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柔剣と剛剣

 トラックに轢かれた、と言う経験はあるだろうか。頷く人間は恐らく相当奇特か、危篤か幸運か、或いは不運であると言えるだろう。しかし此処に実際、その経験をした人間が此処にいる。そう、マリン・ブルーフィアの事だ。

 つまり、彼女の言葉によればこう言うことだ。これは勿論、何故彼女がトラックに轢かれたのかについて。単純に、事故に巻き込まれた――否、事件に巻き込まれたからだ。当時、あらゆる方面で顔の利くと言うか利き過ぎる彼女の主人であるディレーヌの命を狙った刺客による攻撃だ。事故を装っての殺人行為、それをマリンが庇って魔法を全力で駆使して主人を守ったと言うただの美談である。

 その美談と経験を持って意識が回復した彼女はこう言い切った。



「トラックに轢かれた時より、痛かったです」



 こう言った彼女に向けられたその視線は、恐ろしく奇異な物だった。それすら無視して立ち上がると戦場へと目を向ける。そこにはティンとラルシアと向かい合って今にも切り結ぼうとしていた。

 遡る事数分前に至る。

 マリンを捻じ伏せたラルシアはにこりと笑顔で騎士剣を引き抜いてティンにその切っ先を突き向けた。別にそれ自体は良いとしよう、対戦者を指定する行為はご法度であるというのもまあギリギリで良いとしよう、問題があるとすると。

 殺意と害意と悪意を孕ませた殺気を笑顔に練りこんでいる事であろうか。

 もはやその佇まいは悪魔と言うか魔王である。周囲の人間が恐ろしい気に当てられて卒倒し或いは糞尿を漏らす事案が起きている。即ちそれは、ラルシアがブチ切れていると言う事でありティンが原因として起因しているとことだ。

 故に、よって。

「ご指名だ、言ってくると良い」

「ティンさん、出番ですよ。噂にかねがね聞く華麗な剣戟、是非とも拝ませて頂きますね」

 この様に、有栖と鹿嶋による気の抜けた応援が出て来るのもある意味当然と言う事なのだろう。蚊帳の外、それは時として人々に虚構感と言う空しさと寂しさを与えるが、しかし場合として甘美な響と蜜を齎す。自分は、直側に起きている修羅場と無関係なのだと。人は、不幸な他人と無関係な己を見て幸福を感じるとはよく言った話である。

 ティンはそんな現実に対するコメントをさておくとして、ラルシアからの無言の挑戦状に耐え切れずティンは闘技場のゲートを潜り抜けた。誰もが無言の中、ティンは未だに剣を向けてくるラルシアに。

「いや、そこまでされる謂れが無いんだが」

「言いたい事は終わりましたか?」

 口にするティンに、返すラルシアの微笑みは背筋が凍り付きそうなほどに恐ろしいが一切無視して振るえ慄く審判にラルシアと同じく鋼鉄が如く冷やかな刃の瞳を向けて。

「早く、始めて」

「早くなさい、下郎」

「は、はひッ!? でで、では、試合開始!」

 合図に応じてティンは腰の剣から銀の騎士剣を引き抜くといつもの感じで両手で剣を支えるように柄を握り、ラルシアは先ほどと同じ槍を持っていたように剣を片手で持っている。槍を持っていた時もそうだが、何故か彼女は基本的に武器を片手で持つのがお決まりらしい。

 試合開始と同時に二人は駆け出す。ティンがまず思い浮かべるのはラルシアが戦っていた時のシーンだ、あの時ラルシアは腰のサーベルみたいな剣を居合い抜きによる斬撃を飛ばして攻撃をしていた。しかし今彼女はその剣を握っていない、持っているのは恐らく彼女の店でも売っているだろう剣である、と言うのは想像に難く無い。

 何よりラルシアの腕力は先ほどマリンと戦っていたのを見た時に把握済みだ、よって切り結ぶのは愚策、ならば。

 ティンとラルシアは接敵するとまずティンから先に切りつけ、るふりをしてからラルシアのカウンターを狙わせて先制を譲り、がラルシアはそれには乗らずに剣を振るう寸前で停止して防御の構えとなり、ならばとティンは回り込んで背後に回り込んで、しかしラルシアはティンが視界から消えたと同時に身を捻って回転斬りを披露。

 ティンは予想通りと表情で返し、身を屈めて剣が頭上を通り過ぎるのを待つと同時にこちらに目を向けてきたラルシアと睨みあい、互いの剣を切り結び合う。一瞬、ティンはその手応えにふと目を細め、火花舞い飛ぶ姿を見つめては更に二撃、三撃と切り結び続ける。

 ラルシアは剣と剣の応酬に答えるティンを見て一瞬口端を吊り上げるもそのままやはり片手のまま剣戟を交える。常に左手を開けながら舞う様に剣を手繰るその姿はまるで細身剣でも振るっていると錯覚させるほどに、しかしそれでも振るう剣の空を切る音の重さから、それが非常に重い剣であると言うのは先程の試合を見ても分かる事だ。

