祭りに行こうよ
「さてはてティンさん、何処に行くんですか?」
「肉」
「ティンさん、他にもちゃんと食べようよ」
祭りの最中を宛ら肉食獣が如き眼光でうろつくティン、それについていくマリンに浅美だ。そしてティンはやっとの思いで焼肉屋に辿り着くがそこで面白い人物を目にする。
「林檎!? 何してんの!?」
「いや、店番だが」
林檎が、肉に串を通して焼いていた。近くにはいつか見た護衛の騎士が客の呼び込みなどの雑用をしている。少なくとも鳥では無い肉を串に通してたれを付けて焼いていたのだ、林檎が。
「そこの愚者共何を見ている」
「いや、まあ、取り合えず肉10本」
「猪……と、えーと取り合えず適当な野生動物の肉だが良いか? 一応安全保障はしてあるが。まあいい、10本か……時間掛かるぞ」
「どんくらい?」
「50分」
ティンは頭を抱え込むと同時に周囲を見渡した。見る所によれば人は全くいない、なのに何故50分も掛かるのか。
「人、居ないよ」
「予約と一本焼く時間を計算した結果だ」
「予約って、そんなに人気なの!?」
「何だ、野生動物の肉は基本冒険家に大受けだぞ。基本的に獣肉は彼らの主食だ、それも上手に味をつけて焼くなんて誰にでも出来る訳でもないからな。下手に鳥を焼くより人気だぞ」
「そうなの、マリンさん?」
ティンは後ろのメイドに問いかけた。するとマリンも頷いて。
「はい、逆に鳥系の焼肉は一部の冒険家は嫌います。主な理由は、まず獰猛で凶暴な鳥の魔獣に強襲されたトラウマ。もう一つは鳥肉を自力で取る事が出来なかったことによるトラウマです」
「……え、いやなんで?」
マリンの返しに思わず頭を捻る。幾ら何でも何であんなにも美味しい鳥肉にトラウマが出来るのか。
「前者は簡単です、ようは鳥を連想するものを忌避するというものです。事実、鳥の魔獣に襲われて死亡し、運良く逃げ延びてもその恐怖から射撃武器を持つに至った冒険家だっています。そう言った者たちはよっぽど剛の心臓でも無ければ鳥肉を見たいとは思いません」
「なるほど確かに……空から強襲を掛けてくる奴相手にどう対処しろって話だね」
「もう一つ、後者だと少々虚しいです。とその前に退きましょう、どうやら先に予約した者たちがきたようです」
言うや否やマリンはティンを押し退け、やって来た冒険家に道を譲った。彼らは一見すればメイド連れの騎士様に見えるティンに驚きつつも串焼き肉を受け取っていく。
そんな彼らを背景にしてマリンは続きを。
「で、後者だとどうなるの?」
「その前にティンさん、あそこをご覧ください」
マリンが示す先、そこには浅美が暇そうに一角に屯する鳥達を眺めていた。
「空腹がピークに達し、論理も倫理も道徳をもかなぐり捨て今血肉を追い求める野獣と成り果てた冒険家。それがティンさんです」
「うん、そこまでじゃねえよ?」
「そして生存本能と食欲の赴くままにティンさんはあそこの平和の象徴である鳥の集団めがけて飛び込みます」
しかしてマリンはそんなティンのツッコミを当然にようにスルーするとそんな事を大々的に演じるように告げ、くるりとティンに向かい問いかける。
「どうなりますか?」
「どうって」
問いかけられ、少し考える。相手は平和の象徴とも言われるただの鳥だ。幾ら何でも、空腹と疲労で体が鈍ったとしても、遅れを取るとは。
「何羽、狩れます?」
「12羽も居るんだし、1羽くらい」
「1羽、狩れます?」
鋭い指摘にティンはふと思考する。しかし、実際問題としてあの野鳥を易々と狩れるかどうかと言うには些か情報が足りない。やつ等の反応速度もきちんと計算した事もないのだから。
しかし、数秒の間ティンが濃密な数式の構築を行っていくと途中で遮るように氷の針を幾つか生成すると。
「これが答えです」
そのまま投げ付ける。結果は、見事に全てが外れた。放たれた氷針は都合18、しかしマリンが放つと同時に鳥達は一斉に飛び立って去っていく。しかし氷針の狙いは僅か上にずれている、飛び立ち逃げる事は承知の上だからこその狙い。
だが飛び立つ鳥達はそれさえ予測していたとばかりに、氷針の射線軸からずれて飛び弓から射られる矢の如く飛翔する氷の針は全て僅差で外れて虚空に砕けて消えた。
「野生の鳥は見ての通り、非常に敏感です。彼らは賢く、例え自分に向けられたものでなくても周囲に異常を感じられればすぐさま逃げていきます。恐らくティン様が全力の状態で、それも光子化の術式を使用して漸く2、3羽と言うところでしょうか?」
「……今、手を抜いた?」
「僅かに。ですが、ほんの僅か気を抜いたくらいでこの結果です。果たして、空腹の素人冒険家が安易に手を出して討ち取れると思いますか?」
