月から見上げて
雪乃達は連行され、月の地上に出ると柊と言うロボットスーツを纏ったものの指示で直に手錠は外された。
「あれま、あっさりと」
「君達の事は裕一君から聞いてたからね、本当だったら事前に言って確保にしてもらえばよかったかも知れないけどね」
言うと柊の口元のみが展開され、目元のガード部分が薄くなってある程度の表情が分かるようになった。しかしそれよりもとエミィが一歩前に出て。
「浅美ちゃんやティンちゃんは!?」
「大丈夫、金髪ロングの子と金髪ショートの子はちゃんと回収したよ。二人ともただの魔力切れだからそこまで心配する必要は無いよ」
「良かった……フロースちゃんは!?」
エミィは連絡を取り合っているだろう雪乃に目を向けるが雪乃は携帯電話を耳に押し当てている。一体何処に電話していると言うのか。
「駄目か……流石に、月に電波は無いか」
「えっと、雪乃ちゃん。あの便利な術式は何処?」
「あれ? 魔力の残量がやばいから切った。元々大型の魔力生成所からの供給で動いていたとは言え、流石は最新の使い捨て。相手に再利用されない様に一度完全に供給を止めたら二度と使えない仕様とはね」
雪乃は携帯電話を畳んで仕舞うと溜息を吐いた。そして誰かに話しかけるように月の空を見上げて。
「放せ、クソッ放せッ!」
そこで唐突に諦めの悪い声が聞こえて来る。見てみれば黒服たちことテロリスト集団が連行されて来た。しかし当然彼らには手錠がかけれているので出来る事など愚痴るくらいが精々で。
が、黒服は隙を見てポケットから術式を起動させて手錠を破壊すると懐から銃を取り出し。
「武装や術式のチェックは如何した!?」
「す、すいません、行った筈ですが」
「簡単な催眠術に引っ掛かる程度で、随分な警察だったなぁ? おら道を開けろぉッ!」
叫び、銃を構える。雪乃は溜息混じりに頭を抑えて。
「騎士警察って……あんたら仕事する気あんの?」
「御免、多分だけど流石に催眠術なんて魔女でもないと使わない古臭い術式を使うなんて考える人は居ないからね」
柊は溜息交じりに評価しつつ、体内魔力と化していた槍のような杖を具現して初登場時と同じ戦闘モードに移行する。そして黒服は完全に気を失った表情で銃を構えて周囲を威圧する。
「それも、あの術式の動き的に結構古いね。多分あの人の生まれは魔女狩り体験時代の魔女の家系かな」
「冷静に分析してる場合? 此処の騎士警察は誰も防具つけてないようだけど」
「着てる服は防弾仕様の鎧服、術式防御で頑丈に固めた鋼鉄の鎧を難ありで噛み砕く怪獣相手じゃ軽装の方が良いと思ったけど、あんな隠し玉は聞いてないね……皆気をつけて! 魔力抜きの銃弾も考慮! 奴は魔女の家系だ、迂闊に踏み込まれれば魔女に微笑まれるよ!」
「総員、対物理術式障壁を展開! 奴を抑えろ! 催眠術を使う可能性を考慮、使われた場合は速やかに体内魔力抵抗を引き上げて耐えるんだ!」
柊の言葉に騎士警察隊は誰もが冷静に防御術式を展開していく。流石は大本とは言え、各国の防衛及び警護をしていた騎士団、統率の取れた動きで防御術式を展開して黒服を包囲する。
「雪乃ちゃん、心臓凍結で」
「映像術式の酷使で魔力が無い」
「こ、こんな時に!?」
雪乃の冷たい返しにエミィは悲鳴染みた声を上げ、黒服はこの状況でも狂気の瞳に揺らぎは無く、そして撃つべき標的を。
「見つけたぁ……このクソ怪獣がぁぁぁッ!」
「あいつ、瀕死の怪獣に銃口を向けた?」
警察隊の隙を縫って、死にかけてた怪獣に向けた。その奇怪な行動に思わず誰もが呆気に取られた。更に誰もが唖然とする中黒服は正気を失った目で。
「こいつらが……こ、い、つ、があああああああああああああああああああッッ!! こいつの為に億を、億を、こんなのにぃぃぃぃぃぃッッ!?」
「止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
引金を、引き絞ろうとした瞬間。手錠をかけられて連行されている筈のルドレフが黒服にタックルを食らわす。
「なっ、博士!?」
「私の、私の息子に、手を出すなッ!」
「ならば」
立ち上がると銃を構え直して。
「貴様が死ねぇぇぇッ!?」
直後、黒服の首を黄金の閃光が貫いた。首がズレ落ちる痛みを受けて気を失って倒れ、それに変わるように立っていたのは。
「おい、手前」
ティンだ。気合と根性のみで立っている様で、今にも崩れそうで汗だくな表情でふらふらとしていて。
「じーさんばーさんは大事にしろって……教わらなかった、か」
