狼と言うより犬だった
目の前に現れた犬二匹、いや狼二匹と言うべきだろうか。ぶっちゃけ言ってあの様子からしてどう見ても狼と言うより犬の方が近い。飼い犬と番犬コンビと言うかぶっちゃけ威厳とかそういうのが確実に消え上せている。
結論として無視したい。ティンはそう思うのだがあの空気の読めないワンコンビは恐らく速攻でこちらに気付くだろうと言うか。
「あ、ティンだ」
「ん、おうガキ。言った通り来たぞ」
既に気付いていた。流石犬と言うか狼達、嗅覚だけは素晴らしい。二人はティンに気付くと駆け寄って来る、しかも口をもっちゃもっちゃさせつつである。一つ言わせてもらうのであれば食べながら歩くなと言う所である。
「お前ら食いながら歩くなよ」
「ん? 気にすんなって、お前しゅーとめか何かか?」
「ったくだ、いきなり人のやり方に口出すんじゃねえ」
二人はやって来て早々に自分勝手な文句を垂れつつも持って来たゴミを各自処理する。確かに見た目は善良な冒険者に見えなくもないのだが、だからと言って幾ら何でも所々マナー違反している。なので。
「じゃあ、警官が言うのはありかい?」
「……おい、何で婦警が此処に居やがるっ?」
「待てこら、幾らうちらの基本態度が悪そうだからってサツ連れて来るかフツー」
「サツってあのね。こちとらただの善良な一般市民でございますが何か?」
沙耶美のドスと睨みを利かせた反応にフレシアがまたもやぶふーと噴き出す。どうやら彼女的に、沙耶美の本性的と言うか実家的に一般人自称関連が笑えて仕方が無いらしい。確かに、さっき聞いた彼女の肩書を考えれば確かにそれも頷けるものであるのだが。
だが笑われている本人は非常に面白くないらしく余計に不機嫌な表情で舌打ちつつフレシアにビット指さし。
「そこ吹かない」
「だ、だって、ただの、善良な、一般、市民とか。ど、こ、が」
草生やして大爆笑、そんな様子が正に一致するフレシアの反応である。ティンも理解できるが少し受け過ぎな気もする、これが所謂幼馴染力と言う奴なのかも知れない。例えばティンの幼馴染である華梨が似たようなことをしたらどうなるだろう。
一瞬考え、刹那よりも早く腹筋がねじれる。やばい、表情は微塵も動かないが暫く話しかけられたくない程に彼女の頭は沸騰するかのごとく愉快に包まれる。いやだって、あの華梨が、似合わないことをしていてドヤ顔自慢って時点で、ただのエンターテイナーにしか見えないとティンは評価する。
(やばいな、華梨って此処まで面白くなるのか)
なるほどフレシアが静かにひーひー笑い出すのも納得だ。これは受ける、面白い、ただし自分にだけ。しかしてふとよくリフェノのおじさんを見るとビックリな格好である。
まず、アロハシャツのジーンズに髭面のグラサン付きじゃない。普通にスーツを決めて髭を剃っている、更にはこのくそ寒い年末迎える真冬の中ではあるが流石に暑いのか上着は脱いでるのだが元々の顔が悪くないため異常に様になっている。ずっとこうならいいのにとティンは思いつつ。
「そういやあんたのおじさん、今日は決まってるね」
「そうかぁ? 仕事に行くときは大体だぞ?」
「ハン、祭りに行くのにみっともねぇ格好で出れっかバァロォウ」
「にしてもあんた、よく見りゃかの有名な据え膳食わぬ狼じゃんか。元気? オヤジがこないだ探してたよ?」
急に沙耶美がリフェノのおじさんに馴れ馴れしく話しかけて来た。一体どういう事かとティンはリフェノと顔を合わせ、復帰したフレシアとも顔を合わせるが二人とも知らぬ存ぜぬと言う反応を見せて来るのみで。
「手前のオヤジだあ? わりぃな嬢ちゃん、俺ぁガキに興味ねぇんだわ」
「え知らない? 倉田傭兵団だけど」
と、沙耶美が口にするとおじさんはアガっとだらしなく口元を開き。
「は、お前、倉田のとっつぁん知ってんのか?」
「だ、か、ら、オヤジだってばオヤジ。あたしアレの娘。ほら、髪とかそっくりっしょ? 目は御袋似でよく褒められんだけど」
「うぉっほん! あーあー沙耶美君、お一つ良いかい?」
沙耶美が上機嫌に喋っている所にフレシアが一つ咳ばらいを。
「君、さっきから完ッ全ッに実家モードになってるよー? さっき言い直してた口調はどうしたんだいンン~ッ? 君さ、そういうとこ油断だらけだよね~だから昔うっかり倉田の人間ってのがばれて誘拐されかけたんじゃないのぉ~?」
「あ」
