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死神から送る、致命の死を持つ一刺し

 砕けた地面、抉れた土、闘技場用として設置された地面はラルシアが参戦してから見るも無残な姿へと変わり果てていく。整理されて居た筈の地面は見事に瓦礫&瓦礫と化しており最初のころの整然とした地面はもはや何処にもなく、大会の司会者も傍から見ていて。

「あの、魔法ですぐ戻せるからってそんな風に……」

 等と呟き、元々の地面を覚えているからか青い表情を見せている。しかし、周囲の、特にティンの知り合い一行はこの人と人の戦いというより戦争と呼んでも差し支えない状況というか戦場あとに呆気にとられ、思わず出た言葉は。

「流石ににティンさんと言えども」

 鹿嶋が、呟いた。しかし、確実に三人ほど油断なく試合が続いていることを確信している者がいる。まず一人、マリンだ。彼女は何一つ油断なく立ち上る砂埃の奥にいるであろう彼女の姿を確りと見据えている。

 次にラルシアだ。空中で技を終えた為、舞い降りるように地に降り立った彼女は一切の油断もなく、寧ろ信じられないものを見るような目で立ち上る砂煙を見つめている。その最中、マリンも信じられないと。

「うそ、今の」

「ああ、まさかあのティン君がああもあっさりと」

「あっさり、いえかなりギリギリです。ギリギリで」

「避けたね、あの子」

 その声は今まで黙していた方向から聞こえてきた。まさかと思って有栖はその方向に目を向ける。それは、この試合が始まる前からずっと地面に寝ころんでいた者だ。そう、ずっと前から地面に顔をこすりつけていた変態が。

「沖野、お前」

「ラルシアって子の技、あのティンって子全部避けてた。正確には、攻撃の中心点から逃げて直撃を避けてたが正しいね。多分ダメージも微量の筈……尤も、あの地面じゃ受け身が上手くいかなかったのかな」

 彼女こそ、この試合の中でティンとラルシアの鬩ぎ合いを見続けていた者の一人。三人目の、ティンとラルシアの動きを見続けていた者だ。いいつつ沖野は体についた土や草を払い落としつつ立ち上がった。

「まさか、見えたのか?」

「うん、見えたよ有栖たん」

 有栖の問いかけに沖野は毅然と言い返し、その返事に驚きが輪となって無関係な者にまで広がっていく。この者はずっと寝そべっていた事もあり多くの者の視界に入ってなかった故に、誰もが彼女に注目する。

「えっと、どうなっていた。何が見えた?」

「はっきりと、見えた」

 断言する彼女の言葉に緊張が走る。そして。


「二人のパンツが!」


 空気がぶち壊れた。全員の表情が一気に凍りつき冷淡な視線へと変わり。

「お前帰れ。いやむしろ地獄に行ってこいこのド変態」

「ティンちゃんのはオーソドックスな純白だったね。あの子まだ19だっけ? お姉さん的にはもうちょっと冒険してもいいと思うんだよ」

「語るな変態、語るな」

「ラルシアちゃんって子も白だったけどレースの上品な奴だったね、あの子腹黒そうだったから下着は黒かとばっか思ってたお姉さん思わず一本取られ」

「お前もう黙れぇぇ! 何で語ったぁッ!?」

 有栖に怒鳴られつつオマケに首筋を蹴りつけられ、沖野は嬉しさが混じった感じの不満げな表情で。

「有栖たんが見たのかって聞くから」

「誰もパンツが見えたのかとは聞いとらんわ!」

 しかし戦況は少し遡り、二人が呆けあっている最中であろうとも刻一刻と変わっていく。

 油断なくティンが吹き飛んだ方向を見るラルシア。彼女の表情は少しだけ動揺の色が浮かんでいた。そもそも、先程放った技はカウンター気味に使ったものの、あれで仕留める気は無かったのだ。

 尤も、直撃でなくとも当たっていればティンの意識を刈り取るだけの威力は十分すぎるどころか過剰なほどの威力があった。よって、巻き込みであろうと直撃でなかろうと、技の中に入れた時点でラルシアの勝ちは確定した筈。

