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さあ、祭りの始まりだ

 欠伸を噛み殺して夜明けの朝日をその身に受ける。ティンはこの日に備えて約8時間ほど眠っていたのだがやはりまだ眠い。と言うより、まるで脳が目覚めるなとでも言ってくるかのような錯覚に陥る。

 そんな感覚に耐えながらティンは朝焼けに輝く公国首都を眺め、昨日のことを思い出す。

 昨日、イヴァーライルに戻って来て早々に事情説明をかねてエーヴィア女王の下へ謁見に向っていた。そして玉座の間へ辿り着き、ルジュとマリン監修の下謁見を開始。

「で、貴様今まで何処に居た? 姫特製の通信術式でも通じなかった上、本人に聞いたら意味不明な言葉が返ってきたぞ」

「はい、あの意味不明って?」

「ああ。向こうに聞いた所この世界でその術式が通じない場所となると完全外界の光が遮断された場所か、宇宙くらいだって言われたぞ。お前、宇宙か前人未到大地の地下遺跡にでも行ったのか? 東洋大陸の中央にある大和帝国から約二日間くらいで」

 ティンは、目が点になったうえに絶句した。今、彼女は死と生の瀬戸際に位置することに今気がつく。思った、これもしかして間に合っても詰んでね、と。

「しかも母さん曰く、いきなり警察を名乗る阿呆から『お宅の傭兵、月に居ます』とか言われたから嚇してやったとか言ってたし。お前、まさか本当に月に居たんじゃねえよな?」

「え、えーと。仮に月に居た場合、どう、します?」

 思わず目が泳いだ。いや、だって、誰であろうとも自分は可愛いものである。まず保身を確認して、何の問題があろうと言うのか。が、しかし。

「えーと……うん、特に問題は無い」

「え、あ、そうなんですか!? じ、実は」

「尤も、月で何か問題起こしてその事後処理の押し付けとかだったら……後は分かるな?」

 言いかけた、口が閉じた。ティンは咄嗟に分かりたくないと返したくなったが兎に角口を閉じることに専念する。

「で、実は何だ?」

「陛下、と言いながら剣を抜くのか如何かと思うのですが」

「で、実は何だ?」

 右手で抜き放った鍔が羽根の形となっている剣を一振り、再度問う女王。ティンは始めて見る剣だわー御洒落ー等と言う事を顔に出しつつ内心は滅茶苦茶びびりつつ一度口にした言葉はもう元に戻せないという現実に直面しつつも諦めずに出口を模索する。

「え、えっとぉ。実は、その、月に、事故で行っちゃって」

「ほう、事故か」

 エーヴィアからは何も感じない。恐ろしい事に何も、だ。だが、それが何に変えても恐ろしく、ティンは即座にあらゆる未来を想定して次の事態に備える。

「で、月に行って如何した?」

「え、いえ、その。特に問題なく」

「問題なく、か。ルジュ」

 言いながらぱちんと指を弾くエーヴィア。そしてルジュは黙々とテレビを用意して電源をオンにした。そして画面に映し出されるは。

『ご覧下さい、この月の様子を! 今、ご覧のように月は黒い靄の様なものが覆われており、月が飲み込まれていきます!』

「あ、その、えと」

「で? この月が黒い靄に覆われていた時間帯、貴様は月の何処に居た?」

 続くエーヴィアの指弾き。切り替わる映像は月から離れた場所、そこでは宇宙を引き裂かんと黄昏色に輝く十字架が映し出され。

「これ、如何見てもラグナロックの奥義、ラグナロクだよなぁ? 言い訳は出来んぞ、貴様がこの技を私の前で二度。兵達の前で一度使用している。彼らからすれば救国の輝きとも言える光だ、誰であろうとも間違える等と言う事は無い」

「陛、下」

「で、ティン。貴様は月で何をした、と言うか何が起こった」

 と、そこから先はただの状況解説であった。大和帝国の洞窟で見つけた機械が転移装置で、起動させ月へ飛んだこと。月でテロリストに襲われ、撃退したということ。以上を話すとエーヴィアはんーと剣で肩を叩きながら考え、一言。

「よし、その事実をしばし隠蔽するように警察に交渉してもらおう」

「えっと、理由は」

「簡単に言えば、お前と浅美達は月どころかアーステラを救った英雄と言うことなのだろう? もしもそんな事を世界に公表してみろ、お前らは英雄に担ぎ上げられてお祭り騒ぎだ」

