世界を飲む爆炎
この国を挙げての建国記念祭りこと凱旋祭、世界中渡り歩いたとはいえども少々人が多過ぎやしないだろうか。もっと言わせてもらうのであれば、幾らあちこちへとそこそこ時間をかけて旅をしたにしてもだ。
つまるところティンはこう言いたいのだ。
「何故にこうも次から次へと知り合いに」
「知るかあたしが」
ぼやくティンにエグネイが突っ込み、そして彼女の後ろに立って居た黒い髪の少女が乾いた笑いを漏らす。ティンは彼女に目を向けてみる、瞳の色はライトでも濃くもない中途半端な濃さの赤い瞳の少女だ。
この色合いの瞳の人間に、ティンは覚えがあった。確か、そう東方大陸と西洋大陸との人間の間に生まれたハーフの特徴であった筈だ。しかし彼女も彼女で実に特徴的な格好をしている。一言で言うと、腰から長い物体をぶら下げて立って居た。更にその長い物体は包帯でぐるぐる巻きにされていて。
「で、そこの人だれ? 何で包帯ぐるぐる巻きの物を持ってるの?」
「あ、これ? いや、一応仮にも邪剣だしちゃんと封印処理しておこうかと」
「いやマリちゃん、それは黙っておこうよ。確かに事実だけど、いや割とガチでそれ邪剣だけども、いや下手すりゃあんたがちゃんと持って管理してないといけないレベルのもんだけど。それ言ったら確実に説明しないと駄目でしょう、めんどくさい」
「おいそこ、いきなり新しい世界を作るな。何だよ邪剣って、邪剣何てこの世にあるのかよおい」
ティンの突っ込みにエグネイとマリは一気に目を逸らす。それはつまるところ全部事実と言うことの証明にほかならず。
「へ、へえ。邪剣を封印する一族何だね、凄いなぁ」
「ううん? 邪剣作った一族。思わずと言うかその場のノリと勢いで作っちゃって、ぶっ壊す事が出来ずにそれを子孫代々まで継承させちゃったって言う」
震え声でフォローするフレシアの言葉を切り裂くようにマリはケラケラと世間話の様にぶった切って自分の家の話をする。しかし横で聞いていたエグネイは溜息交じりに。
「マリちゃん、事実だけどもう皆ドン引きだって。一応邪剣は制御出来るんだから良いんだよね?」
「えっと、邪剣と言っても戦場の狂気を取り込んで切れ味上がったり持ち主の正気奪ってってくらいだから抜かなきゃただの剣だって。一応、邪剣の眼とかで魂の凍結は出来るけど」
「危険物じゃねえか!?」
ティンの言葉を皮切りに沙耶美やフレシアは一気にずさっと引き下がるも更なる衝撃的な真実と、そして彼女の持ち得る封印されしと言うか封印すべき邪剣の仕様がかたれる。その恐るべき仕様とはたん的に言って。
「この剣、あたしと言うかあたしの一族の魔力じゃないと動かせない上に、基本あたしの一族が持ってるような魔力じゃ邪剣って言うほどの能力が出せないんだよね。今言ったこと、全部事実だし出来るけど、魔力を注ぐのがあたしである以上それが出来るより先にこの剣が時間の流れで朽ち果てるの早いと思うよ?」
「何だこれただのコントかよおい!?」
あまりにもあんまりなオチにティンは逆切れ気味に突っ込んだ、寧ろ普通に切れた。邪剣などと言う今まで構築されていたであろうティンの世界観を破壊し尽くす物体の登場とその崩壊の速さは最早ギャグに匹敵する。
しかしここまでこき下ろしたところで腐っても邪剣は邪剣、放置出来るものでもなく彼女が責任をもって管理をしていると言う事らしい。紛らわしいと表現するべきか、はたまた迷惑と言うべきか。
「取り合えず、そいつは無害でいいのか?」
「い、一応? 父さん曰く悪用しようと思えばできるけど」
「マリちゃんその話題止めよう、その邪剣の残念さ語りは別の機会にしようよ。いやそれ危険性はガチなのに、所有者がマリちゃんである以上無害と言うか邪剣どころか邪剣(笑)だから。もうただのコント用品だから」
エグネイがマリの肩を掴んで力説する。恐らくその悪用方も現実的に不可能な代物なのだろう。なんていう傍迷惑、なんと言う残念邪剣、もうそれ包帯で封印しなくても良いんじゃ無いかとすら思ったのだが多分せめてもの情けであろう。今のが事実なら、余りにもあんまりな話であり最早何故そんな代物を邪剣と呼んでまで紹介したのだと逆に問い詰めたくなる。
