傷だらけの翼を広げ、夢に描いた空へと羽ばたく遥か彼方
フロースは花の怪獣が消えた後も戦い続けた。増援の根元が消えたとしても竜もどきな怪獣が未だに月を占拠しているのだ。このまま放って置けば月面基地へのは被害は勿論、一般人への犠牲までがでかねない。
風を巻き起こし、嵐を乗り越えてこの月を食いつくさんとするかの怪獣達を叩き潰そうとフロースは槍を振るい、旋風巻き起こしてただただ薙ぎ払っていく。
「やっと、数が消えてきた」
「はい、これで随分宇宙が見易くなりましたね」
ウィンの言葉にフロースは息抜きがてらに宇宙を見た。美しい星星が輝く銀河に刹那の間に目を奪われ、そして次に続く襲撃に備えて風に耳と指の感覚を通して周囲を探る。近くにいる、半径10m以内にいる怪獣は残り漸く3桁を下回った所だ。頭の片隅では戦いを終えたら如何しようかとまで考える余裕さえ生まれてきた。
「――え?」
そんな時に、フロースはあり得ないと思えるものを感じた。それは、真っ直ぐに無数の群れを成して一気に襲い、フロースはその方向へと向き直って。
「これは、銃撃!?」
口にし、突如降り注ぐ鋼鉄の疾風にフロースは竜を駆ってかわし、銃撃して来た集団を見る。その集団を見たフロースはその一団が何のかを即座に理解して。
「テロリストの集団!? 嘘、何でこんな時に!?」
フロースは困惑しながら、この状況において槍を手に取りテロリストの集団を薙ぎ払う。しかし、その状況においても謎なのが一つ。
「何で、此処に来てテロリストが……ッ、奴等基地の方へ!?」
「行かせるか!」
テロリストの相手をした瞬間、狙い済ましたように怪獣達が月の方へと向い、直に追い駆けようとした所で背後から魔力砲で撃たれ、フロースは槍で薙ぎ払う。
「何を! 貴方達、この状況を理解しているの!? このまま怪獣を放って置けば、月面基地が崩壊する所か、貴方達だってただではすまない!」
「ふん、知らんな! 俺らには、上からの命令に従ってりゃいいんだよ!」
「怪獣に食われて死ぬのが!?」
現れたテロリストはおそよ数100、別に竜を駆るフロースに敵ではない。だが、それよりも問題は人を襲う怪獣達だ。彼らの相手よりも寧ろそっちの方が重要なのだ。だが、向こうのもフロースの狙いを理解しているらしく何としてでも足止めを行ってくる。
次現れたテロリストは手榴弾を投げながら突撃銃を乱射しながら。
「はん、俺達には例の調教術式があるからな。被害なんてねえのさ!」
「なるほど、貴様達の思惑は月の制圧か!」
フロースは手榴弾を槍で上空の怪獣の集団へと投げ上げると、そのままフロースは竜から飛び降り、風を纏いながら地上に降り立つと。
「形態変化、神風ッ!」
手にしていた槍が形を変えて短い槍になり、テロリストの集団は銃を構えた瞬間に風が吹いた。瞬間、テロリストの半数が吹き飛ぶ。いや、フロースが神威の風と化してテロリスト達を刹那の間に次々と槍で突いたのだ。
「は、はえ」
口にした者達が一気に刹那を翔ける風に貫かれて吹き飛んだ。フロースは敵を一掃すると指を鳴らして竜を呼んで風と共に飛び乗ると。
「ウィン、作戦変更! このまま月面基地へ……いや、月の港に向う!」
「なるほど、奴等は今頃月の港を占拠していると言う事ですか。いやはや人間とは面白い生き物ですねぇ、まさかこんな月さえ支配下に置くとは」
「その話は後、今は一刻も早く怪獣どもを殲滅する!」
フロースは叫び、宇宙を貫く風となって月の空を駆け抜けた。しかし、そこで彼女はふと疑問を抱いた。
(あれ、何だか。変……なんだろ、当たり前のものがあるのに、何かがおかしい)
フロースは肌を優しく撫でる何かにどこか懐かしいと思うが同時に違和感を覚える。しかしその違和感はあまりにも些細なことで、フロースは直に頭の片隅において遥かな戦場に赴いた。
ティンは浅美の出撃を見送り、逆に月の方へと駆け抜けた。浅美がアーステラの方へと向った以上、月の安全を確保するのはティンの仕事となる。よってティンは直に月の地表へと向かい、生存圏へと無重力による感性だけで突き進み、疑似大気圏へと入り込んだ。入り込むと同時に感じる僅かな引力、その中でティンは怪獣達の群れの中を転がるように落ちながら剣を振るい。
「でぇぇぇりゃぁァッ!」
