祭りに集う者達
ティンとマリンは祭りの中を歩いていく。
「そーいやお昼まだだ。マリンさん、何食べる?」
「何でも良いですよ。ティンさんの好きなお肉でもお肉でも、お肉でもお肉でもお肉でもお付き合いします。本当にしょうの無いお方です」
「うん、御免。肉一択で何か御免。でも肉がいい」
「突っ込み入れても宜しいでしょうか」
ティンは軽く流して一先ず店を探して歩き、チラシ配りをしている浅美を見つけた。
「あ、ティンさんだ!」
「浅美、そういや店出してるんだっけ。肉は?」
「美香さーん、チョコバナナ二つー!」
「誰が菓子寄越せといった」
「すいません、フルーツより野菜が欲しいのですが」
浅美の反応にティンとマリンはそれぞれ各々勝手な不満を述べるが浅美は華麗に。
「じゃ、一つ200enねー」
「誰も頼んでねえよ」
「あの、浅美さん。幾らなんでも無理やりは一寸……」
浅美の隣に置いてある車の窓から赤い髪の少女が苦い表情で覗かせる。ティンとマリンは自分達の前に聳える車に気付き、見て驚きつつ。
「ほう、これはまた随分本格的な。移動販売車ですか、しかも個人の」
「これって、あれ? お店と車が合体した奴? へえ随分豪華な」
見上げながら感心しつつ車体全体を見渡す。そうしている銀髪の白いゴスロリ衣装の女性が歩み寄って。
「どうも、バナナ専門店AOSAKIへようこそ。こちらメニューです、あたしはこの店のレシピを作った人間です」
「うん、要らない」
「じゃあ注文を」
「いやデザート自体いらない」
「ば、馬鹿な!? 乙女成分と言えば糖分の筈、それが即答で拒否される――だと!?」
理解不能だとばかりに白い女性は急に声のトーンを低くしてて驚いていた。しかしそんな彼女の頭をぽこんとチョップする。
「だから言っただろう生島、やっぱり肉が良いって」
「煩い伊能、祭りと言えばまずは糖分だろうが!」
その手を払い生島は背後で自分を叩いた伊能と言う女性に叫び上げる。青い髪を纏めて結い上げた、動き易そうな格好をした女性だ。生島と比べると20cmくらいは差があるように見える。そして何よりその隣で立っている女性にティンは目を奪われる。
「か、火憐。何で此処に? 肉じゃないの?」
「肉だよ、普通に。伊能とぶらついてて、肉の前に店よってけと言われて来たんだが」
火憐は辿り着いた店の看板を視認して一言。
「誰が菓子寄越せと言ったこの野郎」
「寄ってけとはいったが誰も食えとはいって無い」
「手前ら黙ってバナナ食えよ」
伊能と火憐の二人は揃って肉がいいと言う意見をすり合せて同意すると生島が突っ込んだ。ティンはこの空気に思う所があってつい聞きたくなって。
「もしかして、この二人も火憐の言う所の元同級生って奴?」
「何故分かった」
伊能と火憐、更に生島も同時に返した。ティンからすれば。
「何だか結野に会った時と空気が近い。あと有栖って人が居る時とも似てる……ちなみに有栖は?」
「彼氏とデート」
「あっはは、火憐その冗談おもしれー」
「お前ら、良いからまずは客引きをして来い」
笑う伊能に冷たい突込みが炸裂する。誰だと思うと山吹色の長い髪をサイドアップにした女性だ。ふとティンは見覚えがあるなと思うと周囲の人間が一斉に。
「水野」
「水野さん」
火憐、伊能、生島、浅美、美香が一斉に口を開いた。そんな空気をガン無視して水野はぶつくさ呟きつつ店の中にはいるとごそごそと荷物を取り出し、美香の指示に従ってあれこれと置いていく。それを見てティンはハッと。
「水野、え水野!? あんたって、まさか水野翔子!?」
「ん? そうだけど、行き成りあんた誰? つか、いきなり何?」
ティンはついこの間と言うか先日彼女と同じ苗字の人間に助けられたばかりだったからだ。よく見てみれば確かに、以前彼女達が言ってたように目元とか髪の色とかが彼らの特徴を引き継いでいるように見える。
「如何したティン。水野が如何した?」
「え、いや、その、この人のお父さんに、この間会って」
「は? パパに? 何で、と言うか何処で」
ティンは一瞬、彼女が何を言っているのか理解出来なかった。なのでつい。
「え、あんた見てないの、ニュース」
「ニュース?」
「ほら、この間月がさ」