いやしかし、世の中最底辺でだと思っていた場所がそこから更にぶち破ってもっと深い奈落の底まで続いていたなんてのはよくある話。実は包帯巻くだけで十分封印と呼べてしまう代物だったとしたら。別にただその辺に転がっていた包帯を手にとって巻いただけで封印完了という烙印を押されていたとしたら。もう少し邪剣らしい扱いをしても良いのではとティンはそこまで考え一瞬涙が浮かぶほどに邪剣に対して同情する。
「ちなみに、その包帯って何か意味が?」
「え、無いよ? 邪剣ってぶっちゃけ人の目に触れなきゃ良いから、そこら辺のもん巻いただけ。前はトイレットペーパー巻いてたんだけどよく破けるからタオルにしようと思ったんだけどさ、長さが足りなくて仕方なく包帯にしたんだ。でも細いから巻くのめんどくさいんだよね」
いい加減、それを邪剣と言うのならもっとそれらしく扱ってほしい。幾ら何でも理由とチョイスが酷かった。邪剣に巻いて封印するものがよりによってトイレットペーパーとは。ふるえ声で徐々に、震える声の意味を反転させながらも沙耶美は。
「さ、鞘とか、作れば?」
「こいつがでかいし、軽減しようにも軽減の術式や魔力と相性悪いしね。何より、別に軽けりゃ仕舞うもんは何でもいいんだよね」
「……ねえ、まさかそれ」
マリの言葉を聞いたティンはまさかと思って問いかける。
「包帯巻いてるのって、単純に軽さ優先の為だけ? 術式で封印すると考えてないの?」
「うん、そうだよ。だって封印も何もあたしが持ってる限り封印処理されてるようなもんだし、封印する必要ないっしょ?」
「おい最初の封印発言どこいった」
「え、あたしの魔力とこの処理だけで完璧に封印完了だけど」
忘れよう。そして話題を変えよう。
ティン、沙耶美、フレシアは同時に心を一つとして固く共鳴させ合うと今までの流れを切り裂き断ち切り落としてサッパリと次なる話題に意識を向けた。もう、彼女たちの頭と心に残念コント道具の事などなくなっていたのである。
「で、結局エグネイは何でここに?」
「ん、あたしは元々冒険家としてそこそこだからよくお使い頼まれんだよ。うちの道場の師範代、元どっかの軍の英雄様らしくてな。寿除隊した今でもやたらと知り合いが多いらしく、あたしが使いっぱしられてんの」
「なるほど、あんたって本当に冒険者だったのか」
「ぶった切るぞ手前」
ティンとの問答により、エグネイは怒りの視線をティンにぶつけながらもその腰に差した双剣の柄に触れる。
「そーいや優子も言ってたっけ。ってか、そいつか。時々名前に上がってたマリって。ハーフなの?」
「あ、はい。郷野マリです、混血度が酷過ぎてもう何処の国の人間なのかも分かりません」
「そりゃまた酷いもんで」
「あ、確かに。この子ハーフにしちゃ目がちょっとぶれてる」
「マジだ、ハーフの子って明る過ぎず濃過ぎずの瞳なのに何かちょっと濃いめ」
マリの言葉に反応するは沙耶美にフレシア、彼女達はどうやらハーフの人間に詳しいらしい。まあ、考えてもみれば片方は旅芸人の看板娘にしてメインダンサー、もう片方は義賊を名乗るやが付くような人たちっぽい傭兵団団長の娘、ハーフの人間には一家言あるようであった。
しかし、ある意味ハーフが嘘である認定されてしまったマリはと言えば、目を白黒させつつ問い返す。
「嘘、あたしって実はクォーターとか?」
「いや、これもう瞳の色が混沌と化し過ぎて滅茶苦茶になってる。あんたの親父さんだかご先祖様は一体何なんだい? 何をどうしたらこんなに異種人種が混ざった人間が出来るんだか」
「沙耶美、幾ら何でも異種人種は言い過ぎでしょ。確かに肌の色合いも顔の特徴も目の色も全部ごっちゃまぜの色取り取りだけど、これって意図的にわざと他方の人間と交わったっぽいね。何か色合いが所々わざとらしい、こう言う子って親が問題抱えて一点に留まれず仕方ないから旅を続けた結果って場合が多いんだよね」
フレシアはそこでマリの腰からぶら下がっているコント用道具に目を向けた。一点に留まれぬ理由、わざと他方の者と子供を作るこの習慣、それら全てがこの封印すべき呪物が原因なのだとしたら?