月を埋め尽くす怪獣をラグナロックで蹴散らし、黒い靄の一角に穴を開けて戦場に舞い降りた。ティンは空中に光の足場を展開するとラグナロックを構えなおす。ここにおいて殲滅を重視した最もこの戦場に合う技と言えば唯一つ、ティンは剣にラグナロック越しに倍増させた魔力を宇宙の星を掻き集めて膨張させ、そのまま刀身として此処に再び極光の聖剣として顕現させ。
「エクスカリバー、吹っ飛べえッ!!」
振るいながら生み出される巨大な聖剣は月を埋め尽くす怪獣の空を薙ぎ払って切り開く。しかし生み出された偽聖剣はすぐに霧散し、ティンは閃光となって怪獣の群れを点と線による殲滅を開始する。一体何故なのかと言えば、単純にティンの魔力からそこまでの余裕が消えてきたからである。
如何にラグナロックで魔力質量そのものを倍増しようとも、そもそも扱う本人にそれを把握する才能がないのだ。寧ろラグナロックで増加された事によってようやくまともに、通常時のティンに使えるだろう魔法がやっと使えると言うありさまで、膨大な魔力を持った上で更に制御してエクスカリバーを当たり前のように連続で撃って来る人とは違って1分間の連続使用はどう足掻いても4回ほど、ほかの魔法は一切使わないと言う条件付きでこれである。
ティン的にはまさにこの状況を切り抜けてる切り札と言えるだろう。
しかし、魔力不足となった以上はティンの方も念の為ある程度魔力を節約、即ち単なる剣で一体一体切り落としていく事になる。浅美も最初は同じ様に戦ったが、それをティンがやるのとでは待ったく違う事になる。
ただただスピードに任せて斬り裂いて居た浅美、対してティンは剣が届く範囲に居た怪獣達を一振りで二体三体と同時に斬り裂いて迎撃していく。向こうも動いている、なら動きに合わせてまるで向こうから勝手に刃の中へと収まるように繰り出される繊細な剣閃。
何もこんな連中を切り裂くのに時を止めて一体一体丁寧に切り裂く必要はない、大勢で群れをなして動いているのだから多少大振りで、剣は手離さずに身体全体で剣を支えて動かし、舞い踊るかのように、そして閃光と化して面で圧するように切り落としていく。
ある意味、狩人としての狩猟本能に実直な分、多対一での殲滅戦に慣れていない浅美。対して剣を完全に己の手足として習得し、剣を扱うことに対してあらゆる意味で精通した戦闘のスペシャリストであるティンとの大きな考えの違いが明確に出たともいえる。
ティンは時を止めて動いて居た浅美に劣らぬ速度で次々と怪獣達を切り落とし続け、遂には廃棄された月面基地周辺の怪獣を全て潰すほどとなっていた。ティンはゆっくりと月の地表に降りて周囲を見渡す。
「おーい雪乃ー、此処らの連中は片したよー。おーい、何処だ? 浅美の所かな……?」
『ユリィス、隔壁封鎖とアクセスロック早くッ!』
『今やっています! エミィさん、隔壁降りるまであと5分です!』
探し、そして突如ティンの側で浮かんだ術式映像に思わず息を呑んだ。映る映像に雪乃之の姿は無いが、変わりに扉の近くにある端末術式の操作をするユリィと扉の近くでたった一人で戦うエミィの姿だ。
現在、司令室は修羅場と化している。浅美が月に戻って来た頃と同時、黒服率いるテロリスト集団が司令室に強襲、現在雪乃達は急遽応戦となったのだ。エミィの周囲には既に幾つもバリケードのように氷壁が幾つも並んでいて、エミィはその合間を縫うように駆け抜けて撃ち込まれる銃弾の嵐をエミィは細身剣で次々に反射させることで敵兵を蹴散らしていき。
「分かった、後5分だね! 雪乃ちゃん、浅美ちゃんやフロースちゃんは!?」
「御免、いまそこまで集中していられない。エミレーア!」
雪乃の叫びにエミィは飛んできた手榴弾を落ちる前に細身剣で弾いて投げられた方へと弾き返し、更に続く銃弾の一斉掃射には素早く氷のバリケードの中へと潜り込んで凌ぎ。
「これじゃあ、幾らなんでも」
「アイスニードル!」
歯を食い縛って弾幕を見るエミィを他所に雪乃が銃弾に応じるように繰り出す吹雪が如く飛翔する氷針、見事に銃弾と相殺しあって。
「今の内に隔壁の内側へ!」
「う、うん」
雪乃の叫びにエミィは頷くと降りていく隔壁の内側へと近付いて。
「完全に降りるまでは、私も防衛線に構えるね!」
「好きにして、あんたを避けながら撃つなんて面倒だから自分で避けてね!」