「ああ、そうなると凱旋祭は勿論うちらも多くの厄介事に巻き込まれますね」

 ぶっちゃけた話、そうもなれば自分達を放っておく者達など何処にもいるまい。何が起きるかなど考えただけでもう満腹である。

「そう言う事だ。後の事は母さんいや、デルレオン公爵夫人に一任させる。警察へのコネを持っているのは彼女だしな。にしても、そうか月を救った英雄か……使えるか?」

「陛下? 一寸陛下?」

「まあいい、と言うことで今は凱旋祭だ。一先ずお前は見回りな」

 と色々面倒ごとを押し付けられてティンは朝っぱらからこの通り見張りである。主に酔っ払いなどの処理、祭りで騒ぐ阿呆の撃退などだ。軽く取っ組み合いをする位は多めに見ようと思うが、しかし周囲を巻き添えにしての大喧嘩は勿論ご法度だ。

 ティンは早朝より首都の外壁見回りである。日の出より外壁を見回るため、滅茶苦茶眠いがこの役回りは実は一番人気であったりもするのだ。理由は一つ、祭りがピークになる時間帯に自由時間と言う名の現場の見回りへ交代される。

 即ち出店が立ち並ぶ祭りを昼間の時間に堪能出来るのが早朝組みの良い所だ。逆に昼からの交代は朝と夜のイベントを堪能出来る為、そっちもそっちも悪くないと言う者も居る。

「暇だぁ」

「全くだ」

 ティンは二度寝しそうになる頭を叩き、同意する隣の金髪美形な貴公子然とする青年に目を向ける。

「あんたも眠い?」

「どっちかと言うと、興奮で目が覚めている」

 短く返す青年にティンも短く返すと外壁の周囲を見回っていく。日は昇り、急ピッチで修復された首都を明るく照らしていく。それを見て青年は。

「恐ろしいな」

「何が?」

「この街は、ついこの間まで死んでいたはずだ。なのに、僅か一ヶ月と少しでここまで蘇った」

 青年の言うとおりだ。確かにこの国は廃墟と呼んでも差し支え無いほどに朽ちていたのだ。それがどうだ、僅か一ヶ月と少しで立派な公国首都が出来上がっているのだ、驚くなと言う方が無理な話である。

「愛国心が成せるのか、本当に恐ろしい」

「その口ぶりじゃ、あんたには無いのか?」

「正直な。私はただ、父がこの国の貴族でな。と言っても、政略戦争に負けて父の兄である叔父に家を追い出されただけで名ばかりと言っても良いのだが……その結果祖国から出て行ったのが父。そして私達家族はとある街の中央区、高級住宅街で暮らしていたんだが」

「それが何でまた」

「始まりは、この国が呪いに沈んだことだ。あの時、私は僅か五つだったが国が呪いに沈んだ事を知った父は叔父の名を口にしながら泣き崩れた」

 青年は、遠くを見ながら過去に戻るように。

「初めてだったよ、父がその様に叔父のことを語ったのは。いつもは、酒で酷く酔い潰れた時に悔しげに、負け惜しむようにしか言わなかった父が叔父の死を悔やむように口にし、そして15年の時が流れ遂に呪いが解かれた。それから一年後に私達はこの国にやって来た、何か出来ることは無いかと父が言ってな」

「それでこの国に。で、今やってるのは?」

「ただのパシリだ、気付けば王の命令で祭りの監視役だ……下らないとは思っていない。寧ろ、光栄だ。この様な任務でも国の、祭りの護衛を任せて下さったのだ。ならば粉骨砕身にてこの国の為に働くのみだ……そう言えば君もこの国の為に働いていたのだったな」

「お金でねー」

 ティンは配付されていたバッグに入っていた朝食のサッドイッチを一口頬張り。

「それでもこの国の為に尽くした事実は消えないだろう。時代が後もう一世紀前なら確かに金だけで切れただろうが、今は生まれよりも行動と事実が優先される時代だ。君にその気があれば仕官の道もあるだろう」

「傭兵が? お使い程度でも?」

「お使い程度でも、行動にはあらゆる結果が付くものだ。君の行いの結果から発生した付与価値次第では重宝だってされるし、事実過去にもそうやって冒険家から成り上がった例もある。今の時代、求められるのは武力だけではない。あらゆる才能に可能性がある、その才能を生かせば何だってなれるさ」

