本国のお祭り
ティンは夜、砦の中で待機しながら夕方の事を考えながら自分の剣を眺める。確かにアシェラが言っていたように傷は何一つもついていないが、ティンが気にしているの事がそこではなかった。
「あいつ、一体何者だ?」
その一点、そこにのみ注目する。自分の剣を、恐らく他人には到底扱い切れ無い筈の剣を、あっさりと使いこなしたのみならず完全に己の物として使いこなしていた。自分の持ち物に対してこう言うのもあれではあるが、並の者ではない。ティンの剣を違和感なく扱えると言うだけで十分過ぎるほどにそう言われるに値するものがあるのだ。
何よりも気掛かりなのは、マリンの言っていた言葉。
「勇気の紋章……か」
アシェラは自分の事を勇者王と呼べと言っていた、ならば彼女は勇気を象徴とする何かと関係があるのだろうか。
「勇気、ね」
もう一つ、アシェラから剣を返してもらった時に言っていた一言。
『闘志掲げ宿命踏破し創世に至る、それを以って勇気とす』
「あれは一体」
今日得た情報を纏めれば纏めるほどに混沌としていく思考にティンは
「もう、寝るか」
考えても仕方ないとしてティンは剣を鞘に戻すとそのまま今日は休むこととした。分からないことが、あまりにも多過ぎるとして。
「水野さんにでも、聞くか」
明日、もう一度彼に会って話を聞くのだとしてティンは意識を放るように寝落ちた。
翌日、ティンの職場は予定通りイヴァ―ライルへと変わっていて、そちらへと移ることになっていた。早朝、起き抜けての馬車に少し突っ込みを入れたくなったが、気にしても仕方がないとして馬車の中で仮眠を取りながらイヴァ―ライル本国へと運ばれていく。
昼前、ティンは砦の見張りの仕事を終えると祭りの中を歩いてイヴァーライル王国首都の冒険者サポートセンターを探して歩く。イヴァーライル首都の街並みは、デルレオンの街とは大きく違って整っていた。
此処は呪いに影響を最も強く受けた筈なのに、いやだからこそ街の原形を保っていたためそこまで街が崩れることなく浄化に成功していたのだと言う。その点を差し引いても。
「きれーな街だなぁ……デルレオンなんてめじゃないなこりゃ」
祭りの装飾もあるのだろうが、デルレオンの街並みの物とは比べ物にならないほど、趣のある美しい街並みだった。具体的なくらべ方をするのならまずは看板だ。
街案内の看板の前に立ち、冒険者サポートセンターを探すティン。デルレオンの看板は手作り感溢れる地図に黒板みたいな看板だったが、イヴァーライルの看板はそもそもアクリル板にイラストを印刷してあり、そのイラスト自体もおそらく機械でデザインしたものだろう。
基本的にはモダン風のデザインを採用しその上でイヴァーライルの国柄を組み合わせた、と言うところか。ティンは思わず。
「これ本国の力ってやつか……1周回って大人気ねー」
と呟き冒険者サポートセンターの方へと足を向ける。
次なる具体例は頭上、祭りの飾りだ。デルレオンの飾りは基本的にカラフルな旗ばかりで強いて言えば凱旋祭のイメージデザインが印刷されたポスターだの旗だのばかりだったが、こちらもイヴァーライルの容赦の無い本国力が見せつけられる。
まず、五種類の見覚えの無い旗が並んでいる。それがぶら下がり、所々見覚えの無い文字で書かれた看板がそれらしいデザインで吊るされていた。ティンは気になり街の人を尋ねると。
「あれはイヴァーライルの国旗さ」
「イヴァーライルの国旗? でも五つあるけど」
「そりゃそうさ、イヴァーライルは四つの公爵家で成り立ってるんだから。まず最初がレディアンガーデ、次がアンヴェルダン、で次がマウグスト、次がデルレオン、最後の大きなやつがイヴァーライルさ」
説明を受けてティンは改めて五つに並ぶ国旗を見つめ、次は看板に書かれた文字を指差し。
「あの看板に書いてあるのは一体なんですか?」
「旧イヴァーライル王国文字だね。大凡二千年前まで使われてた言葉で、今はもう使われてないけどこういう伝統的な祭りには使われるのさ」
「へぇ。あの看板に書いてあるのは文字の意味は?」
「ようこそ凱旋祭へ。実は発音も共通語に近くて今でもイヴァーライル訛りとして喋れる人は喋れる言葉だよ」
ティンはその解説にイヴァーライルの歴史を感じながらも、親切に教えてくれら青年に頭を下げつつ。。
「ありがとうございます。あと冒険者サポートセンターって何処ですか?」
「この通りをまっすぐに進むと大通りに出るから、そのまま真っ直ぐさ。大きな建物だから直ぐに分かるよ」
通りかかった青年はティンに教えると手を振りながら立ち去っていく。
