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魔弾の射手

「し、勝者、挑戦者」

 司会者の乾いた震え声が響き、それを持って漸く誰もがティンが勝ったのだと理解する。しかしあまりにも呆気のない結末に誰もが終わった事を上手く受け取れずただ呆然と受け止めていた。

 そのためか、だれ一人としてティンに挑もうとしない。あれだけの強さを見せつけたラルシアを、気付けば撃破していた彼女に挑もうなどと、愚か者の選択としか言えない。正に今のティンは、瑞穂の言っていた『常勝の定石』から大きく外れてしまっていたのである。

「なになに、どうしたん?」

「お、こっちでも闘技大会やってんの?」

 と言う空気をぶち壊して参上したのは先程別れた三人、生島()水野()伊能()だ。彼女達はなぜか三人揃って観客の波をかき分け元級友たちの中に混ざっていく。なお、ルビの中の格付けは決して深い意味はなく、単なる身長差の事である。勿論、上中下のサイズも同じようにこの数字で並んでいるものの、それ以上は蛇足と言うものであろう。

 しかし何故彼女達が此処にいるのか、問いかけたのは鹿島でも有栖でもなく現在休暇中メイドな。

「生島さん、伊能さん、水野さんでしたか。お店はどうしたのですか?」

「えっと、だれこの人?」

「ティンが連れてた人だよ。お前ら、見てないのか?」

 生島の問いに呆れ気味に結野が返す。しかし、彼女たちが見た時はほぼ視界の隅でメイド服であったため、結んだ髪を完全に解いて買ったばかりの私服でいるマリンの事を問い質して分からなくても仕方がないとものだろう。しかしうーんと水野は唸り。

「そう言えば他所の店にちょこちょこ行ってたメイドが居たけど、まさかそれ?」

「はい、私はお昼にバナナは遠慮したいので違う店に行きました。それでお店は?」

「話の流れ聞いてたんなら知ってるでしょ? 休憩中だよ、ついでにこの役立たずどもを連れてどっかいけって馬鹿にしてんだよ皮肉言ってんだよドヤ顔してんじゃねえよ!」

 水野は後ろでてへっとペロッと舌を出してメンゴメンゴしてる元クラスメイトに怒鳴りつけた。それでも反省の色が微塵も出てない辺り、筋金入りである。

「で、こっちは? 向こうでトーナメントやってたけど、お。こっちはフリーか。一人しかいねえけど」

「100連勝だって、賞金100万か……伊能、お前の脳筋ぶりを見せる時が来たぞ」

「やだよ、あの剣士強そうじゃん。皆近寄んないし、と言うことだ水野」

「何がと言うことなのか知らないけど、あたしパスだから」

 唐突に声を掛けられた水野は呆れ気味というよりは不機嫌気味に返す。

「でも賞金100万だぞ水野ん、行って撃つなよ!?」

「もーショコラたんってばあだ名に切れるのは氷結さんの専売特許だよ。二番煎じは誰も幸せになれないよ?」

「そもそも二番煎じとか知るかこんドァボォッ!」

 魔法で生み出した銃を構えて旧友をボコる女がそこにいた、と言うツッコミは置いておくにしても水野のやっていることは全うと言えるものではない。幾ら生島が気を利かせて自分と周囲の人間には当たらないように調整して防御魔法を使っているにしても。

