初めての護衛任務
ティンとラルシアが出て来た場所は暗い洞窟の中だった。ラルシアは何処からかランタンを取り出し、明かりを付けて歩き始め、ティンもその後について行く。
どこかの洞窟なのか分からないが相当深いところの様だ。明かりも点いて無い様で真っ暗だ。
(ろくに整備もされてないのかな……)
「此処はまだ未開発の場所。明かりなどあるわけないでしょう」
と疑問を持って周囲を見渡すティンに答えを教える様にラルシアは言った。思わずティンは何故思ってる事がと言いかけたところで。
「後、きょろきょろするのは止めなさい。みっともない」
(ああ、なるほど)
ティンは心の中で納得する。どうやら黙って疑問を消化し切れずに挙動不審になっていたようだ。ということで一先ずラルシアの頭を見つめ続ける。ゴミ一つない纏まった綺麗な金髪だ。ティンも長い金髪ではあるがラルシアの様に整ってもいないし、ラルシアのその長い金髪は磨かれた芸術品とも言える。
「人の頭がそんなに面白い?」
ラルシアは背後のティンを睨むとそんな事を言った。どうやら頭部をじーっと見つめてたのが気に障った様だ。
ではどうしようかとティンは足元を見て悩む。
「……ちゃんと前を見て歩きなさい」
(んーつまんないけどいっかー)
「チッ……」
心で呟きながらティンは渋々前を見る。そのおかげか舌を打つラルシアに気付かなかった。
目線の先は非常に暗い。ラルシアがランタンで先を灯しているが、近くしか黙認出来ず、前がよく見えないのは変わらない。
いつになったら目的の場所に到達できるのか、とティンは口元に来る欠伸の誘惑を無理矢理閉じ込めて歩き続ける。すると奥に光が見える。暫く暗い所を歩き続けたからか、もう懐かしいとさえ思える光だ。実際にそこまで歩いていないわけだが。
明かりの下へと出てみるとそこには数人の男達が待ち構えていた。
(瑞穂がいたらどうなっているんだろうか)
泣いて逃げる、しかも男達をぶちのめして壁を壊しつくしてでも逃げる。と、此処まで一話から全話欠かさず読み切った読者諸君ならこれに近い結果は軽く予想出来るであろうと思う。作者はそれが出来るほど、瑞穂が重度の男性恐怖症である事を書いて来た筈だ。筈である。ねえ、そうだよね? 何処に向かって聞いているのだろう、私は。
「申し訳ございません、遅くなりました」
と、作者も主役であるティンを放置してラルシア様はとっとと話を進めます。こちらの事など気にもしません。
と、小太りで背の低いスーツを着た男が一歩歩み出てラルシアに軽く頭を下げ、ラルシアも挨拶をする様に頭を下げる。
「いえいえ、こちらも来たばかりです。おや、そちらの方は?」
「こちらはただの護衛です。空気な物と思って頂いて結構ですわ」
(好き勝手言ってくるなあ、こいつ)
ティンは心の中で悪態づいた。声には出さない。出せばラルシアの爆発したかと思う様な怒鳴り声が耳に響くと思といろいろ億劫なのだ。
と、思って辺りを見渡すと。
「ッッ!?」
瞬間、ティンは思わず柄を握り締めた。理由は危険を、察知したからである。
思わず。そう妙な空気に思わず剣を構えてしまった。だが、抜いてはいない。柄を握っただけだ。
(何だ、今のは……?)
