地底に響く鎮魂歌
事前会話。
「ねーねー、コックピット空だよー」
「無理。体力空っぽでまだ私じゃ動けない」
「わたしはー?」
「貴方なら多分低魔力で動けるから、もうちょっとすれば多分動けると思うよ」
「じゃ、行って来る」
「てらー体中疲れ切って録に動かないと思うけど」
一方、火憐達一行はと言えば順調に食堂の全体半分ほど制圧に成功していたが。
「何だろ、火憐。一寸変」
「やっぱりか……幾らなんでも攻め易過ぎるっつか、順調すぎる」
「うん、確かにおかしい。順調なことには特に文句は無いけど……手応えが無さ過ぎる。火憐、熱サーチでの警戒お願いね」
「分かってる。お前も地面サーチを頼む」
そう言って火憐は目の前の山賊を切り捨て、周囲を確認する。すると上の方からパチパチと拍手の音が響く。火憐と結野は一歩引いて音の正体を探る。そして上を見上げ、その音の主を見つけ出す。
崖の上の抜け穴からこちらを見下ろす警察が一人。
「お見事、データによればまだ若いと言うのに中々に優れた術者のようだ」
「誰、だ。あんた」
男を見上げて、火憐はそんな事を呟いた。近くにいたザントまでも黙って男を見上げている。そして火憐は男を見て、奇妙な既視感を覚える。一体何処で見たのか、と頭を動かすものの一体何なのかと思ってしまう。
「誰、ですか。ふむ、冒険者如きに名乗る名などありません」
「だ、旦那!? 何で、あんたが、此処に居るんですか!?」
驚く火憐を置いてザントは男の出現に心底驚き、腰巾着のチンピラ連中は完全に怯えきった様子で見ている。更に穴から数人の警察が男の前に出る。そこで、火憐はやっとピースが埋まったと言う表情で、男を見る。
そう、この男は、確か。
「警視長!? 騎士警察、大隊長!?」
「おや、私をご存知でしたか。冒険家に身を落とした割りに博識でしたね」
「警視長の騎士警察大隊長って、おいこら警察の中でも相当なエリートじゃねえか!?」
メイリフまでもが火憐の言葉に反応する。しかし林檎と結野は。
「火憐、よく知ってたねそんなの」
「一応最近新聞読んでたからな、そんくらい把握してたがガチの大物じゃねえか」
「ほう、冒険家の割りに勤勉家のようだ。流石は燃焼家のご令嬢だ」
家の名を口にされた瞬間、火憐の雰囲気が一瞬にして切り替わる。そして、氷のように冷め切った言葉で。
「おい手前――その名であたしを呼ぶな」
「それに、森林家のお嬢様までご同行とは少々驚きましたよ……しかし、此処にも氷姫殿は居ないご様子」
男は周囲を見て、山賊達をゴミを見るような眼で眺めると。
「ですが、我らが貯めて置いたごみためをこの様に崩されるとは……まあ、何れ処理するべき案件でしたし、未定が決定に変わっただけ、問題は無いでしょう」
「な、何を、何を言ってるんだ、あんた!?」
「これより、この山賊団を解体しましょう」
その言葉を聞いて、何より反応するのは山賊一行だ。彼らは手の開いた者から縋る様に。
「だ、旦那!? そんな事になったら、これからどうなるんです!?」
「何、使える道具なら他に沢山あります、われわれの心配はありませんよ」
「ち、違う! 俺達は」
「ゴミの末路を、何故我々が気にかけなければならないのです? あなた方ならそう、何処へなりと消え失せてください。後日、大規模な魔術実験を行いますので丁度広い土地を必要としていたのです」
その言葉に、山賊達の表情は絶望に染まる。しかし、男はソレをみて予定通りといわんばかり。
「しかし我らは正義の警察。いかに悪と言えど命を無駄にせよとは言いません――此処でもし、あなた方の価値を存分に見せゴミではないと証明するのなら、元団長のように重宝して差し上げましょう」
「だ、旦那ぁッ!」
男の大仰な芝居の掛かった言葉に山賊達は希望を見出す。しかし彼らは気付いていない、それは結局の所今までと変わらない捨て駒の身分であることと言うことに。