フレシアの指摘により鳩が豆鉄砲を食らった所かさぁーっと言う擬音が付いてると思うほどに表情が青ざめていく。対するリフェノの叔父は舌打ちつつもばつが悪そうに頭をガシガシと。
「ったく、倉田のとっつぁんに娘がいるたぁ聞いてたが……あ? おい待て、手前まさかあん時のガキか! おいおい、あれから10年かよ」
「ええっと。おっさん、十年前に何かあった?」
「何でもねえよ、気にすんじゃねえガキ」
「いや、気になるし。あたしとあんた、そんな昔に接点あったっけ? 後がきじゃない、もうとっくに20越えてんだけど」
「はっ、二十歳越えたばっかの青二才が気取ってんじゃねえよ」
リフェノの叔父さんが吐き捨てるように言うと沙耶美も口元引き攣らせて黙り込んだ。彼女的にはもうこの話題で言う事は無いらしいがティンとしてはふと。
「据え膳食わぬ狼?」
と言う単語に触れた。何故だろう、想像は出来るが詳細を聞きたくなるこの異名は。
「ん、ああ。このおっさん、昔から結構モテるんだけどぶきっちょの朴念仁で振った女は数知れず。未だに数人女が駆け込んでくると専らの噂でね」
「はっ、そんなもん」
「ああ、結構来るよ。っつか、何人か叔父さんに内緒っつってメシ奢ってくれ」
「おい手前そりゃ初耳だぞ、誰だんなせこい真似やってる輩はよ!?」
「知るかよ、こちとら待ち歩いてりゃたまに奢られんだよ悪いか」
目の前で何やら家族会議が急きょ開かれていた。ティンはフレシアはと見渡すと近くの出店で昼食を買っており、手持ちの荷物の量から察するに幼馴染の分も一緒に購入しているのだろう。
「にしても、かの狼と名高いあの傭兵まで巡回の仕事をしてるとは。世も末だね」
「ところで口調、何時までそれ?」
「かったるいよ、もう。全く、どいつもこいつも普通に家の奴らを元に喋っただけですぐやくざだぁなんだぁとやっかましいったらありゃしない」
「おう、それ普通にやくざの言葉だよお前さん」
あれこれ買ってきたフレシアが沙耶美に幾つか手渡す。そしてある程度の折り合いを付けたのか、或いは保留かリフェノの叔父はこちらに振り向くと。
「悪いが俺は巡回何てちんけな仕事はもう請け負わねぇ主義なんだよ、これでも主な職場は戦場でな」
「ああ、そういやあんたは戦争屋だっけ? にしてもそんなに腕の立つ傭兵なんだ」
「え、知らないの? この人かの有名な動物傭兵の一人とされる最強の傭兵、通称“剣狼”だよ。その実力は恐ろしく高く、甲冑着込んで剣持って銃弾飛び交う鉄風雷火の戦場を駆け抜けたたっ切った兵は1000人を超えるとされる、傭兵界きっての化けもんだよこの人」
「……は、はあ!?」
ティンは思わず目の前のおっさんを見る。しかし彼は手慣れた様子で。
「わりぃが、俺は別に大したもんでもねえよ。ただ手前に出来る当たり前ってのをやり切っただけだ。大体、その剣狼ってのも元をただしゃ群れるのが普通の傭兵勢の中でも輪から弾かれた一匹狼な事を皮肉られてついた名だぜ? 別に、大したことじゃねえんだ」
「え、うそ、あんた何、そんなすっごい傭兵だったの!?」
「何を隠そう、うちの倉田傭兵団でもあんた程の実力者が居らずよく他の連中と剣狼の取り合いになるってよく父さんがぼやいてたよ。ったーく罪作りだねえ」
「けっ、煽てても何も出ねえよ。あと一応、とっつぁんには結構世話んなってるしな。お前さんの周りも、祭りの間くらいは気にしてやっから精々大人しくしてろがき」
「あ、あざっす。世話になります」
通り過ぎるリフェノの叔父、ついてく姪のリフェノ、二人の食べ歩きはまだまだ終わらないらしい。
「ふぅ~、まさか剣狼何て大物に出くわすとは」
「へ~、あれが親方達の言ってた伝説の傭兵か。んー、オフだと凄さが今一って感じ」
「ま、普通そうだろうと思うけどね」
ティンが同意をした刹那、振り返ったらさらに知人が居ると言うデジャヴに思わず。
「帰れよ」
「何でだよ」
目の前でふらふらと歩く二人組の内、片方に見覚えがある為当人が気付く前に思わず帰れと声をかけてしまう失態をする。声を掛けられた黒い髪にライトイエローの瞳をもった双剣士、エグネイに告げていた。
「ん、だれそいつ」
「ふぅ、イヴァ―ライル本国にまで知り合いがいるって本当に何なんでしょうねあの人。ってあれ、エグネイちゃんどうしたの?」
フレシアが突っ込み、エグネイの隣に居た女性も一緒に気付いた。ティンはこの唐突な出会い思わずため息が漏れる。
んじゃまた。