エミィは降りる隔壁をみながら細身剣を構え、雪乃はその横で弾幕を展開する。
それを見ていたティンは現状の把握を瞬時に行い、更にその耳で一つの雑音を拾う。はしる超能力、時間さえ超越する速度で足音であることを解析、続いてこの点から予測出来る未来を都合1億形成、その中で最も正解に近いものは。
結果、音のする方へ閃光となり駆けると同時に剣を振り抜く。目で確認、なんて悠長にするほどの時間などない。己が弾き出した答えに導かれてその剣を振るうのみだ。
そしてその斬撃が確かに何かを切り裂いたらしくティンは周囲を見渡して。
「こりゃまた、ずいぶん多い」
『ふん、よくもやってくれたな』
現れる武装集団、そして宙に浮かぶ映像術式、写っているのが黒服サングラスの男。
「で、お前ら何の用だ?」
『決まっている、貴様らへの報復と我らの保身だ』
保身、その言葉を聞いて思い浮かぶ答えは。
「月の制圧、そうする事で怪獣の育成プラントを残しながらこの月に籠城し、アーステラに対して抵抗する……成る程、アーステラへの攻撃が失敗した以上、一番利口なやり方だ。アーステラの政府機関に月面基地の裏側が知れた以上、月に立て篭もるしかない。それを考慮した上での最善手は、月の港を抑える事。あれさえ抑えれば宇宙開発の遅れてるアーステラ側は月に手が出せず、月に攻め込もうにも惑星から月に直接乗り込むのは距離から言って非常に困難。月に行くまでに宇宙で体勢を整えられればいいのだけど、月と惑星の間で駐留出来るとすれば人工衛星の宇宙ステーション以外になく、結果としてアーステラ側は否おうなく宇宙開発を進める事になる」
『そっ、そういう事だ。よく、分かって、いる』
ティンが彼らの思惑を言い当てるというべき台詞と言うか勝ち誇って説明しようとして言葉を失った黒服は震えた声で頷くのみだ。ティンの超能力はかつて覚えた知識、19年の人生の中から収集した情報を処理し、その中から最も通りのよい答えを用意しているだけだ。更に続けて。
「そうなれば、ただでさえ魔法界と科学技術の進歩による摩擦で入った両者の亀裂がより大きくなり」
『魔導師達の反政府気運をより高めながら我々は世界を征服する準備を整えるのだ! ええい貴様ぁッ! 一々私の台詞を奪うんじゃなぁいッ! 分かっているのか、この状況を!?』
台詞を奪われまいと強引に解説した映像内の黒服は武装集団に準攻撃命令を下し、彼らは次々と手にする銃を構え、その銃口をティンに向ける。
『今貴様は絶体絶命の状況だ、たかが剣士にこの状況を引っ繰り返せるとおもうなぁっ!?」
「そっちこそ、台詞はもっと考えていえよ。たかが剣士とか言うのは結構だけど、そんな鉄砲がモノを言う時代なら、剣聖やら剣帝なんてこの時代に生まれるもんか」
『あ、あんな化け物を剣士と一緒にするなッ! 剣帝も剣聖も、剣士と言う枠から超えた存在だ!』
男の物言いにティンはただただ呆れるのみだ。例外のみを出して、それ以外を認めないと言っているのだから。エミィを見習えと反射的に思う、彼女の正体は不明だが撃ち込まれた一斉掃射を何の苦も無く細身剣で対応していた。
確かに、魔力が碌に宿らない武器で行えばただの紙切れ同然だろう。しかし確りと魔力を込めれば銃弾の嵐にも耐え抜き、確かな鋼の刀身として存在し、そこに熟練の技が乗ればそれらを弾き返すことも難しくは無い。そもそもティンは向けられた銃口から銃弾の起動を予測してそこから身体をずらすことで銃撃に対処している。
いつか、蒼末の当主は言った。“戦いとは、確かな技とそれに伴う武器が合ってこそ成立する”と。この男は、そんな単純な話すら理解できないというのだろうか。
尤も、現在骨の真まで光子化しているティンに銃弾を撃ち込もうが透けるだろうが。
「そこまで言われた以上、下がったら剣士の名折れだな」
だがそれもよし、とティンは剣士としてその喧嘩を買う事とした。剣に己の魂と誇りを乗せる剣士が、たかが鉄砲如きに何時までも後れを取ると思われるのは確かに癪だ。時代は変わる、何時までも高々“射程”だけで剣が銃に劣る等と言う妄言を謳う者に。
迷わず一歩踏み込んで閃光の剣舞を見舞った。飛び交う銃弾、避ける必要は皆無だがそんな力任せで銃を攻略するのは不意打ちに等しい。ティンは一発もかする事無く銃兵の集団に肉薄して次々と蹴散らすように薙ぎ払う。
