涙も傷も置き去るように羽ばたいて
ティンは次々に現れる怪物達を次々に二つの肉の塊に斬り裂きながら施設の奥へと進んでいく。もちろん、斬った死体を有効活用してバリケードを作る事も忘れない。
「フロース、一先ず栓をする!」
「うん!」
応じたフロースは風でそこ等中に落ちた死体を積み上げて通路を狭くし、怪獣の進行を遅らせて自分の槍が一方的に攻撃出来る空間を構築。やがて怪物達の死体で出来た山が次々と現れる怪物達の進行方向を妨害していき、フロースはそこへ。
「でぇぇや!」
踏み込んで槍を突き出し、一匹一匹と順番にその怪物染みた顔面を串刺しにしていく。死体を利用された怪物達も初めこそは死体をなぎ払おうとするがそれよりもティンの剣が一刀両断するのが圧倒的に早く、死体に気を取られた隙に更に死体が出来上がると言う負のスパイラルが誕生している。
ついにはとうとう死体と区別がつかなくなったのか味方同士の同士内まで発生する勢いだ。
「とりあえず、この籠城でいいのかな?」
「一先ずは。これでこの狭い通路に陣取れるけど、これで済めばいいなぁ」
「と、言うと?」
「宇宙怪獣とかだっけ? それがどう言う奴なのかよく分かんないし」
ティンはそこで一度切ると中に浮かぶモニタへ目を向けて。
「そっちはどうなの?」
『取りあえず急遽月の研究所へ強制捜査を決定し、今向かっている。でもそっちまで援軍が来るのに時間がかかっているよ。後、宇宙怪獣の種類については現在資料を集めている』
水野は眼鏡のブリッジを押し上げながら苦い顔で返した。その様子を見たティンは思わず。
「まさか、資料が無い?」
『ああ。何せどう言うプロジェクトになるのか詳しい事が決定する前に政府が圧力をかけて取り潰したんだ。その際に資料も押収した筈なのにその資料自体が無いと来ている……多分、直前で主任辺りが資料をくすねたか或いはそもそも存在しなかったか』
「何と言うか……杜撰ですね、水野博士」
通路に無理やり身体を埋め込んできた怪獣の眉間に槍を突き刺したフロースは振り返りながらつぶやく。
「水野博士? フロース、知っているの?」
「え? 騎士警察の水野裕一博士でしょ? 確か、弱冠10歳で博士号を取った天才って聞いてるけど」
「はい、魔導師の間でも有名な研究者です。まさか、こんな所でお目にかかれるとは思ってもいませんでした」
フロースの言葉にユリィが付け加えた。水野は照れくさそうに。
『別にそんなの、大昔の話だし……今となってはその天才少年も40超えた愛する妻と成人した娘を持つただのおっさんだよ』
「妻と、娘……成人」
その言葉に、何処か引っ掛るとユリィは呟きフロースは刺殺した怪獣の死体を蹴り飛ばして次の獲物を待ち構える。
「それにしても、数が多い! 栓をしたから余計に数が密集して数が多く見えてくるよ」
「フロース、新種は来てる?」
「まだ分からない。兎にも角にも数が多くて処理がし切れ……」
そこでフロースは青い表情に変わり構えを解いて端の方へと走り込む。ティンはその動きを見て。
「やっとお出ましか!」
「皆伏せて!」
フロースが地面に滑り込むと同時に走る閃光、弾ける死体、そして消し飛ぶ仲間の怪獣達。彼女達の目論見通り、一方的な虐殺籠城に終止符を打つ為に現れたのは。
「光線を撃ってきたのは……あいつか!」
「ひ、一つの化け物……き、気持ち悪いです!」
一つ目の怪物達である。フロースは立ち上がるとMシールドを装備して、ティンは即座に攻撃に移る。まず剣の届く範囲に移動し、目が光ると同時に真っ二つに斬り裂いて今度は一つ目の死体を量産していく。
そしてティンを囮にする形でフロースが突風と共に接近してティンに気をつけながら槍で薙ぎ払い突き刺し、狭い通路で壁を引っ掻きながらフロースは槍を手繰る。
「あたしは気にしないで!」
「で、でも!」
「大丈夫……大分慣れた!」