「さあ戦いなさい、戦いその価値を証明するのです!」
号令に従い、山賊達は目を血走らせて武器を手に取りゴーレムの群れに突撃していく。ソレを見て火憐は。
「紅衝斬ッ!」
叫び、剣を振るって紅い剣閃を飛翔させる。炎の魔法戦技である紅衝斬を繰り出して男を攻撃するも男は僅かに振り向いて指を鳴らすのみだ。結果、火憐の一撃はまるで反射されたように跳ね返り。
「な」
「火憐!」
驚く火憐、咄嗟に防御の構えを取ると同時に結野が鋼鉄の盾を生み出しながら前に躍り出て。
「ミラーコート!」
ソレよりも先にメイリフが前に出て、術式を展開して更に紅の剣閃を山賊達の集団に送り返す。男はメイリフの繰り出した術式を見て不愉快そうに眼鏡のブリッジを押し上げ。
「気に入りませんね、その術式。何故冒険者風情が深林博士の自動魔術習得器を使った後があるのですか? それにミラーコートは」
「いや、いい。それだけで十分理解したよこのクソヤロー」
メイリフはそう言うと地面を蹴り上げて石礫を蹴り上げ、続いて重力波を放ってつべてをにっくき怨敵目掛けて打ち出すも見事に防御術式によって弾かれ、相手は興味を失ったように踵を返して来た道へと戻って行く。しかし一行はこれで終わる訳が無く。
「おいザント! 此処を任せる、大丈夫だな!?」
「あ、ああ、だが姐さん達は」
「あたしらはあのクソ野郎共を追う! 此処の連中任せるぞ!」
「了解です。あんなでも一応は俺らの昔馴染み、いっぺん渇入れてきます」
ザントは力強く返すと今まで手元で遊ばせるのみだった大斧を担ぎ、チンピラ二人を率いて最前線へと赴く。火憐は続いて結野に。
「結野、ゴーレム達の供給は!?」
「このまま置いといても平気! 魔力無しでも10時間は動く設計だから!」
「上出来! 本当、お前卒業してから有能になりすぎ! 昔はゴーレム一個作るだけでヘロヘロだった女が随分成長したなぁおい!」
「ま、あん時は所謂加減を知らなかったしね。無駄な魔力をかけ過ぎてただけだよ」
返し、結野と火憐は先頭だって追いかけ、崖については結野のゴーレムがどうにかした。
世界を飲み込んだ雪景色、蒼い月光が彩る銀世界に剣線が駆け巡る。そしてリフェノは。
「ぬぅん!」
「チィィッ!」
尽きることなくやってくる増援の対処に追われ、次々にやってくる剣士を切っては捨て切っては捨てを繰り返す。
振り下ろされた大剣を長刀で切り交わし返す刃で胴を切り裂きその勢いで身を捻って後ろにいた者を切り裂いた。リフェノは同時に周囲の状況を把握する。
ティンはミズホの援護に回り、ミズホはミズホで周囲に魔法の雨霰を繰り出している。オーロラの光線に氷剣の嵐、果てには。
「さあ月を掲げろ、そして凍てつき果てろ!」
ミズホの背後に浮かぶ術式が輝き、やがて蒼い月の光が警察一行を貫き凍てつかせ、魅惑の輝きが彼らを飲み込む。
「蒼き月の光に抱かれ、狂い沈め!」
それは狂気に満ちる蒼き月光。
「ルナティック・ブルー・ライトォッ!」
全てを凍てつかす、蒼き月の波動が敵を飲み込み打ち砕く。その隅っこ付近というべき個所でティンが戦っている。それを見てリフェノは己がなすべきは、切るべき相手を見定め。
「次ぎ、来い!」
次に次にと現れる増援を尽くをもって断ち切り裂く、これ以外に存在しないのだと言うことだ。リフェノは更に現れた騎士警察に向けて刃を振るい。
――マ、スター。
(起きたか、このバカ)
――ぶっちゃけ、まだ寒いっす。ですが、黙り続けていると、延々と無駄なことするでしょう、貴方。
(うるせぇ)
一人二人と薙ぎ払い、周囲の者たちを一掃しつつも脳内に響く声に耳を傾けるリフェノ。
――ひとまず、状況はわかりました。これ以上の増援がきちゃたるい、入り口自体を潰しましょう。
(了解、んじゃ作戦開始と行くか!)