マリはいう、自分の家系は元々やばい物を作ったが故にずっとそれを一族が管理していると。更にその一族には代々魔力が少ないと。確か魔力の才能の継承は基本的に生まれた時じゃないと分からないが、元々魔力の高い人間の下にはそれ相応の魔力が宿った子が生まれる事が多いと言う。
勿論、この点に関しては言えば派手に外れを引くことだってある。だが、マリの一族がそれを見越し、それを理解してやってたと思うと。
「何だか、凄いねその剣」
「え、あ、うん」
そんな会話をしていると少し車体が長い車が乗用車専用道路ギリギリに寄せ止まった。一体誰だと思いながら車から降りるそのものを見る。するとそこにはティンからして、いやこの場に居る全員からして驚きの表情が浮かぶ。
「ティン、私に少し付き合いなさい」
「いやまて、何故このタイミングでお前なんだよ、誰得?」
「何を馬鹿な事を。私は昨日言った筈ですわ、また明日と」
「うんそうだね、だから誰もが本当に翌日来ると思うかこの野郎」
「いや~もしもし?」
沙耶美はおずおずと言った様子でティンとこの場に現れた謎の女性、とは言ってもぶっちゃけ此処に居る全員にとっては誰一人として謎では無かったりする。金髪の長い髪をストレートに伸ばし、貴族らしい白い服を纏う彼女。そんな彼女に沙耶美声をかける。
「おたく、もしやとは思いますがあなたラルシア・ノルメイアでは?」
「ええ、如何にも。そこら辺の婦警にまで名前を覚えられるとは……ふふっ、私も有名になったものですわ」
「おかしいな、どう考えても悪目立ちしただけじゃねって思うのはこいつの普段が原因か?」
返答は無言の実力行使、まさかまさかの首根っこ掴まれてからの車の中に放り込むと言う誘拐犯顔負けの方法である。ティンは思う、誰か彼女に僅かで良いからやさしさと言う単語の意味と行動を教えてやってくれないでしょうか、と。
しかしてそんなの気にも留めず、そもそもティンに居た筈の同行者知り合い全員をガン無視しての誘拐事件に一同無言のまま見送る以外の選択肢も取れず、ティンがドナドナと車に叩き込まれて連れ去られていくのをただ黙って見ている以外に方法は無い。
そしてティンをいつぞや、馬車に荷物を叩き込むように車の中へ叩き込むと何事もなかったと言いたげに車の中に戻ってドアを閉めると指をパチンとはじいて。
「出して下さいまし」
「畏まりましたお嬢様」
「その前に言う事が無いか手前」
この一連の流れを当事者とういうか関係者としてみていたティンが思いっきりラルシアに文句をぶつける、が安定と信頼のスルーが炸裂。ルメアとか言う例外さえなければラルシアにとってこの程度造作も無い事なのである。
ティンから言いたいことはただ一つ、そうたった一つのシンプルな答えだ。
「人の話を聞け」
「お前が来世を迎えたら考えてあげます」
んじゃまた。