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世界を駆け抜ける矢の如く

 震えながら叫んだティンのことばにだれもが『何言ってんのこいつ』と言う勢いで視線を送り。

「いきなりどうしたのティンさん」

「いきなりも何も凱旋祭だってば! 今から約4日ってそこからイヴァーライルとなるとどう考えても5日以上かかりますよね!?」

「え、えーっと、宇宙港がある都市自体少ないし、国に至っては皆無だった気が……」

 ティンの必死というか鬼気迫る様相に浅美達はむしろ何故と思いつつも彼女の訴えに付き合う事に。

 実際、答える柊も少し困り顔だ。だがティンとしてははっきり言って完全に生きるか死ぬかの死活問題だ。

「凱旋祭って、イヴァーライルのだよね? 随分懐かしいなぁ。水野博士と一緒に任務で行ったよね」

『それはそれとしてティン君、何故急に?  君は大和帝国の関係者とばかり思ってたんだが』

 と、どこにいたのかぽんと浮かんでくる水野博士のモニタ。言葉を終えるとコーヒーを一口飲み込み。

「いや、あたしはそもそもからイヴァーライルの傭兵? 雇われ冒険家? まあそんな金で繋がった関係で」

『それがどうやって大和帝国と繋がれたのが不思議なんだけど……君はイヴァーライルからはどんな仕事を?』

「あ、えっと、あたしはイヴァーライルの凱旋祭宣伝を頼まれていて」

『それで大和帝国に? 驚いたな、大和帝国とイヴァーライルって繋がりがあったのか。結構昔から、と言うか今も鎖国状態に近いのに』

「え、えーっと、多分カーメルイア系列かと、思いますが」

 水野の質問にティンは頭を回しながら答えるが、思えばこんな事になるとは思ってなかった。そしてとうの水野はと言うと。

『カーメルイア……ああ、そうか。あの会社ならどこに繋がっていても特におかしくは無いけど……』

「うーん、それはそれとして、お祭りの宣伝で動いてるんだから、多分ゆっくり帰っても平気だと思うよ?」

「いや、多分あたしも祭りの実行委員組だと思うから下手に遅れると半殺しになる恐れが、しかも雇い主の女王陛下に」

「そ、それってどう言う独裁政権なのかな!?」

 引いて驚く柊にティンは同意しつつも多少盛ったことに僅かな罪悪感が浮かぶが、今までのやりとり的にそう言ってきても何もおかしく無いという恐ろしい事実に心内で戦慄を覚えるより他に無い。

『それは雇用関係的にどうなのって言いたいけど、確かに一理ある。向こうからすれば王国復興の足掛かりにもなる一大プロジェクトが事故で月に行ってそこで祭りに間に合いませんでしたじゃすまないね』

「な、なるほど……なら連絡を取り合えばいいんじゃ無い?」

『それは厳しいかな? 宇宙からだと通信がし難いと思うし、なんならあれだし僕の方で連絡してみるよ』

 と返す水野の言葉にティンは涙を流して土下座を決行、その様を見て浅美のコメント。

「ティンさん、恥ずかしいからやめて」

「宙に浮かぶモニタに向けて土下座ってシュールだな、おい」

 突っ込む雪乃達にティンは何も知らない奴は平和でいいなと逆に和む思いだった。そして連絡を取ってきた水野が苦い顔で。

『いいかい、向こうからの一言を意訳して言うよ』

「あ、はい」

『単刀直入に言えば、あまりふざけたことを言ってるとぶちのめすぞこの野郎……そんな所かな』

 あまりにも衝撃的かつ予想通りと言いたくなる返事にティンは戦慄を覚える。震えた声で柊は。

「ほ、本当に言ったの? 水野博士、幾ら何でもそれは」

『流石に僕も一国家の返答としてはどうかと思うが、幾ら何でも荒唐無稽過ぎたんじゃないかな。だから向こう的にはこの忙しい時にアホなことを言ってくんなってことかなと』

 ティンはそれ言ったの、女王じゃなくて多分あの公爵夫人では無いかと、依頼のために下げた頭を謝罪の意に変えて思う。彼女であればそう言った遠まわしの脅しを返しても何の疑問も無い。しかしなればこそ、いよいよ状況はまずくなってきたところだ。