ティンは戸惑うフロースに返して、槍の中を潜り抜けて銀の騎士剣から何時もの剣に変えて次々と怪物達を真っ二つに斬り裂いていく。ティンとしても、瑞穂と戦う時と比べれば何倍も戦いやすかった。と言うより瑞穂は周囲の味方を微塵も気にせずに範囲攻撃を繰り出す為、それらに比べればフロースの気遣いながら繰り出す槍の乱舞は逆に安心する。
(うんうん、パーティってこういうのだよなぁ)
心内で感心しながらとにかく前へ前へと突き進み、一行はまず植物園の前に戻っていた。ティンは無言のまま先行して入ると鉤爪怪獣以外におかしな点が無い事を視認して即座に退室、すぐにユリィ達と合流し。
「流石に奥の方から怪物だらけでどうしようもない」
「何処から出ているのでしょうか?」
「行った道を戻ろう。来た時と違って明かりがついてるから何か違うものが見えるかも」
今度はフロースが一番前となり、一行はさらに奥へと進んでいく。一つ目や鉤爪も当然のようにうじゃうじゃ現れるが、狭い通路に密集しても同士内が起こるのみで、何よりフロースが一撃目の攻撃を誘ってその隙をティンが叩いて行く戦法があまりにも綺麗に決まる為何か罠があるのではと思うくらいだ。
そして三人とモニタは怪獣達に遭遇しなくなったころ、最初に来た部屋へと戻り、そこから更に来た道とは違う方にも道が、と言うよりドアがある事を確認する。しかし、どうやら電源が通っていないのか近付いてもドアが開かず。
「どうする?」
「これだけ開かないのも何だか不自然だし……これは罠だね」
『一先ず、君達がやって来た状況を知りたい。最初に来たって言う部屋に行って見てくれないか?』
「分かりました」
「じゃあ私が先行するよ。ティンさん、フォローをお願い」
フロースの提案にティンは無言で頷き、フロース盾を構えながらドアを開けていく。中は無人で何もなく、あるのは最初に彼女達がポイントアウトした場所と。
「が、瓦礫?」
「あたし達が来たとこって、瓦礫の真横じゃんか」
天井を超えるほどに、壁になるくらい高く積もった瓦礫の山だった。
「もしかして、此処に転移装置の出口があったの?」
「ティンさんの魔法があまりにも明る過ぎて分かりませんでしたが……瓦礫だったんですね、これ」
「あんた一言多い」
ティンは不機嫌そうに呟き、何も無い事を確認するともう一度外へと出て今度は動かないドアの前に立ち。
「近くにスイッチがある……これで開くのかな?」
「気をつけて。あたしもすぐ動けるようにしておくけど、どんな化け物が出て来る事やら」
「で、出来ればあまりグロテスクで無いものが」
ユリィの呟きに応じるようにフロースは盾を構えながらスイッチをおした。音がしてシャッターが開き、閉じていたドアが徐々に上がっていく。そしてその先にあったのは。
「……死体、か?」
人の骨みたいな形をした、白い何かだった。それが辺り一面にばら撒かれていて、おまけと言わんばかりに彼方此方に冒険者用の装備の残骸らしきものが転がっていて。
「……此処にやって来た、冒険者たち?」
「全員、口封じの為に殺されたって事!?」
「酷い……銃創に身体の半分以上が噛み千切られて風化している。銃で殺して怪物達の餌に使ったんですね」
ユリィは律儀に白骨死体一つ一つを診察して涙を流す。しかしティンは不謹慎かと思いつつ風化死体がある事からある懸念を口にする。
「病気は無い、見たい?」
「はい。多分此処には本当の空気がありませんから、ただ朽ち果てただけみたいです……いえ、それは違う?」
途中でユリィは考え、更に。
「それにしては肉が無さ過ぎます。5年しか隠されていないのにこれだけの白骨死体を、それも迷い込んだ冒険家達ばかり……もう一寸調べていいですか?」
「ダメだよ、何時化け物が出て来るか分からないし」
『僕としては此処で君達の調査に一任する事でしか現場が分からないから是非とも調査してほしいんだけど。あとユリィちゃんだっけ? 君は医者かい?』
ティンは厳しい表情で否定し、周囲を警戒しているフロースもティンの言葉に同意するように頷くも水野博士が賛同する。