「いいじゃんか水野、ちょっくら行って暴れてくるだけで100万enだぞ。行こうって気にならないか?」

「あんたが行きなさいよ、伊能」

「えー、乱戦なら良いけどこれって連戦だろー? かったるい」

「自分でかったるい言うた事人にやらせるんかいコイツ」

 そんなやり取りをするだけすると溜息を吐いて水野は闘技大会の受け付けの方に向かっていく。

「やるんですか?」

「しょうがないでしょ、そこの馬鹿が煩いし。丁度、誰も入ろうとしないしね」

 そして、水野とティンが闘技場のフィールドで互いに向き合った。互いの距離は10m、ティンの剣が届くにはあまりに遠くだが届かせるには3、4秒もあれば十分な距離だ。

 向き合い、まず水野が口を開いた。

「そういえば、パパの世話になったらしいね」

「ん、あ、ああ、そうだね」

「ま、パパがどんな世話したのか知らないけど、だからって特にきにしないでいいから……あ、司会の人」

 水野は司会の方に向くと小箱を懐から取り出して。

「タバコ、いい?」

「え、あ、別に」

「ああ、大丈夫。ゴミ箱くらい持参してるから」

 と言って小箱からタバコを一本出して銜え、タバコの先がボンッと火が付く。水野は一息吸うと煙を上に向けて吐き出し。

「じゃ、始めて」

「え、あ、はい! では試合開始!」

 そうして始まった試合、水野は煙草を銜えたまま魔法を使いはじめる。対するティンは剣を引き抜くといつもの上段の構えで一歩踏み込む。

(彼女の使う魔法は、おそらく魔法を銃のように制御してきている。なら、此処は撹乱しつつ狙いをバラけさせて翻弄させつつ切り込むべきか)

 一瞬前に踏み込むと思わせて真横に飛び出してフェイントを混ぜつつ水野へと距離を詰めていく。が、後に考えた時ティンはこの判断が致命的であったとしている。もしも、彼女の魔法の特性を知っているのなら何を犠牲にしてでも、体中を撃ち抜かれようとも真っ直ぐに切り込むべきであったと。

 理由はなぜか、それは直ぐに分かる。

 水野は魔法を発動させ直ぐティンへ向けて炎の弾丸を撃つが当然すぐに真横に跳んで行ったティンに当たる訳がない。ならばと水野はまず複数の魔法陣を展開し。

「フレイムショット!」

 生み出した魔法陣より突き出るは銃身、そして撃ち出される弾丸、だが撃たれる弾丸は一発で終わらない。次々と1秒に数十発は撃ち出される弾丸、つまりそれは単発ではない連射式の銃撃、それは直ぐに弾幕の嵐となり、ティンはそれを見て驚く間もなく直ぐに上に跳び上がった。

「ファイアミサイル!」

 次に展開される幾つもの魔法陣、出てくるは小さなカプセル群。一つの魔法陣に対し20数個は備わっていて、更にそれが生み出された魔法陣よりセットされていた。ティンは一瞬顔が引きつるも、そんなの知らんと言わんばかりにミサイルが一気に射出されていく。

「ありかよそんなの!?」

 ありだ、魔法だし。とでも言わんがばかりに弾幕とミサイルの群れがティンに殺到する。空中にいるティンは止む無しと光の足場を踏み込んで弾幕を剣で捌いて水野に突き進んでいく。

 ティンは試しにと足場にしていた光の壁を盾にしようとする。魔力を操って壁を生み出すが、出来た者は盾ではなく本物の壁で押して移動などできない。それも撃ち出される魔法の弾丸で直ぐに撃ち砕かれていく。

「この世に、狩りより優れた娯楽はない」

 タバコをふかし、煙を吐いて水野は歌う。

「狩る者にこそ、生なる杯はあわだちあふれん」

 一体何の歌なのか、多くの者にはぴんと来ず頭を捻っている。しかし知っているものは知っている歌だ。寧ろ、それを知っているものはある意味限定的だった。ティンの知り合いで言うと、有栖とマリンだ。

「これは」

「狩人の合唱?」

「響く角笛の音を耳に、緑へと身を預け」

 マリンは何故と頭を捻った。彼女が口にする言葉と動く魔力からして、これは呪文の詠唱だ。だが、これは。

「狩人の合唱? どういう歌ですか?」

「いや、正確には劇中歌だ。確か、狩人の合唱と言うもので、とある歌劇に出てくる」

「久城さん、詳しいですね」

「まあ、な。それより、水野が何故急にあの歌を」

「藪を抜けて池を超えて獲物を追い立てる」

 ティンは自分に殺到する弾丸を切って切って切り進んで水野の下へと突っ込んでいく。しかし、弾幕を切り進んでいくと漸く撃ち出されたミサイルがティンの背後に迫る。よってミサイルを避けて弾丸を切り裂く、が異変が起きた。

「あっづ!?」

 持っている剣を落としそうになる。気付けば、持っている剣が異常な熱さになっているのだ。一体なぜ、なぜ突然、急に、いきなり、此処に来て剣が熱く。

(いや、違う。熱の原因は弾丸か!? 魔法の弾丸を切ったおかげで、魔力が剣に残って発熱しているのか!? くっそ!)