 現場、ティンが月に居ることを知る人物はアーステラにいない。となるとこのまま普通に王国に戻れば祭りが終わった後で、問答無用でボコボコにされながらどこで何してたと拷問されるのはほぼ確定だ。この問題をどう攻略するか、あらゆる未来を答えを模索する超能力で探るも出た来たのは。

 1つ、素直に順当に戻って謝る。幾ら何でも向こうは人間、こちらの事情と経緯を伝えれば穏便にーー済ませてくれる前にこっちがボロ雑巾になる。なんのマゾプレイだそれとティンは却下。

 2つ、いっそ開き直ってイヴァーライルとの縁を切る。向こうと自分の関係は一応ただの雇い主と雇われ屋だ、特に惜しむことはーー流石に却下。気持ち的にも何より金銭的にも。雇金もらってない以上今月と言うか今年中は縁を切るわけにはいかないとティンは思う。

 3つ、4つと次々に答えを生み出すティン。そして彼女はバっと立ち上がって。

「ここにある転移術式は使えますか!?」

「御免、流石に無理かな」

「あの、一応この月の防衛に尽力したことに対する報酬として要求したいのですが」

「う、うーん、そう言われると断り辛いけど……博士は?」

『悪いが、それは出来ないんだ。この月を救ってくれたこと、それ自体にはどれ程感謝しても足りないが、幾ら何でもそれに対しての報酬にしてはバカ高すぎる。今回、地上にいる者達を転移させたがそれによって十数人の警官魔導師が倒れてしまったんだ。君一人でも距離的に4、5人程の高位魔導師が決死の覚悟で作動させることになる。もっと言えば、その為の魔導師すらいないのが現状だ……御免』

 まっすぐ謝る水野にティンはこてんと折れた。であるならよしと今度はそばにいる友人に向かって。

「浅美! こっからアーステラまで転移は」

「流石に遠すぎるよ、空間が安定しないから無理」

 望みが断たれた。これではもうプランAを行う他ない。ティンは自身の超能力を駆使して対エーヴィア戦を構築して拷問に耐えるより道は無いと判断し。

「って待って浅美ちゃん! つまり、私たちも凱旋祭に間に合わないってことになるよ!?」

「ん、まあそうだけど……あ。そっかわたし達もお店出すんだった!」

 ティンの脳裏に救いの神降臨がされる。しかし浅美はなおも。

「でも、下には水野さん達いるし」

「面倒ごと押し付けやがってとか、絶対ブチ切れるでしょ。あの面子じゃ」

「せっかくのお祭り見に行けなかったーとかぶーたれるよ皆」

「それにこの物価が高すぎる月にいてお祭り行けなかったって言うのは、ちょっと……」

「やっぱり、残念だよね」

 雪乃、エミィ、ユリィ、フロースが次々に浅美を説得して行く。がしかし、いくら彼女を説得しようともこの絶望が変わらないのも事実だ。

 どうすればいいのかと思案し。

「しょうがない、じゃあ飛んで戻るよ皆」

 浅美が、訳のわからない事を言い出した。

「創天術式は、ちょっと使うには危ないところがあるけど天空神の鳳翼なら大丈夫。それで皆を抱えつつ、全員を宇宙に適応させれば半日でイヴァーライルに戻れるよ」

「お、おおう! ならそれで」

「危険だよ!?」

『僕もそれには賛同出来ない!』

 希望が見えたと喜ぶティンに水野と柊が食い下がる。理由はと言えば。

「君、浅美ちゃんだっけ? 貴方は宇宙を舐めてる! 重力も大気も無い、もしも適応出来なかったらどうなるか分かってるの!?」

『それに、此処からイヴァーラルまで飛ぶとしても、どうやったって領空権を犯してしまう。後、幾らなんでも5人を抱えて大気圏突入なんて無茶だ! 宇宙に適応出来ても、保護出来なければ大気圏の中で君の仲間がオゾン層の中で消し飛ぶ事になる! 君はそれでも大気圏の中を突撃する気か!?』

「うーん……でもなぁ」

 その説得に浅美も考え直す。確かに、一見して魔法は便利だがこう言った穴が非常に多いのも事実だ。自分自身を対象とするなら兎も角、他者まで対象とした途端に魔法と言うものはその制御力がぶれ始める。

