祭りと祈り
水穂はルメアの顔を明らかに驚いた表情で見つめ、ルメアはルメアで僅かに驚いたと言うか、不意を打たれたような表情を見せつつもにこりと作り笑いを浮かべて。
「あら、誰かと思えば天束商会の水穂さんじゃないですか。今日は何故ここに?」
「え、ええ」
営業スマイル100%で言われた問われた水穂はやっと意識が現実に戻ってきたらしく一歩下がると佇まいを直し。
「今日はこの良き日にそれぞれ教会内の派閥ごとにお祈りを捧げています」
「ふぅん」
水穂の解説にルメアは興味ないと態度で示しつつ周囲の集団を見渡す。
「つまり、此処が今日の宗教戦争の戦場ですか」
「……はい?」
ルメアの一言にティンは何それと反応し、水穂は僅かに怒の感情を表情に浮かべる。
「宗教戦争? 何それ」
「ああ、知らないんですか? まあ、こうなってからもう何100年も続いていますからねぇ」
「どういう事、水穂」
挑発気味な彼女の言葉に水穂は咳ばらいをすると懐から本を一冊取り出す。
「では、此処は一つ教会の成り立ちについて勉強しましょう」
30分後。
「えーとつまり、要約すると。教会の創始者が物凄い詐欺をして皆してお祈りする戦争になったと」
「……今は、それで良いとしましょう」
水穂は少し眉をぴくぴくと動かしながらそれで頷いた。ルメアは鼻で笑い飛ばし。
「本当でしたら一週間はかけて教会の成り立ちについて勉強会をしたい所ですがティンさんが忙しいみたいですので今日はこれくらいで良いとしましょう」
「ま、おかげで宗教の言いなりになる国が減ったのである意味救世主ではあるでしょうね……尤も、武力による戦争の矛先が違う所に向いただけですが」
「それって、一体」
「それよりもティンさんは何故教会に? 此処は確か見回り地区ではなかったと記憶していますが」
「いや、まあ何と言うか」
ティンがどう言うか考えているとマリンが前に出て。
「この教会で挙式を挙げる際には何が必要なのですか?」
「挙式、ですか? えっと、何方が」
と水穂はティンに目もくれず、言い出したマリンに目を止める。そこで彼女かと思って表情を明るくするが直ぐに怪訝な顔になる。そこでティンは今日知ったばかりの知識、つまり魔力年齢を思い出す。
闘技場の司会の人もそうだったが人の魔力年齢を見るには時間がかかるらしい。つまり水穂は今マリンの年齢に大凡の見当をつけて更に驚いているらしいようで、水穂は顔を振って震えた声で。
「ま、まあ、恋も結婚も、年なんて関係ありませんよね。ええ、はい。えっと挙式ですか?」
「いえ私ではなくこちらのルメアさんですが」
「え、ルメアさんなんですか!? 嘘、相手いたんですか!?」
「そんなに、超強力治療薬を打ってほしいんですか? 副作用で心臓が一発でドクンと止まるレベルの」
「あ、いえ、その悪い意味はありませんよ?」
と、教会の中で毒針を生み出すが水穂はその事を気にせず。
「ご実家から勘当されたと言うか縁を切った貴方が何方とご結婚を? あ、御免なさい。まずはお祝いの言葉が先でしたね。おめで」
「いえ、ですから私はまだ結婚はしませんわ」
「と、本人が強がっている上にまだ未定なので一先ず手続きの仕方でもと」
「勝手に話を進めないで下さる!? 天束さんも何書類を持って来ているのですか!?」
ルメアも一気に顔を真っ赤にして怒鳴り散らすも水穂は微塵も気にした様子もなく書類を読み進めている。
「ふむふむ、凱旋祭の前日に出来た教会ですのでまだ挙式の予約は何もありませんね。予約でしたらお早めにどうぞ、ふふっ、この教会の初めて挙式がルメアさんだと色々感慨深い」
「煩いですわ! 大体誰も今すぐ結婚するとは言っていませんわ!?」
「喧しい。今瞑想の時間だ、騒ぐのなら後にしろ」
騒ぐ一行に当然とも言える突っ込みが入った。誰かと思えば教会の椅子、その最前列に座っていた女性が立ち上がる。茶色い髪を肩口まで伸ばして綺麗に切りそろえた、ライトブルーの瞳を持った女性。その人物を見てティンは何時か見たと思った。
考え、記憶を遡る。そして思い出した、リフィナと水穂と初めて出会った時に彼女にも会っていたと言う事を思い出しのだ。彼女の呼ばれ名は、確か。
「女教皇、だっけ?」
「ん。ああ、久しぶりだな騎士殿」
「女教皇さんですか、こんにちは。今日もお暇で?」
マリンのあまりにも失礼な物言いに女教皇は特に気にした様子もなく、それどころか寧ろ呆れた表情を見せ、溜息交じりに。
「ああ、今日も今日とて書類と睨めっこして此処の司会役だよ。全く、する事と言えば教会にやってくる連中の前でお祈りか優雅な茶会や食事会ばかり、下っ端の時代が懐かしいよ」
「女教皇のお仕事と言えば教会の旗印以外特にありませんからねえ」
談笑する二人、その会話の内容は確かに優雅な雰囲気が僅かに漂う物の横で聞いて居るティンからすればまるでちんぷんかんぷんでしかなく、そこにルメアが鼻で笑いあげ。
「ふぅん、前教皇を殴り飛ばして得た地位にしては随分と穏やかな日々ですこと」
「え、前教皇を殴り飛ばした!? いや待った、あんた一体何なの!? 何か、教皇って本当、一体何なのかさっぱり分からん」