「おや、どうかしました?」
「ああ、こいつはちょっと神経質なのです。お気になさらず。恐らく、虫の音でも拾ったのでしょう」
とラルシアは人当たりの良さそうな笑顔で失礼な台詞を吐いた。この女の身代わりは凄い。
ティンは言われたとおりの事をしているのに、馬鹿にされてる様な感じがして酷く嫌だが渋々と柄を手放す。
「ではこちらでございます」
「はい」
とラルシアが奥に進むのでティンは静かにその後ろについて歩いていった。
黙って彼女の後ろを歩いているとまた別の広いところに出た。
どうやら鉱山の中らしく、壁には点々と光る処が見え、厳つい男達がつるはしを手に発掘作業を行っている。
そして、端に置いてあるトロッコに小太りの男とラルシアが歩み寄った。
「こちらが頼んでいた品物でございます」
「ありがとうございます。拝見させて頂いても宜しくて?」
「勿論でございます。どうぞどうぞ」
ラルシアはそう言って洞窟の広場に置かれた箱の中を拝見し始める。
その時だ。
「ぅッ!」
思わずティンは再び妙な気配を感じたのか、一気に少し刀身を覗かせる勢いで剣を構える。
と、周囲で働く男達が一斉にティンを見つめる。
「おや、護衛の方。何かありまして」
「……ふむ」
ティンは一考して剣を改めて鞘に仕舞い込むとラルシアの方をちらりと見た。
言葉を口にしたのでラルシアに怒られるのかと思ったが、向こうは呆れた様子で。
「全く、早とちりは困りますわねえ」
「いえいえ、危機感の強い護衛と言うのはいざって時に使えるもんですぜ」
「全く、手が早いのも考え物ですわ」
と言ってラルシアと小太りの男は奥に進んでいく。ティンも後ろに追従して行く。
ティンは、段々とラルシアが自分を連れて来た理由が分って来た。確かに、これはちょっと護衛が必要かもしれない……が、ティンは何故かは気付かなかった。ラルシアを狙ってるのは大体分ったが、その理由が正確に把握出来ない。
(分らん……でもこれが仕事って奴なんだよな……しんどー)
等と思いながら、ちょっと表情に表していると。
「何か言いたげですわねぇ」
とラルシアがティンに耳に囁く様に行ってきた。不満を顔に出していた事がばれてしまったようだ。
見ると、ラルシアは少し含みのある笑みを覗かせている。微妙に怖い。
ティンは首を振って否定の意を示して後ろに下がった。
(私語禁止か……面倒だなあ、もう)
思いながらティンは二人の後をとことこ歩く。二人は何やら世間話をしているが、ティンにはちんぷんかんぷんだ。話の内容的には、お金持ちの道楽と言うのは分る。だが、それだけだ。ティンからすれば全く面白くも無いし、興味も無い。
と言う感じに歩いていくと別の働き場に出くわす。
「こちらにどうぞ。中々に良質な銀鉱石があります」
「まあ、是非見せてくださいます?」
と言ってラルシアは一見無邪気な少女の様に石が詰まれた箱に歩み寄って中を覗いて物色している。
ティンは思った。
(同い年に見えるけど、ラルシアって年幾つなんだ……?)
ティンはそーっとラルシアに近付く。と、その時。
「ぅッ!?」
まただ。また妙な気配を感じる。何だろう、こう……何かに狙いを付けられたと言うべきか。
訳が分らない。何かがおかしい。ティンは柄を握り締め、ぎらつく剣の銀光を見せびらかす様にティンは臨戦態勢をとる。
(何だ、この鋭い感じは。何だろう、あたしも狙ってる? いや違う、あたしを通してラルシアを狙ってる?)
「あの、如何なさいましたか?」
「相当に神経質のようですわね。全く剣なんて見せ付けて」
ラルシアの言葉を受けてティンは渋々と剣を仕舞い込む。だが、左手は見せ付ける様に剣の鞘を握り締める。
そしてとうのご主人様は何やら用紙に書き込んでいると書き終わったそれを男に渡す。
「では、この様にお願いしますわ」
「へい、かしこまりました……ところでお嬢様。もう一つだけ頼みがあるんですが」
ラルシアは優雅な足運びで踵を返すと余裕を見せ付ける様に笑うと華麗に返した。
「あら、何か? 言って下さい」
「欲しいものがあるんですが、宜しいでしょうか」
ラルシアは優雅な仕草で髪をかき上げると嗜虐的な笑みを浮かべる――それは正しく、ティンの脳裏に刻み込まれた彼女の本性である。
「どうぞ」
「そいつはですねえ」
と言って、ティンはふっと昔に見たアニメを思い出す――それは、ごく普通のヒーローもののアニメで、小さな女の子を騙して誘拐しようしてる所でヒーローが颯爽と現れるシーンだ。
ティンの目の前に小太りの男は、そんな昔を思い出させるような、黒い笑みを浮かべている。
(思えばベタだ。ベタベタだ。よくあるパターンだ、方程式だ、王道だ。何と言うか、もう、ちょっと考えれば直ぐに分ることだ。どういうことかって、つまりこいつはだ)
「――あんたの身柄さ!」
本性を表すように手を上げ、武装した男達がざざっと音を立てて現れる。
「べったべたな、悪役かよ……!」
「ええ、べったべたな展開。もうちょっと捻って欲しいくらいだわ」
ティンの呟きにラルシアが小言で返す。どうやら彼女は行く前から全てを把握していたようだ。
そしてラルシアは心底楽しそうに親指と中指をあわせ、打ち合わせどおりに弾く。
「ティン」
「Yes、Mylord」
ティンはマントに身を包み、剣の柄を握り締めて男達の群れに突撃をかける。
マントがバサバサと、風に煽られるように男達の前で静止運動をかけるように踏み込み、剣を抜き放つッ!
走る剣閃、乱れ舞う斬線、舞い踊るかのようにティンは動き、剣を振るうッ!
