諦めない姿を魅せてくれた、貴方の影を抱きしめて
『皆さん、この映像をご覧下さい』
TVに映るニュースキャスターが言うと、ニュースの映像から違う映像。アーステラから録画した月の映像を流す。
『これは先ほど一部の冒険者達が録画した、月面付近の映像です。黒い靄の様なものが月全体を覆っています。そして、こちらをご覧下さい』
ニュースキャスターは続いて月のから少し離れた箇所の映像を映し出した。
『突如、月からこの巨大な花が飛び出し、月が黒い靄に包まれたのはその直後だと言われています。更にその数分後この花が巨大な光に包まれ、更に十字の光に飲み込まれ消滅しました。果たして、月の危機的状況は回避出来たと見るべきでしょうか?』
「いや、まだ安心出来ない」
TVの外で、誰かが呟いた。呟いた本人は様々な機械に魔道書の切れ端などを用意して月の方に望遠鏡のような物を向けている。彼は後ろで携帯TVを見ている仲間に向けて。
「他の番組に変えろ、警察はこの事態を如何見てる?」
「分からない、何処のニュースもこの月の異常事態を報道するばかりだ。そっちはどうだ? そっちは何か見えるか?」
「こちらからは分からない。月以外からは何も見えないな……」
「待った。月の方から何か見える……あれ、は」
そう言った冒険家は望遠鏡から見える月から何かが向ってくるを視認する。それがなんなのかを見て。
「大、変、だ」
「どうした?」
理解した冒険家は震えて腰を抜かして尻餅をつき、望遠鏡を否、それに映る月を指差す。不審に思った周囲の仲間達も望遠鏡を覗き込み、或いは自分の持っている望遠鏡を月を覗き込み。
「月、から」
「何だあの化け物は!?」
そこから、見えるのは月からこっちに真っ直ぐ向って来る、巨大な翼竜の怪物だった。
「ば、かな」
雪乃は目の前で起きた、いや映し出されている現実離れしすぎたその映像に度肝を抜かれて一歩二歩と後に下がって行く。まるで、神話の再現が如きその映像に驚きしかない。
「こいつ、どれだけの魔力をもって――いやそうか、ラグナロックか。あれが齎す魔力付与は確か、x乗のx。なら、あいつの魔力は凡そ基礎数値化で約、6000乗の6000か!」
「ろ、6000乗の6000!? ど、どんな基礎魔力数値ですか!?」
『更に言うと、あの神剣は不完全状態だ。伝承や実際の記録にあるラグナロックより出力が落ちてる』
雪乃が割り出すその数値にユリィは驚きのあまりにたじろぐが、何よりも恐ろしいその事実に誰もが息を呑んだ。しかし、雪乃はそれに耐えるように。
「で、ユリィの近くで浮いてるあんたは誰? 見た事があるような気はするけど」
「え、雪乃ちゃん知らないの? どう見てもあの有名な水野博士じゃない。まさかこんな所で会えるなんて」
雪乃の言葉にエミィが能天気に返した。エミィの反応を面白くなさそうに唇を尖らせると雪乃は再び端末術式の方へと向き直る。水野はその様子に苦笑しつつも。
『完全状態のラグナロックは常に眩い輝きに覆われていて剣のデザインがよく見えてなくて細かい意匠の伝承が無いけど、あのラグナロックにはその輝きが無い……でも素晴らしいデザインだね、僕にはそう言うのが分からないけど。見る人が見ればきっと大喜びだったろうね』
「確かに、映像越しでも素晴らしい意匠で、あれを武器とするなんて恐れ多すぎますが、じゃああれって全力時よりどれくらい」
「ちょっと待って、今あいつの周囲へ流出してる魔力と召喚術式に流し込まれている魔力の測定をするから……一応、魔力自体は足りてるね」
エミィの呟きに答える雪乃。彼女が解析した結果を聞いた水野は続けて。
『多分、術式が反応よ言うか、機能する程度の魔力自体はあるのだと思うちょっと待って、今こっちでもティン君の魔力指数を計算するから……っと、出た……うわぁ』
「どうしました、博士?」
『……うん、その、ね。あれでね、ラグナロックの魔力出力さ。後4分の1ほど足りてない』