「あ、はい。と言っても魔法医学ですので本物の医者と言うほど医学に詳しくは」
『いや、なら死体の解剖と言うか調査をお願いしたい。こちらからでは精密な検査が出来ないんだ』
「どうしましょう?」
「5分で。それ以上はユリィを抱えてでも此処を離脱する」
「一応ドアを閉めるね」
ティンとフロースは水野博士の意見を飲み込むと素早く安全の確保の為に動き、ユリィは更に死体を調査していく。
「……やっぱり変です。肉を噛み千切った後の様に誤魔化していますが、何だか一部の骨が凄く綺麗です。まるで風化して肉が溶け落ちたと言うより、最初に肉だけを溶かしたような……いえ、待って下さい!」
『どうしたんだい?』
水野博士の問いにも答えずユリィは散らばる白骨死体を掻き集めてくまなく死体の骨を確認し。
「やっぱりだ、一部の骨がまるで外したように消えてる! これじゃ食べられたんじゃなくて、まるでそこだけ切り取ったように……何でそんな事を一々? 何で白骨死体なんて用意するの?」
『死体を用意……その意図と意味……外部に見られた時のカモフラージュ? いや何で外部に見られた時の事を待った、逆に考えよう。寧ろこの状況を見せられたものはどう思う?』
「普通であれば、恐ろしいとか、自分もこういう運命になるとか……気を取られる?」
はっとなったユリィは散らばった死体を見渡し、そして周囲を確認する。するとちょうど真横にドアがあるではないか。
「ティンさん、フロースさん、そこのドアって開きます!?」
「待って、今調べる」
フロースは盾を構えてドアに近づくも自動ドアは一切反応しない。傍にあったスイッチを押すとドアは軽い音を立てて開き、その先を見てフロースは。
「皆見て!」
「これは、階段か?」
ドアの向こうは地下へと続く階段だ。一行はもう一度後ろを振り返って白骨死体を見る。そして目の前の階段に目を向けた。階段にも明かりが点いていて待ち伏せが居ない事をきっちりと証明しているが天上が邪魔でその先にあるものが見えない。一行はすぐに階段の先へと向かわずに。
「ねえ、この先に行く?」
「どうしましょうか? どう考えても私達で対処し切れる問題じゃないような」
『僕としては此処まで協力して貰ったんだ。これ以上君達に危険な目に会ってほしくは無いが』
「それ以前だ。此処が、この廊下が安全な保証はどこ?」
最後にティンが締める。確かに此処に何もいないと言ってもこの廊下に怪獣がやって来ない保証は無いのだ。よって、何処に行っても危険なら。
「……行くしか、無いということですか」
「浅美を待って籠城も悪く無い選択だけどね。尤も、何処にいるのか分からない浅美を待って何処に籠城するんだって事になるけど」
「皆、提案があるんだけど」
そこでフロースが手を上げて。
「此処にいても仕方ない、加えてこのままじゃ普通に帰れる保証さえない」
「そ、そうでした。此処が月なら私逹、アーステラに戻る必要がありますし、現状じゃ真っ当に月から帰れません」
「そこで水野博士、宇宙船の手配とかお願い出来ますか?」
『それは当然、君達が確り協力してくれるならちゃんと月から帰還する方法も用意するつもりだ』
「だったら、この基地の調査くらい博士からの依頼として受けるのはありじゃないかなって思うんだ」
どうか、と提案したフロースは残る二人に同意を求めると。
「ありだと思う。と言うか、この状況で無償の親切とか逆に疑う」
「うん、私も賛成かな……問題はこの通路ですが」
言いつつ、ユリィは再び目の前の階段へと目を向ける。そこでフロースが先頭に出て。
「取りあえず、もう一度私が前衛を張る。二人は後について来て」
「了解」
「はい」
一行は前衛にフロース、中衛にティン、後衛にユリィを配置して先に進む。ある程度進むとまた軽い音がしてドアが閉まった。