 ティンは持っている剣に魔力を走らせて弾丸を切り捌くが幾つか弾丸が体を掠り、まるで爆発するように火が炸裂する。それを見てティンは思わず目を見開いてしまう。理由は単純、そうだ撃ち出されている弾丸もミサイルもすべて魔法だ、水野の制御下にある以上、彼女の意思一つで発火も爆発も思いのままなのだ。

「それこそ、支配者の喜び」

「なんなんですか? 狩人の合唱って」

 目の前の修羅場を前に鹿嶋は有栖に問いかける。

「ようは、狩人の歌だ。狩りのな、だが待て。おい生島、まさか」

「うん、あの術式は」

「若葉の、憧れ!」

 遂に弾幕の壁を突っ切ったティンの目の前、水野は完成した術式を掲げる。剣をふろうとした瞬間に、それは完成した。

「術式起動、Der() Freischütz(弾の射手)!」

「っ、魔弾の射手!?」

 瞬間、ティンが爆ぜた。直ぐに剣を防御に回して防ぐが、それでも威力は殺せずに吹き飛ばされてしまう。

「魔弾の射手? 何ですかそれ」

「狩人の合唱が出て来る、大本の歌劇だ。今、水野が口にした術式の名で」

「一体、どういう術式なんですか?」

「鹿嶋さん、魔法には二種類あるって知ってる?」

 神妙な表情で水野の発動した術式を見入る有栖に問いかける鹿嶋、それに返すのは生島だ。

「基本、魔法には体からくっ付いたままの物と離れた物の二種類あるのは知ってるよね」

「はい。確か魔力の継ぎ足しによる強化とより制御力が高い代わりに射程が短く反動の強い前者、制御の利かず魔力の継ぎ足しによる強化が無い代わり距離が長く反動が少ない後者ですよね? それが何か」

「基本、ファイアミサイルもフレイムショットも撃った後の制御力は術式でもくっ付けないと非常に低い。だから基本、数撃ってけん制に使うか貯めて一撃必殺にするかの二択しかない。でも、もしも撃った弾幕一発一発に術式を付与して制御出来るとすれば?」

「そんな無理でしょう。いちいちあんな小さくて数の多い魔法に術式なんて付けられ」

「だから、魔弾の射手なのか!」

 聞いていた有栖は納得して突如声を張り上げていた。

「魔弾の、射手? それが一体」

「魔弾の射手の物語は、とある狩人が悪魔から弾丸を貰う話なんだ。撃てば、撃った者の意のままに飛んでいく弾丸なんだ。まさか、あの術式は」

 鹿嶋は戦場に目を向ける。ティンが吹っ飛んだあと、水野は魔法陣を次々と展開して。

「さあ、此処から本番だ。ファイアミサイル! フレイムショット! ブレイズレーザー!」

「いくら展開しようとも!」

 一気に駆け出し、ティンは突っ込んでいくと同時に生み出される弾幕と弾幕、ミサイルの群れ。ティンは避けて行こうとして、全ての弾丸がぐりんと弾道を曲げてティンの下へと突っ込んでいく。

「ってええええええええええ!?」

 驚くしかなかった。いくら何でも、ミサイルは良いとしても銃弾も追加されたレーザー全部があり得ない曲がり方をして自分の方へと向かって来るのは、流石に無いと言いたい。

 ティンは弾丸を避けてミサイルを切り落とし高速化の魔法を発動させて弾幕の中を突っ切っていく。当然のようにミサイルも弾丸もレーザーもぐるんと曲がってティンの背中を追う。その刹那、水野を見た。

 彼女は展開された術式の上に立ち、ティンではなく発動した術式のみに集中している。その間にも次々と銃身が増えだし、ミサイルの群れが更に追加され発射されていく。更に増えていく物量、火力、万を超えて億に届かんばかりの炎の塊、それら全てが追尾弾頭として剣士一人を追いかけて来ると言うのはやり過ぎを既に通り越してただの虐めとも言える状況だ。

 逃げ回り、駆け巡り、それでも追い縋る弾丸やミサイルを見てティンは『意外と遅い』と感じた。ならばと、ティンは方向を変えようとした瞬間にレーザーが今まで向かっていた方向から突っ込んで来たのが目に見えた。あのまま後ろに気を取られながら走っていたらどうなっていたかと思いつつ、弾幕とミサイルの嵐の中へと身を投じる。