「教皇ってのは、教会本部の最高責任者にして神官達を束ねる長であり教会団の旗印、教会と言う組織の頂点に立つ存在だよ」
女教皇から伝えられた情報をまとめるティン。しかし、纏めれば纏めるほどに暇とは無縁であり暇人呼ばわりされる言われ何て皆無の筈である。
「ああ、自己紹介が遅れたな。私はレフシア、教会団トップの女教皇をやっている人間だ」
「ねえ、そのトップがイヴァ―ライルに何の用? と言うか、護衛は?」
「護衛? 要るか、水穂」
「一応、付いている筈ですよ。尤も、女教皇は修道女時代から冒険家修行もしているので平気だと思います」
と、あっさりとしたやり取り。その果てに出たのは護衛何て不要であるとのこと。いや、しかし教会の旗印にしては。
「随分放置何だね。教皇ってこんなに軽いの?」
「だって、教会からすれば教皇の替えなんて幾らでも効きますし。何より何処の派閥にも所属していない教皇なんてさっさと暗殺でもされて退いてくれた方が運営側からすれば大助かりと言う物ですわ」
ルメアから教えられる驚愕の事実。ティンはあまりの裏事情に思わず言葉を失い、目をシパしパさせて。
「……へ? 良いの、それで。と言うか幾らなんでも人命軽過ぎだろ、孤児院の話といい、腐ってるにも程があるだろ教会!」
「え? ですから、教会の創設者当初の目論見そのものでしょう? 神を使った売名の如き商売を潰す事で教会その物を腐敗組織の巣窟に挿げ替えたのですから」
「あの、水穂。レフシアさん、マジ?」
振り返って彼女達に答えを聞くとささっと視線を逸らした。無言と言う反応を返す二人だが、それが動かぬ真実であると言う事をティンに教えてくれる。
「きょ、教会って……」
「い、いえ、そう言う面もあると言うだけで」
「ま、ぶっちゃけ教皇なんて言っても実態はただの居るだけ皇帝で、実際に教会を動かしてるの運営委員だしな。寧ろ教皇が率先して動くとやれ教皇に働かせるなんて恐れ多いとか、真の権力者とはいつ何時でもどっしり構えるものだと言って来る次元だしな。本音は余計な事して欲しくないだけだろうが」
「うん、教皇って他にどんな仕事が?」
ティンはもう全部投げ捨てて教皇の仕事について聞いて見る事にした。世の中、知らない方が良いと言う物が多すぎる。
「ん、こう言う教会の大きなイベントに出て司会進行と言うか、巫女みたいなことだな。神の前には何人たりとも平等だし」
「なるほど、そうなんだ。で、此処で挙式をするのに」
「私、外で待っていますわ」
気を利かせて話を蒸し返そうとするティンに颯爽とルメアは教会の外へと出てしまった。
「まったく、とんだ恥ずかしがり屋ですね」
「いや、まあ良いんじゃないか。こう言うのは二人と一緒で決めた方が良いだろう。結婚なんて、人生に一回で十分だし一回きりで終わらせたいだろうよ」
「確かにそうですね」
「そういや、前教皇を殴り飛ばしたって、何があったの?」
「ん? いや何、一寸色々あってな。運営側の腐敗した連中の言いなりだった教皇を思わず殴り飛ばしたんだよ。勿論、破門覚悟だったよ。法衣も投げ捨てて教会を出て行ったんだよ。そしたら翌日、教皇が直々に来てな。何でも殴られて目が覚めたとか、君こそ教皇に相応しいとか抜かして教皇に推薦しやがったんだ」
本来なら、最も喜ぶべき事なのかも知れないが当人的には激しくどうでも良い所か厄介ごとの様に語る。
「んで、前教皇の推薦ならって奴があまりにも多くって断り切れなかったんだがな」
「へえ。にしても結構付き合い易い人だね、教皇って」
「下っ端時代が長いしな。これでも平からの叩き上げだよ」
やれやれと肩を竦めるレフシア。そしてティンはふと思い出したことを水穂に向けて。
「そう言えば水穂、魔力年齢って見るの時間がかかるの?」
「え、魔力年齢ですか? はい、魔力が生み出されてからの濃密さなんて直ぐに分かるものでもありませんし、何より分かっても大凡の範囲でしかありませんから」
「へえ、そういう物なんだな」
「ん、もうそろそろ時間か。悪いが、もう瞑想の時間が終わる。一応教皇として司会の仕事があるから一回出てくれ」
教会に備え付けられた時計を見上げながらレフシア、ティン達は互いの顔を見合わせて未だに瞑想を続ける人々を見て。
「にしても、結構騒いだけど皆動かないね」
「ああ、全員死んでも神への祈りを続ける筋金入りだよ。だからさあ出て行った出て行った」
女教皇直々に出ていけのハンドサインにマリンとティンは出て行くことに。教会の外に出た二人は。
「じゃ、マリンさん。二人に戻ったし、何所いこっか」
「そうですね、パレードとか見に行きますか?」
「あ、いいね。何処でやってんだろ」
「遅いですわ! 私をいつまで待たせる気ですの!?」
教会を出た矢先、ルメアに咎められる二人。そこでティンは呆れた表情で。
「ねえ、何時まで付いてくんの?」
「私の勝手でしょう?」
当たり前のやり取りに辟易しながらも、まだ続くルメアとのコンビにティンは少しため息交じりに慣れてきたことに気付き始めていた。と言うより何処となく、金髪ライトブルーの瞳を持つ商人と重なると思いながら。
「じゃ、いこっか」
三人は祭りに紛れていく。
んじゃまた。