「無理だろう、そんなの。銃でも持ってなきゃ、あの距離から逃げ出す飛翔物を撃ち落すなんて無理だ」
ティンは息を呑んで同意する。之ほどに警戒心の高い獲物を相手に、気を抜いて獲れるなどただの妄想だ。如何に平和の象徴であろうともその本性は生きる事に真っ直ぐだ。いや、だからこそ平和の象徴なのかもしれないが。
「ちなみに少し本気になるとですが」
マリンは一本氷の針を生み出すと飛び立ち再び地に舞い降りた野鳥目掛けて手早く投擲する。一見、別段先ほど放った速度となんら変わりがないように見える、そして鳥はまたもや危険を察知して羽ばたくが直後氷の針は空中分離して飛び立つ鳥の頭に時間差を持って直撃する。
「すご」
「このように少し工夫をすればたかが野鳥如き、狩るのにそう手間は掛かりません。しかし、何事にも例外はあります。風の魔法で飛翔の妨害をしてしまえば上手く飛べずにより安定して狩落とせるようになります……しかし、この狩りは幾つか大きすぎる問題があるのです」
「問題?」
「まず、都市間同盟法律には都市圏内に存在する野生動物は全て都市が飼っている動物と言う事になっています。つまり、勝手に殺害してしまっては都市の持ち物を殺害するのと同じ事になり当然罰金が取られます。そして何より」
一度切ると、ふっとマリンは遠い目をしながら。
「あの野鳥、意外と不味いです。後、あれ意外と簡単に取れますし何よりああ言う野鳥が簡単に取れる冒険家ならその能力を違う方向に回せばもっと良い食事が出来ます」
「……つまり、取れても旨みは」
「あらゆる意味で、皆無です。そしてティンさん、林檎さんが我々の肉を焼き始めたようです」
「って、へ!?」
ティンはあんまりな真実に黄昏ていると唐突な不意打ちに驚いて見て見ると確かに林檎が人を捌き終えて肉を焼き始めていた。浅美は漸く人がいなくなったことで林檎の前に戻ってくる。
「こんなに沢山猪を狩ったの?」
「ああ、思わずな」
「思わずって量じゃない気が。一体全体何をしたの?」
浅美は店の在庫の方を見て、大量に詰められた生肉の箱を見て指摘する。すると林檎は遠い目をしながら。
「あれはちょうど夕食時だった……ちょうど獣道を見つけた火憐が一狩りしようと言い出し、我々は瑞穂の指揮で猪狩り作戦を決行しようとしていた」
「ティンさん、突っ込めば負けなのでしょうか?」
「何に」
「我々の作戦は順調だった。浅美総監督の下野生動物の安全な狩りの仕方を学んでいた我々に死角は無い、そう思っていた」
「お肉の切り方雑過ぎ、死角だらけじゃん」
林檎の語りに余計な茶々しか入れないティン達、しかしそれでも林檎は何一つ気にせず語りを続ける。
「そして現れた猪を狩った。実に簡単だった、浅美が教えたようにやって全員で協力して猪を問題無く一匹仕留めることに成功した。しかし、気付くべきだった……そこが獣道であると言う事は、即ちどう言う事か」
「いや、獣道を見つけて狩りをするのは良いけど獣道って奴を理解しなくてどうするの」
先程から浅美は空気を読まずに林檎の語りに余計なツッコミばかり入れていく。だがまるで二人が知人であるかのような振る舞いにティンは少し疑問に思ったが。
「まあ、つまるところ他の動物の群れがやって来てな。猪の解体をしている途中にばったりと猪の群れに出くわし、野生動物愛護団体真っ蒼な野生動物の大量虐殺を決行して」
「で、大量の死体が……それで焼肉屋ですか。行き当たりばったりにも程がありませんか?」
「言うな」
マリンの無情な突っ込みに林檎は溜息混じりに返すのみだ。
「と言う訳だ、その後色んな動物を巻き込んでしまった結果として一応鹿や他の動物もある、お前の指南のおかげだよ浅美」
「そう言えば教えたね、皆に狩りのやり方」
林檎は肉を焼きながらの淡々とした返しに浅美も同意しながら林檎の調理を眺めていく。
「浅美、林檎に狩りを教えたってどういうこと?」
「知らないのか? 全く、瑞穂め。きちんとこういう事は伝えろと言うんだ」
「瑞穂? ああ、そっか。林檎も浅美も瑞穂の仲間なんだ」
「うん、そう」
言って浅美は暇そうに林檎の調理眺め続ける。串と生肉を手に取り、肉を串に通して、たれを付けて焼くだけだ。これと言った特別な技術なんて必要としない作業だ、と言うわけでもない。きちんと肉に火を通す為に見計らって肉を焼き上げるための技術を要するのだ。
炭火コンロを使い、鉄網の上でジュウジュウと音を立てて焼き上げる獣肉。炭で肉を焼く香ばしい匂いがするこの調理場は基本的に熱と煙との戦いだ。しかし林檎は炎と氷と電と風の魔力を持つ為、熱は気に留めないし煙も人の居ない方へと飛ばしてしまえば何も問題なんて無い。