「ティンさんティンさん」
そこで浅美がティンの前に飛び出すと。
「水野さん、どうやら水野博士のこと知らないみたい」
「知らない? 実の父親なのに?」
「何だか、魔法学の研究家か何かでたまに何かの論文発表をしてるくらいにしか思ってないみたいで、本業を知らないっぽい」
浅美はティンの前で堂々と説明するが誰もが『何を話してるんだ?』と言う表情で見ている。恐らく風によるジャミングで声が響き難くしてるのだろう。そこでティンはもしかしてと。
「ね、ねえ火憐。水野博士って知ってる?」
「あ? 水野博士って誰だよ」
「おい火憐、たった4年前に教わった授業の内容も忘れたのかい?」
ティンの問いに火憐は眉間に皺を寄せていると伊能が得意げに胸を張って火憐の眼前に指をピッと立てる。更に続けるはビラくばりしてる生島が。
「水野博士って言えば水野浩博士でしょ? あ、どうぞ。確か火山で魔法の研究してた。水野さんも覚えてる?」
「覚えてるっつか一緒に授業で習っただろーが。まあ、パパに聞いたら遠縁の人だって。元々パパの家は魔法の研究をしてたらしいし」
返しながら水野は美香の手伝いをしている。そこへ火憐に伊能と生島の視線が水野に集まり。
「な、何?」
「お前、いい年してパパって」
「ショコラたんのお父さんの呼称は大人になってもパパ……あ、バナナショップ如何ですか?」
「そっかー水野のお父さん呼び方はパパかー」
口々に告げる元同級生の面々、そして気付いた美香も。
「そう言えば水野さんってお父さんのことパパって」
「手前ら全員ドタマぶちぬいたる」
突如、浮かぶ魔法陣。即座に撃ち出される炎、火憐は燃える腕で払い、伊能は体を逸らして避け、生島は脳天を焼かれる様に撃ち抜かれた。生島はそのまま倒れこみ、即座に立ち上がると伊能にチラシを押し付けて。
「ちょっと水野さん、今の」
「煩いわボケェ! 人が手前の親父如何呼ぼうが勝手だろうがぁ!」
「だからって撃つ事は無いでしょ!?」
「そうだぞ水野、生島如き撃っても何の足しにもならんぞ」
「火憐お前はどっちの味方だくぉらぁ!」
文句を叫ぶ生島、身を乗り出して切れる水野、茶化す火憐、そしてどうしようと慌てる美香と何でこうなったと頭を捻る浅美と、最後にティンは。
「ってまって! あんたあんな良い親の間で育ってそう言う言葉使うのってどうかと思うんだけどってうわ!?」
「んだこら手前! 人がどういう口聞こうがてめえにゃ関係ねえだろう、が」
撃たれる銃撃、続いてティンの避けた先に置かれる銃口、何処から出したのかも分からぬまま突きつけられる銃にティンは一瞬凍結状態にあった能力を全開にしかけると水野はある方向をに目を向けたまま急に固まった。
何だ何だとその方向に目を向ける一行、そしてティンもそこに目を向けると水野と同じ様に驚いていた。何せ、つい先日自分を助けてくれた二人がそこに居たのだから。
「水野、博士?」
「あ、ほんとだ」
ティンは遠目ながらも一昨日までモニター越しに会話をしていた人間の顔を忘れるなと言うのは流石に無理だ。しかし何故か知らないと返した筈の火憐が一瞬で同意する。
そしてティンは彼らの子であろう女性の方へと振り向くとそこには誰もおらず。
「あの、翔子さんどうしたんですか?」
「い、良いから黙って!? 無視、無視で良いから! 何で、何で此処にパパとママが居るの!?」
店の中を見てみれば、誰にも目の届かない場所で水野翔子が蹲っていた。それに気付く元同級生達は。
「何だ、あの人達って水野の親か?」
「へー、あ本当だ。あの人中学や高校の授業参観で見たことある。じゃーあれ水野さんのお母さんで隣の人はお父さんか」
「お前幾らなんでもびびり過ぎだろ、親が出たくらいで」
伊能、生島、火憐は順番にコメントをしていくと。
「何だよ水野、親と会いたくないのか?」
「そうだよね、まあ分かるよ。そうだよねうん」
「ったく、しゃーねーな水野。一寸待ってろ」
そう言う彼女達は水野に優しい言葉をかけると颯爽と歩き出した。ティンはそんな彼女達を眩しく見つめる。何だかんだ言っても、彼女達はかつて同じ学び舎に通い勉学した仲間なのだ。故に、その絆は卒業した今も――
「ちょっと水野の親呼んで来る」
