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勇王と氷姫

 ティンは夕暮れと喧騒の中を歩いていく。輝くような黄昏に包まれながら、あれだけ食べておいて思うことは一つ。

「夕飯どうすっか」

「パフェ二杯も食べてですか」

 後ろからくっついてくるマリンが突っ込んだ。置いて行こうかとも思ったのだが、店を出るタイミングで『私もパフェを食べるので待っててください』と引き止められてしまったので現在に至る。

 そういった事情もありこの夕暮れ時の中を二人で歩いているのだ。尤もるかみを置いていくことには成功した為万々歳と言うところではあるのだが。しかしてそれはそれとして意外な形でのある程度の回復を行えたのはある意味にして僥倖とは言えるのだろうと納得してティンは背伸びしつつも。

「あと数時間で夜の仕事かぁ。マリンさん、最後どこ行く?」

「あ、ではこの通りを抜けたところを最後によって夕食としましょう」

 マリンの提案に賛成し、ティンは二人で黄昏に染まる黄金色の通りを歩き、通り抜けていく。

 太陽の輝きが照らす通り、二人は多くの人々の中を歩いていく。やがてばっと爆発するように光が膨張し黄昏の輝きが二人を包み込む。眩い光の中へと歩を進めるこの感覚がどこか遠い異世界に赴くようですこし胸がときめくのを感じながらこの黄金のロードを超えていく。

 この眩しい彼方に何があるのか、何が待っているのか。幼き日に見たあの黄昏へと思いを馳せつつ、ティンとマリンは輝きの向こう側へと--。



「やり直しを要求したい」

 超えた矢先、ティンは見た景色を見て言い切った。黄昏のロードを超えた場所にあったのは、強者たちが夢の跡。戦いの殿堂に集いし戦士たちが己の価値を問いながらも、しかし答え

なんてどこにも無いと知りつつもなお届かないと手を伸ばし続ける理想の果て。

 怒号飛び交い、砂塵舞い散る、血と汗の染みる戦場。人は何故夢を見るのかと誰かは言った、だが夢は見るのではなくそこにあるものだと誰かは返す。

 そう、此処こそ男達の夢の舞台。魂滾る男の世界、手に持った鋼は何かを守る為じゃ無いと声高く歌い、振るった鉄は勝利をもぎ取る為にあると吼えた煌く勲章。

 一言で表せば、闘技場だった。

「……行きましょうか」

「いや待って!? お願い待ってすみません後生ですもう闘技場はいいから! 何で仕事前に戦わなきゃいけないの!?」

「剣士なら戦場があれば怪盗ダイブするものでは? ディレーヌ様が仰っていましたし、貰った漫画にもそう書いてありましたよ」

 これどこから突っ込めばいいんだと頭を捻るティンにマリンは宣言通りに闘技場の中へと引っ張っていく。ティンは心で涙を流し、回復させた筈の気力は一気に消え失せて逆にマイナスへと落ち込む勢いである。

 中へ入るとやはり活気が凄まじく、夕日に照らせているというのにそんな事は誰も気にせず歓声を上げる。その声、音の大きさは空気を震わせまるで歓声そのものが質量を生み出してはその中に飲み込まれているのでないかと錯覚するほどだ。

 そして、この空間を震わす声すら断ち切るのは中央、実際の舞台上で戦う戦士達。ティンは彼らへと目を向ける。お互いに武器は大剣、もはや技などではなく己自身の意地のみで戦っているようにも見え、これが決勝戦なのだと否応なく感じさせられる。