「全員、確保! 念の為に全身をチェックし、他の術式を持っていないか確認! 奴は魔女の秘術を持っている、注意せよ!」
警察の声に合わせて次々に警察達が倒れた黒服に殺到し、ティンは肩ひざを付いて剣を支えにして息を整え直す。そんな中柊はある者の姿を探し。
「ルドレフ博士!」
「息子よ……息子よぉぉぉぉぉぉッ! おおお、すまない、我が息子よ」
今にも息絶えそうな怪獣に擦り寄り、その体を持ち上げて抱きしめる。そんな姿に柊は駆け寄る。
「博士……何故ですか博士! 何故こんな、こんな事に、一体何が貴方を変えたというのですか!?」
「煩い! どいつもこいつも、どの口で私を語る気だ!」
「この口です! 貴方のおかげで、世界を守ってきた人間の口です! 確かに、貴方は一歩間違えばそれこそ人の道を踏み外すことも厭わない、そんな方でした。でも、それでも決して人の道を踏み外すこともだけはしなかった……なのに、なぜ!?」
「どいつもこいつも、人の道だと!? 下らん、そんな事に頓着するから魔導も科学も進歩しないという事に、なぜ気付かない!? あのユーイチというガキも、そんな下らん道にさえ拘らねば」
言いながら、ルドレフは振り向いて自分に話しかけている存在にやっと気付いた。気付いて。
「ゼクス・マキナか。ふむ……ユーイチめ、あれから随分と腕を上げたな。たったあれだけの資料で第6世代まで完成させるとはな」
「っ、博士!?」
ルドレフの言葉をまさかと柊は驚く。なにせ彼が口にするとは思えなかった言葉が出てきたのだから。
「しかしユーイチめ、未だに下らんことに拘っているのか? 確かに人が使うことのみに特化した機体だが、それは開発者の仕事だ。研究家がやるべき仕事ではない、我々研究者は常に先へ向かわねばならんのだ。故に道徳や人の道などただの邪魔になるとなぜわからんのだ、ユーイチよ。人の道を歩み続ければお前とて、いずれは研究と人の間で潰されるというものを。頭だけは賢い癖に……いや逆か、賢いからそんな簡単なことすらわからぬのか」
『博士……っ、博士……っ!」
水野はその言葉に気付けば涙を流していた。
「祐一君、聞こえた?」
『聞こえた……うん、聞こえたよ』
「変わって、無かったよ」
『僕らの考えを、勝手に押し付けていただけ……ルドレフ博士は何も変わっていない、変わってなんかいなかったんだ』
柊の言葉に水野は互いに返しあった。ルドレフはふと浮かんでいたモニタを見て。
「貴様、どこかで見た気がするぞ……ふん、これも何かの縁だ良いことを教えてやる。いいか、人は結局複数の道を同時に歩めるほど器用にできておらぬ、人の道を選べば人の道を歩き研究者の道を選べば自然と人の道からずれるのだ。それを忘れた時、貴様は両方の道で板挟みとなって潰れるだろう」
「博士、連行します」
頃合いを見計らった警察が声をかけるとふんと鼻を鳴らして大人しく従っていった。
「ルドレフ博士は、昔からすごくああ言う感じの人でね。気難しい人で、更に気難しい上に研究第一な人だから、お陰で結婚もしていなかったんだ」
「それで、自分で作った怪獣を息子と呼んでいたんですね……自分で一から作った生物だったから……」
タオル一枚で湯船に浸かる栗色の女性ーー即ちゼクス・マキナと呼ばれるスーツの中身である柊の言葉にユリィは淡々と返す。時は翌日、一行は月面の宇宙港町にある宿屋に宿泊していた。そこで柊を交えて温泉で事件に関する詳しい話を聞いていた。ちなみにモニタの水野は流石に女湯にはいない。
「あの人は、自分の研究に誇りをかけていた。それこそ、自分の息子と呼んで愛するほどに。私の使っていたゼクス・マキナの開発にも協力してくれたんだ、あれが大気圏突破して中間戦闘が可能になったのもルドレフ博士のおかげなんだ」
「そういえば、水野博士のこと覚えているかどうか微妙でしたね。博士が名乗った時は知らないって言ったのに」
「多分、博士の中じゃ裕一君はまだ子供のままなんだと思う……最後に会ってから、もうすぐ20年かぁ」
柊は言ってから宇宙を仰いだ。しかし、その話を聞いてから一行はティンを除いてうーんと考え込んだ。それに気付いた柊は一行を見渡して。
「えっと、皆如何したの?」
「裕一君……その口ぶりだと、水野博士と仲が良いのですね?」
「と、言うより年齢的にご夫婦ですよね?」
と、フロースとユリィは交互に言い合った。言われると柊にティンはきょっとんとする。特にティンからすればこんな時に何でそんなことを、と言う疑問をつけて。
「それがどうしたの?」