――これそんな立派なもんでもないような。
リフェノは脳内に話しかけてくる蛇を無視して仲間二人に向けて敵を巻き込むように剣圧を飛ばすと。
「おい、お前ら! 入り口潰すぞ!」
「案は?」
ティンは最初からリフェノがそうすると知っていたと言わんばかりに避け、ミズホは軌道上から瞬時に外れていた。そして二人から文句はなく寧ろ周囲の敵をかたしてくれていいという感じだ。
「取りあえず、ここ壊せば」
「だから、誰やるの? ミズホ?」
「ここ崩すの? んじゃ隕石みたいな氷の塊落とす? 魔力足りないから一時間待つ必要あるけど」
と言う一行の返しにリフェノは眉をしかめて。
「魔法は無理か。ティンはできる?」
「無理。と言うか剣士にできないから、それ」
ティンは溜息交じりに返すとリフェノは諦めたように脱力し。
「だ、よなぁ……しょうがない、あたしがやる」
「どうやって?」
「この正宗って刀は、あたしの手に最高に馴染む刀だ。こいつを使ってる時は馴染み過ぎて空間を断ち切れるくらいにあたしの剣技がさえる。それに魔法を組み合わせればここをぶっ壊すくらい訳はない……が、多分厳しいな。うまくやれりゃいけんだけど」
ぽりぽりと頭をかくリフェノ。同時に長刀を振り回して繰り出された攻撃を振り払い同時に返す。
「上手くやれなかったら?」
「この辺真っ二つになる、だけ?」
「ああ、もしかしてこの間試合ったときに繰り出した、あの、神風とか言うやつ?」
「そう。それ、最終奥義“神風閃”ならたぶん行ける、けどきっついな。そんな大規模攻撃したことはない……ま、やるしかないか」
リフェノは溜息を吐き、長刀こと正宗を鞘に納め直す。
「あたしらは!?」
「逃げてろ、他にかまけてる余裕はない」
その状態でリフェノは周囲の警察を払い、否。風を掴み刀に纏わせる。数多の風を束ねて一つとし、それを握り締めて今彼女は右足から出した一歩を踏みしめて前へ行く。風を突き抜けて、この暴風を、音速の壁さえ超えて、それでも前へ。迷いは無い、恐怖も投げ捨てる、疑念など端から無い、だから前へ、何よりも前へ、刹那をも越えてそれでも前へ。それは正しく神の風。それを握った刀に詰めこんで今。
「いっくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」
一陣の風となり、ただ前へと突き進んでいく。数人の騎士警察へと自分の体を矢のように走らせ、リフェノは刹那の中で右足を踏み込み刀を引き抜く。神威の風と同時に繰り出す居合抜きは正に神の一閃、疾風の斬撃。
「お、お、お、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
今、彼女は風と一つになり究極の疾風を解き放つ。その名こそ――
「神・風・閃ッッ!」
引き抜いた一閃は大気を揺るがす嵐となり空間を揺るがし、世界ごとこの洞窟を一刀両断する。しかしそれだけこの洞窟は崩壊などしない事はリフェノも承知、ゆえにリフェノは有り余る風を一つに纏め上げて己が切り飛ばした警察へと再び肉薄し、風とともに舞い上がる。
「止めのォーーッ!」
天に至ったリフェノの下に風が集中する。洞窟の中などではない、先ほどミズホがぶち開けた穴から飛び出した彼女は更なる暴風となり、真下へと急降下する。一度振りぬいた刃を竜巻という名の鞘に閉じ込め、刹那の間に再び放たれる居合抜き。
これこそ、最終秘奥義“神風閃”の奥の手。言うなれば裏秘奥義。
「旋風、返しぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!」
最初の一刀、それに切り裂かれた個所が暴風にまかれて粉みじんとなり天へと舞い上がる。
いや、それだけじゃない。この刹那にリフェノは空間を二度も断ち切った、それによって起こるのは空間の十字断ち。それによって空間は世界はより強く引き裂かれそれに伴い空間崩壊と同時に収束かつ修復が行われる。それによって起こるは正に風の大爆発、多くの人間が木々が岩石が生み出された暴風によって皆天へと吸い込まれていく。
その衝撃で洞窟全体に崩壊が迸る、脆くなっていた岩盤が度重なる世界全体に叩き込まれる衝撃に耐えきれずに崩れていった。結果として周囲一帯が地盤沈下を起こし騎士警察一同はその多くが地中に埋もれることとなり――。
「こんなとこか」
そんな大破壊を引き起こした張本人は、汗を拭って一息ついてた。長刀を地に突き立て、天を仰ぐように寝転んだ。しかし、ティンは思いっきり突っ込む。
「いや、こんなとこってお前見ろこの荒野」
「ホント、地盤沈下とか始めてみたよ」