 次々と爆発する炎の中を駆け抜け、それでも追って来る或いは前を塞いで来る魔法の前にティンはもはやそこしかないと舌打ち気味に真上に跳び逃げる。が、そこに当然のように数100発のミサイルが殺到する。ミサイルの弾道はそれぞれ違っており、真っ直ぐに来る、ジグザグに飛んでくる、回り込むように飛んでくる物と一斉にミサイルがティンに向かって飛び交う。

光子加速(フォトン・ブースト)四倍速(スクエアアクセル)ッ!」

 瞬間、更に加速率を四倍に引き上げてミサイルを踏み込み、空中から水野に襲い掛かるも突如目の前が爆炎が壁として現れ、直ぐに方向を変えた先にも爆炎が生み出され、次々にティンの周囲が爆ぜる炎で埋まり、そこへともはや数え切れないほどの魔弾が。

「撃った魔法全てにショコラたんの意識、触感や六感をリンクさせる魔術式。正に歌劇のように、撃った弾に全て魔法の遠距離制御を、ショコラたんの思い描いた通りの軌道を描いて飛ぶ弾丸となる」

「いや待て生島、あの弾丸もミサイルも、レーザまでも全部水野が思い描いたって、あの軌道、全部をか!?」

 生島の解説に有栖は驚きを隠せない。それもその筈、魔法の力は主に精神の力。それを以って弾丸を制御する以上、あれだけの弾丸を苦も無く精神で制御できる時点で。

「ああ、普通はこう、弾丸の動き全部を頭にリンクしてるって思うだろうけど、実際は違うよ。こう飛べ、こう動け、って念じるだけらしい。だから、ショコラはこの絵を念じているだけ」

「なるほど、正に魔弾の射手ですね。でもあの物語に出て来る魔弾は確か、最後にそれを齎した悪魔の思い通りに飛ぶと聞きますが」

「それを言ったら、最後の弾ってどれ? 滅茶苦茶撃ちまくってるけど」

 言われ、マリンは思わず不満げに唇を尖らせる。実際、見ての通り数え切れないほどの魔弾が撃ち出されているのだから、当然だろう。

 そして、そんな灼熱の地獄を中をティンは光の魔力をバリアとし、閃光となって戦場を駆け抜ける。速度は既に通常時の四倍、いや五倍にまで引き上げて染み付きそうなほどに焦げ付く匂い立ち込める炎の中を只管に駆け抜ける。背後の弾幕もミサイルも確かにティンには追い付いていない。が、追いつけないなら置いておけばいいと。そう言いたげに非常な爆炎の壁が進行方向に生み出され。

「し、る、かぁぁぁッ!」

 突っ切り、摂氏は既に一万を越えている炎の塊を光を纏って突き抜けた、勿論その背には数え切れない魔法の弾丸があって。

「な、こいつまさか!?」

「熱は食らわない、なら衝撃は!?」

 ミサイルを導き、焼かれる事すら超越して水野本人の下へと飛び込んだ。そしてそのまま剣を振り翳し、狩人本人に直接叩き込んだ。と同時に炸裂する無数の魔弾、舞う爆炎と爆光と爆炎、弾ける地面に瓦礫まで飛び上がった。

 立ち上る砂煙、爆炎、それを新たなる爆炎が吹き飛ばした。一体何が起きたというのか。

「ティンちゃん、魔力の使い方わかってないんだね。あれ、一歩間違えたら暴走してるよ」

「はい。まさか、爆炎の対抗する為に自分の魔力を強引に使って爆発させるとは」

 炎に焼かれる寸前、ティンは水野を吹っ飛ばす為に剣に魔力を送る要領で魔力の大爆発を引き起こしたのだ。だが肝心の切り裂き吹き飛ばした筈の水野が何処にもいない。何処に居るのかと周囲を見渡すが、いない。まさかと思い見上げると。

 ティンはそこで更なる絶望を見た。幾らなんでもそれはないだろう、と。声を大にして叫びたい。

 何故、なら。

「嘘、でしょう? そんなのあり? 何で、飛ぶの?」

 足の下から爆炎を吹き出し、上昇気流を操り、空飛ぶ狩人――戦艦を切り裂き轟沈させたと思ったが、なるほど戦艦なら中に戦闘機があってもおかしくはない。

「ったく、手間をかけさせるな!」

 水野は炎を束ねて突撃銃として構え、銃口をティンに向ける。依然として魔弾の射手は健在、沈んだ戦艦より飛び出して閃光の剣士に数多の銃口を差し向ける。

 次回、ドッグファイトをお楽しみに!

 んじゃまた。

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