 だが、彼女の表情にはまるで勝ったと言うものは一つとして存在しない。むしろまずいという焦燥感などだ。立ち上る砂煙を毅然とにらみつけ、手にしていた騎士剣の刃先を向けると。

「いい加減出て来なさい、全て受け流していたのは手応えで知っています」

 大きく言い切った。答えは無い、瓦礫が崩れる音や砂煙に撒かれて砂塵が舞う音がするのみ。しかしラルシアは口にして以降、一切の油断もなく剣を突き出すポーズを崩さずにその構えを維持し続けて、数秒後。

 やがて煙の中から金髪ショートの騎士が颯爽と飛び出してきた、ティンである。彼女は体中砂埃塗れだが特に問題無さそうに構えている、そんな所を見るに本当にあれだけの攻撃全てを見切っていたらしい。

 誰もが驚く中、二人はさらに距離を置いてにらみ合うがラルシアからすると驚く場所がそこではなく別にある。

「その目は」

 問いかけるラルシアにティンは無言、右手に持っている剣を持ち上げて刀身が目の位置に来るように持ち、そのまま左手を柄の端に置く。ティンが見せるいつもの構えだ、がラルシアの指摘した様にその瞳が雄弁に激しく真っ直ぐに謳い物語る。



 殺す。



 ただ一言、それだけだ。正にスイッチが入っていると言う表現が似合っている。先程の技がティンのナニかに触れ、文字通りスイッチが入ったのだろう。ティンの目が、その佇まいが完全に死と化している。

 そう〝死″だ。いかなる戦士であろうとも、どんな怪物であろうと決して抵抗出来ない究極の怪物、それこそが死。死はどうしようもない、死となった者は触れただけでそれを伝播させる。抵抗する術などただ一つ、死を遠ざける事のみだ。

 ティンはまさに、死を齎す神。死神となっていた。

 死が、踏み込み駆ける。直ぐに動けなかったのはどうやら魔法による加速化を行っていたかららしく、既に五倍速で動いている。ラルシアも直ぐに加速魔法を自分に使用させるが、圧倒的に遅い。ティンの方が圧倒的に早い、このままではラルシアの心臓をティンの剣が真っ直ぐ貫くだろう。

 ティンの狙いはすでに首ではなく一刺しで終わる心臓になっていた。首を落とすのではなく心臓を抉り出す、その一閃を前にラルシアは苦虫を噛み潰したような表情で空いていた左手をポケットに突っ込んでとある機械をいじる。

 瞬間、ラルシアの体を魔法の光が包み服装が変化する――実際、見た目には変化がない。あるにしても少し服に余裕が生まれた程度だ。ラルシアはその状態で素早く身を捻ってその一撃を避け、剣で受け止め、ティンは知らんと剣先を滑らせて心臓の下へと剣を伸ばす。

 ラルシアは火花散る剣を睨みつつ心臓に向かう刃を落とそうとするが、剣が線を描いて心臓に向かい。

 だがその攻防のおかげで出来た余裕でラルシアは即座に剣の進行方向から逃れることでティンの刺突を受け流すことに成功し、それによって更にティンから死が遠のき、彼女は死そのものから遠ざかった。

「ラルシア、お前」

「何か?」

 ティンは受け流され勢い余ってラルシアから距離を取ってしまい、しかしその勢いを利用して滑りつつ回転して直ぐに後ろに振り向く。

「なんか、急に軽くなった? と言うかその服」

 急に動きが軽やかになったラルシアを指摘しつつ更に余裕の出来た服を指摘するとラルシアは鼻を鳴らして返し、長袖をまくって見せた。

「こう言う事ですわ」

「は」

 呆けた声が漏れ、開いた口が塞がらなくなる。理由はと言えば、そこに芸術品があったからだ。正に芸術の極みと言ってもいいほどに美しい……筋肉が、あった。

「は、はああああああああああああ!? え、嘘、なにその筋肉!?」

「なにと聞かれましても、見ての通り筋肉です」

 返すラルシアの声がどこか軽い。確かにその筋肉は非常に美しかった。無駄なんてどこにも無い、ただ我武者羅に鍛え上げた無骨な筋肉ではなく必要な筋肉を必要なだけ鍛え上げた、正に効率だけを考えて絞りに絞り尽くされた無駄という存在の一切合切を排除した、非常に美しい筋肉だ。