そんな光景にティンはより空腹感を強め、もう数本頼むべきかと悩んでいると浅美が一言痛烈な。
「林檎、二番目と四番目のお肉美味しくないよ」
ビシ、と言う音が聞こえそうな空気が生まれる。林檎はもう一本焼くかと取り出した所に言われた一言に一瞬引きつった表情で気にしないと言わんばかりに肉を焼きつつ。
「そ、そうか? まあそう言うときも」
「林檎、今ひっくり返したお肉は二番と三番が美味しくない」
びく、と林檎は肉をひっくり返す途中で手が止まる。がすぐに戻して肉を焼き続ける。そしてもう一本串を取り出して生肉を掴み。
「林檎、そのお肉美味しくない。次手に取った奴もおいしくない」
またもや突き刺さる浅美の厳しい肉の審査。一体全体彼女はどうやって調理後の生肉を見て良し悪しが分かると言うのだろうか。
「あ、浅美、どうやってそんなのが」
「見た目と匂い。それだけ見れば分かる、林檎1番と4番のお肉美味しくない」
浅美の容赦ない指摘でついに林檎はプルプルと身体を振るわせ、更に浅美は。
「全く、人から教えて貰ったとか得意げに話す前にちゃんと出来る様になってからにしなよ。わたし、良い肉の見分け方は教えなかったけど美味しい動物の見分け方はちゃんと教えたよね? 殺す対象くらいちゃんとみなよ、どうせ面倒になったから襲ってくる奴全員殺したんでしょ? 本当に変わんないね皆」
「おい」
ヴッヂ。
そんな擬音が浅美の語り途中で挿入される。見れば林檎の羽織るマントが風を纏ってはためき、髪の先から電気が迸る。そこまで見てティンとマリンは目の前の人物が堪忍袋の尾がブチぎれたことを認識し。
「そこまでだ林檎!」
その刹那、雑用をしていた刃燈が割り込んで林檎を取り押さえる。一応火の着いているコンロの前で取っ組み合いは危険なのだが。まあ、一番危険なのは切れて魔法の行使をしようとしているほうなのだが。
「ええい放せ刃燈! このアホ鳥は一度焼き鳥に変えて」
「良いから落ち着けよ! ああもう浅美! 林檎の性格は知ってるだろ、何で煽った!?」
「……うん、わたし悪くない!」
「こんな時に氷結の真似なんかするなぁぁぁッ!」
胸を張って威張る浅美、怒鳴るように突っ込む刃燈、そしてティンは。
「早くあたしの肉を焼いてよ!」
「君は、本当に、いい加減空気を読んでくれぇええええええッッ!」
いい加減空腹だと伝えると怒鳴り返された。
「彼女、浅美さんは風の魔導師と聞いていたのですが妙ですね」
「ふぉふぉが?」
「まずは食べ終えてから突っ込んで下さい」
林檎達の屋台の騒動を遠めに見つつ、一先ず焼き上がった焼肉5本を頬張るティンの横でマリンが呟く。返事をすると逆にしかられたが。
「風の魔導師は場の空気を読む力に長けているとのこと。彼女、場の空気を読んだ上であえて壊しているような雰囲気がありましたが……」
「んっく、別にいいじゃん。浅美は前からああだし、おーい林檎後10本まだー?」
「今、やっとシェフの機嫌が戻った所だから、一寸空気を読んでくれないか」
ティンは五本食べ終えると初期注文から更に追加注文をつけ、刃燈はぐったりとした様子で返した。今の刃燈の格好は黒金甲冑ではなく長袖の作業服に首には手拭をかけている。おかげでただでさえ影の薄い印象がより一層薄くなっていて、ただの作業員でも通じそうなレベルだ。
そして当の林檎は落ち着きを取り戻して肉を焼く作業に戻っている。浅美は何故か、どういう事情か、肉の下味担当となっていた。本当に何故だらけであり今も。
「ほら病気の奴までいるし、こんなの味付けたくらいじゃどうやっても臭みが出るって」
などとぶつくさ文句をぶーたれている。そしてティンは串を近くのゴミ箱に放り込むと。
「と言うかなんで林檎に店番やらせてるの? あんたがやれば良いじゃん」
「俺も思ったんだが、瑞穂と火憐曰く」
『どんな客のクレームが来ようと強気に出れる林檎を店番にしよう』
『よし、じゃあどんな時でもそんな林檎のフォローと補佐が出来る刃燈を置いて行こう』
「と言う感じで、本当理不尽気回れりと言う所だ」
「あんた、苦労しすぎじゃ」
「言うな……気分が滅入る」
遂に刃燈青年、来年21が年齢追加20年はいけそうな深い深い溜息を吐いた。そんな時だ。
「あ? んだティンと貧乏くじにちびじゃりか」
「貧乏くじ……って、結野さんか。氷結ならいないぞ」
今日も決めに決めたロッリロッリな衣装で歩く見た目ギリ中学生慎重な大人の女性、結野が通りかかった。
んじゃまた。