以下に銃といえど、持っているのがサブマシンガンと言ったものなら兎も角、持っていたのは何とアサルトライフル。近接戦闘用の武器は持っているのだろうが、ティンに此処まで肉薄された以上は、例え後列に居ようとも使わせはしないし抜かせない。
ティンは正に閃光と化してただただ敵を薙ぎ払い続けるだけの機械として駆け抜けた。
夢を――見た。
夢を……見た。
始めは一人だった。何時も海を見て、砂浜を無心に駆けて、昔はそれでよかった。何時からだろう、砂浜が小さく、狭く感じるようになったのは。
やがて、狭い砂浜に憤りを感じるように空を見あげる。空には、自由を謳歌する鳥がいつもそこに居た。あの鳥のように空を自由に飛べたらと。だから自由を求めた、狭い世界の中で潰れるのは嫌だと外へ飛び出した。
外では、何時も空を飛んでいた気になっていた。でも、いつも飛んでいた気になっていただけで、本当は何時までも地面を駆け回っていた。だから無理にでもと翼を広げようとして。
気付けば愛した世界も、宇宙も、翼ですらも悲しいくらいに穴だらけで。気を抜けば千切れて落ちそうな世界の上で浅美は意識が回復する。もう飛べそうに無いなと何処かで毒づく。
それでも、自分は何処か頑張ったような気がして。
何だか、もうこれで良いような気がした。きっと、自分はもう飛べなくなっても。
――確かな信念を持った奴なら、負けてやるのは良い――
それでも立ち上がった人を覚えてる。
――でも、お前みたいな根性曲がった奴にだけは絶対に負けてやれない――
あの背中を覚えてる。何度吹き飛ばされようと、宇宙の藻屑と散ろうと、創世の衝撃に飲まれようと、幾度と無く立ち上がった人を。何よりも命の輝きを、その燃焼を、賛美歌を声高く歌い上げ、勇気の言葉の意味と重みを体現した人を。
闘志を掲げて、宿命を超えて、創世に挑んだ、勇気翳す者の姿を覚えている。
それを思い出したら。
「風、だ」
傷だらけの翼を広げて、半身を上げていた。夢描いた彼方は当に宙の向こう、それでも浅美は大気の無い月で風を感じていた。未だに己の世界は健在、一度意識が途切れた筈なのに確かな存在感を伝えてくれる。
「飛べ、る」
空を翔けられる。なら、する事はただ一つ。
「これで最後……初陣だったら、やり通さなきゃ」
未だ開かない左目の瞼を左肩で拭うと浅美は月の空へと羽ばたいた。向うべき遥か彼方を目指して。
「ユリィス、隔壁降りた!?」
「はい、降りッ!?」
ユリィは雪乃の言われたとおりに隔壁を下ろして、ロックをかけたと同時に隔壁が凍てつき氷塊が隔壁を砕かん勢いで飛び込み、完全に隔壁は機能不全状態にと。
「これで、ハッキングされて開けられる可能性は消えた。後は浅美に転移して貰えればいいけど……肝心の浅美は何処?」
「わかんない……確か、アーステラから飛び出て来てほっとしたと同時にアラームが響いて何事かと思って後ろを振り向いたらだもんねぇ」
エミィは雪乃の言葉に頷き返した、がそこではっとあることに。
「ねえ、あのアラームってそんなことで」
「鳴る訳が無いでしょう、きっと何処かでもっと」
『諸君、君達は運が良い』
雪乃は映像術式を彼方此方に展開し、月中の映像を出したと同時に老人の顔面ドアップ映像が表示される。その正体は。
「ルドレフッ!? そう言えばこいつ今まで何処に!?」
『私の愛児達は次々と世に放たれ、その生を謳歌している。見たまえ』
次に映し出される映像は、正に惨劇。月に放たれた怪獣達が次々に一般人を捕食していくと言う内容だ。確かに、フロースが月面基地方面へと向う怪獣達を薙ぎ払っていたが、そもそもその連中は月中を埋め尽くした居たのだ。月面基地と月の宇宙港の防衛は確かにフロースが行っていたし、一匹たりとも行かせては居なかった。
しかし、この惨劇が起きているのはそれ以外の場所だ。月面基地付近などの調査隊の居る場所などだ。如何にフロースが竜を駆り、風を操ろうともたった一人で月中を飲み込んだ怪獣の群れを殲滅することなど、結局は出来なかったのだ。
だが、だとしてもこの映像はあまりにも惨い。確かに、結局たった三人でこの結果はある意味当然といえば当然だが――響く絶叫、飛び交う血飛沫と肉と脂、映像術式に飛んでくる眼球にユリィは悲鳴染みた声を出し口元を押さえながら何かを吐き出し、エミィは思わず数歩引いた。