ティンはティンでさて、と教えられた通りに道を進んでいった。
辿り着いた冒険者サポートセンターでティンはここでどうするのかと考え始める。ここに行け、と教えられはしたがその後どうすればいいのかまでは教えてもらっていないのだ。
どうするかと考えているとやがて冒険者サポートセンター全体に。
『定期アナウンス、お届け物のお知らせです。もしも心当たりのある方は受付までお願いします。倉田沙耶美様、東ロナリィ様、氷神カリム様、熖城朱雀様、ロベルト・クラックス様、早瀬飛翼様、ブレイグ・エッジウィング様、クライヴ・ブレッドバルク様、アヤリーネルト・チェリーッシュフェルツ様、レリィナ・オクトル様』
次々に呼び出し音声が流れていき、中にはアナウンスに反応して受付に向かう者が出てきて何かを受け取ったりしていた。それを見ていると。
『ティン様』
突如自分の名前がアナウンス音声で流れ、一瞬だけ呆然とするが直ぐに声にならない叫びをあげて上を見上げる。そこにあるのはアナウンス用のスピーカーが設置してあるだけだが、そのスピーカーからは未だに新しい名前が呼ばれ続けている。
『以上の方々へのお荷物を預かっています、心当たりのある方は受付までお願いします。繰り返します』
アナウンスは一巡し、もう一度最初から繰り返される。ティンは僅かの間だけ考えると頷き、受付の方へと向かい。
「すみません、ティンと言うものなのですが。お届け物のアナウンスがあったので来ました」
「こんにちは、冒険者サポートセンターこと通称冒サポへようこそ。お届け物ですね? お名前はティン様で良かったでしょうか?」
「はい。えっと、ライセンスカードは必要ですか?」
「少々お待ちください」
受付嬢はにこにこと笑い、側においてあるパソコンに向かうとさっそく操作を始める。すると席から立ち上がって奥に歩き去って行った。ティンは五分ほど待っていると手紙を持った受付嬢が戻って来て。
「水野裕一様からティン様宛に、ライセンスカードの有無はありませんね」
「えーと、ライセンスカードの有無が無いって、どういう事ですか?」
受付嬢から教えられた一言にティンは戦慄する思いを胸に問いかける。もしも予想が正しいのなら、かなり恐ろしい事態になってもおかしくは無いのだ。
「はい、ご本人確認はそちらで行って下さい」
「つまり、最悪あたしがティンでなくても、手紙は受け取れる、の?」
恐るおそる、いやまさか。いやまさかと自分を抑えつつ問いかけると受付嬢は良い笑顔で頷くと。
「はい、勿論です」
「マジ、かよ」
返事した、それも肯定の。つまりライセンスカードによる本人確認が無い物は本人以外でも遠慮なく持っていけると言う事だ。ティンはその事実に少し立ち眩みを感じつつも確りと地を踏みしめて。
「えと、それ大丈夫?」
「はい。初めて冒サポをご利用される方はよく驚かれるのですが、そこまで問題のあるものではありませんよ。基本的にライセンスによる本人確認が無い物は受け取れるものもご本人様以外に確認出来ない物であることが多く、また中身の確認もこの場で行って貰う事になるので、ご本人様を偽って荷物を受け取ることは基本的にありませんね」
受付嬢のにこやかな解説にティンは拭い切れない不安感を胸に抱きつつも笑顔でああ言って来る受付嬢さんにただ納得するしかなく。
「えと、じゃあ手紙を下さい」
「はい、こちらがティン様宛の手紙です」
言われて受け取った手紙、ついでに受付嬢は更にペーパーナイフまで渡し、ティンはそれを使って手紙を開封し、中を読む。しかしてその中身を見てティンは額に眉を顰めて首をひねった。手紙を読み上げ……否、見つめて二分。ティンはその中身を受付嬢に提示する。
しかしてその中身、受付嬢もふむふむと覗き込む。見た者10人中10人が手紙としておかしいと太鼓判を押す代物があった。ティンは戸惑いながらも説明。
「あの、これ……何も書いてないんですけど」
「これは……」
白紙の手紙を手に取る受付嬢。彼女は手紙の紙面に触れながらそのカラクリに気づき。
「魔力塗料で書かれてますね。魔力を流す事で文字が浮かび上がる仕組みです」
返ってきた答えにティンは一瞬口元が引きつった。何故か、単純な事にティンは魔力を扱う術に乏しいのだ。いきなりそんな事を言いだされてもティンに文字を具現化させる方法が無いと言ってもいい。
魔力を操る術の乏しい彼女には、こんな紙の中に魔力を流し込めと言われてもどうすれば良いのか分からない。そんな状態でどうしろとティンは心内で頭を抱え、水野博士への愚痴を並べていると受付嬢がにこやかな笑顔で。
