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狼二匹と紫黒

 気付けば何故だろう。何一つとして悪い事はしていないと天地に向かって誓えるというのに、この悪いことをしたのでは無いかと言う焦燥感は。確かに物心ついた頃まで記憶を遡れば何処かに悪いことをしてしまったと断言出来る、出来てしまう過去の一つや二つ出てくるだろう。

 だがそれであってもだ、ティン自身が悪と断じられる要素がどこにあろう。最早時効もいいところ、おまけに子供の時の罪などそれは既に保護者からのお叱りによって彼女はその罪を償っていてるとも言えるはず。

 ちなみにその時は三時間正座のおやつ抜きで許してもらった。

 詰まる所、今ティンの何の気兼ねも無く今自分は無実であると叫ぶことが出来るのだ。今までの所業を考えても多分罪と言える事はしていないと言えるはず。と言うか世の中には不明なら無罪と言う便利な言葉が存在するし。

 それはそれとして、何故ティンは今自分の中にある業、その背負いし己が過去のカルマと向き合い悩まざるを得なくなっているのか。何故自分が悪行をした人間であるという意識を捻じ込まれてしまったのか。その謎を端的に解説するのであれば。



 今隣に婦警さんが居るからである。



「でさ、お昼どうするーあたし肉はいいんだよねー」

「あたしは何でもっつーか腹減ってしゃーなくてね」

 今祭の中を歩くティンの隣には婦警、その隣に完全にオフファッションの踊り子、ティンは二人に挟まれお好み焼きを食べ終えたところだ。

 婦警はティンとしてはすごく見慣れた格好、いわゆる交番にいる普通の警官であった。この間まで見ていたエリート級の警官とは格好がまるで違い、あちらは見るからに偉い人なんだろうってくらい格好がしっかりしてたが今の彼女の警官の制服は如何にもと言うか街中によくいる婦警の格好だ。

 そんな中に何処へ行くかとティンは隣に立つ警官をなるべく気にしないようにと歩いていくと。

「そういやあんた何処の騎士様? 今時、しかもイヴァーライルに騎士様がいるなんて聞いた事が無いんだけど」

「え? ああ、あたしはただの傭兵で聖騎士だよ」

「へ、あんたパラディンって聖騎士? うっそまじ、叙勲式を受けた騎士か何か、いや待ってもしかしてあんた協会所属の新聖騎士団の人? 所属はどこの国? 或いは教会の部隊所属? イヴァ―ライルが外交に手出しまくりなのは知ってるけどもう聖騎士級の人間が居たの?」

 沙耶美の言葉からティンはすぐさま彼女が大きな勘違いをしていることに気付く。つまり、沙耶美はティンが何処かの国に所属する騎士だと思っているのだ。

「あ、え、いやあたしはそのパラディンじゃない。聖都で信託を受けた聖騎士で」

「ああやっぱり? そんな気がしたんだけどね。もしかしたらあるかなぁって、無理か流石に」

「って、じゃあ何で言ったんだあんた」

「今のイヴァ―ライルならあり得るかもってね。オヤ……父さんの調べによると今までの王様以上に外交やってるのが不気味だって前から言ってたし、もしかしたらあの王様やり手かもって皆噂してんの。昔のイヴァ―ライルなら警察の一部隊は入れても大々的に手伝い寄越せ何てイヴァーライル建国して初めて上層部も動揺してるって巡査長言ってたし」

「へえ、巡査長さんにおやっさんまで。そんなに凄いんだ、今の王様」

 横で聞いてたティンは不満から一転、一気に顔が青ざめていく。何せ流石にあの女王様がそんな事を警察にしていたと思うと、今までと言うかここ数週間の警察に対する態度を考えてみるとだんだん胃が荒れていくと言うか、女王へ以前警察の偉い人とっ捕まえたと報告した時の彼女の心情を思い浮かべると、徐々に生きた心地がしなくなってくる。