『素晴らしいだろう、私の生んだ怪獣が生み出した遺児達だ。皆、嬉しそうに生まれて初めての食事を楽しんでいる……この子らの親は、兄弟達の殆どは、芸術を解さない愚か者達によって悲しい結末を迎えたが、しかしこうしてまだ私の愛すべき子供達が残っているのだ』
「こっ、この、人、何を」
「理解するなエミレーア! 詳しく聞くまでも無い、こんなのただの狂人だ!」
雪乃は歯を食い縛る勢いで映像の中の惨劇を睨みつける。これを祝福と謳い、さも素晴らしい事だと告げる人間を相手に彼女は理解の拒絶を決め込んだ。
『そして私は、此処に最後のいとしごをこの世に送り出したいと思う!』
「や、止めろ博士! それは」
『出でよぉ! わが原初の子供!』
叫ぶと同時、基地全体に大地震が訪れた。基地が崩壊しかねないほどの地震に司令室の中は勿論、外に居た武装集団までも立ち続けることが出来ずに転がり落ちていく。やがて地震が終わると、雪乃はやっとの思いで体を引きずって映像術式に目を向ける。
「な、なぁにあれぇ!?」
「ゆ、雪乃ちゃん、一体何が」
雪乃の声に引かれてエミィも体を引っ張り上げてその映像に目を向け、ぎょっとした。何せ、そこには巨大な三つ首の怪獣が月の廃棄基地の上に鎮座しているのだから。既に周囲の施設は破壊され、月地下の基地も次々に破壊されていく。
更に地響きが起こり、遂には指令室の天井が崩壊を始めて。
「雪乃ちゃん、ここはもう危険だよ!?」
「何処だろうとこの基地に安全地帯なんてもう何処にもない!」
エミィは反射的に細身剣を引き抜き落ちて来る瓦礫を粉微塵と吹き飛ばす。だが、雪乃は歯を食いしばって。
「くっそなんだあの化け物は!? この基地地下の空洞っつか倉庫丸々埋め尽くすって一体」
『これぞ、我がスペィス・キメラ・プロトであぁぁるッ!』
頭上から叩きつけて来るような大声に雪乃は舌打ち振り向く。そこには大仰に怪獣を讃えるルドレフの姿。雪乃はそれを見ると映像術式を動かし、この状況に対する最大のジョーカーへと。
「おいティン出番だ! プロトだかなんだか知らんが三枚下ろしにでもしてやれ!」
映像も見ずにそう言うがしかし答えは無言だった。雪乃は訝しんで映像を覗き込み。
そもそもの話、ラグナロックとは神話終焉という存在そのものの集大成だ。神々の終焉、その黄昏時を歌い上げ剣として昇華させた物とされている。ティンは確かに生まれた時よりこの神剣に愛され、そして神剣を扱うに足る素質を備えた存在。
しかし、この神剣には形が無い。異次元に存在し、人の願いと思念のみによってその姿を確固たる物とするラグナロック、呼び出される方法次第で千差万別の姿を見せるのだ。
ティンは神剣を握り、千にも届く武装集団を蹴散らした。しかし、そこでかの剣士は膝をつく。気が付けば吐く息は荒く、肩で息をする始末。一体何が起きたのかと体を見てみれば、炎が吹き出ていた。
「え、なん」
炎はティンの体から燃え上がり、やがて炎は光子の肉体さえ焼き尽くす。一体何が起きているのか、とティンは答えを模索する。
はっきり言って、前例が皆無だ。突如として燃え上がるこの肉体、別の炎の魔法を受けた覚えは一度もない。では何故この身体は黄昏と燃え上がるのか。しかしティンはその答えを熟考して刹那にも満たない僅かな時間でその答えを出していた。即ち、自分がどうやってこの神剣を呼んだのか、答えはもうその時点ですでにあったのだ。
『拙い、もう稼働限界を超えていたのか!』
『か、稼働限界!?』
響く声に目を向けてみれば、映像越しに雪乃と水野がこちらを見ていた。
『一体、どう言う事!?』
『ラグナロックは神話の終焉、ラグナロクと呼ばれる終末戦争の集大成と言われる十字架だ。それは引っ繰り返せば、それ自体に確たる器は無いと言う事になる。よって、それを召喚する時に器として舞台を整えるんだ。その舞台の多くが神々の黄昏、ブリュンヒルデがヴァルハラに火を投じる時のセリフを詠唱文とする事が多い』
そうだ、ティンは確かにそれを詠唱し、この神剣を呼んだ。つまり、今ティンの体は燃え盛るヴァルハラと終りゆく神々の闘争を物語っている。それはつまり。