計測した水野は一瞬で呆れかえった表情になり、不思議に思ったユリィが問いかけると帰って来るのはなんとも恐ろしい事実だった。聞いた雪乃は映像越しに見えるラグナロックを再度見直して。
「……うっそ、あれだけであと魔力供給量が4分の一ほど足りてないの!?」
『うん、あれで一応4分の3ほどの出力は出てる……おかしいな、あれ一応補助術式をガッチガッチに固めた上で更に詠唱をする事で魔力流を制御している筈だったんだけど……でもよく起動したね、あの術式。いや、多分さっき言ったように魔力自体は足りてるんだろうけど、ちゃんと術式内部に流れていないのか? 本当、よく動いたね』
水野は溜息混じりにティンの呼び出したラグナロックについて解説をし、それでもと雪乃は震えた声で続けて。
「だ、だけどそれだけの付与魔力があれば、あれだけの魔法を低燃費で放つ事だって可能……まあ、流出されている魔力粒子を測定する限り、そんな事は微塵もしてないみたいだけど……本当、どんな魔力馬鹿だあいつ」
「だ、だけどさ、これで月は救われたよね」
雪乃の解説にエミィはぶった切るように纏めるが、何より恐ろしいのはその映像の中だった。
所変わって宇宙では光の足場の上にティンが悠々と立ち上がった。そこに浅美が瞬間移動で隣に現れて。
「ティンさん大丈夫!? 魔力の残量は!?」
「ラグナロックの魔力付与に物を言わせて無理やり回復させてる。一応全体の3割は残したけど……此処まで魔力を意識的に使い潰した事が無いから一寸驚いた」
言って、ティンは手を握っては開き、握っては開く。そして未だ周囲の宇宙を埋め尽くす怪獣達を見渡して。
「さあて、残ったこいつらを早く片して今度は月の方に応援に行こう。幾らフロースが強いったって幾らなんでも無茶振り過ぎるし」
「フロースさん!? フロースさんが月で戦ってるの!? 一体どうやって、と言うかユリィさんは!?」
『浅美!』
とそこに現れるモニタ、映し出されるは雪乃とエミィとユリィの三人。驚くティンをおいて浅美は逆に今かと呆れ気味に。
「今まで何やってたの? 雪乃さんにしては随分と遅かったね」
『あのね……これでも急いだんだけど、そっちの黄昏馬鹿の馬鹿魔力がそこまで何て聞いてないんだけど? っ、浅美!』
会話の途中で雪乃は声を荒げる。その視線の先、そこには幾つもの怪獣が集まると巨大な翼竜の怪獣となり、咆哮を上げて真っ直ぐ宇宙の中へ飛翔していく。ティンはそれを見て安堵しつつも分からんと言いたげに。
「あいつ、どこに行くんだ?」
「さあ……雪乃さんは分かる?」
『いや、こっちに来ないなら良い。兎に角、そっちの状況は? 例の怪獣どもは?』
雪乃の言葉にそう言えばと浅美とティンは周囲を見渡すと既に怪獣達は消えていることに気付いた。浅美は怪訝な表情で月に目を向けて。
「じゃあ、後はあの月の連中を片付けるだけだね……でも、変なの」
『何が?』
「だって雪乃さん、あいつらって一体何に執着してるの? 肉を食ってる……ようには見えない。そもそも人を襲う理由は?」
浅美が呟いた瞬間、水野がモニタ越しに叫びあげていた。
『分かったぞ、その謎が!』
『は、博士?』
『連中に関する資料のサルベージが遂に成功した。もう数十年も昔のものだから今も同じかは分からないけど、少なくともこれだけは変えようが無いと思える部分に関する資料だ。それによれば、そもそも宇宙で活動する怪獣は宇宙に適応する為に、宇宙にある鉱物を食す事で体内に魔力を溜め込んでいるようだ』
『体内魔力を作らずに外部魔力でってこと? 随分と回りくどい事してたね』
水野の解説に、浅美が余計深刻そうな表情で月の方を見る。
『今では、こちらでスキャンの術式を何度もかけることでやっと解析が完了した。どうやらあの怪獣達は自分達の魔力回路を持っているらしい。なるほど、博士が天才的発想と自称したのも頷ける。何せ外部から、自作が難しい魔力回路を、どうやって生き物に移植し、或いは生成するか。答えは単純、人間の魔力回路を埋め込んだんだ』