 と言うより、情報を纏めればいま彼女は祭りの警備のために雇われていた傭兵と同じ立場であり、所謂警備の仕事をしている仕事仲間だったことに気付く。

「ほーんと、一体何なんだろうこの国の王様」

「えっと、沙耶美つったっけ。あんたまさか、警備の仕事してんの?」

「ん? そりゃ見ての通り。本官は祭りの安全を守る為の巡回中であります」

「いやさ、あたしもなんだ。陛下に金で雇われてさ」

 ティンの言葉を聞いた瞬間、沙耶美は暫く歩きながら軽く流しつつ歩いていたのだが徐に鳩が豆を食らったかのような呆けた顔になると。

「へ、は!? あんた、警備員!? 巡回中の!?」

「そ、そう。あたしは傭兵でさ」

「嘘マジで!? あんたみたいな可愛い子まで傭兵って世も末!?」

 驚くポイントがそこらしい。ティンが若干呆れ気味になっていると正面から見覚えのある女が歩いて来て、思わず声を張り上げてしまう。

「チッ、こいつかよりによって」

「クリス!? クリス、あんたなんで此処に!?」

 紫がかった黒髪にライトパープルの瞳、全身をおどろおどろしい鎖で縛りあげ、腰に大剣を吊り下げた女。クリスティナ・ナイトノワールがティンを目にすると同時に非常に嫌そうな表情を見せた。

「何だよ、文句あんのかお前」

「はぁ? 文句あんのかってあるに決まって」

 顔合わせると同時に舌打を披露する彼女に対し、ティンもいい顔で対応せずにあからさまに不満げな表情で返す。思い返せばこの女はいつもいつでも人に何か不満があるのか文句ばかり繰り返してくる。

 思い出してくるとだんだんムカついてくる、何故自分はこの女に対して何の怒りも浮かばずに接していたのかと一瞬疑問に持つ。だがそれはクリスも同じだ、ティンの物言いに思わず顎に手を当てて少し考え。

「あんた、ティンだよ、ね?」

「は? それ以外の何に見えるんだよ」

「いや、顔はそう見えるんだけど……髪切ってるし格好も見た事ないんだけど。いや一回その格好見た事自体はあるんだけどこう、雰囲気変わった?」

 クリスの問いかけにティンはお返しと言わんばかりに舌打を返す。それを見たクリスの反応は。

「やっぱりあんた変わったわ」

「はぁ? 一体何が変わったって言うんだよお前」

「何もかも、前に再会した時の面影は何処に行ったってのよ」

 問いかけるクリス、そして背後のやじ馬はと言えば。

「何あれ痴話げんか?」

「いやいやどう見てもそう言うもんじゃないでしょ。あれだね、久々に会ったやつが何枚も皮向けて自分が焦っちゃうパターン」

「あーあるある、ってか何でフレシアがそんなのわかんの?」

「ふっふっふー、旅芸人の一座やってりゃそういうロマンスは山のように出会うもんさ。ま、沙耶美には分からんねー」

 といった感じに完全にティンをガン無視して自分たちだけで会話をしている。その内容が聞こえてくると目の前のデカパイ剣士にかまけているのも馬鹿らしくなってきて。

「で、クリスも雇われたの?」

「ま、そんなとこ。この仕事妙に羽振りも良いし、しかも街中の巡回中は好きに回っていいっていう話じゃない? 美味過ぎる話だけど乗らないのも何か悔しかったし、一つ道場に戻る前に乗っておこうかと」

「へえ、そんなに。ビックリだ、あたしにゃそんな事話してくれなかったけどね、あの女王様」

 クリスから聞いた話を纏め、ティンは自分が聞いていた話との食い違いを比較し少し不機嫌そうに腕を組む。その様を見てクリスはふと。

「あんた、今怒ってるの?」

「は? そりゃ怒るでしょうよ、この国には先月と言うかずっと前か絡んでるし。つーか気付けば結構な深い仲になってるみたいでびっくりだわ」

「いや、孤児院に居た時のあんたって」

 そこまで言いかけ、クリスは急に誰かに押しのけられた。誰かが急な速度でぶつかって来たらしい。振り返ると淡い桃色の髪を短くカット――いや引き千切った様な髪型の少女が。