『よって、神剣は召喚者を燃え盛るヴァルハラとしてその身を焼きつくす。でも、本来であれば多大な魔力を用いて呼び出すラグナロックは使用者と召喚者が同じと言う事は基本的にありえないんだ』
『あ、あり得ないってどういう事ですか?』
水野の言葉を途中で遮るのはエミィだ。しかし答えるのは雪乃。
『普通に考えれば分かる事。ラグナロックを扱えるほどの技量を持つ者は、魔力を鍛える修行なんてしない。そして同様にラグナロックの召喚を行えるほどの魔力を持つ者は基本、剣術の修行なんてせずに魔導の勉学に励む』
『うん。だから通常はこの二つの役割を同時にこなすと言うことはあり得ない。よって召喚時には周囲の者達が召喚者をフォローする。でも、彼女の場合は』
『その両方を兼ね備えてしまっている。だからフォローをする事も出来ないし、必然とその行動には時間制限がつくって事か! ラグナロックを単体で呼び出せる魔力、そしてそれを完全に扱いこなせる資格と才能……それが仇になったのか!』
神々の黄昏を歌った結果、自分がその黄昏になる。その単純な答えを胸に、ティンは立ち上がって大地震と共に現れた怪獣へと目を向ける。
『ティン君、何をするつもりだ!?』
「大した事じゃない……あのでかぶつを消し飛ばす」
『無茶だ! 今君の体を焼いている火の正体が分からないのか!? それは神すら焼き尽くす黄昏の炎だ! そんな身体で動いたら』
「確かに、これすっごく熱いと言うかいたいです」
ゆっくりと立ち上がるティン、纏う炎は徐々に徐々に肥大化し、やがて使用者を容赦なく魂ごと焼き落とすだろう。だが。
「いや、でもさ。此処で真っ当にに動けるのはあたしだけ、なら動くのがどおり。此処で動けないなんて――あたしのプライドが許さない」
『っ、だから聖騎士ってのはどいつもこいつもッ! 浅美は!? もういい、フロースでも良いから呼び出せないの!?』
雪乃は舌を撃ち、端末術式を操作し始める。ぼろぼろとなった指令室で、雪乃は端末術式を動かし始める。崩壊を始めていようとも、内部の機械が崩れようとも、機械の代わりを魔導師が行えば問題ないのだ。しかし、外の方へと目を向けてみればそこには余計に惨状が広がるのみ。フロースを探すのは簡単だったが、そこでもフロースの手に負えないほどの怪獣の大群が月の都市を、集落を襲っている。舞う血しぶき、弾ける肉塊、空を飛ぶフロースは纏う白銀の鎧を返り血で赤黒く汚しながらも竜に跨り風を操っている。
その姿を見て雪乃は直にフロースの呼び戻しを断念。別に彼女の奮闘に心打たれたからではない、彼女があそこで戦わないと誰も月の港の安全を確保できない。港が潰れれば、怪獣の殲滅が出来ても月から帰る事が出来ないのだから。
フロースは動かせない、ならば満身創痍であろうともかの黄昏の剣士に全てを託すよりほかに無く。
しかしてティンは燃え盛る身体で閃光となりて怪獣に向かって駆け抜けるも、その身体に幾つもの粒が埋め込まれた。光子化と燃え盛る黄昏の火にそれは意味を成さないが、行った者は誰かとティンは振り返る。
「増援か!?」
「やらせるかよ!」
続く一斉掃射と飛び交う擲弾、ティンは即座に無視して巨大怪獣に向かってその顔面に剣を叩きつける。黄昏の一閃が怪獣の鼻先を一線し、更にもう一撃と言った所で。
「ぐがっ!?」
ティンが空中で仰け反り、怪獣から距離を取った。何かと思って背中に手を回して突き刺さったものを視認し。
「水晶の、弾?」
『こいつら、こんな時にクリスタル武器を!?』
『拙いティン! 魔力砕きの宝石、クリスタルで攻撃されたら幾らなんでも部が悪』
雪乃の指示はもう一度巻き起こる大型地震でかき消えた。斬られた事により怪獣が暴れ始めたのだ。その矛先は当然。
「――へ? おいま」
援護射撃をした、テロリスト集団だ。撃たれた銃弾を鬱陶しいと思った三つ首の怪獣が容赦なくその巨腕を振るう。弾ける肉片、砕ける地面、重要な機材も巻き込んで崩壊する月の基地、元々廃棄されていた基地が遂に破壊されていく瞬間だった。その光景を満足気に見下ろすルドレフに、黒服が映った映像が出現し。
『おい博士、これからどうする気だ!』
「知らん」
青筋塗れの黒服に対し、ルドレフは人ごとの様に返す。
『だからプロトは止めろと言ったのだ! しかもあの巨大さ、投薬まで行ったな!? なぜ我々の指示を無視し』