「ううん、ずっと気になってたの。水野博士に柊さん、何か見たことあるなぁって……やっと分かった、二人が夫婦なら答えは一つ」
「翔子さんって、知っていますよね?」
フロースは確信を持った表情で口にして、引き継ぐようにユリィが言うとすかさず何処からか水野の声が。
『おっほん! 柊捜査官!』
「え、しょこちゃんのこと知って」
『柊捜査官!』
「もー裕一君煩いよ。此処一応女湯なんだから、幾ら男風呂にいるからって裕一君が声をかけて」
『貴官は現在特別任務中である。しかも貴官は、テロリスト一味を確保する任についているのだ。もしも貴官の素性が周囲に知られ家族に危険が及ぶ可能性があることを理解して行動せよ。後一応今の僕、君の上官』
と、言われた柊はポカーンと呆けたかと思いきや。
「ちち、違うよ!? 私、こんな根暗メガネなんて特に好きじゃないんだからね!?」
『いや、君、根暗メガネって……いや懐かしいけど』
顔も見えないのに漫才染みたやり取りに微笑む人達に加えて更に乗り乗りでエミィが乗り出して。
「あのすいません! その根暗メガネな博士と何で結婚したんですか!?」
「え、いや、それは、そのまだ君達にはってだからこの人とは別に何でも無いんだってば!」
「と言うかさ、翔子のフルネーム自体考えれば分かるでしょ。確か、水野翔子って名前だった筈だし……髪の色は父親譲りか、翔子」
「あ、目元はお母さん譲りなんですね翔子さん」
雪乃の冷たい呟きにユリィも乗っかってそんな事を言うが、柊は嬉しそうな表情を見せながら。
「ち、違うんだからね!? べ、別に私、翔子ちゃんのお母さんじゃないんだから!」
「はい分かっていますよ。下手に肯定しちゃうと翔子さんに迷惑が掛かるんですよね」
「ああ、だから翔子ちゃんって時折変な方向から突っかかられることがあるんですね」
「え、ええっ!? 取り合えず、私と翔子ちゃんは無関係だからその話はもう終わり!」
「にしても、月に温泉があるとは恐れ入った」
そこでティンは話を切裂くように呟いた。それに対して。
「本当、まさか月に温泉があるなんて」
「確かに、魔法で作ったとは言え月に温泉があるとは吃驚です」
浅美とユリィが釣られるように同意し、エミィが宇宙を見上げて。
「うーん、母星と宇宙を背景に温泉で一汗流す……素敵!」
「確かに、これはいいものね」
雪乃の屈託の無い賞賛の感想に、誰もが驚いた表情で雪乃を見た。
一行は宿屋から外に出て月の港町観光を楽しむことにした。月の港町はあれだけの大事件、虐殺があったと言うのにそれを感じさせないほどだ。
「月の街って、私初めてです」
「本当なら商売で大きな成功を収めた事業家や冒険家しか来れない、ある意味富裕層の証みたいなものだしね、月へ観光って」
感動するユリィにフロースはそう加えた。エミィと浅美は色んな店を見て回って。
「ねえねえ浅美ちゃん、月の石で作ったペンダントだって!」
「へえー月って宇宙の魔力石とかいっぱい落ちてるんだっけ?」
「それだけじゃないよ、月の石って言うとっても魔力を沢山含んだ石が採れるんだ」
そう言ってアクセサリーショップで盛り上がる二人に雪乃は冷たく。
「良いけど、商品に傷をつけないでよ。買う事になったら面倒だから」
「買うことに? どれど、れ」
雪乃の言葉にティンは月の石のペンダントの値段をチェックして硬直。何せその値段は何と驚きの。
「60万、en? おいこらまて、0が二つほど多いぞこのペンダント」
「そりゃまあ、普通月に来れるのは60万enをはした金扱い出来る富裕層のみだし。うちらにはせいぜいウインドウショッピングが良い所」
溜息を吐くようにもらす雪乃に、浅美とエミィは無になった表情でそっとペンダントを元の場所へと戻す。
「の、喉渇いたし自販機で……って、これも一本4000en!? 月って物価高すぎ! 何かもう帰りたくなるね……」
「ごめんね、一応水野博士が私が出撃したと同時に宇宙船の手配をしてくれたから明日辺りには宇宙船が来るから」
「へえ、アーステラと月って大体三日掛かるのか……え?」
そこでティンは何かに気付いた。と言うより、想像して恐怖が。
「ちょ、一寸待って。え、それ、どうやっても、後四日もしないとアーステラに戻れないの!?」
「ん? まあそうなるけど、どうかしたの?」
「今、確か12月の19日……ま、拙い!?」
「どうしたの?」
震えだすティンに一行はいぶかしんで問いただし、ティンは怯えた表情で。
「い、い、今から四日以降って……イヴァーライル王国の凱旋祭に間に合わない!?」
んじゃ、次回。