ゆっくりと階段を下りていく、緩いが何処まで続いているのか分からない上に何処から何が飛んでくるのか分かったものじゃない為、フロースもティンも、一番後ろのユリィも油断なく下へ下へと降りていく。階段の広さ自体は結構な物だ、軽装とは言え鎧を着込んだフロース4・5人分は通れそうな広さで、確かに何か大きなものを移動させる通路なのだろう。
歩く途中で、一行は何かの部屋に辿り着く。近付いても自動では開かず、傍に認証システムを要求する装置があって、フロースは近付いて操作をしてみるも。
『登録サレテイマセン』
「どうやら指紋認証みたい。でも、警報が鳴らないね」
「もしかして、一部の人にしか入れない部屋なのでしょうか?」
などとフロースやユリィは一瞬考えるが答えが出ない以上考えても仕方ない為、此処は捨て置いて更に奥へ進む。このような部屋は途中に幾つかあり、どれも同じように指紋認証や声紋認証、更には魔力認証まであり、どれほどのこの周囲の部屋が重要な物なのかが分かるが同時に一体何があるのかと疑問が増えるのみだ。
「すみません、水野博士」
『いや、良いんだ。こちらからでは君達の事を間接的にしかバックアップ出来ないんだから。ところで君達、大和帝国から転移したって言うけどその洞窟ってどの辺りか教えて貰えるかい? ほかにその時君達以外に人がいたのかどうかも』
そこまで問いかけられてフロースとユリィはすっかり今の今まで大和帝国近辺の洞窟で依頼を受けていた仲間達の事を思い浮かべて。
「そ、そうだ雪乃さんにエミィさん!」
「い、今頃二人とも大騒ぎですよね、行き成り私達が消えたんだし」
「もしかして既に私達の事、追いかけて」
「だ、だけど、あの雪乃さんですよ? まずは調査をしてる可能性が高いと思うけど」
「あ、あり得る……あの雪乃さんなら……ってそれじゃあ拙いよ、あの人他の人と協力する能力が決定的に欠如してるんだから寧ろそこに調査隊とかきたら逆に応戦したり、逃げ回ったり変に隠蔽工作してそう」
そこまで言うとフロースとユリィは疲れ切ったようにはぁと溜息を同時に吐いた。横で聞いていたティンは締めに。
「一先ず前に行こうよ、その話は良いから」
「そ、そうですね」
「う、うーん、一先ずエミィさん、雪乃さんのコントロール頑張って!」
祈るように言うと一行は再びフロースを先頭にして歩きだす。
『一先ず、転移現場に人がいると言う事は把握した。出来るなら同じように転移装置を使ってそちらへ援軍を送ると言う事もしたいが』
「今の会話で、何か問題でも」
『そうだね、大和帝国でそう言った魔力反応が無いか検索を駆けて入るんだが……何分僕の立ち居的に国際問題に繋がりそうでね。今帝国の上層部に許可を求めている』
「……ねえ、それさ。あたしの名前を使って水都議員に話を通せない?」
ティンは試しに水野博士に提案する。この状況で思い浮かべるのは瑞穂の祖母にして水都議員の妻である愛子の事だ。彼女の即決力が、自分を通して何かの役に立つなら、と思って言ってみる。
『悪いけどそれは出来ない。僕自身、水都議員に対して強いコネがある訳じゃないし、君は今月に居るのにそれを証明する方法もない。何より、僕自身大和帝国に対して良い印象を持たれていないから交渉はかなり難航している。さっきから事情を説明して大和帝国警備隊に調査と協力を頼んでいるんだけど、向こうの反応を一言で言えば“こっちでやる”の一点張りだ。おかげで騎士警察隊の調査隊も送れないどころか、月面基地に関する資料も渡せなくて、相当困ってるよ……やれやれ、この非常時に』
「政治的問題に食い込むのか……それはまた面倒な」
水野博士の困り果てたと言う表情を見てティンは別の線を思考しつつ、周囲の警戒に集中することにした。そこでフロースは。
「ただ、大和帝国の洞窟を調べるのにそんなに時間がかかるの? お邪魔しますって言って調査したりしたらダメなんだ」
『あはは……大和帝国は昔から閉鎖的な国だし、何より大和帝国の国内に騎士警察隊が入り込むと言う構図そのものが拙いんだよ。あの国はほかの帝国と違って皇帝さまが神様的な扱いを受けているからね。だから』