ミズホは呟き、周囲を見渡す。洞窟の中だった場所は完全に崩れ落ちて瓦礫と木々に埋もれた荒野が広がり、少し遠くに砦と言うか古びた城砦と山々が見えているレベルだった。と言うより、周囲、彼方此方に人間が瓦礫に埋もれて呻き声が漏れている。
真の地獄は此処にある、そんな世界が広がっている。
「と言うか、何処にこんな魔力があった。お前ってそんなに魔力持ってたのか?」
「草薙の貯蔵だよ。お前とかから貰ったつーか食った貯蔵魔力を使ったんだ。流石に、疲れたなぁ……それに加えて、正宗だから出来た芸当だよ」
「まさむね? その、刀のこと?」
ティンはリフェノが突き立てた長刀を見る。ティンが視認し続けた分を混ぜても、あれだけ手荒に扱っているにも拘らずまるで磨き上げられ、たった今出来たばかりみたいな美しさと鋭さを保っている。
まるで、この刀だけが異次元にあるかのような錯覚を受ける。
「何だか、凄そうな刀だね」
「あー知ってるー。確か、昔の大和帝国にいたって言うぶしょーってやつでー刀鍛治でしょ?」
「そうなの?」
「らしい。聞いた話だと正宗ってのは技術を受け継いだ一族で、こいつはそいつらが作った作品だと。刀身自体に時間ちょーえつとか少しかけてあるようで、一寸やそっとじゃ劣化しないようになってるから上手いやつが使えば空間に干渉して断ち切ることも出来るんだ」
リフェノはもう一度一息入れ直して刀を杖に立ち上がると。
「で、他の連中の守備はどうなってる?」
「さあ」
火憐達は薄暗い洞窟の中を追いかけていくと古びた扉にぶつかり、ソレを蹴破る勢いであけると同時に凄まじい地震が一行を襲う。
しかしメイリフが待っていたと言わんばかりに地属性による建物補強術式を使用して建物の崩壊を防いで地震が終わってもいないのに廊下を突き進んでいく。その先には巨大な工場に出くわし。
「此処まで追ってくるとは」
何かを建造していたであろう工場の址。そこに例の騎士警察大隊長が待ち構えていて。
「本当におろかですね」
指を鳴らし、工場の彼方此方から待ち構えていた警察達が一気にその姿を見せる。多くが魔導師と狙撃兵、完全な遠距離武装の待ち伏せだ。
「飛んで火にくる虫とは正にこのことですねぇ。無策に追って来るとは、それとも何かあるのですか?」
「言う奴が居るとか思ってんのかお前」
「そうですか。構え」
大隊長が腕を上げると術の詠唱と銃を構える音が響く。それに対応する返答は唯一つ、結野の指を弾く音のみだ。一体、彼女が何をしたのかと誰もが思った瞬間に結野を中心に巨大な魔法陣が展開される。
「工房術式展開。魔力を活動させ、モノを形成し、中身を創造させ、流出させる」
即座に引かれる引き金、弾ける銃声、一気に打ち込まれる銃弾の嵐。しかしソレと同時に頭上から大爆発が舞い降りる。
「戯曲、鎮魂歌――Diesiraeッ!」
結野の宣言と同時に彼女の手にタクトとも思わしき細い棒が生み出される。飛び交う銃弾は爆風に巻き込まれて薙ぎ払われ、さらに結野は歌を歌う。
「怒りの日、それは終焉の日。かの詩人と巫女の予言が如くこの世全てが灰燼と帰す。その時審判者が降臨し、万象慈悲無く裁かれ未知の戦慄が汝らを呑み込む」
歌いしは終末思想。この世の終わりを歌う鎮魂歌。そして歌に答える者の声が響き渡る。
「全世界に響き渡れ、奇しきラッパの音色。墓所より這い出て、皆を統べし者の下へと集え――!」
そこで結野の歌は終わりを迎えると同時に各所からぼご、と何かが這い出る音が響く。其の音に引かれ、火憐が、林檎が、メイリフも、警察達までも振り向く。薄暗い工場の中、彼方此方の地面から這い出る者。それは。
「が、骸、骨?」
口にして、骸骨達は一斉に警察達を攻撃し始めた。一人頭大体3・4体の骸骨軍団が襲い掛かり、魔法による反撃も意に介せず寧ろ倒されようとも直に増援が工場の各所より現れていく。
「ほう、これはこれは……工房術式。自らを中心としたゴーレム生成工場と化し、周囲の金属を変化させ、最も低コストで作成可能な骸骨人形を作ったと……ああ、それで怒りの日ですか? あの歌は世界中の人々が死に絶え墓から蘇ると言う内容とかけたのですね」
「いや、溢れる中二病を元にしたのを淡々と解説されるとはずい」
「言いながら遠慮なく虐殺を繰り返してるのは誰だよ」
術式の内容をあっさりと暴かれた結野は身悶えるが、骸骨達が次々に警察達を吊し上げて行く様を見て火憐は淡々と突っ込みを入れた。
ついでにリフェノの草薙装備時の超必一覧は以下の通り。
LV1・抜刀烈風
LV2・刹閃斬
LV3・具現・八首食イ殺シ
LV4・神風閃
の以上となっています。殆ど居あい抜きと言うか抜刀術と言う素晴らしい勢い、しかし草薙って設定上20k以上あると言う当人も愚痴るほどにクソ重い太刀ですのでそれはそれで扱い難い武器だったり。
それではまた。