声も無く倒れる男達。まるでこれは木偶の棒かベニヤ板である。
(な、何て鋭い剣だ……今まで使ってたどの剣より、使い難いって言うか自分も切りそうで、怖い……!)
「くっ、来い!」
男の合図に応じて更に登場する雑魚キャラ達。それはあっさりとティンを取り囲み。
「やっちまえ!」
と一斉に襲って来る。対してティンは足で地を鳴らし。
「Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ……Get、ready、Go!」
クルリと身を回してふっとその身体が消え、舞い踊る斬線の嵐ッ! 縦横無尽に駆け巡る斬撃の軌跡。それはまさしく斬撃ドーム。嵐が過ぎれば、男達はあっさりと円を描いて倒れていく。
ラルシアは無表情に髪をかきあげながら。
「……で。次はどんなサプライズがあるのかしら?」
「ぐ、ぬぬぬ……先生! 出番ですッ!」
男が声を上げると同時。ティンはスケートでもしてる様な足運びで下がるとティンが立って居た場所に無数の斬撃が舞い、地面が切り刻まれる。
「――外したか」
と奥から和服を羽織、髪を結い上げた黒い髪に無精髭の男が現れる。腰に差した鞘を握り締め、手にしていた刀を納刀する。
「先生、やっちゃってくださいッ!」
「報酬の分はやろう」
男の前に立ちはだかり、腰の刀を握り締める。
(今の……居合い切りか! 皐もやってたっけ。すっごい、遠くの物を切っちゃうなんて。)
「でもベッタベタだなあ」
「そうね。茶番ならとっとと片付けましょう」
ラルシアはため息混じりに呟く。本当に退屈な様だ。
ティンは剣を握り直すと向こうも腰の刀を握り締める。二人の間に緊張が走る。ティンはよく知っているのだ、居合い抜きを。抜刀術を。その恐ろしさは皐と言う少女が散々教えてくれた。
ただ単に鞘から抜き放っただけの剣が恐ろしいなど、ティンは微塵も思って無かったが皐との模擬戦でその印象を塗り替えた。居合い抜きは非常に恐ろしい。何が恐ろしいかと言うと、カウンターだ。相手の攻撃に対応して抜き放たれる、特に座っているならもっと恐ろしい。ティンも、一度やられた。皐に「本当の居合いを見せる」と言われて繰り出されたアレは一瞬で意識が刈り取られたことがある。
だから、相手を舐めるなんて事はしない。ティンは集中して相手を睨み。
(勝負は一瞬。一撃で)
「いざ……勝負ッ!」
男は柄を握り、駆け出す。ティンも同時に駆け出す。あの時もこうであった、とティンの脳裏に刻まれた苦い記憶を思いだす。何故なら、一緒だからだ。あの時も……皐は駆け出した。そして剣が交える直前、皐が一瞬にして座り込んで――不意打ち気味に一撃必殺のカウンターを叩き込まれた。気付いたら皐の膝枕で「私の勝ちですね」と言われた時は何が起きたのか分らなかったが、一撃でやられたと言うのは嫌でも分る。
交戦まで数m。ティンは、全神経を相手の動きに総動員させる。眼光を鋭く、一点のみに集中する。油断は敗北、これは命をかけたやり取りだ。魔力は無いものと考え、この剣は凶器と捉え、敗者には死を、勝者に生を。
そして、二人の剣士が交差する。時間が止まったようで、静かだ。
直後。
「見事……」
刀は見事に両断され、音を立て、砂煙を立て、侍風の傭兵は倒れた。
「勝った……ッ!」
「ひ、ひぃぃっ!」
小太りの男は尻餅をついて恐れ戦く。対してラルシアはため息混じりに、そして嗜虐的な笑みを浮かべて。
「で? お次はどうするのかしら? まさかこれで終りだ、などと言う冴えない結末ではありませんわよねえ?」
「へ、へえ、何のことでしょうか?」
男はゴマをする様に手を揉むと人あたりの良さそうな笑顔でそう言い放つ。
(こいつ、何をいけしゃあしゃあと)
ティンは思わず剣を納めて思いながらそいつを睨む。が、ラルシアは静かにボイスレコーダーを懐から取り出しスイッチを押すと、さっきのやり取りが思いっきり流れる。
「さて……これでも言い逃れしますか?」
「ぐ、ぐぐぐ……」
「さて、此処で話があるのですが」
「な、何でしょうか?」
小太りの男は苦い笑顔でラルシアの言葉に返す。対するラルシアは契約書みたいな用紙を取り出す。
「私、あまり事を荒立てる気はさらさら無いの。ですので、この辺り手を打ってくれません事? 嫌ならこれを騎士警察に渡してしかるべき処置を行うしか……ないですわよねぇ?」
「了承いたしました。ラルシア様のしたい様に」