「それに、ティンちゃんと違ってお祭りに参加するのにそこまで強い理由は無いんでしょ? なら別に急ぐ必要は無いんじゃない? お祭りなんだし、来年参加すれば」

「果たして、イヴァーライルに来年があるのかね」

「いや、雪乃ちゃんそれはちょっとどうかと……」

「と、兎に角、黙っていても宇宙船が来るんだし、浅美ちゃん達はゆっくり戻って来ても良いんじゃないかな?」

 説得する柊に浅美は考えるも。

「うーん、それでも地上の皆はわたし達と合流する事を前提に動いているんだろうし、自力で地上に戻るよ」

「そ、そう。そこまで言うのなら、言う事は特に無いかな。私は一応事後処理もあるし、暫くは月に滞在するつもりだよ」

『よし、許可が下りた!』

 浅美の言葉に柊が笑顔で返すと水野が大きな声を上げていた。

『浅美君、これを見てくれ!』

「これって、地図と……ルート?」

『今、各方面に頼み込んでこのルートなら飛んで良いとなった。良いかい? まずこの月から飛び出し、無人大陸から真っ直ぐイヴァーライルに向ってくれ。その途中にある国々はこの通り通行許可を貰っているから大丈夫だ』

「……あの、一つ良いですか?」

 おずおずと手をあげた浅美に水野は無言で催促する。

「領空権って、普通に飛んだら駄目なんですか?」

『……うん、一応、ね。過去に何人かの冒険者が勝手に領空権を犯して撃墜された例が幾つかあるから、今後気をつけて。特に、戦闘機を見かけたら全力で回れ右で逃げること。普段は高過ぎて手が出せないし、そんな事で一々戦闘機を出撃なんて出来ないから見逃されてるだけで、出来るなら普通に撃ち落されるから気をつけてね』

 水野は少し呆れた表情で告げるともう一度気を取り直すと。

『兎に角、そう言うことだ。くれぐれもこのコースからずれることなくアーステラに向ってくれ』

「分かりました」

「あの、ありがとうございます!」

 浅美が頷くと空かさずティンが同時に頭を下げた。

『いやいいんだよ。君達がやってくれた事を考えれば、これでも安いくらいだ』

「はい。本当にありがとうございます!」

『あ、後柊捜査官。少しいいかい?』

 返事をしてティンは翼を展開する浅美の所に向う。浅美は既に風神の翼から天空神の鳳翼を起動させており、直にでも出発出来る状態だ。既にフロースとエミィが浅美にしがみついており、雪乃は何やら魔道書を取り出して何かの術式を準備している。そして、さあ今から飛び立とうと言う時期に。

「みなさーん!」

「ユリィ、如何したの? って、術式書?」

 大量の術式書を抱えてやってきたユリィだ。彼女は浅美達の元へと息を切らし気味やって来ると。

「これ、生身でも宇宙で活動出来る様になる術式で、一応5人分と更に一人分の予備です」

「ユリィス、こんなのどうやって」

「柊さんに頼んだら、都合してくれました」

 雪乃は背後に控える柊に手を振って返事をする。

「これって、結構高い筈じゃ」

「柊さんに頼んだら、これくらいなら安いって言ってくれました」

「本当に、安いの?」

 柊に目を向けると。

「いや、ぶっちゃけ高いけど君達のやってくれた事を考えると寧ろこれくらいでも足りないくらいなんだよ。何せ、この月面基地を救ってくれたその偉業は紛れも無く、去年の魔王三つ巴において魔王を撃退した氷結瑞穂って言う子にも匹敵するんだ。英雄へのささやかなお礼ってことで」

「……はい、何から何までありがとうございます!」

 ティンは改めて頭を下げると浅美にしがみついた。

「全員、確り捕まってね! 全力疾走で行くよ!」

「いってらっしゃい、気をつけてね!」

 その様子に柊が送りの言葉を告げ、浅美は刹那すら凌駕して宇宙へと駆け上がっていく。一瞬にして閃光となりて宇宙を切裂くその姿を柊は何時までも見守り続けた。

 ティンは時間すら超越すると言うものを始めて肌で感じて――いや、この感覚は結構昔に感じていた。そう、浅美と初めて出会った時もそう言えば何度かこの様に浅美にしがみ付いて時を止めて、いや置き去って翔け抜ける感覚を味わったのだ。