『随分と胸糞の悪い。やっぱり此処は人体実験場ってこと』
水野の解説を聞いていた雪乃は舌打ち気味に返す。実際、それを当たり前に口にする水野にエミィも引き気味だった。だがそれよりも。
『でも、宇宙で活動する為の必要最低限の魔力しか持てない、或いはそれ以上の生成が極端に遅いか少ないんだと思う。だから外部で魔力の吸収を試みているんだ、それを取り込んで自分の生きる力にする為に』
「なるほど……まさか、月の周囲に取り付いているのってフロースが戦っているから?」
『その可能性も高い。月に充満した風の魔力に誘われて広範囲に留まっている可能性がある。だから』
「アーステラが、危ない……!?」
水野の口上を遮って、浅美が遂にはじき出した狩人の狩猟本能から来る答えを口にする。
「あ、アーステラが危ないってどういう」
「やっぱりそうだ、あいつらが私やティンさんに攻撃した訳が何処かで引っかかってた。最初はただ敵だからとかそう認識されてるだとばかり、でもあいつらの行動は本能的で生き物の生き方そのものだ……なら、襲ったのは本能、つまり魔力の捕食の為。でも、それが不可能と判断し、より濃厚な魔力がある場所があるとすれば……?」
浅美はそこで背後に見える蒼い星を見つめる。その星は。
「アース、テラ!? でもあいつ、真っ直ぐ宇宙の彼方に向って」
「ティンさんよく見て、今のアーステラはどう見える?」
「どうって」
そこでティンは気付いた。此処から見えるアーステラの光景は、前人未到の暗黒大陸となっている事に。それを単純に言い表すならば。
「無人、地帯!? まさか」
『割り出た! 今巨大な化け物が月の方から大きな街の方へと向っていく!』
その言葉に、ユリィと雪乃とエミィとティンと浅美に衝撃が走る。ティンは一歩前に出て。
「ど、どの街!?」
『今計算中だ! いや待て、今アーステラ中でこの状況が中継されて……っ、今現在騎士警察隊で上級魔導師部隊による迎撃部隊が編成されている!』
『じゃ、じゃあ安心』
『エミレーア、違うよ』
ほっと胸を撫で下ろすエミィに雪乃は無情に、最悪の答えを告げる。
指令室で雪乃はエミィに背を向けながら苦笑気味に。
「体内にあらゆる属性の魔力を宿し、大気圏の出入りを可能とする巨大な怪物……魔法耐性バッチリな相手に魔法ぶつけてどうにかなると思う? 何より相手は魔力を食って生きてるんだ、なら下手をすればただのカモと思える可能性すらある」
「そ、そんな!? じゃ、じゃあどうすれっ、水野博士! 今すぐ警察にあたし達が知ってる事実を伝えて下さい! 少なくとも、魔法が効き難いって事が分かれば」
『僕もそう思っているんだが、向こうが話を聞いてくれない! 今、僕の直接の上司にかけあっているんだが……ええ、はい。彼女は先ほど月に。いえ、恐らく行き違いになっているかと思われます、はい』
エミィの言葉に水野は電話に通信術式などを駆使して方々へと連絡を取っている。そして幾つかの連絡を受け取っていると。
『駄目だ。完全に部署が違うからか、上司の言葉も僕の言葉も聞いてくれないどころか取り合ってもくれない……くそ、こんな時に!?』
「警察ってそんな自信過剰な集団何ですか?」
「ああ、そっかそういう事か。違うよユリィス、そうじゃないんだと思う」
雪乃は前髪に右手を添えて、ユリィに語り聞かせる。
「そいつらきっと、生贄だ」
「生、贄?」
「うん、警察と政府機関の体裁を整える為の、生贄。いやさあ、一般世間にまで漏れたこの大事件。宇宙での化け物育成計画に5年も気付きませんでした、でも気付いたと同時に叩きましたーって、皆納得いく?」
ユリィは、その解説で全てを理解した。隠蔽されて騙された政府、結果として一歩間違えば星を滅ぼしかねないほどの強大な力を持った怪物の誕生。それをもしもあっさりと倒せたのなら? 誰もが思うだろう、そんな政府がその気になれば敵にすらならない存在が相手であったのなら。