 と言うか、野次馬が。

「おぅらしっかり腰入れろバッキャロおおおおおおおッッ! てめえへのオッズたけぇから全額賭けたの分かってんのかゴラァ!?」

「落ち着け影人、騒がしい」

「あー、ウォルグー、一応哀れだから言っとくぞー。決勝戦だから頑張れー負けても準優勝賞金出るぞー」

「出来ればやる気の出る応援をくれ……」

 などと言う応酬がすでに繰り広げられており、これが決勝と言うのは嫌と言うほど伝わった。そして、その相手方を見てティンは一気にうげっとなる。

「どうしたよ、そんなものなのか。あんたの中にある、漢って奴はよ」

 見覚えのある金髪に大剣。二度と会うことは無いだろう、と言うか二度は会いたくなかった剣士がそこにいた。

「さあ見せてみろ……漢の魂って奴をよぉぉぉッ!!」

「悪いが、熱いのは苦手でな!」

 無の波動を放つ大剣、対するは電光迸らせる大剣が交わり火花舞う。ティンはかつての記憶を掘り起こし、少なくとも見覚えのある金髪の名前を引き出し、直ぐに答えが出る。

「武旋、だったか。会いたくないのに巡り合ったなぁちくしょう」

「お知合いですか?」

「肯定したくないけどそうだよこん畜生。っておいまてこら」

 ティンはげんなりしながら観客席を見渡していると見覚えのある女を視認する。長い黒髪に宝石の様に濁り無く美しい漆黒の瞳を持つ女。見る者を威圧し、ともすればこの世の物とは思わせぬ程の美貌の持ち主。

 氷結瑞穂が、観客席に座っていた。それも最前線、一体どういう理由であろうか。そう思って近付くと隣にもう一人いる事に気が付いた。青い髪を短く切り揃え、普通の服の上に鎧を着込むと言う大胆な発想を実行し、白い帽子をかぶった女性だ。

「あれどう思う?」

「餓鬼のジャレ合いだ、つまらん」

 青髪女はバッサリと切って捨てた。

「互いが互い、既に技を捨てて単純なせめぎあいに入っている……ふん、面白みも何にもない。道具を持てば人間らしく見えるとでも思ったのか? 力比べをしたいなら素手でやれ、道具を道具らしく活かすことすらできぬのなら道具を手にするな、道具を生み出した職人と作られた道具自体に対して失礼であろうに」

「なるほどそりゃ失礼だ。クリエイターが如何に優秀で長持ちする物を作ろうと、ユーザーがクリエイターの想像外のアプローチをかけ、その上で道具を壊したんじゃどう考えてもユーザーが悪い」

「何してんの、瑞穂」

 ティンの呼びかけに応じ、瑞穂と隣の女は同時に振り向いた。見れば見るほどに見覚えがあるようで見覚えがない。

「この人に誘拐された」

「はっはっは、誘拐か。では身代金でも要求するか?」

「場所だけはよく考えてね、そこ間違うと一国家や二国家が敵に回るから。本当ガチでお願い、古代人だろうと多分気にしないと思うから。ほぼ確実にハルマゲドン起きるから」

「何だ唐突に、貴様の姫という名は知っているがそれはそういう意味では無いだろう。貴様に危害を加えたらどうなると言うんだ」

 青髪女のセリフを聞いてティンはまず瑞穂の正体を思い出す。まず大和帝国国会議員の孫娘で、とそこで本当に通報先間違えただけで戦争になる。あの厳格なお爺さんが孫に甘いとは思えない、とまで考え。

「まず国一つが総力を挙げて来るなぁ、うん」

「おい、貴様何者だ? いや、割と真面目に」

 ティンは目の前の女の質問に逆に黙り込んだ。思えば瑞穂も瑞穂でとんでもない人間である事に気が付き、一先ずさておくことにしてティンは。

「で、この人だれ?」

「アシェラさん。えっと、何て言えばいい?」

「そうだな」

 瑞穂の言葉にふむとアシェラは返すとふっと笑い。

「勇者王と、呼ぶがいい」

「はあ? 勇者王?」

「それはそれで凄いネタバレ台詞だね」

 瑞穂が急に変なセリフを言い始め、側に居たマリンもアシェラの格好を見てはてと首を傾げて。

「あれ、何処かで見た紋章ですね」

「ほう、見覚えがあるのか?」

「んー」

 マリンは考え込みはじめ、そこで歓声がより一層大きくなったのを感じてフィールドに目を向ける。そこでは結局武旋が勝利を収めたらしく。

「おいこら立てぇッ! 立つんだ、おいいいいいいいいいいい!! 立てよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」