 周囲なんて見えない。何もかもを置き去って飛翔する故に景色なんてほぼ見えないも同然だが、今回は流石に数が数だけに一瞬で星と星の間を駆け抜けるなんてことは恐らく出来ない。と言うよりやった瞬間確実に一人置いていかれるだろうと思われる。

 宇宙船でも三日以上は掛かる距離を浅美は今全力飛行で僅か半日で済ませると言った。それゆえに速さは当然振り切れてるが、それでもこの人数で浅美が何処までやれるのかと言えば。

「皆! もうすぐ大気圏に入り込む! なるべく皆が燃えないように気を配るけどいざって言う時は自力でどうにかして!」

「い、いや自力ってぇぇえええっっ!?」

 急に、それが来た。何かの壁にでもぶつかったと思った瞬間真っ赤な壁が自分達を飲み込んだ。おまけにそれは確かな熱量となってティン達を一気に焼き尽くそうとする。

「あつっ、あつぅぅぅぅぅッッ!?」

「あ、あの、これ、一寸熱過ぎますぅッ!?」

「あ、浅美ちゃん、これ、空間制御して……ッッ!?」

 激突する大気圏、ぶつかったオゾン層、それによって発生する摩擦熱に耐え切れずに苦悶の声を上げるも浅美は汗を流しながら歯を食い縛っていた。この状況、5人を抱えた状態での大気圏突入は幾ら浅美の魔力が万全でも、これは――。

「雪乃ちゃん何を!?」

「大気、摩擦……ッ! つまり、オゾン層に激突した時の摩擦で、熱が出る」

 雪乃は手を伸ばし、術式を展開して起動させる。それによって起こるのは摩擦熱の軽減。大気摩擦の壁が徐々に薄くなっていくのが見えてくる。

「こ、これって!?」

「なら、その熱を、止めてやればぁっ!」

「文字通り、摩擦熱を止めるのか!」

 発動した術式の影響で大気の摩擦熱の影響が低下していく。しかし、この衝撃の中で雪乃も相当にきつい。何せ彼女は浅美の魔法で保護されてるとは言えども、保護を受けてない魔法はリアルタイムで、時間を置き去っていくほど速く動く本体に影響されて一気に削られていくのだ。如何に雪乃が優れていようとも。

 が、唐突に大気摩擦の壁が消失した。雪乃が完全に押さえたのか? と皆思うがユリィは一人。

「っ、宇宙適応の術式書の効果が切れます!」

「そんな、じゃあ浅美ちゃん御免今すぐ皆に空間制御の加護を――」

「ううん、エミィさん。その必要は無いよ」

 フロースは驚いた表情で周囲を見渡す。何故、と思うユリィとエミィは徐々に気付いた。頬を撫でるその懐かしい感覚に、ティンを除く三人は思わず息を呑む。この感覚、月に居た時の術式によってではない、正真正銘本物の風だ。

 それが示す意味、それを理解して思わずユリィは涙をこぼす。

「あ、れ。何で、泣いて……ただ、母星に戻っただけなのに」

「帰って、来たんだから、だよっ! きっと、この星に戻って来た事を喜んでいるからだよ!」

 エミィがそう言って同じ様に涙混じりに叫んだ。

「たっだいまああああああああああああああーーーーッッ! 帰って来たよ、月から帰って来たよーーッッ!」

「感動するのは後! 浅美、大気圏内に入ったのなら」

「うん、一気に翔け抜ける!」

 雪乃の言葉に浅美は一気にイヴァーライル目掛けて飛翔した。言われたとおりのコースを、それこそ時を置き去りにする勢いで、永遠を翔け抜けて――。



 イヴァーライル王国は、祭りの準備を前に慌しさの極みの中にあった。他国民全員を自国へ誘導、本年初挑戦のパレード、やる事はあまりにも多く、と言うか多過ぎて誰もが目の回る思いで、しかし誰もがやりがいに満ちた表情で動いていた。

 無論、そこには現女王ことエーヴィアも含まれている。何せ彼女はこれまでずっとパレードの時は両親の隣で本を読んで過ごしていたのが行き成り国王としてパレードの主役だ。人気ない場所で何度もリハーサルを重ね、来る凱旋祭に備えていたのだ。