 女性の腕とは考えられない程に美しく繊細に削るように鍛えられた筋肉があった。なにせビッシリと敷き詰められた筋肉の腕なのに腕が太く無いのだ。確かに見事なほどに鍛えられた筋肉だが、無駄が無いからこそ女性としての体型の維持に成功しているのだ。と言うか、そこまでするならそんな筋肉を作るより他にすることはなかったのだろうかと聞きたくなるほどだ。

 正に無駄の無い、無駄に洗練された、無駄な筋肉と言えるだろう。

「ちょっと待って、今まで来ていた服に余裕があったってことは、まさかさっきまでその服の下には」

「防具代わりの重りをつけていましたが何か。尤も、あなたを相手にしているとあまりにも鈍足になるので外しましたが」

「あれで手加減してたの!?」

「寧ろ体全身に加重されてた分、攻撃に重みを加えやすくて助かりましたが。ま、こっちの方がその分軽いのですがッ!」

 言うと同時にラルシアは自身に掛けた加速魔法と重りを外したことによって得た軽さでもって先ほどよりも何倍もの速度で一気にティンとの距離を詰め、縮地法が如く切り込んだ。

 それを見てティンは絶妙なタイミングを身を逸らし、最小限の動きでその一撃を避け至近距離で二人は視線を交わし合う。そこでティンは思った。

「遅い」

「で、しょうねぇッ!」

 それでもティンの速度に追いついていない。しかしラルシアはそんな事は承知とティンとの剣戟を再開する。だがティンは完全にその気は失せていると言いたげにラルシアの剣と切り交わすと更に切り結び、そしてティンは剣を滑らせて。

「なっ!?」

 狙いは手首、片手でのみ剣を振るうと言うのならその片手を落とすのみ。ゆえにその狙いは真っ直ぐに、手首を切り捨てて次に首を狙う。ティンの滑らせた剣がラルシアの親指に到達しようというその刹那。

「こんッ!」

 剣を投げ捨てるように手放した。当然、剣に乗せて滑らせていたティンの前に突如乗っていた剣がそのまま障害物に昇華する。

「こんなの!」

 しかしそんなものはティンの前にほんの刹那だけしか時間を稼げない、直ぐに剣を弾き飛ばし舞うように心臓へと。だがラルシアにとって稼ぐ時間はその刹那で十分。そう、その刹那だけあれば、一歩下がって腰に下げた剣に手を伸ばし引き抜いて心臓に向かう剣を切りはじくに。

「十分!」

 火花舞い、ずっと抜かずに置いておいたサーベルのような形の剣をついに引き抜いた。ティンは思わずその剣の形状に目を引かれる。刀のような反りを持ち、かつ突きに的確な刀身、そして両刃であり、レイピアのようなガードがついている。刀身は約1mと少し、しかしなにより目を引くのは刀身の付け根部分の空洞だろう。刀身の付け根部分は紋章のようなデザインが飾り付けられており、シンプルなサーベルを更に貴族が振るうような雰囲気を持たせている。

 が、ティンが見ているのはそんな所ではない。紋章の中央の空洞、いや空洞に見える部分だ。そこには確かに、何もない。無いけど、無い筈なのに、無い筈はないのだろう、何かがある。目に見えないほど透明感のある石が、確かにそこにあるのだ。それを見て思わず。

「虚無、石」

「ええ、そうです。そう言えば父に会ったのでしたか?」

 ラルシアはティンを弾き飛ばし後ろに飛び退いて距離を取り直し、抜いた剣を構えなおす。

「ヴァニティ・ゼロ――父が成人祝いにくれた、私専用の魔剣ですわ。私のあらゆる武術に精通する技術に合わせ、抜刀、刺突、斬撃、全てをカバー出来る様に調整された代物です。何より目玉となるのが」