「行く訳無いでしょ。事前に手が打てたんじゃないのか、ただ政府が怠けてたんじゃないのか、皆が、マスコミが挙って宇宙開発団やそれに連なる政治家達を叩き始める……それを回避するにはどうすればいいと思う?」
「どう、すれば」
「単純、相手がより上手だったと見せればいいんだよ。そう、相手は政府機関すら相手取り騙しとおせるほどの大物であるとね……そう見せれば、街一つ犠牲になっても寧ろ非難の矛先は」
当然、怪獣を作りだした組織へと向く。雪乃は言外にユリィへと告げると。
「そ、そんな……そんなのおかしいですよ!? 何で、政府機関や警察の名誉の為に、街一つ犠牲にならなくちゃいけないんですか!?」
「知ったこっちゃない。浅美、ティン、一先ずあんた達はさっさと月の生存圏に戻って残りの掃除をお願い。アーステラの被害は微々たるものでも、月の方を放っておいたら大惨事だ。下手をすれば、月から帰還する方法が無くなる」
『残りの掃除って、いいのかよ、それで』
雪乃の指示にティンは食ってかかる。確かに、ティンの超越的頭脳もこう答えを出してる。アーステラの事よりも月の方が重要である、何せアーステラには多くの英雄達が集っているのだ。寧ろあの怪獣がやって来た所に瑞穂なり亮なり、下手をすればイヴァーライルに降りる可能性さえある。そうなれば寧ろあの怪獣には同情しかわかない。
しかし、だからと言っても。
「良いも悪いも、あんただってそっちの方が都合が良いって分かるでしょ? 今更変な正義ぶってあの怪獣追いかける?」
『そりゃあ、そうだけど』
雪乃の言葉に、ティンは黙るしかない。だからティンは隣に浮かぶ浅美に。
『じゃあ、浅美。分かってるとは思うけど』
『うん』
声をかけると同時、浅美の姿が消えた。何処へ向かったのかと、雪乃は術式を動かして浅美の居所を探る。
探索術式によって見つけられた浅美、雪乃はその横にモニタを表示させると。
『浅美、あんた何をしてるの!?』
「あの怪獣をたたき落とす」
返す浅美の言葉に迷いは無い。迷いなく、あの蒼き星を地獄に変えんと飛翔する怪物目がけて飛んでいるのだ。
『あんた聞いてた!? あんなの放って置きなさい!』
「嫌だ」
『浅美ッ! あんなの放って置いたってどうせすぐに潰される!』
雪乃の訴えに浅美は視線jをわずかに送るだけだ。
「そんなの関係無い」
『良いから聞きなさい、あいつを放っておいたって害なんて碌に無い! 被害なんてそれこそ街一つくらいだし、あんたの言う友達だって沢山いるでしょう!? もしかしたら、地上の仲間達がやってくれるかもしれない! きっとそいつらが、それこそもしかしたら漆黒の氷姫とかが出て来てあっさりと片付けてくれるかも知れない! だから』
「だったら」
浅美は、宇宙を駆けながら雪乃に返す。
「だとしても! それでもわたしは諦めない! 何時か見せてくれたあの人の様に、諦めることを諦めて何度も立ち上がった人みたいに!」
『浅、美』
その姿に、その言葉に。誰もが浅美を見た。
「無様だろうと惨めだろうと、誰かがやってくれると思って諦めるくらいならわたしがやってのける。でないと」
『浅美……あんた』
『無茶だ浅美君! もう怪獣が大気圏の接触するまで1分を切った! このまま余計な事をすればそれこそ大惨事になる!』
『なっ、浅美やめなさい! そこまで近づいたら、下手をするとあんたが大気圏の摩擦熱で焼け落ちるかも知れない! もう諦めなさい! 気付くのが遅かった』
「それ、でもっ!」
水野と雪乃の制止を振り切って浅美は目前に迫る怪獣の元へと飛翔する。花の怪獣との戦闘で起動した創天術式の維持は既に限界領域となっている。宇宙での活動を考慮すればもう時を止めての超速飛行は出来ないだろう。何せ浅美はあの花との戦闘で合計時間で言えば、既に5年は戦い続けた計算になる。あくまでこの術式は周囲の時を止めるのではなく時が動くよりも先に自分が早く動いているだけなのだ、幾ら体内時計すら止まっていようと魔力や浅美の感覚までは止まりはしない。