「今すぐぶち殺すぞぐぉるぁぁあああああああああああああああッッ!!」
歪んでいた。いや、多分最初からこうだったかもしれない。
「ん? 今の声って翔子かい?」
「おい翔子……」
「元はと言えばお前らだろうがぁぁぁっ!」
元同級生達から冷たい視線に荒い息を吐き出しつつ、翔子は諦めたと疲労が混ざった表情でぐったりと店のレジに持たれこんだ。
そんなやり取りをしていると件の夫婦が浅美達の店へと。
「あーっ、しょこちゃんだーっ!」
「わっこら、抱きつくな鬱陶しい!」
やってくるな否や水野博士の隣に立つ女性が駆け寄って翔子に飛び付き、レジ越しに親子喧嘩とも言うべき取っ組み合いが始まった。
「えーどうしたのしょこちゃん、ママだよほら!」
「うるっさい! 人が見てんの分かんない!? いいから離れろ!」
「酷いよしょこちゃんママが来たからって恥ずかしがること無いのに!」
「うるせえっ! 人目を憚らず見かけたらどっからでも飛びつくんじゃねえっ! そういうのがウザいって何年言えばいいんだママッ!」
などというやり取りにティンは隣に立つマリンに向けて。
「すっごい置いてけぼりをくらった気が」
「ご安心を。私なぞ初めから置いていかれてます、あむ」
何かを頬張った気がしたので見るといつの間にか近くの店で調達したらしき焼きトウモロコシを手にしている。どうやら彼女も勝手に食事を買ってたらしい。
「肉は?」
「やあティンちゃん、久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
突然声をかけられたティンだったが目の前で繰り広げられてる親子のコミュニケーションに圧倒されながらで。
「あ、この間はありがとうございました」
「こっちこそ、どうやら無事に大気圏突入から惑星帰還を果たした様で何よりだ。いや、それにしてもうちの家内と娘がお恥ずかしい限りで」
「元気ですねー」
呆然と返すティン。そして親子の久しぶりの対面はと言うと。
「だから、友達がいるって言ってんだろ!? 今こちとら仕事で忙しいんだよあっち行け!」
「酷い酷いよしょこちゃん! ママ、そんな子にしょこちゃんを育てた覚えはありません!」
「だぁかぁらぁ……何歳の人間相手にしてると思ってんだこらぁ!? こっちはもう21なんだよもうとっくに成人しとんじゃ何時までもくっついてくんな鬱陶しいッ!」
「翔子」
怒鳴り散らす娘に父親から。
「ママが自重しないのは昔からだし翔子がもう大人のはいいけど、だからってママに向かってそういう口を聞いていいのかい?」
「そ、そうだけど」
「ママも。翔子もいい加減21歳なんだしいい加減子離れしなきゃダメだよ」
「はぁい、パパ……」
流石家長、と言うべきかあっという間に娘と妻を抑え込む水野博士。そして外野は。
「美香さん、これが俗に言う所にえーぎょーぼーがい?」
「そうですね浅美さん。あたしからすると真隣で行われてるので十分営業妨害ですね。もう完全お客さんがこっちに来てくれませんし」
見ればお祭り客は完全にこっちに来ない様に流れたり、或いは見物客として遠目に眺めてる。最早誰もここに来るとは思えず。
しかしその空気を気にせず水野一家に歩み寄る生島。彼女はバナナを両手に持って歩み寄り。
「じゃ、仲直りの印にチョコバナナ一つ」
「あ、ありがとう。君は翔子の友人かい?」
「はい。翔子さんとは長い付き合いです」
頷く生島のバナナを受け取る一行、同じ火憐も気にせず近付き。
「んで、何でまた凱旋祭に」
「え、あ、え……何処かで? いや、あ、うん、凱旋祭は昔妻と一緒に来た事があるしね」
「って、そう言えば貴方柊さん!? 貴方月に居る筈じゃ!?」
微笑む水野の隣に立つ彼の妻、それを見たティンはやっと以前月にやって来た柊と言う女性に似ている事に、と言うより話的には彼女は即ち水野裕一博士の妻であり水野翔子の母親となる。であればつまり彼女は柊捜査官でもあると言う事だ。
ならば月に行った筈の彼女が此処に居るのは幾らなんでも不自然だ。
「柊って、私の旧姓? 何で知ってるの?」
「え、あれ? ほら、あたしティンですよ。月に居た」
「月? ああ、そう言えば凄い事件だったね。え、君もそこに居たの?」