「でもこれ、相当魔力上限値が高いですね……上級魔法でも使わないと文字が浮かばないと思いますよ?」
「え、上級魔法? まじ?」
「はい、真面目に。ティン様の仲間に最低でもAランクの魔導師が居られるのでは? 申し訳ありませんが、一度その方を連れて来るか今此処でその方にご連絡を入れる方がよろしいかと思いますが」
少し困った表情で受付嬢がそんな事を勧めて来るが、ティンの脳裏には既にそんなことは耳に入っていない。何故なら、この条件下なら今この場でクリアが出来るのは、寧ろティンを置いてほかに居ない。
受付嬢はティンが完全なる遊撃系前衛型剣士と見たのだろう、ならば普通に考えてティンがこの条件を達成できないと考えるのは普通だ。問題なのは、ティンが普通ではなかったと言う点。ティンは剣に魔力を通すのと同じ感覚で手紙に魔力を送り込んでみる。
すると、僅かに手紙が光り出し文字が浮かんだ。
「……は?」
「読めない、か」
目の前で起きた状況に対応出来ない受付嬢を置いてティンはまだ文字としては読みにくいそれを睨み、より多くかつ強力な魔力を流し込む。手紙は電球と呼んでも差し支えない程に光り始めた。
「え、え?」
「こ、のっ! 良い度胸だ、もっと入れてやるよ!」
ティンは手紙を気遣って個人的に気持ち手加減した魔力を送り込んだつもりではあったが、それがいけなかったらしい。未だ文字にならない手紙に、今度は武器に送るのではない攻撃目的の魔力を一気に送り込んだ。
当然、攻撃目的の為に今度は手紙が爆発するように光り始める。その様子に周囲の冒険者や冒サポの職員までも驚き、目の前の受付嬢は驚いて椅子から転げ落ちてしまい。
「ど、どうした!?」
「何だこの光は!?」
「おいおい何処の馬鹿だ、こんな所で魔法使うなんて!?」
この異常事態に数人の職員が駆けつけ、冒険者たちのやじ馬が形成されるレベルの爆発、衝撃は一切ないが何かの爆発か或いは閃光手榴弾でも使ったのかと思われるレベルの光が部屋中を埋め尽くした。
光が晴れると、そこにはティンが手紙を見つめながら立って居る。そこに書いてある文章はと言えば。
「……カフェにて待つ? 詳細は近くに妻が迎えにって、おいおい此処まで来て何を」
「はーい、すいませーん」
ティンが現れた文章に首をひねっていると、混乱した周囲を収めながら一人の女性が間に入り込んでティンの肩に手を置くと、周囲の職員達にウインクを飛ばすと。
「ごめんね、この子あたしの知り合いなの」
「いえ、しかし……へ、あ、すいません!」
女性、ティンは彼女に目を向け、彼女が水野の妻である旧姓柊氏がそこに居た。彼女は柔らかい笑みを浮かべながら何かを見せていて。それを見た職員は急に敬礼をすると畏まった態度で。
「後、出来れば此処で魔法の使用はお控え願いたいです。幾ら防御術式が全面的に敷かれているとは言ってもものには限度があるのですから」
「はい、御免なさい。ほらティンちゃんも謝って」
「は、はい。すいません」
二人して謝ると、ティンは柊の手に引かれながら冒サポの外に出た。その間周囲の目が痛いほどに向けられていたが、ティンは気にするのを1分以内に取り止め、外に出ると。
「えっと、何とお呼びすれば?」
「んー菜々乃でいいよ。普通にため口で良いしね、ふふっ。まさかしょこちゃんのお友達とお話しできるなんて夢みたい」
気さくに返す菜々乃。しかしティンにしてみれば幾つも聞きたいことが浮上していて。
「あの、これって何ですか?」
「ああそれ? 御免ね、君の事をもっとよく調べたかったんだけど色々あってね。それで一番分かり易方法を取ったって訳。思った通り、直ぐに見つかって良かった良かった」
「はあ」
何とも雑すぎる発見方法にティンは突っ込むより前に呆れの思いが過ぎり、まあいいかと流せる気持ちになれた。それはそれとしてと。
「で、菜々乃さんで良いんですか?」
「うん、それで呼んで。情報規制とかの項目のおかげで、私は旧姓で呼びかけられても迂闊に返事出来ないんだ」
「なるほど」
「納得したかな? んじゃ、パパの待つ喫茶店にレッツゴーだねっ。大丈夫、きれいで良い所だよーパパとこの水野菜々乃が全部奢るから好きに頼んじゃいなさいっ。それじゃ、いこいこっ」
まるで年端もいかぬ少女のように、菜々乃はティンの手を引いて近くの喫茶店に入り込んだ。するとそこにはコーヒー片手にパソコンを弄る水野博士が居て。彼はある程度落ち着いたのか、息を吹き出しながらイスに深く腰掛けるとティンに気付き。
「やあ、こんにちは。そこに座って」
ティンに、向かいの椅子へと催促したのだった。