 仲間の絶叫が響いた。武旋は剣を突き立てて拳を突き上げると。

「へっ、最後に誰か俺に挑戦する奴はいねえか!?」

 叫びあげた。それを良しとしたのか、闘技場のアナウンスがエキビションマッチの案内を始める。それを聞いた瑞穂は。

「ティンさん行けば?」

「やだよ、この後仕事だよ。瑞穂が行けば?」

「私に男と決闘しろと? やるよ? 一切合財の手を抜かずに行くよ? 本気で大人げのないチート使い尽くすよ?」

「こいつ時間止める気だ、一方的に殴る気だ」

「じゃあアシェラさん行く?」

 ティンの意見に不満な瑞穂が投げ槍気味にアシェラへ問う。行き成り振られた話題に目を閉じて一瞬の間を置き、立ち上がると。

「剣が無い。此処で手持ちの物を振るう気が無いのでな」

「あそっか、アシェラさんって自前の剣が無いんだよね」

 瑞穂は思い出す仕草で納得するや否や、アシェラはティンに目を止めると極自然な動きで歩き出す。やがてティンの側まで近づくとそっと彼女の耳元へ口を寄せるとそのまま。

「借り受けるぞ」

「あ、ちょこら!?」

 囁き、流れる様にティンの鞘に収まる剣の柄に触れるとまるで元の持ち主のように抵抗なく剣を引き抜いた。あまりにも自然な動き故にティンは二重の点で驚く。まず自分が安易に他者を自身の間合いに入れてしまったこと、更にそのうえで自分の獲物であり魂と呼べる剣に易々と触らせたことだ。

 そんなティンの驚きを無視してアシェラは刀身を眺め始めた。いきなり自分の剣を自在に操る彼女にティンは輪をかけて驚きつつ、しかして完全に自身の体の一部と化しているとも言える剣に触れる彼女にティンは怒りを隠せず。

「それあたしの剣だぞ!?」

「ほう、なるほど。業物だな、何、直ぐ返す。王の名の下に決して傷付けずに帰すと約束しよう」

 アシェラはティンの怒りを聞くと逆に頷き、寧ろ嬉々として彼女の剣を撫でるとそう告げ、闘技場の中央。その戦場へと向かっていく。



 そして闘技場に対峙する二人、片方は大剣の使い手、もう片方は黄昏と輝く光の剣。アシェラが持ち構える剣は正に芸術品のような繊細な光を発している。それを見て武旋は静かに闘技場を見渡して。

「そいつぁ、ティンの剣だな。借りたのか?」

「ああ、丁度良い剣故に借り受けた。此処まで良い物は中々ない」

「なるほどな」

 油断なく、射貫くかのように観客席を見つめる武旋。その先には複雑そうな表情をした友の弟子が居る。彼女の姿を目にするともう一度対戦相手の方を、正確には彼女の持つ剣をみる。彼女は自身の眼前にてその剣を地に突き立てている。

 徐に、合図もなくアシェラは突き立てた剣を抜き、武旋は背負った剣を両手で、互いにその切っ先を向け合うように構え、観客達が予想外のエキシビジョンマッチに決勝戦よりなお大きな歓声を上げる。

 武旋は激戦を潜り抜けたとは思えぬ気迫で以て謎の挑戦者に対する。相対するアシェラはあくまでも傲慢に、不遜に、さも当然の様に彼の気合に不敵な笑みを以って受ける。

 そんな二人の構えを見て空気を読んだか読まずか試合開始の合図が響く。

 開始の合図、直後に武旋が真っ先に動きだす。剣を振るいあげ魔力を練りこみ、一瞬爆発するように魔力の輝きと無の波動が広がり直ぐに収束し。

「いきなりで悪いがな、十分あったまってんだ」

 彼も彼で不敵な笑みを浮かべると剣が、刀身が真っ白に輝き出し砂埃が巻き上がって渦を巻き、そこにあるだけ空気を振るわすほどの存在感を見せつける。その剣を肩で担ぎつつも天高く跳び上がる。