 だがその上でティンとラルシアは剣を切りかわし、刃と刃を交えつつ互いに舞踏会の上で踊っているとさえ思わせる立ち回り、火花撒き散らし、二人は切り結んでいるのか踊っているのか見分けが付かないほどに、しかし確かな殺意と殺意をぶつけ合いながら剣舞を続ける。

 二人の剣舞を、鳴り響く鋼と鋼の激突音を、描かれる剣線を見れば見るほどに観客はとある疑問に捕らわれる。何故、二人は切り結べ合えるのか? 普通に考えた場合、剣がぶつかりあった時点でティンの剣が例外なくラルシアの剣に潰される筈だ。そう、その結果は深く問いかける必要もなく、先程の試合で見せた数々の技を。特に槍の絨毯爆撃を見た以上は誰もが思う事の筈だ。

「一体、どういうことだ? 何故ティン君は潰されない?」

「柔よく、剛を制す」

 有栖の問いに返すのは蒼い髪のメイド、マリン。

「ティンさんの剣は計算され尽くされたものです。一見、無謀に見える剣戟もティンさんの技術を加味すれば恐ろしい剣になります。つまり、ラルシアさんが押しているようでその実、何処か一つでもラルシアさんの力加減を間違えば次の刹那で首が切られるのはラルシアさんです」

「な」

「ティンさんは切り結んでいるフリをしてすぐさま受け流してカウンターに切り替えられるよう、力加減をしているのです。つまり、あの剣戟自体がただの挑発です。ラルシアさんに対し、仕留める気で切り掛かって来いと反撃の構えを見せつけながら誘っているのです。もしも不用意に乗ってしまえばその瞬間に反撃の刃が飛翔します」

 マリンの口から語られるのはティンの計画の全貌、しかしそれは恐らく戦場の上で踊っている彼女達なら観客以上に理解している事だろう。

「尤も、ラルシアさんにも突破口が無い訳がありませんが実行するにはたった一筋の道を間違う事無く選び続ける必要があります。一つでも間違えばティンさんによって首が切裂かれる、ラルシアさんとしては何が何でも答えを探したいでしょう」

「あ、あの、それって一体どういう読み合いですか?」

「さあ。当人達にしか分かりません」

 鹿嶋の言葉にマリンはのほほんと返すのみだ。しかし事実として戦場の剣舞はより過激になって舞踏が武闘に変わってきている。ティンの狙いが徐々に心臓と首から首一点に変わって来ている。

 たたらを踏みながら極自然に死角から首に刃を向わせ、ラルシアもラルシアで器用に剣を手繰りつつ防いできり捌いて切り返して現状引き出せる最大限の力で剣を振るう。轟き始める鋼の音にティンは力なんて受けていないと言わんばかりに受け流して更に刃を翻して切り返すがラルシアは戻した剣でもう一度切り交わす。

 もう少し、後僅かでも余計に力を込めればその反動で剣を引き戻すのが遅れたことだろう。そんな危うい、薄氷の上で踊る道化のように二人はギリギリの鬩ぎ合いを続ける。

「なあ、何で片手なんだ?」

「美しくないからです」

 振るう剣速も切り交わす応酬も激しくなっていくと言うのに二人は世間話でもしている調子で語り合う。

「美しくない?」

「ええ、必要も無いのに両手で戦うのは美しくありませんわ」

「いや、必要じゃないか? 何か邪魔臭そう」

「片手で十分、なのに態々両手で使うなど醜いにも程がある」

 言って振るう刃は既にその圧力から風圧が生じ始めている。しかし、ティンは毛ほども気にせずラルシアもそんな事も無頓着に二人は尚も剣を切り交わす。今のティンは正に舞い落ちる木の葉だ、ひらひら落ちる木の葉を切るのに余計な力は風圧を生み出し余計に木の葉を吹き飛ばすのみだ。空も動かさぬように素早く、それこそ空を切裂いて剣を振るうより他に無い。

 激化する剣戟に誰もが目を奪われる中、徐々にラルシアの剣が白く光り始める。それを見てティンは即座に気がつく、ラルシアは魔法剣技の準備をしていると。そこまで気付くとティンは振上げられる剣に乗って後ろ飛び退いて距離を取り。

「逃すと!」

 それを見た瞬間ラルシアの見逃す事もなく距離を詰めると魔力を纏わせた剣で一閃し、更に剣をかざすと同時に術式を起動させて無の波動がラルシアを基点に集中するように。

「目障りです! 私の前から」

 無の魔力が波打ちラルシアに向ってティンを引き寄せ、更に続く剣戟乱舞、魔力によって強化された斬撃の連打、連打連打連打、正に剣撃による嵐がラルシアに弓引く愚か者を無慚に飲み込み切り刻む。

「疾く、失せろッ!」

 十分に打ち上げた所へ跳躍から切り上げ突き抜け回りこんで更に切り上げ浮かせてから。

「KillingInfernoッ!」

 一気に切り抜けた。しかしティンは殆どの斬撃を受け流していた為、クリーンヒットはしていないものの、それでも幾らかダメージを貰ったらしく。

「なら、お返しだ!」

 体勢を立て直すとナノ一秒以下の瞬間に状況を飲み込み、瞬時にこの状況におけるラルシアの急所を点として捉え、更に発生するように線を結び、続いてラルシアの体目掛けて軽く跳躍して距離を詰め、すれ違うように全ての点に斬撃を叩き込む。