 そんな時、誰かが言う。

「真昼間に、流れ星?」

 青空を切裂く流星を目撃する者がいた。一体何なのかと多くの者達が一瞬の間に目を奪われたその刹那。

「っわわわわわわわッッ!?」

 デルレオン公国公爵館の中庭に、いきなり五人ほど抱えた女が急に出現したのだ。それが誰なのか理解したメイド長のルジュが駆け寄って一言。

「あれまティンさん何してんの?」

「や、やあ、ルジュさん。元気?」

 浅美から手を離し、地面に根っころがったティンが引きつった表情で返した。

 一方浅美の仲間たちはと言うと。


 夢を見ていた。昔、そうだ10年以上も昔の話だ。それは、本当に地獄みたいな世界だったと言うのを、よく思い出せる。思い出せば出すほどにそれはただの、死んだ後の世界を見るような地獄だった。

 そこは子供達の地獄だった。戦争孤児達が勝手に集まって出来た集落。問題と言えば、数と場所くらい。何せ、そこは戦場のど真ん中だったのだから。食料なんてなく、敵から奪うか或いは村を襲撃するか、それでも十数人もいる子供達を養うにはとても間に合わなかった。

 思い出せば出すほど、あそこは恐ろしいとしか言いようの無いバランスで出来た地獄だった。だけど、そんな地獄にも救いと言う名の光はあった。そこには確かに友誼を掲げ、愛を語らい、絆を紡いだ。そう、絆だ。

 あたし達にはそんな死後の世界と言っても差し支えない地獄でも、絆だけは確かにあった。あたし達はそんな絆と言う光だけを頼りに生きてきたのだ。

 でも、その絆を奪い去ったのも……光だった。

 唐突に降り注いだ光があたしから全てを奪い去っていく。絆も、友誼も、愛も、全て幻であったのだと告げるように何もかも消していった。子供達の戦争に対して大人達の容赦無い戦争が全てを塗りつぶして行った。

 光が晴れた後には何も残っていなくて、あたしの宝物を、家族も、全部、全部、ぜんぶ、ぜんぶ――

「ぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーッッ!!」

 目が覚めて、自分の体に違和感を覚える。現実に戻って来たのにこうじゃないと心のどこかで呟く。夢を見ればいつでも子供、と言うより幼女に戻れた。夢の中じゃいつまでも8歳未満の体になれた。だが目を覚ませば十数年後の体、自分が成熟した大人になっていることをありありと見せ付けられる。

 棒みたいに細かった足はそこそこ肉がつき、痩せこけていた胴体も女性的に肉がついて大きくなり、まったらいだった筈の体は胸と尻が突き出て凸凹している。子供の体が、気付けば18歳の肉体に変貌していた。

 周囲を見渡す、現在組んでるパーティとの集合場所である森の中だ。と、そこで自分の近くで何かが砕け散る音が聞こえることに気がついた。何かが砕け、ぽりぽりと粉々に砕ける音。音の方向に振り向くと白い少女がこちらに向って座ってホワイトチョコレートをぽりぽり齧っている。



 街に隣接する森の中を歩く女がいた。彼女の服装はフリルをふんだんに用いた白いゴシックロリータ調の服装で、背丈として見ても大人には見えない風貌であった……あくまでパッと見は。

 しかし、ある職種の人間。即ち冒険家であれば彼女の服装を見て瞬時に同職だと見破るだろう。何故なら、彼女の服装はゴスロリ調に作られた防具なのだから。素材はすべて魔力を含んだ繊維が基で作られており、全てが冒険者用に拵えた衣類だ。更によくみてみれば服の端辺りが砂埃で汚れていたり、履いてる靴の底が泥だらけであったりなどよく観察すれば彼女が立派な冒険者だと言うことがよく分かるだろう。

 そんな彼女が森の奥目指して歩いていた。彼女の名は生島、今年で21にもなる立派な大人の女性だ。背丈が低い故に実年齢を初手で見破られたことはあまり無いのが自慢であり何よりの悲しみだ。

 そんな彼女はパーティとの集合場所に向って歩いていた。そしてその場所に向うとそこには生島と集合予定の少女が樹をベッドに寝たいた。しかも抱き枕は愛用の対物銃アンチマテリアルライフルと来たものだから驚きである。一瞬護身用の銃かと思いもするが。