「許可を取らずに神の治める聖域たる帝国への入国は天之皇帝陛下に対する侮辱であり、聖域へ土足で踏み込む者に天罰あれ……そんなとこか」
ティンは今まで集めた情報、そして愛子の言っていた『皇帝陛下への反逆行為』という言葉の意味を吟味してその正解を口にする。それを聞いた水野は驚きつつ。
『そ、その通りだ。何だ君、ティン君は最初から知ってたのかい?』
「いえ、まあ、取りあえず向こう的には神聖な帝国の大地をたかが調査で入国させる気もないし確かなデータが揃うまで、もっと言えば対等な立場での協力態勢が出来るまで弱みを見せられないって言うのが実情かな」
『た、多分、その通りだ。ティン君、君は一体何者だい? 冒険者にしては随分と政治に詳しいけど』
「冒険者なら国交に詳しくないとやっていけないから知ってるってだけ」
震えそうな声を必死に隠してティンは何時か火憐や結野が言ってたような事を口にする。そんなやり取りをしつつも先を歩く一行の前に大きな扉が立ちはだかる。此処がこの階段の終着点の様で。
「近くにスイッチがありますね……認証式だったらどうしましょう?」
「道を引き返す……はありそうでないね。一先ず行ってみるよ」
フロースが先行し、扉のスイッチを臨戦態勢のまま押すと軽い音と共に扉が開いた。その奥の部屋は真っ暗で、中には多くの置物があって。
「カプ、セル?」
「こ、これって、何でしょうか?」
「……SF映画とかで見る、生き物を入れておく標本に見えなくもない」
一行は口々に部屋の内部を見てそんな事を呟く。部屋の内部は通路とその両脇に広い部屋を埋め尽くすほどのカプセルが置かれている。置いてあるカプセルはどれもこれもが空っぽで、その上で通路とカプセル群の間には高い柵があって奥の様子まで見る事が出来ない。
そんな部屋を一行は進むとやがてまた大きな扉に辿り着く。彼女達は息を呑むと近くに扉を開ける為であると思われる端末が目に入り。
「私が開けます」
ユリィがそう言って端末を操作してドアを開ける。動かすもドアはすぐには開かず、代わりに何かの機械が動いてこっちに向かって来るような音が響き、止まると同時にドアが開いた。
ドアの中の部屋は狭い。どう見ても罠にしか見えない物の三人とモニタは互いに顔を見合わせてゆっくりと部屋に入る。するとドアが閉じて周囲の壁が動き出した。その動きを見て。
「これ、エレベータ?」
「下へ向かっていますよね? 月の真ん中でしょうか」
そしてエレベータは遂にそこに辿り着く。が、そこに四方に壁と言うか扉がある空間に下りた。やがて一つの扉が開き、その様子を見て一行は互いの顔を見合わせる。
「これって」
「多分、誘いじゃないかな」
「……行きます?」
「この扉の中が化け物の檻じゃない可能性を誰か言ってみて」
ユリィの呟きをティンの冷たい一言がばっさりと切裂き、結果的に一行は開いた扉を進むことに。進んだ通路は緩やかな坂となっているため更なる深部へと一行は進んでいくが今までの通路と違って今度は部屋が一つも見当たらず、真っ直ぐな通路となっている。
やがて行き止まりとも言うべき扉があって、フロースは扉の側にあるスイッチを押した。また軽い音と共に扉が開き、その先へと見て覗いてみるが真っ白な空間が広がっているのみだ。一行は暫く黙ってみているがやがて覚悟を決めて慎重に扉を潜っていく。
その空間、それを一言で言うなら。
「倉庫?」
「何でしょう、やけに大きいのですが」
恐らく、散々下へ下へと潜っていった結果であろう月の中心部付近に遠慮なく作られたであろう超を付けてもいいほど巨大な空間。一体何の目的で出来たのか全く不明で。
「此処は、一体」
「ほう、此処まで来たのか」
この空間にそんな声と共に白衣を着た老人が魔法陣と共に現れる。それを見て反応したのは。
『ルドレフ博士!? 何で貴方が此処に居るのですか!?』
「み、水野博士!? ど、どうしたんですか!?」
「私が此処に居る理由? 妙なことを聞くな」