「虚無石……見えないのに、見える気のする石か」

「ええ、無属性の魔力を強化するこの魔法石は私の生まれ持つ無の魔力ととても相性がいいのです。よって!」

 僅かに魔力を流した剣を振るうラルシア、剣から飛び出るのは先ほどよりも大きく速く飛翔する斬撃。

「なら、最初からそれを抜けばいいのに」

「ふん、私もいきなり本気で挑むのは流石にどうかと思いましてね。何せ、あなたは魔法がろくに使えないのですから!」

 言ってラルシアはより強力な加速魔法を発動させて一気にティンへと距離を詰めていく。正に縮地と呼んでも言いほどの加速にティンは僅かに驚きながら確かに先程よりもさらに強化されたラルシアの剣に押し込まれ。

「ああ、確かに」

 こまれ、ティンは集中する。まずは音を切る、次に触感だ。音なんて邪魔だ、触感も要らない。剣は既に己の体と同化しているのだから、よって触れている感覚も投げ、聞こえてる音も忘却する。

 次に嗅覚も捨てて、味覚も捨てる。邪魔だ、舌の感覚も鼻から伝わる匂いさえも。そして残るのは視覚、それすらもギリギリの境界線まで絞り落とす。ギリギリ、そうギリギリだ。兎に角限界まで、己の体の一部が、奴の、狙いに届きさえすれば他には何も要らない。

 そうすれば、ほら。見えてくる。集中線が、此処だよと教えてくれる。此処に、自分を入れるだけでいいと。道筋を、細い道筋を示して。


「――見えた」


 踏み込み、真っ直ぐに、点を突く。突き、刺し、貫き。もう点しか見えない、点しか感じない。他なんて見えない知らない感じない、ただ、その一点のみを見定めてティンは。


「――殺す」


 点に、己の体を、鋼鉄の切っ先を差し込んだ。そこから一気に線が広がる、切り取り線だ。この線に沿って剣を走らせる、ただそれだけで。



「え?」

 ラルシアは、急にティンが視界から消え去るのを感じるとどこに消えたのかと周囲を見渡す。そして後ろに立って居た事に気付いた。

「何を」

 しているのか、聞きかけてティンのポーズを見て思い出しかける。するとティンが剣を天に掲げた。まるで、その先に何かがあると言いたげに。だが実際問題その剣の先には何もなくて。

「ぐ」

 いや、何も無いわけじゃない。本当ならあるのだ。何が? 何かが。ただ、何かに、そうだ魔法の制約だ。魔力は、同種族の持つ魔力と干渉し合うと殺し合いを無効化するとか。いや違う、これは分かりにくい。

 つまり、魔力は同族殺しを無効にする。人間の魔力を使って、纏って、同じ人間は殺せない。だからティンの剣にはある筈の物が無いのだ。

 それを理解するとラルシアは胸を押さえ始める。やっと理解した、そしてティンは雄弁に。

「お前は、もう死んでいる」

 言って、剣に刺さっていたであろう物を、無造作に振り落とす。そうだ自分はあの瞬間、この女に。

「心臓、を」

 貫かれて体中を抉られて切り刻まれて綺麗に心臓を引き抜かれたんだ。その痛み、苦しみ、やっと体がその異変を思い出して苦しみ始める。心臓を貫かれて抉られて切り裂かれ引き抜かれて。確かに心臓はあるし自分は死んでいない、いないけど実際にされた痛みはどうやったって消えやしないのだ。

 故にラルシアは、声もなく心臓をかきむしってって苦しみ悶えながら意識を手放していく。

 これぞ正に致命の剣、死となった彼女が送る、死の剣。故に、名があるのなら。

致命的な(クリティカル)死の(デッド)刺突(スタッブ)

 その勝負は一瞬、誰の目にも止まらぬ内に終えていた。

 ティンの必殺技が更新。

 LV2・クリティカル・フラッシャー

       ↓

 LV2・ライトニング・デッド・スタッブ

 覚醒時、LV2・クリティカル・デッドスタッブ

 なお、クリティカル・フラッシャーはセッティングで何時でも変更可能です。



 それでは次回。

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