浅美はそのまま怪獣に接近し、そのまま追い越して反転する。当然怪獣を追い越した事により怪獣よりも早く大気圏接触による摩擦熱が彼女の体を焼き焦がす。
『浅美ちゃんやめて!? 大気圏に魔力は無い。幾ら浅美ちゃんが空間制御出来るとか、風を操れるって言ってもそのまま行ったら死んじゃうよぉ!?』
エミィの悲鳴じみた叫びを聞きながら浅美は灼熱地獄の中で前の怪獣を見据えて。
(魔法は駄目、魔力が無くなれば動く事も宇宙の適応力もなくなってしまう。そうなれば空気も重力もない宇宙じゃ死んじゃうからアウト。剣で切りつけるのも駄目、もし一撃で仕留められない時に此処でもみくちゃの戦闘になるし大気圏まじでそこまでやるのはわたしも流石にきつい。同じ理由で混沌力も駄目だし、アレを送り込むまでに暴れられると余計な魔力や力を使ってしまう、同様の理由でアカシック・バードも無理だ。荒れは一番魔力を使う技だし……なら答えは)
浅美はアル・ヴィクションとカオス・スパイラルを握り、二本を一本にまとめ上げてその切っ先を怪獣へと向けて。
「低コストで、それも高火力を持つ、虚空光天撃に賭けるしかない!」
二本の剣からそれぞれ、万象を排する拒絶の力、全てのあるものをネジ変える混沌の力、それぞれを引き出して刀身の周囲を渦巻くようにその切っ先へと集まり。
「ング、グッ!?」
直後、大気の摩擦熱で左腕の皮膚が焼けた。浅美は一瞬だけ剣を握る左手を緩めかけるが確りと握り直して元のように伸ばし直す。伸ばして、途切れてしまった力をもう一度こめ直し、術式を再度刀身から切っ先に展開し直す。
怪獣の惑星降下に応じて浅美も同じ様に降下している。既に彼女は大気圏内、即ち重力圏内に入ってしまっている。大気の摩擦熱で体中が焼け始めている、エミィが言うように大気に魔力が無い以上自分で魔力バリアを展開して身を守る必要がある。しかし、激戦直後の彼女にそこまで強力な魔力バリアを貼る余裕も、ましてや。
「こ、のッ! 狙いが……!」
緩やかに降下して狙いを定める余裕は勿論、重力に引かれながらも大気の摩擦でずれにずれまくり、思うように狙いの固定が出来ない。何より、狙いに集中すればさっきのように腕が焼き焦げるだろう。調整を間違えば、星の大気摩擦に焼かれて半身大火傷所か、半身が焼けて吹き飛ぶレベルだ。
既に髪が一本一本、大気の摩擦熱で焼け焦げて千切れ落ちていく。この身は神域に入っていようともそれは全て付与した魔法によるものだ。その力が、今徐々に落ちてただの人に身になり始めているのだ。まるで翼から舞い落ちる羽根のように、少しずつ浅美の幻想によって生み出されるが愛した翼が、魔力不足と言う現実を前にして崩れ始めている。
このままでは遠からず、浅美の宇宙が霧散してしまい現実の宇宙に適応出来なくなる。もしも、この場所でそうなれば真空空間に飲まれるどころではなく大気圏内で燃え尽きるか上空から地上に叩き落されるかの何れかしかない。
その結末を回避するには、即座に目の前の怪獣を撃ち抜くより他にないが。
「あ、づいッ!?」
焼き付くような、それでいて巨大な壁に無理やり擦りつけられている様な衝撃と痛みが浅美の精密狙撃を阻害する大きな障害となっている。浅美は痛みと焦りで歯を食いしばりながら。
「大気圏、っで……ごんなに、やり難いなん、で!?」
剣先が震える、体中が焼き焦げる、大気に飲まれて体が潰れる、更には久しく感じる重力に体が引っ張られ、だがそれでも浅美は歯を食いしばる。
「わた、し……は」
服の一部が焼けてちぎれとぶ。浅美はそれでもと魔力を動かして体の安全を置き去り、翼をより強く羽ばたかせて体の固定して。
「わた、しは……」