突如現れた老人を、水野はルドレフ博士と呼び驚いていた。しかし老人は鼻で笑うと指を弾き、この空間半分を埋め尽くすほどの怪物達が一気に召喚された。続くように魔法陣から武装した兵士が次々に現れて。
「決まっているだろう? 私の作品を作るためだ」
「作品……上に転がっていた死体の山……そして死体の状況」
ユリィはそんな絶望的な状況に目もくれずにルドレフの言葉を噛み締めて、漸く一つの真実を確信する。
「やはりそうか、そうだったんだ……あの、死体の山!」
「ほう、気付いたのか? この私の天才的頭脳が導き出した発想に」
「何が……何が天才的発想だっ!」
この状況下、ユリィは怒りの形相で目に涙を溜めながら叫ぶ。
「あの死体、通りで骨が綺麗な訳だ……何せ機械で溶かして、化け物の材料にしたんだから!」
「人を、怪物の材料……ま、まさか、あの通路にばら撒かれていた死体全部!? まさか、此処に迷い込んだ冒険者全員!?」
「その通りだとも!」
恐るべき事実に、ユリィは憤怒の相を浮かべてフロースはあり得ない物を見る目をルドレフに向けてそして当のルドレフは誇るように胸を張り。
「取るに足りぬ、何処の馬の骨とも知らぬ輩を我が崇高なる研究の為に役立ててやったのだ! 何と光栄な事だろう、彼らの身体は、魂は、魔力は、私が作り上げた愛しきスペースキメラの糧となったのだ! 之ほどまでに誇らしい話は無かろう!?」
「ふ、ふざけるな!」
フロースではなく、ユリィは怒りを示し涙を流して何時もの丁寧な口調を投げ捨て、踏み躙られた命の思いを感じて叫ぶ。
「何が誇らしいだ、何が崇高だ! 人を、人間を使って作るものが、こんな化け物なの!? この、人でなしッ!」
「人でなし? 違うな、私は科学と魔道に全てを捧げた求道者! 迷いなく真摯に研究の道へと突き進む者なり!」
『ルドレフ博士! 待って下さい!』
モニタ越しから今まで黙っていた水野が叫ぶ。
『一体、貴方に何があったんですか!? 確かに、貴方は研究に真摯に打ち込む人だった、でもこんな道を踏み外してまで研究をする人ではなかった筈だ!』
「……誰だ、小僧。何のつもりで私を語る?」
『僕です、水野裕一です! かつて貴方によって救われ、導かれた研究者です!』
「知らん」
『博士ッ!』
水野の必死な叫びにルドレフは羽虫でも見るように切裂く。そして兵士を纏める黒服が一歩前に出て。
「そこまでだ。此処まで秘密を見られた以上、少々予定を早めるとしよう。博士、貴方の愛する作品が遂に世に出る時が来ましたよ」
「世に、出る?」
黒服の男に今まで黙していたティンが返す。すると黒服は得意げに。
「ああ、どうせ死ぬ輩だ。冥土の土産でも送ろう……そう、この怪獣達は博士の実験により宇宙でもそして惑星圏内でも生命活動可能な生物兵器!」
「つまりお前らはこの兵器を売って儲けようと考え、この廃棄予定の月面基地と研究を取り込んで5年間政府を騙し続けたのか。宇宙開発が未熟なのも手伝い、この兵器開発も捗った結果がこれか」
と、ティンは全てを知っていたとばかりに黒服の言葉を奪い取り更には。
「んで、世に出る、口封じ、ああそっか。つまりお前らの現在目的は生物兵器とか言う生易しいものじゃなくて、寧ろ世界征服か? 大気圏の出入り自由な怪物が之だけ居るのなら確かに世界征服も容易だね」
『ま、さか、お前らが、博士を!?』
「ま、待て待て! な、何故それを、い、いや! 知っていたのかそこの女剣士! ならば余計に生かして置く訳にはいかない! 貴様らには直に死んで貰おう! 何、この騎士警察隊など丁度いい、博士の」
『答えろ! 貴様ら、博士に何をした!?』
「え、ええい煩い! 知るかそんなの! この男は我らが唆さなくても初めから狂っていたわ! 何せこいつから言い出したんだからな、人間を実験に使いたいと! もう、いい、やれお前たち!」
後半やけくそ気味に黒服は兵士に、一部怪獣たちに指示を送る。そして一斉に動き出した瞬間、怪獣の数匹が頭に穴が開いて吹っ飛んだ。