「くらいなぁッ!」

 闘技場の結界付近まで一気に跳躍すると剣を振り翳し、少しずつ剣に溜め込まれた光が弾けはじめ膨張する。

 狙いは一点、試合開始と同時に笑みが何処ぞに消え去った女へと見据えて。

「これが俺の、漢魂だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

 咆哮をあげ、空気を蹴り付けて地上へと大剣ごと自身の体を叩き落としていく。その姿はさながら隕石、自らを流星が如く一気にその力をアシェラへと叩き落として。

 直弾と同時、闘技場が震えた。

 叩き落とされた大剣がアシェラの頭上へと落される同時、天を振るわすほどの衝撃を以って純白の爆発と粉塵巻き上げて空気を振動させる。その一撃、この世界そのものを揺れ動かさんとするほどの衝撃、闘技場のフィールドは一気に真っ白に染まり結界を越えてその波動が観客に届く。

 それほどの圧、衝撃が個人に振り下ろされたと言う事実。それが観客たちに恐ろしい事実として脳裏に刷り込ませる。真っ白に飲み込まれた世界を見て誰もが武旋の勝利を確信し、ティンはティンでこれ自分の剣傷が出来たんじゃと軽いショックを受け。



「うむ、良い一撃であった」



 返しに響いたセリフが、あまりにもあっけなさ過ぎて。誰もが更に何が起きたのか、と戦場に目を向ける。

 巻き上がった砂塵が晴れると武旋の剣がアシェラの直ぐ側に叩き落とされていた。武旋の剣は地面に埋め込まれており、その直ぐ上。地に埋まった剣の直ぐ先には無傷のまま輝くティンの剣が。武旋はその表情に苦い物を浮かべていて、本人も信じられないとアシェラの方へと顔を向けて。

「思わず借り物であることを忘れてしまった。余りにも児戯に等しい物であった故に反撃してやろうかとも思ったが、借り物に傷をつける訳にはいかず思わず受けてしまったよ」

「て、手前」

「貴様の気概、そしてその一撃、真に素晴らしい。貴様の漢魂とやら、しかと見届けた。その剣はハッキリ言って見るに堪えぬが、その魂に報いようと思う」

 受けた本人は冷や汗を流す彼を差し置いて長々、嬉々としてとその一撃を評価する。まるでおのが騎士を褒め称えるように、いやじゃれ付く犬を撫でる様に武旋へと微笑みを向ける。

 足を一歩引き、剣を戻して構え直すと。

「故、褒美を取らす。疾くと受け取れ!」

 剣を一振り、ただそれだけで戦場に烈風が吹き、武旋が風に蹂躙されて吹き飛んだ。

 見ていた者達は勿論、武旋ですら理解が追い付かない。ただの一振り、それだけでそ街一つ消し飛ばさんほどの風が吹き荒び、無数の斬撃が舞い切り刻む。武旋は歯を食い縛るが直後には風に飲まれて宙を舞い壁へと。

「魔神、壊滅閃!」

 一度に十を超える斬撃が武旋を蹂躙し、壁に縫い付けた。その斬線は薄く、しかし深く、鋭くかの剣士を無残に切り裂いた。武旋の切り札を敢て受け、それを最小限の威力で受け流し、その上での反撃の一撃。

 あり得ない物を見た。恐ろしい物を見た。余りにも理解を超えた存在に観客一同は絶句して闘技場を見る。見ていたティンはアシェラを知る瑞穂に震え声で。

「ねえ、瑞穂。あれ何?」

「ただのチート。うん、多分住んでる世界そのものが違うんだと思う」

 瑞穂は投げ槍気味に返す。ティンは、歩くチートどころか完全なるジャンル違いに夢でも見てるんじゃないかと自答自問をした。そして全て見届けていたマリンは。

勇気の(ブレイヴ)紋章(エムブレム)

 そんな風に呟いていた。アシェラのはためくマントを背後から見つめて、そんな事を口にする彼女が、ティンの脳裏に残り続けて。

 んじゃまた次回。

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