イヴァ―ライルのお祭り
ティンはランチを終えると水野博士にお礼と別れを告げ、夫婦と別れた。どうやら博士は今日一日中書類仕事らしく、少なくとも今日中は喫茶店でノートパソコンでイジイジしているとの事らしい。
と言う事でティンは本国の祭りを堪能するべく歩き回る。少し腹に空きがあるのを感じながらどこかに丁度いい店が無いかと思って周囲を見渡しながら歩く。
「陛下、今は無礼講と言う事でよろしいですね」
「ん? んぁ、そうだなおう」
そこで例によって例の如く、何処かで見た気がするコンビがそこに居た。片方は鉄仮面の美少年。性別は不明、声は成人男性の様に太く体は所々鉄の防具を纏っている騎士だ。もう片方は青い髪、赤い腹巻に赤いガウンを羽織ったおっさんである。真昼間から酒瓶を手にしたおっさんと鉄仮面騎士と言う、見るからにもう完全に関わり合いたくないと思ったティンはスルーを決め込もうとしたが。
「では言わせてもらいましょう――いい加減にしろ馬鹿国王ッ! 貴様、自分が一国の王だと分かっているのか!?」
「んだごら、俺の何処をどう見て行ってんだごるぁぁああ!?」
「全、部、だあああああああああああああああああッッ!」
ティンは思わず振り返った。そこには既に抜剣した鉄仮面騎士と、酒瓶片手にフラフラするおっさんと言う冗談みたいな構図が広がっていた。ハンマーVS騎士剣と言うみたいな対戦カードにティンは何処に突っ込みを入れればいいんだと思いつつも無視だ無視と思って。
「お、こんなとこにきれーなねーちゃんいんじゃねーか。ちょいっとしゃくしてくんねーか?」
「すんませんそこのナイトさん、こいつの首落として良いですか?」
「申し訳ございませんが、その役は私の物。そう簡単には渡せない」
ガン無視しようとして、酔っ払いに絡まれ、切り捨てようとしたらそれは譲れないと通りすがりの騎士さんに割り込まれたと言うところだ。何と言うか、何処から突っ込めばいいのだと言う所だ。
ティンは溜息を吐いて抜剣して酔っ払いを払うと鉄仮面騎士に向き合い。
「お疲れ様です、メタナンさん」
「お疲れ様ですティン殿、見回りのお仕事中すいません」
お互いに顔を合わせて挨拶をしあうが、相手方は正直素顔でないので顔を合わせているとはいいがたいのだが。
「えーっと、これもう何て言えばいいんですか?」
「申し訳ございませんが、見なかったことにして貰えるとこちらとしても喜ばしいのですが」
「いや絡まれたのこっちなんだが。と言うか昼間から酒飲んでるのかよ」
「ええ、はい。お恥ずかしい限りです」
二人は半目でふらふらながらも酒を飲む一国の王の姿を見る。その様はどう見ても駄目なおっさんであり、誰が見た所で彼が一国を統べる王だなだと思わないであろう。実際に彼の国からやって来た者がその様子に。
「ままー、またおうさまがよっぱらってるー」
「そうだね、相変わらず情けないねーああ言う大人になっちゃダメだよー」
「はーい、あーいーのをはんめんきょーしっていうんだよね」
「よく出来ました、良い子だねー」
等と朗らかに語り合いながら歩き去っていく。その様子は非常に慣れた様子であり多分自国でもああなのだろうと否応なく思わされる。ティンは思わず目の前の鉄仮面騎士に。
「良いの、あれで」
「本当、一度国に革命を起こしたいほどに情けないと言うか見ていられないと言うか本当にもういい加減にしろと叫び上げたいくらいですが、もう何時もの事なので。と言うか我が国の王族はみなこのような物ばかりですので」
「国として色々手遅れじゃねそれ」
ティンの突っ込みにメタナンは無言のまま目線を逸らした。その反応に色々納得し、歩み去ることにして踵を返すと。
「それではお仕事、お疲れ様です」
「どーも」
メタナンからの言葉を受け、ティンは片手を上げて応えて続くように後ろから聞こえて来る喧騒に呆れつつも微笑み前を歩いていく。
「だから、いい加減にしろこの駄目国王が!」
「んだよ良いじゃねえかこんぐらい!」
そんなやり取りの後に続く剣戟と喧騒の音を背負いティンは歩き去る。凱旋祭二日目、本国の祭りは賑やかであり何処もかしこも笑顔にあふれていた。何処も行っても人々の朗らかなやり取り、世界はこんなにも優しくて穏やかなのかとティンは思わされる。
「むこうでこくおーさまとメタナンさまがけんかしてるってー」
「みにいこーみにいこー」
「きょーはどっちがかつんだろー」
そんな声を聴いて、ティンは天を仰いでふと呟く。
「今日も、世界は平和だなぁ」
彼女は祭りに見回りと言う仕事を実行する為、街中に紛れ込んでいく。その最中、やたらと人が集まっている場所を目にする。一体何の騒ぎだと思ってそっちに向かい、人込みの中へと混ざっていく。人込みをかき分けて行った先にあるのは。
「その小汚い子供はどうした」
「彼は、路地裏で倒れていたんだ。見捨てては置けないよ」