「へえ、お使いでも成り上がりねえ」

 ティンは返しながら外壁から下のほうを覗き込む。

「そう言えば君の名前を聞いていなかったな。私はヴォルグ・ド・シャンドルだ」

「ティン。山凪ティン」

「そうか、ティン……覚えておくよ」

 そう言って二人はお互いに背中合わせのまま仕事に戻った。



 この時は誰も思わなかった。在り得たかも知れない未来で、この二人が長い付き合いになる事になるとは。



 マイクに電源が入る音が公国中に響き渡ると同時に幾つもの祝砲が空に放たれる。と同時に老人の声が街中に。

「これってミルガ大臣か」

「ん、ねえミルガ大臣、泣いてない?」

 祭り開催前のスピーチ、ティンはその声にふと思ったことを呟き。

「ミルガ大臣が? そんな訳は無いと思うが……」

「でも何だか涙声だけど。何かあったのかな?」

「さあ……鬼の大臣とも名高いミルガ大臣に限ってそれは無いと思いたいが」

 そう返し、ミルガ大臣のスピーチに続くはエーヴィア女王の言葉だ。

「あー、えー、何だ。うん、此処に凱旋祭の開始を宣言する!」

 想像を絶する宣言に、ティンは無言のままスピーチにではなく外壁からのみ周りに集中し。

「いや、一応雇い主だし聞くべきだと思うが」

「え、今ので祭りが始まったんでしょ。なら良いじゃん」

「いや、まあ確かに開催の宣言はされたが」

 ヴォルグは微妙な表情で未だスピーカーの向こうで何やらもめている音が響く中、二人は仕事に集中することにした。そのままティンは外壁の下に向い、そのまま見回りをして数時間後。11時を回った頃に新たな傭兵が現れ。

「おう、交代だ。夜まで楽しんできな」

「ありがと、じゃ行って来る」

 言葉を交わし、ティンはほぼ夜まで休憩と揶揄される都市内の見回りに交代したのであった。

 都市内の見回り、それは所謂祭りの真っ最中を見回る仕事である。ティンは昼間から夜まで町の中を歩き回って異常が無いかどうかと言う仕事内容だが、基本的にこの凱旋祭における街中見回りの仕事とは見回りながら出店を見ていってと言われており、大概の兵士は良識の内で祭りに参加しているのである。

 と言う事でティンも祭りに参加して、良識の範囲で見回りの仕事をすることにした。出店の無い外壁付近からまずはバスに乗って首都の中央区へと向う。中央区で降りて、まず目にしたのは。

「人、すっご」

 人の川である。人が右に左に流れて行く絵に思わず圧倒され、周囲を見渡しながらもティンは奥の方へと入り込んでいく。彼方此方で開かれる出店に溢れかえる人々、親子連れも居るようでまず思ったことが一つ。

「って、この人達って誰? イヴァーライルってこんなに人が居たの?」

「自国民は凡そ3割、4割が冒険者で3割が他国民ですね」

 と、何時から居たのかメイド服のマリンがティンの横で解説。ティンは特に驚いた様子も無く。

「あれ、マリンさん仕事は?」

「今日はお休みです」

「何でメイド服? 普段着とか余所行きの服は?」

「私服は呪いで消えました」

 代えの服がないとはこれ如何に。と言うより今まで何故買わなかったのかを問い質すべきなのかも知れないが。

「マリンさん、もしかして暇?」

「まあ何て人でしょう。折角の祭りに有給取ってまで楽しんでいる54の女性に向けて何と遠慮も容赦も無い。全く最近の若者は年寄りに対して遠慮や敬意を払うと言う事が欠けています。我々年寄りが居るからこそ貴方達若者が居るのですよ、そもそも貴方達だっていつかは私達と同じ年寄りになるのです、少しは年長に対して敬うと言うことをですね」

「で、長々と語っているけどマリンさん僅か54で年寄りになる事について一言。と言うか貴方そう言うキャラでしたか?」

「いえ、昔お年寄りといえば大体こう言っていたので一度言ってみたくて。後流石に54では年寄りはきつかったですね」

 後は良い様だと思ったティンは一先ずマリンを引き連れて祭りの喧騒に飲まれていくのだった。

 復活のマリンティンコンビ。世代を超えたこの孤児コンビが今、アーステラに一代センセーションを――吹かせる訳がない。

 んじゃまた次回。

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