「え、あ。そっか、言っちゃ拙いのか?」
思わず食いついたが、よくよく考えればあの時の柊は対テロの為に動いていて本名や家族構成が知られれば家族にも迷惑がかかるとされていた。ならば、彼女が此処で自分のことを話すことは無いだろう。
それに、確かに月に居た彼女が此処に居るのは普通に考えればあり得ない。だが、そもそも柊はあのゼクス・マキナと言う機械を纏って此処にやって来た、それも僅か半日近くでだ。そう考えれば此処に居ること自体何もおかしくない。
向こうも理解した様子で微笑み。
「ティンちゃんも災難だったね、月の大事件」
「え、あ、はい」
「まあ、そう言うことだ。ごめんね、君も」
続くように微笑む水野博士。彼はチョコバナナを一口頬張るとメガネのブリッジを押し上げぼそりと。
「明日、イヴァーライルに来てくれ。君と話したい事がある、連絡はイヴァーライルの冒サポで」
「え、はい」
「それじゃあ、僕達は行くよ。翔子、皆に粗相がないように。僕達は久しぶりに夫婦水入らずで凱旋祭を楽しんでくるから」
そう娘に笑顔で伝え、妻の手を引いて立去ろうとする水野博士。しかしその肩を何処から出てきたのか中年男性が掴み。
「酷いじゃぁないか水野君。此処は夫婦ではなく親子だろう?」
「ひ、柊総司令!? 何故此処に!?」
「お爺ちゃん!」
「父さん! 今日仕事じゃないの!?」
その男性に更に反応する水野妻に翔子、男性は更に水野夫婦の方をまわすと。
「たまには娘とその婿と共に祭りを楽しむと言うのも悪くは無いというものだ。まさか、此処に来て妻と二人っきりで楽しみたいから、花嫁の父は帰れ等とは言うまいな?」
「あ、あははは、そ、そう言うことならご一緒しましょう柊総司令」
「んん? 言葉が固いぞ裕一君。君は一応我が柊家の婿なのだ、お義父さんと呼んでも良いのだぞ?」
「笑顔が、怖いです」
引き気味に返す水野博士、確かに柊と言う男性は殺意すら漲らせる笑顔で彼と会話しているのだからそれも当然である。そんなやり取りをしつつ祭りに紛れて行く一行、そして再び翔子はレジに突っ伏した。浅美は気にせず。
「壊れるよ、翔子さん」
「もー疲れた。休みたい」
「水野さんに休まれたら誰がレジ打つんですか? 此処で打てるのはあたしと水野さんだけですよ?」
そう告げる美香。見渡せば確かに。
「まずあたし無理、伊能無理、浅美ちゃん無理、詰んでるから頑張れショコラたん」
「ちょっとそれどういうこと生島さん!」
「流石だ生島、あたしにレジなんて細かいものは出来ない!」
「馬鹿にされてる自覚持てよ」
「お前ら仕事しろ」
浅美が抗議して、伊能が同意してそんな彼女に火憐が冷やかな突込みをぶち込んだ。そして買い物袋を下げつつ冷静な突込みをする者が一人。
「あ、雪乃さんおかえり」
「雪乃、一寸お願い。レジかわってぇ~」
「如何したの翔子、そんなぐったりして」
雪乃を見付けると解放されたとばかりに翔子はふらふらと車から降りると物陰に座り込んだ。
「今、親が来て、疲れた」
「何、それ」
「良いから変わって、他の面子がてんで役に立たなくて困ってたの」
「そりゃあ阿呆と不器用が揃ってちゃあってそこの二人だよドヤ顔すんな年上!」
水野の代わりにレジに立つ雪乃、そしてごめんねてへーと顔芸する生島と伊能コンビに突っ込みを入れると今度は浅美に。
「じゃ、浅美も休んで良いよ。あんたは厨房以外任せる所ないし」
「はーい」
「一人で回るの?」
「その道のスペシャリストが居るから平気でしょ」
「す、スペシャリストってそんな……」
ティンはいい加減肉が食べたかったので、雪乃の返答を聞いた時点で無視してマリンをつれて動いていた。
「祭りは怖い」
「ええ、とうもろこしお一つ如何ですか、ティンさん」
「それでも、肉がいい」
「ティンさん、ぶれようよ」
そして火憐はその場に残り、ティンとマリンと浅美が祭りを行く。
キャラが増えすぎて分からん? 大丈夫だ、祭り編はこれまで出て来た人たち殆どが再登場するゴージャス仕様だからな! 次回は林檎たんの登場だよ!
マリンとティンがほぼ空気になる元学生組、こいつらは書いてて本当思う。これはひどい……。
んじゃ次回。