「わわっ、ごめんなさーい」

「もう、急に何よ。いきなりぶつかっ……」

 ぶつけられたクリスはぶつかったところを摩ると表情が固まっていく。そして冷徹な表情のまま指を目の前にまで持って来て。

「これ、何」

「タレだね」

 ティンは見た物を見たまま口にし、少女の方を見る。両手にいっぱいの串焼き、しかもタレをたっぷりと塗り付けた物。それを前に持って歩いてぶつかったと言う事は。

「うわひっどーい」

「あちゃー、お姉さんのお背中べっとりだ」

 実況はフレシアと沙耶美さんの幼馴染コンビです。彼女達の証言により背中の惨状を理解、そして犯人はと言えば。

「えっと、どうかしました?」

 この少女以外に居らず、知らずクリスの体中を縛り上げていた鎖が解け落ちて釣られていた大剣が地に降り立つ。そのままクリスは無表情と言うか真顔のまま大剣を構えると。

「え、ちょ、ちょ、まっ」

「潰れろ」

 少女の弁明をガン無視した無情なる一刀が振り下ろされ、少女はそれを両手に持った肉を落とさず回避すると。

「い、いや一寸待って待って下さい。幾らなんでもそれは無慈悲と言う奴ではないでしょうか、少しくらい情状酌量の余地を……ダメ?」

 答えは闇のオーラを放つ大剣。クリスは流石にお祭りを楽しんでいた所に背中に串焼きたれべっとりは怒りやストレスを闇に食わせてなお収まり切らなかったらしく、続くようにもう一撃目が飛翔する。

 当然、少女もこれ以上受けてやる気は皆無らしく即座に逃げ出した。が、それで許す気の毛頭ないクリスは遠慮せずもう一歩踏み込んで逃げる少女を追い掛け回すことに。

 嵐のように去って行った友人にティンはご愁傷さまと祈りを捧げると。

「じゃあ、次行こうか」

「そうだね」

「それもそっか」

 結局、自分たちには直接関係ない。この言葉が何よりも便利であると言う事に気が付き、同時に恐ろしく甘い匂いを感じさせる危険な果実であると、まだ彼女達は知らない。

 はず。

 と言う事で一行は更にあちこちと見回りを続けることに。ある程度進み、二人の出店昼食が良い所まで進んだところで。

「で、何時まで一緒に居る?」

「え、別に分かれなくてよくない?」

「確かに、ツーマンセルって奴でいいんじゃない?」

 沙耶美の言葉にフレシアが乗っかる。ティンとしても別に構わない、二人一組だと言われても何一つとして問題が無いと言うか、特に問題らしい問題が無いのだ。駄目だと言われた覚えはないが良いと言われた覚えもないのも事実だ。

 しかし世の中は便利であり、見つからねば無罪と言う言葉がある。これはつまるところ、如何なる罪人であろうとも罪が露呈しなければ罪人とはならぬのである。世の中理不尽だ。

 そう言った事情も重なりティンは其れでよしとしたのだがそれはそれで次の問題が露呈する。と言うよりであったのだ、ティンの友人に。正直またかよと思うだろうが、こればかりは酷かった。あらゆる意味で。

 ありていに言えば、犬が二匹で歩いていたとでも言えばいいのだろうが。兎に角そう言ったコンビが歩いていた。こんな感じに。

「おじさんおじさん、次あっち行こうよ!」

「うるせぇ、まだ焼きそば食い終わってねえだろうが」

 そんな事を口にして歩く集団、と言うか二人コンビ。ティンは思わずノーセンキューと言いたくなった。

 んじゃまた。

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