売られていてもノルメイアでは安く売られていることも多い上にその多くが良性能。その為冒険者達からは「消耗し易い安い武器は他所の店の方が安くてお得だが、丈夫で長持ちする高い武器は多少金を出してでもノルメイアで買った方が良い」とされ、玄人好みの店として知られている。
ラルシア自身もそんなノルメイアを誇りに思っており、彼女にとっては店の誇りこそが己のアイデンティティと思っている節がある。
社長であり良いとこのお嬢様であるためか戦闘力は低めに思われがちだが、実は相当に高い戦闘力を持っており近接武器なら殆どを華麗に操る事が出来、しかも腕も相当に立つ為作中でも相当な実力者。
長く、真っ直ぐ伸びたブロンドの髪が輝くライトブルーな瞳のお嬢様、その戦い方もきっと庁の華やかに舞い踊るような素敵な、見る者を魅了する技を見せてくれるに違いない――何てなかった。
彼女の戦闘方法は本当にシンプルイズビューティフル、ただの力押しである。真正面から剛腕でブチ砕く、それがラルシア・ノルメイアであり彼女の本来の戦い方。
基本的な技で紹介すると「優雅に参りましょう」の一言で発動する自己強化技“fighting posture”や「華やかに、かつ麗しく」と呟いて発動する自己強化技“Battle charge”など。
前者の効果は『一定時間、物理攻撃1.2倍、物理攻撃時の判定が少し優勢になる』と言うもの。つまり優雅に参ると言っといて攻撃力を上げつつ相手の攻撃を潰し易くなると言うもの、後者は『一定時間、物理攻撃1.5倍、ガードブレイク率上昇、相手の攻撃無効率上昇、相手の攻撃で仰け反らない、被ダメージ率2倍』と言うもの。いや何処が華やかで麗しいのかとか聞いてはいけません。
当然ルメアも『貴方、それの何処が優雅で華麗なのかしら?』と突っ込むが『あら、単純かつ優美と自負しているのですがご理解頂けない?』『ある意味美しいですわね、その清々しい力押し』と言うやり取りをしている。
そんな感じに実は超が付く程度には重戦士なラルシアお嬢様であり、ぶっちゃけ柄の長い武器持たせれば多勢に無勢で暴れるし、普通の剣持たせれば一騎打ちも一方的に出来ます。なお、ラルシアお嬢様は重量モードと軽量モードに分かれており、重量防具が付いた方と外した方の二つ。
軽量モードなら今度こそ華麗で優美な戦いを――いやふっつうに高速力押しですが何か。寧ろ身動きが素早い分アクロバティックに動いて確実に岩を砕く剛腕当てに来るけど。ラルシアお嬢様にまだるっこしい戦いなどに合わないのである。
ぶっちゃけ所々お嬢様で良いんじゃねって部分あるけど、あの人有権者なのでちゃんとした理由ないとホイホイ剣抜けない事に気付いた筆者が何処かに居たり。ちなみにお嬢様が重量装備な理由はただの筋トレ用。魔法まで使った超重圧下の元に暮らしているのです。
んじゃ、今回はこんくらいで、また。