「いや、こんな銃を抱くとか正気じゃないわ」

 呟きながら生島はバッグに手を突っ込むとホワイトチョコを齧りながら彼女の寝顔を観察する。何やらとても安らかな表情だ、と生島は思い。

「まるで10歳以下みたい……良いなぁ18」

 言いながらホワイトチョコを一齧り、そして目の前の少女の夢を妄想する。とても安らかな寝顔だ、きっと楽しい夢なのだろう。彼女の来歴を生島は断片的にしか聞いていないが、21年の人生経験則からしてそもそもこんな化け物銃を狙撃用に用いる18歳な時点で既にお察しだ。

 歳若く銃に精通した冒険者、と来ると大体その来歴は悲劇か喜劇か或いは何も無いのどれか。何故なら基本的に弾が無ければその威力十全に発揮出来ない銃をメインにすると言う理由は大きく分けて二つ。

 銃が好きか、銃が一番使い慣れてるか。

 前者なら、ただの物好きか馬鹿と言う場合が多い。銃を使う以上弾を消費するということになり、使う度にお金が消えていく武器とすら言われる銃を好んで使うのはよっぽどそれが好きか、特に考えも無く銃の強さだけを見て手に取っただけだと言うことだ。

 後者だと、事情がかなり変わる。お金持ちの家で育ち、幼少時より銃による射撃を趣味としている場合。しかしそんな身分だと何故態々冒険者になるんだと言う話になるが、意外とそう言うこともあるのがこの世の中でもある。

「世の中分からん」

 呟きチョコを更に齧る。

 そんな風に、銃を使うことに昔から慣れると言う人生を送ってきた喜劇とはそう言うものだろう。しかし悲劇となると、事情が変わる。例えば、幼少時より紛争地域で育ち、幼いころから銃を持つことに慣れている場合だ。銃に魔術的措置を施す事で子供でも大型の銃を持てる様にして子供を戦場に送り出す、何て話はぶっちゃけこの世の中腐るほどにある。あり過ぎて、二十歳を越える頃には聞いても『へぇ』で流せるようになったくらいだ。

 と、そんな感じに生島は彼女の来歴を考察し、幸せそうに眠る少女の夢を考える。だがまあ、ぶっちゃけると人の見る夢なんて本当に人それぞれ過ぎて各々勝手に見てる夢を如何予測せよと言うんだと言う所だ。

 なので、自分に置き換える。自分が見て喜ぶ夢とは即ち。

「――お菓子の城に、住む夢か」

 言った瞬間、夢が広がった。果てしなく広がる夢に胸がわくわくする。甘い甘いお菓子のお城とかいいなぁと浸った瞬間、生島のお菓子に対する情熱に火がついた。そうだお菓子のお城、妄想するくらいなら作ろう、いや自分不器用だからレシピを構築しようと頭をめぐらせる。

(母体はどうしよ、いや此処は派手にケーキで行こう。ケーキで作るお城かぁ、色はやっぱり生クリームの白を基調として、何段重ねがいっかな。一段、いや此処はあえて豪勢に三段、でもバランスを取って二段も捨てがたい……! お城の塔はクッキーが良いか、薄く焼いたのを舞て太く、いやなら小さめのロールケーキでってそれスポンジが持つか? くっ、今は別行動を取ってる雪乃さんと話し合いはっ、アイスと言う手もある!)

「ぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああーーッッ!」

 夢中になってると件の彼女が叫びながら起きた。その声は始めは憤怒に塗れていて慟哭に変わっていった。何かを失ったことにする絶叫と、喪失への悲鳴と変わって行くその絶叫を聞いて生島は大変そうだなぁと思いながら見つめる。

 そして周囲を見渡している彼女、ユーリカと目が合うと挨拶代わりに片手を上げて。

「や、おはよ」



 ユーリカは目を覚まし、ホワイトチョコをぽりぽり齧る生島と見つめ合うと今度は草むらを書き分けて進む音が立つ。何だと二人が振り向くと今度は山吹色の長い髪をサイドアップにした冒険者コートを羽織った女性が登場し。

「んもー、本当草むらって鬱陶しい。全部焼いてやろうか」

「いや、それ立派な環境破壊だからショコラたん」

 銃声の返事が響く。炎の魔力を固めた魔法による銃撃が生島の脳天を襲ったのだ。これをランクで言う所のEに属する火の初級上段に位置する初心者卒業魔法、フレイムショットである。