「貴様らの思惑など知らん」
『そ、それが、スポンサーに対する言葉かくそじじいいいいいッッ!? き、貴様の研究の為に、我々がどんな出費をして来たと思っているのだぁぁぁッ!?」
「ふん、遂に尻尾を見せたか」
黒服の言葉なんてどこ吹く風と返すルドレフに、遂に黒服は奇声を上げ始める。
ティンは一瞬助かったと思いながらも、映像に目を向けて実はもっと状況が最悪なことに気付いた。浮かぶ映像の中に、誰もいない。いや、水野のモニタがあるがユリィもエミィも、雪乃もいない。
「皆!?」
『今、瓦礫の中だ! 今生存確認を行って、一応の無事は確認した!』
「一応ってぐっ!?」
問い質したいティンだが、それよりも炎の進行が体中を覆い始めている。既に、腕までも炎が焼き始めている。そして、それと同時に神剣に異変が起きた。召喚されてから光を放っていなかった神剣が輝き始めたのだ。
『召喚してから約60分、漸く神剣が全力状態になるとはね』
「ちょうど、良い」
体中が痛い。神威の炎が容赦なくティンの体を焼き尽くしている。それでもティンは神剣を構えて、真っすぐ怪獣と対峙する。
「見せてやるよ怪物! これぞ、神義ッ!」
『な、まさか君は!』
そして何度目かになろう閃光として怪獣に向かって正面からからかけ、黄昏と輝く剣で斬り裂き、なぎ、何度も切り刻んで。
「ラグ、ナロクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!」
その巨体へ、流星の様な光が一点に集まって十字に刻まれた黄昏色の光が弾ける。花の怪獣に叩きこんだのと寸分違わぬその光に、水野は目を細めて眺めるが、対照的にティンは地に降り立つとよろよろと歩き、まずは炎が消え去った。次に十字の神剣が消え去り、やっと倒れた。
かの神剣によって最後の巨大怪獣さえも撃退されたかと、思われた瞬間。月面基地の地下倉庫の壁と言う壁が切り刻まれる。
水野は絶句する、十字神剣ラグナロックが最終奥義を持ってしてもあの怪獣は倒せないのかと。ティンの奥義をその身に受けた怪獣は確かに首が一つ消し飛ぶほどの大ダメージを受けた。そう、確かに首が一つ消し飛び体中を焼きこげるほどの閃光に呑まれた。
だがこの怪獣の首は三つもある。内一つが潰れた程度で如何こうなるものでもない。寧ろ中途半端に傷ついた事によって暴れ狂ったのだ。
「つ、状況は」
そんな中で、雪乃が瓦礫を押しのけて立ち上がる。頭の上には瓦礫の代わりに雪が積もっていた。恐らくとっさにクッション代わりに生んだのだろう。
「あの怪獣、首が一つ」
と、外を見た瞬間に雪乃は死を見る。暴れ狂う怪獣、その凶爪が遂に指令室へと突っ込んだのだ。せまる巨大な爪先に、雪乃は。
「こっち!」
直後、雪乃は何かに引っ張られる。そして急に抱きしめられて視界を見失った事で正気に戻り、事態を理解した。
「ちょ、エミレーア!」
「良いから大人しくし」
エミィが返す途中、指令室が崩れる。怪獣が腕を突っ込んでから力任せに下へと振り下ろしたのだ。様々な機材が弾け飛び、床が崩れて真下への部屋へと落ちて――行かない。なぜか雪乃達の床は無事で、落ちて来る瓦礫も起用によけて落ちた。
「な、ナイスです雪乃さん」
命を繋いだ、とユリィが息をもらす。
「別に、お得意の空間凍結魔法の応用だよ。この床と近くの瓦礫を凍らせて無理やり足場にしてるってだけ」
「でもこう言う時雪乃ちゃん頼りになるぅ!」
崩れた指令室の一角が不自然に残っている。そこにエミィと雪乃とユリィの三人が何とかやり過ごしていたが。
「兎に角逃げよう! あの怪獣がこっちに目をつけてきたら一巻の終わりだよ!」
「ええ、行くよユリィス!」
そう言ってエミィを先頭に雪乃達は瓦礫の中へと進んで逃げていく。途中の瓦礫が血肉が滲み出ていたとしても気にせず走って行った。
しかし、状況はいよいよ最悪になった。
ティンは魔力切れ、ついに神剣を強制送還するほどに疲弊し使い物にはならない。
フロースは月の港の防衛、呼び戻す事は出来ない。
浅美は行方不明、捜索は不可能。
「とうとう手詰まりだ……くそ、どうすれば」
雪乃は持ち込んでいた映像術式で周囲を確認しながら舌を打つ。そして一行の逃走は道をふさぐ瓦礫によって阻まれることとなり。