自身の体の保護に回していた魔力が薄くなり、結果として遂に浅美の体自身が大気摩擦の熱を浴びることになる。最早浅美の身体を守るのは既に穴だらけとなった神威の肉体のみだ。
その様子を月で見たいたもの達は悲壮な思いで眺めていた。浅美は既に大気圏内の置くまで入り込んでいてオゾン層よりも下へと入りかけている。雪乃達も、祈る思いで固唾を呑んで見守っていた。
更に、アーステラの方からも浅美の様子は確認されていた。怪獣よりも先行して大気圏内で何か魔法を使おうとする誰かの姿を。誰もが無茶だと思いつつも、諦めない彼女の姿勢に希望を持ち始めていた。あの者なら、或いはと。
「わたし、は」
それでも浅美は剣を握る手を緩めない。真っ直ぐに、確りと握り締めて。撃つべき標的を睨みつけて。既に体の一部から皮膚が避けて血が流れ始めていて、ドラゴンタイプに付けられた傷も衝撃で開いたからか頭から血が流れ出す。
「わたしはッ!」
それでもと剣を構え直して、しかし左瞼が大気の摩擦によって焼けた事により浅美は左目を閉じて。右目だけで狙いを定め、砲撃術式の矛先を怪獣へと突き出して。
「絶対に、諦めないッ! 虚空ッ、光天撃ぃぃぃぃッッ!!」
血を吐くように叫びながら僅かにぶれる切っ先を手繰り、揺れが少なくなった瞬間に合わせて一つとなった二つの力を、虚空光天撃を術式から解き放つ。放たれた砲撃魔法は真っ直ぐに怪獣へと伸びていく。
宇宙へと駆け抜けていく光線に、怪獣は立ち向かうように吼えながらその光線に手を伸ばす。そして直撃した魔力流はそのまま怪獣を飲み込み、光が包み込み更に注ぎ込まれていく魔力流の光、その力が怪獣の身体を溶かして砕いていく。
そして光は途切れやがて爆散する。怪獣はどうなった? と見守る者達はその爆発の行方を見守り、怪獣が宇宙でぐちゃぐちゃとなって潰れて爆散していく。その欠片は魔力の加護を失い、大気圏内で燃え尽きていくのが見えていったのを、月で見ていた雪乃達は。
「や、やったの!?」
「浅美さんは!?」
「浅美ッ! 返事をして、浅美!」
雪乃達は浅美の名を呼ぶ。オゾン層の中を奥まで落ちていた彼女はどうなったのかと誰もがその姿を探す中、鳥の鳴真似のような声が響いた。そして、映像の一点をエミィが指差し。
「見て! あそこに、四つの翼が羽ばたいてる!」
「ほ、ホントだ! あの翼は、浅美さんです!」
重力も、大気圏も貫いて飛び立つ、青い服に金髪の髪を持った女性。浅美の姿が、今アーステラから飛び立っていく。やがて大気圏を飛び越えて宇宙に戻ると漸く息を吹き返して剣を仕舞う。
「あー、熱かった。瑞穂さんが聞いたら切れそうだけど、大気圏ってあんなにも熱いんだ」
もはや、それしか言うことが無かった。あの灼熱地獄の中を耐え続け、今こうして脱出出来るだけの魔力を持っていることが、何よりの奇跡だ。浅美は体内に残る残存魔力を確認して。
「さて、早く月に戻ろう。このままアーステラに戻っちゃ、雪乃さんたちに怒られちゃうもんね」
そう言って浅美は真っ直ぐ月へと飛翔する。もう彼女に時を止めてまで翔け抜けるほどの魔力は残っていない。しかし、星から月までの間を数10分で辿り着くくらいは出来た。そして未だに化け物が残る月に舞い戻り。
「さて、フロースさんと合流して」
月の生存圏へと戻ると同時、何者かの放った魔力ビームに打ち抜かれ、月の地表へとそのまま落ちた。
ちなみに雪乃さん、間違っています。正確には7000乗の7000です。この時のティンさんのMPは大体7000前後でそのX乗のXですのでそんくらいあります。え、誤植なのかって? いいえ、雪乃さんの目測の誤りです。
この作品にはこういう『人の感覚で測ったけど現実では全く違う』みたいなことがちらほらあります。今回の雪乃さんがそんな誤りをした理由は単純に、見ていたティンの魔力の消費量から凡その見当をつけただけです。現実は後1000ほどのズレがあったんですね、はい。
それではまた次回。