「な、何!?」
「この音、銃撃!?」
直後、銃弾がティン達がやって来た通路の置くから次々に銃弾が飛び出して、怪物の頭を貫き、途中で弾道が捻じ曲がって兵士も打ち抜いていく。
「な、なんだ!?」
「じゅ、銃撃です! 誰かが、銃で精密射撃を」
報告していた兵士の顎から銃弾が脳天を貫いて倒れる。銃弾はそれこそ縦横無尽に跳ねて跳ねて跳ねて跳ね回って怪獣の肉体もあっさりと撃ち貫いていき。
「だ、誰だ! 私の愛すべきスペースキメラをこうもあっさりと!?」
「か、隔壁下ろせ! あそこから銃弾が出て来ている、あそこを封鎖しろ!」
黒服が指示を出すと、すぐさま隔壁が下ろされて銃弾も掻き消えた。更に怪獣達も向きも方向も無視した銃撃によって乱戦状態となっていて一部の怪獣が転移で消されていく。
「おのれぇぇぇ! よくも私の怪獣を!」
「くそ、未だに味方識別能力をつけていないのか!? あれほど伝えた筈だぞ博士!」
「知るか、貴様ら死の商人の思惑なぞ如何でもいい! 貴様らと共に居るのはあくまでその方が私の研究が捗るからだ!」
「どっち道、敵が減ったなら」
「今がチャンスだ!」
黒服とルドレフが睨み合いになった瞬間、ティンとフロースは同時に動き出してまだ生きている怪獣と兵士に攻撃を開始する。風を纏った槍を振り回すフロース、光のように敵を次々と切裂いて回るティン。
兵士達も直に応戦しようと銃を構えて。
「おい止めろ! 私の作品を傷つけたらどうする気だ!」
ルドレフが叫んで、怪獣たちは敵味方死体の区別もなく暴れ始めた。フロースとティンが敵を蹴散らし、ユリィはモニタと一緒に安全地帯こと二人の間へと逃げていく。そんな中、ティンはルドレフを見た。
理由は単純、奴が怪獣達の生みの親ならあれを倒せば怪獣達をどうにか出来るかもと考えたからだ。しかし、それよりももっと恐ろしい物を目にする。
そもそもの話、浅美は最初から空間転移出来たのだ。
よく考えれば、彼女はその気になれば此処が月だと気づいた時点で目の前の星に戻ることが出来た筈である。浅美の転移距離が何処まで行くのかはしらないがのんびりしていた所を見ると、もしかしたら出来るのかも知れない。
更に浅美は風の魔法がある。つまり空気に干渉して匂いと音を自由に拾える能力を持っているのだ。大気の無い月であろうと魔力で風を生み出して音を拾う事も出来るだろう。事実としてこの空間で会話が出来るのだ、この空間の一部でも空気があって声が響くと言うことだ。
ならば、浅美は声を拾える。そもそも怪獣の足音をフロースが拾えたのだ、ならば浅美が拾えない訳が無い。
ティンが見た恐ろしいもの、それは穴だ。ルドレフの背後に黒い穴が出来ていた。空間を引き裂いたような穴が生まれ、そして青い服に金髪の長い女がゆっくりと穴の中から歩いて出て来る。浅美だ、彼女はどうやってこの空間へいやなぜそこに出る事ができたのか。
(さっきの銃撃? そうかあの銃弾には風の魔力がある、つまり風を送り込んでこの空間を把握して座標を特定したのか!)
よくみれば浅美はティンと分かれた時と比べて随分と様変わりしている。右肩に出ていた神剣は左になっていて、左腕についていた腕輪は右腕になり、更に腰には二丁拳銃をしまう為のガンホルスターまである。
浅美は右手で右の銃を引き抜くとまずはマガジンを引き抜いて、銃本体を咥えて右ポケットから銃弾を取り出すとゆっくりと弾丸を一つ一つ装填していく。そして装填が終わるとマガジンを戻し銃をスライドさせる。
この動作全てに音が無い。風を制御することで音が響かないように調整されているのだ。浅美は最後に銃を構え、トリガーに指をかけて、殴りつけながら。
「いい加減にしろ、この馬鹿」
五発の銃声が響き、マッドサイエンティストの脳天を見事に撃ち抜く。その音に誰もが行動を停止して彼女を見る。そこには一体いつからいるのか、どうやって入ってきたのかさえ分からない謎の不審者が居たのだから。
んじゃまた。