「雪乃ちゃん、周囲を崩さずにこれを吹き飛ばしてもらえる?」
「良いけど、それより前方の確認。前に何があるのかを見て……げ」
「どうしたんですか……げ」
雪乃は映像術式の一つを瓦礫の向こうへと飛ばして嫌そうな顔をし、ユリィものぞいて嫌そうな顔をする。何せその先には部下を引き連れた黒服が居たのだから。しかも映像術式越しに互いの目が合い。
「い、居たぞ! せめて奴らを八つ裂きにせねば、この溜飲が下がらん!」
「うっわー嫌なの見つけた……」
完全に目の逝った黒服は部下に命じて瓦礫の撤去を始め、雪乃は頭を抱えて座り込んだ。
外、今現在も怪獣は暴れ狂っている。次々に月面基地を崩れして月の地盤を下げ、遂に月の大地へとその足を延ばす。
「ふはははははッッ! 素晴らしい! 己の戒めを外し、いよいよ自由なる世界へと向かうか我が子よ! お前は少々我儘で手を焼いたが、それ故に感動も一押しだ!」
ルドレフは誇らしく、歓喜に震えて天を仰ぐ。怪獣は遂に月面基地を破壊しながら月の地表へと歩いていく。もしも、この怪獣が他の正規基地に向ったらより多くの死者が、犠牲者が出るだろう。ティンが、神義ラグナロクを叩き込んでも一撃で仕留められなかった以上、フロースが来た所で。
「無理だ」
雪乃は目の前に浮かんでいる映像術式に目を向けて、瓦礫の向こうを見て呟く。瓦礫は次々に撤去されていく。爆破され、退かされて行く瓦礫の山。黒服が正気の欠けた指示を出している為か上手くはいっていないが、それも時間の問題。そうである以上。
「終わった、か。せめて浅美と連絡が取れればなぁ……」
「雪乃ちゃん諦めちゃ駄目だよ! フロースちゃんでも、もしかしたら」
エミィはそこまで言って声が萎んで行く。分かっているのだ、そんな事を言っても意味が無いことを。そんな中、黒服の側にいた兵士が言った。
「月上空に、魔力反応です!」
その一言に、誰もが止まった。月上空に発生した魔力の反応、雪乃はまさかと思って映像術式を制御してその発生元を見る。そして、月上空から歩く怪獣を見下ろしながら彼女は虚空に浮びながらも周囲に浮かんだ映像術式をまるで初めから知っていたように。
「ねえ、聞こえてるよね」
『き、貴様何を!?』
彼女は黒服に向け、淡々と言葉を投げる。
「あの怪物は最強なんだね?」
ただ、そう聞いた。日本の剣を一つに束ね、刀身を術式でガッチガチに固め、その上で双方の剣からあふれ出す力を纏めて剣先に溜め込む。
雪乃はその姿を視認をして思わず叫んだ。だって、ずっと探していた人物がそこに、傷だらけの翼を広げて、空に待っているのだから。その、名は。
「浅美ッ!?」
今、結城浅美が拒絶と混沌を混ぜ合わせ、月の空を飛んでいた。
月の宇宙港、その防衛線に参加していたフロースは息をつく間もない激戦の中。希望なんて無い、月を埋め尽くす怪獣の群れの中で果敢にも槍を振るって戦い続ける。
だが息をつかなくても平気だった。何故ならば、彼女には何時だって優しく包んでくれる見えない翼があるのだから。その翼は今もこうして、彼女を包んでいる。それを思い出した瞬間。
「――っ!」
「マスター、如何しました?」
まるで、打たれた様な感覚を味わった。なんで、こんな簡単な事に気付かなかったのだろうと目を見開く。そうだ、此処は月だ。月なのに。
「風が、吹いている」
「いえ、そりゃ風くらい――月に風!? 馬鹿な、大気の無い月に、風!?」
風とは大気の流れ、魔法で大気と重力の問題を解決しているだけで月に大気はいまだに存在している訳じゃない。故に、風が吹いているこの状況自体が以上と言う他ない。
「でも、この風……何だか、暖かい」
フロースは呟き、月に吹く風を感じていた。
遂に全力状態となったラグナロック、でも仕留め切れなかった理由は何かと言うと単純に向こうの体力がちです。図体が図体ゆえに流石に一撃で溶かすのは不可能でした。え、x乗のxと言うあほな数値出してるのにって? その数値であれです。ちなみに一撃で怪獣のHPは約6ほど消し飛びました。
ちなみに次回を見ると、ティンさんの一撃がどれだけ重かったのかがある程度分かるかと。ええ、あの一撃で半分以上もぶっ飛んでいます。伊達にx乗のXと言う馬鹿数字は出していないのです。
んじゃ、また。