 これこそ、致命の閃光。名をつけて。

「クリティカル・フラッシャァァァッ!」

 あらゆる急所に斬撃を叩き込む、しかしかつて亮が、剣帝が口にした。その技はあまりにも無駄が多いと、隙が多く剣筋の贅肉だらけであると。だからこそラルシアは。

「温いッ!」

 完全に決まったと思った瞬間、斬線の網を蹴り飛ばすようにラルシアが飛び出して魔力を剣に練りこんで刃を飛翔させ、ティンはそれを身を捻って避けると。

「クリティカル・フラッシャーが、きかない!?」

「あんな速いだけの無駄だらけな斬撃、避けられない方がおかしいですわ!」

 お互いに距離を取り合うとまずティンは剣に魔力を注ぎこみ、ラルシアは重ねて同じくもう一度剣圧と魔力を混ぜ合わせて斬撃を飛ばし、ティンはその直前で。

「シャイニングウェーブ!」

 斬撃を飛翔させ、更にラルシアとの距離を詰め直してティンは下段から剣を跳ね上げる軌跡で切り上げラルシアも応じて上段から切り下ろす。刃と刃が重なり火花を散らしその刹那に二人は何度も何度も互いに剣を振り合う。

 ティンが位置をずらせばラルシアもそこに合わせて剣を振りラルシアが踏み込めば同時にティンが受けて流し更に切り込むがラルシアが一歩下がる事にで受け止め弾くも今度はティンがその勢いに乗って後ろに跳び距離を取る。

「速い、だけ!?」

「ええ、速いだけで最初の2・3撃目を見切ればあんな技に恐れる必要はありません!」

 ラルシアの剣を切り弾きつつ身を屈めて剣が頭上を過ぎていくのを見送り、返す刃でラルシアの剣と切りかわすと同時にティンは僅かに距離を取ると。

「なら、これで!」

 それは正しく、スケートリンクを滑るようにティンは舞い踊り一見無防備なラルシアの背中に切り上げから蹴り刺突、次に正面へ薙ぎ払いから蹴り付けの切り返し。

「決めるッ!」

 続いて右肩から回し蹴りから突き刺して引け寄せ、今度は左肩に切り上げから跳び蹴りに突き刺し、正面へと膝打ちから突き上げて唐竹割りをくらわし。

 そして背中に向けて切り上げから更に身を捻りながら回転運動を加えつつ切り上げつつ、更に空中から光の壁を生み出して蹴りつけて移動し。

 正面から蹴り上げから切り上げ跳びつつ更に切り上げ光の魔力を纏った切り落とし、流れるように右肩から跳びあがりつつ突上げて叩き落しから切り上げて蹴り上げつつ跳び上がって光の波動を伴った下方へと身を捻りながら大きく薙ぎ払う。

 大きな閃光のアーチが残る最中、ティンは左肩から切り上げから更に重ねるように上へ上へと何度も切り上げ最後には跳び上がりながら大振りの輝きの一閃を見舞い。

「これが、必殺のっ!」

 そこから一瞬にしてティンは消え去り、真正面から魔力を込めた拳を叩き込み更に剣を突き刺しての。

「シャイニングッ! オンザステージッ!」

 魔力を剣先に移し、直後に光の大爆発を生み出す。ラルシアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら剣による光の乱舞を受け取ると。

「叩き、潰す!」

 踏み込み、無の波動を纏った一撃で払い続けて振上げた剣を振り下ろしてエネルギーによる爆発を繰り出すと今度は右の手で握った剣を腰の横に置き左手でその柄を握り締める。まるで、左手を鞘にしてるかのように。

「それで、本気だとでも?」

 続けて放たれるのは魔力に強化も付加された極大の居合い抜き、初段で薙ぎ払ったティンを更に追い込み居合い抜きからラルシアは体を回転させるように身を捻りつつ更に大きく踏み込んで。

「Blademoment!」

 巨大な斬撃による嵐の前まで踏み込んだラルシアは更に自身も魔力と斬撃の渦となって、否竜巻となって弾丸が如く宙へと飛び上がる。そして嵐の中でもがく獲物と対峙した瞬間、その渦が竜巻が更なる力となり収束し。

「EndofGaiaッ! 全てを、万象断ち切る刃をその目に焼付けろぉッ!」

 巨大な剣となりラルシアはそれを持って横に薙いで断ち切り十字に切裂き、大地をまるごと相手を切裂いた。

 あまりにも強大な魔力の波動、目には見えず、そしてあらゆる属性にも関しないエネルギーがそのまま大地を抉り力となってティンを切裂いたのである。粉塵巻上げ、周囲を地面ごと砕く天変地異が如くその力に誰もが息を呑んで。

「これ、流石にティンといえども……」

 彼女の敗北を、確信する。

 それではまた。

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