甲冑姿のアッシュブロンドを短髪の青年が、同じく甲冑姿の金色の長い髪男に正面切って話し合っていた。青年の背には長髪男の言う通り、汚い格好をした少年がいる。少年は青年の背に疲れ切った様子でその体を預けて瞳を閉じている。
「貴様、私達が何をしているのか理解しているのか?」
「ああ。だが、だからとて彼を見捨ててることは出来ない。例え甘いと言われようとも、僕は彼を救いたいんだ」
真っ直ぐ長髪男を見る青年。やがて長髪男は溜息を吐くと少年が目を覚まし声を出す。それに気付いた青年は背負った少年を下ろし。
「大丈夫かい? 立てる?」
「何で、僕を」
短く、か細い声で少年は青年に問いかける。青年は困った笑みを浮かべると。
「あー、すまない。理由は特にないんだ。ただ君を目にしたら、自然と体が動いたんだ」
「全く、お前と来たら。誰でも彼でも手を差し伸べおって」
「キャアアアアアアアデルレオン卿マジイケメンヒャッハアアアアアアアアアアアア!」
唐突にティンの耳へ飛んで来たヤジ。必死に目の前の彼らの劇に集中していたが、とうとう耐え切れずにティンはこの時点で周囲を見渡す。
目の前には舞台、舞台上には役者と裏方の人間。彼らの喋る台詞はどこか気恥ずかしさを感じながらも舞台の中の登場人物に繋がり合い溶け合うようにシンクロしていく。正に彼らだけの世界が構築されているのだ。周囲のヤジを置き座りにするように、と言うか誰か鎮めろよとティンは心内で文句言いつつ舞台上の彼らに目を向けようと思い。
そこで、最後の止めと言わんばかりにとある人物が目に入る。赤い髪に、私服姿の女性。その姿は一ミリも見た事ないのだが見覚えのある顔に、ティンは青ざめた表情を見せた。聞きたくはないが答えを求めてティンはその女性に声をかけるが。
「あのー、もしや、オタク、ルジュさんですか?」
「デルレオン卿カッコん? あれまティンさん? どうしたの、こんな所で」
女性は黄色い声を出す為か、はたまた本気で見目麗しい男性を目にして興奮してるのか赤らめた顔で叫んでいたところにティンに呼びかけられ、振り向き同時に答えらしき言葉を口にする。
ティンはどうしてこうなったと思いつつも溜息を吐いてルジュを見つつ。
「ルジュさーん、やっぱあんたですかー?」
「ん? いやはい、ルジュだけどどうしたの?」
「こっちが聞きたいんですが。と言うか、これって何なんですか?」
「え、知らないの? これはイヴァーライル建国記を原作とした舞台劇で、イヴァ―ライル国王陛下が後の忠臣の一人であるレディアンガーデに出会う話だよ」
ルジュが説明し、もう一度舞台に目を向ける。場面が少し移っていたようで、小汚い少年はおらず、幼き騎士がアッシュブロンドの青年に膝を折り頭を垂れ。
「私は、貴方に仕える。貴方に尽くす。この命、痩せさらばえた捨て犬であれど、貴方に永遠の忠を尽くす。どうか、末永く御傍に……我が主」
涙を流し、少年――レディアンガーデは青年――初代イヴァ―ライル国王に忠誠を誓う。ルジュは思う事があるのかかの少年騎士について語る。
「彼はその後の戦場の活躍から飼い犬の呼び名で親しまれ、やがて狼と謳われるようになり彼が率いる騎士団は鋼鉄狼騎士団部隊と呼ばれ、今でもレディアンガーデ公国騎士団の第一部隊の通称ともなっている」
「通称、ですか」
「うん、他国からも恐れられるイヴァ―ライルが誇る最速の斥候部隊、それが鋼鉄狼騎士団っておっふぉおおおおおおおおおおおおおおお! デルレオン公マジカッケー! ほんとイケメン、サイッコオオオオオオオオオオ!」
唐突に飛び出る絶叫にティンは思わず耳を塞ぐ。見れば金髪ロングの男がマントを翻して襲い来る悪漢達を次々と薙ぎ払っていくシーンとなっていた。ルジュが長々と解説している間に戦場のシーンになったようである。
ティンはいきなり耳をぶっ叩くような黄色い歓声の塊と言うか合唱にたじろぎつつも。
「デ、デルレオン?」
「何知らないのほらあのイケメン役者がやってる金髪の騎士様! あれこそ初代デルレオン公国公爵、イヴァ―ライル王国初代国王の幼馴染にして親友であるお方! あのお方は今のイヴァ―ライルの骨子を作り出した程の忠臣にして稀代の名将! エーヴィア陛下のご先祖様!」
「へーってあそっかデルレオン公国! 言われてみればあの人女王陛下っぽい。金髪とか鋭い目線とか。似た人雇ってるの?」
「さあ? メイクかなんかじゃん? あたし的には、伝承にあるデルレオン卿の顔負けしない程のイケメンなら万事OK! だってあの人、もう台詞とか佇まいがもう最高にイケメンでさ! こちとら生まれた時からのデルレオンっ子、公爵様ガチ推しなのさ、此処の連中と同じくな!」
ルジュは颯爽とデルレオン卿ガチ推しの方々を紹介する。と言うかティンの側で喧しく騒いでる中年女性たちである。ティンは思わず、あらゆる意味でどんびいた。本当、色んな意味で。
「いや本当、いい年して何してんの?」
「何を言う、いい年してるからしてるんだよ?」
恐ろしい回答にティンは一瞬詰まると笑顔で返した。
「じゃ、次の所を見回りに行ってきます」
んじゃまた