 ショコラと呼ばれた女は拳銃を象った炎の銃口を生島に向けながら。

「生島さぁ、学生ん時から言ってけどさぁ、その名で呼ぶなって何時んなったわかんだぼけ」

「酷いよ水野さん、私達中学のときから一緒じゃん」

 撃ち抜かれ、背中から倒れた生島はむくっと体を起こすと撃たれた額を擦りながら水野を睨むと。

「中学ん時からいっとるんじゃボケェ! 手前の頭は飾りか、アァン!?」

「あと、台詞がヤクザもんくさい。もう、何時からそんな不良臭い台詞を……中学からだったどうしよ」

「もっぺん、頭焼かれたいんかワレェ」

「ぼーりょくはんたーい! ねえユーリカさんも何か言ってよ」

 唐突に振られたユーリカは生島と水野の両名から抱えていた対物銃を仕舞いこむと。

「そーそ、翔子さん人間どんな時も笑顔笑顔!」

「……まいっか。んで他の連中は」

 水野は炎を霧散させながらユーリカに向き直ると。

「さあ? あたし、此処で暇だから寝てただけだし。生島さんは?」

「あたしも一緒。ユーリカさんが寝てたから一応眺めてた」

「お、良いのかいんなこと言っちゃって。あたしの寝顔は高いよぉ~?」

 茶化すように笑うユーリカ。そんなやり取りに生島と水野は咄嗟にアイコンタクトを行い、簡易的な情報のみを共有化していく。まず、この場にいるのは三人で彼女は寝ていた。しかも悪夢らしく叫びながら目を覚ましたこと。水野は現場にいなかったがユーリカの叫びと水野の登場の時間差から推測してそれくらいは聞いていた。

 二人は直に彼女が無理してさっきの事を誤魔化そうとしているのが分かった。起きるときか或いは見ていた夢か、ならば彼女よりも3年は大人な彼女達が取る行動と言うと。

「じゃあ高いお菓子で何とか」

「えーどうしよっかなー? ってか本当に高いの出してきた」

「そんくらいにして、あたしは一応周囲を見てくる」

 生島はバッグから綺麗に放送された箱を取り出し、水野は呆れ気味に一行から離れて周囲の観察へと入った。翔子は火の魔力を持っている、故に自身の目を熱源探知として機能させる事によって周囲の警戒を高レベルで行えるのだ。

 そしてすぐさま人の熱が近付いている事を把握し。

「お、いたいた。おっす水野」

「あんたで四人目か、伊能」

 出て来たのは青い髪を結い上げた、何処にでもよくいる冒険家の格好をした女だ。水野と伊能は互いに顔を見合わせるとその後ろにいる同行者達にも目を向ける。

「み、見つかってよかった~」

「あ、水野先輩! 流石です、伊能先輩! 無意識に皆さんのいる所へに向って行ったんですね!」

「え、お、おう! まあなってそこの二人、完全にあたしのことを馬鹿にしてないかこら!?」

 片方は軽装の男冒険家と、茶髪のセミロングを結い上げた少し背が低めの女性だ。一先ずはと三人を二人が集まってる所に戻ってくる。

「おっす生島、ユーリカも居たか」

「お、伊能さんも来たんだ。えっと、とみなさんとナイヅさんか」

「只今戻りました、ユーリカさん」

「ユーリカさんも戻ってたんだ。ケータイなんか取り出して何処に連絡するの?」

 伊能とナイヅ、とみなが一行と合流してた頃にはユーリカがどこかに電話をしてるようで。

「浅美ちゃんたち。今頃向こうは如何なかなぁとおもったんだけど……でもなんかおっかしいなぁ、全然電話で無い」

「忙しいんじゃない?」

「みたい、地下にでも潜っているのかな。電波が届かないって帰って来る」

「電波が? ふーん」

「みなさーん!」

 ユーリカの言葉にいぶかしむ水野、そこに赤い髪の少女が中型車に乗って森の中を走ってくる。一行の近くに止まると。

「お待たせしましたー! 今日は一寸、お店が繁盛していて約束の時間に来るのに戸惑っちゃって」

「ああ、大丈夫だよ青崎さん。んじゃ迎えもきたしのろっか」

「だね」

 生島が言い、一行は次々に車の中に乗り込むとユーリカが。

「んじゃ、イヴァーライルに向って出発しんこーっ」

「おー」

 やる気の無い返しが車内に響き、車が動き出す。目指す先はイヴァーライル、凱旋祭。もう直祭りが始まるのだ。

 んじゃまた。

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