ラルシアは用紙を抜き取ると楽しそうに男の顔に叩きつけると踵を返す。
「行きますわよ、ティン」
とラルシアに続いてティンが静かに続き、魔法陣の中に消えていった。
ラルシア達が出て来たのは人が賑わう街中だ。
「さて、仕事は終了。これ報酬」
と、ティンにビッと茶色い封筒を突き付けられる。一体何処に持っていたのやら。
「私は何時何時でも給料袋の予備は持っていますから、不思議そうな顔なんてしてないでとっとと受け取りなさいな、どんくさい」
「あ、うん」
ティンはゆっくりと受け取り、封筒の中身を確認する。一万en札が十枚出てくる。
「さっさと仕舞いなさい。自分のお金を見せびらかす物ではないですわ。まあ、そんなはした金ではありますが、そんなお金でも奪い取ろうとする卑しい輩が何処に居るとも限りませんわ」
「……そのマシンガンの様に飛び出る罵倒は何処から出てくるんだ?」
「私に掛かればこの程度、造作も無くってよ? この程度で一々感激しないで下さいます? 全く貴方の程度と言うものが知れますわね。本当に駄目な方ですわねぇおーっほっほっほ!」
「うん、人の話し聞いてないし、と言うか今時おーっほっほっほって笑う人生まれて始めてみたー」
ティンは如何でも良さげに言い放った。と言うかいい加減面倒臭くなって来た頃合である。
「……って、十万もくれるの!? 二週間のバイト代よりも高い……」
「はあ? それでも相当削っているのですけど? 礼儀作法から仕込む必要あり、口ごたえもする、素行は悪い、挙動不審、反抗的、そこらの傭兵だってもっと素直に働きますわ?」
「……え、じゃあもっと多いの?」
「当然でしょう……今度護衛の相場を見て来なさい」
ティンは取りあえず貰った給料袋をポケットに押し込もうと。
「待ちなさい。貴方、財布は?」
「え、財布?」
「持ってないとか言い出したりしませんわよね?」
「……言い出したら?」
ラルシアは呆れ顔でため息つくと懐から財布を取り出す。見るからに何処かのブランド品みたいな、そんな雰囲気がある立派な財布だ。
「私のお古ですわ。どうせ使う予定は無いのだから、貴方が使いなさい」
「え、良いの?」
「ええ。プレミアとかで気紛れで買っただけの物、嵩張るだけなら貴方が使いなさい」
「ありがとう!」
ティンは財布を手に入れた! みたいなシステムメッセージが流れてきそうな雰囲気だ。ティンは嬉しそうに財布に金を入れた。
「……げ、よくよく考えればこれで削った分の殆どがちゃらに……こいつ、やるわね」
「どうかした?」
ラルシアは何でもないと言わんばかりの態度で街中を歩いていく。
やがて昼食を取る為と喫茶店に入ると店員に案内され、外のテーブルに案内された。パラソル付きテーブルだ。
「ねえねえラルシア、このお店ってお勧めは何?」
「特にありませんわ」
ラルシアはつまらなそうに返す。
「え、無いの?」
「無い。お好きにどうぞ」
「えーじゃあ何を選べば良いの?」
「ですから、好きにすれば良いじゃない」
「んーじゃあ肉!」
「ミートピザね。私は……フルーツパフェを」
二人は店員に注文し終えると、店員はお辞儀をして引っ込んだ。
暫くするとティンの注文したミートピザとラルシアの頼んだフルーツパフェが届く。ミートピザはピザ屋のピザよりは小さかったが、綺麗な円形である。早速一切れとって口に運ぶ。
「んまい! これ美味しいね!」
「当然」
「ホントに美味しい! ラルシアはこの店によく来るの?」
「ええ。この辺の店はほぼ把握していますので」
ラルシアは当たり前のようにパフェを頬張る。ティンは相も変わらずピザを美味しい美味しいと食べていく。
「本当に美味しいね、これ!」
「だから当然ですわ……」
「でも、本当に美味しいよ?」
「ああもうッ! だからッ!」
ラルシアは勢いよく椅子から立ち上がるとティンを指差し。
「この辺りの店は全て把握しているから、味も全て承諾済み! この辺りで一番近くて一番美味しい店にわざわざ貴方を連れ込んだのよ!? 美味しくない訳無いじゃない! 当たり前のことを語らないで! この店の味はラルシア・ノルメイアがこの身とこの舌と、この名で保障致しますわ! どうぞご自由に飲み食いなさいなッ!」
と、街中を歩く人々も気にせずにラルシアは言い終えると勢いよく椅子に座りなおす。
(……ふぅん。ラルシアって、意外と面白いな)
ティンは、その様子を見て感心するようにピザを食べ続ける。
今回はこの辺で。んじゃ。