草原を駆ける狼
「ほら此処だよ」
「うん。遠くに霞んで見えるデパートの、その地下とか分かるか阿呆」
「指した向きはあってるだろうが」
二人はそんなやり取りを行いながらも、二人はもっふもっふと肉まん購入してを公園で食していた。勿論ティンはリフェノの懐にチラシを差し込みつつ。
「いや、だからいらねえって」
「いや貰っとけよ減るもんじゃないし」
「いや荷物容量が減るよ」
と言う押し問答を繰り返し、互いに肉まんを食べ終えると直後に互いの剣線が交わる。
黄金と新緑の斬線が火花を交わして一度、二度、三度四度五度と腹ごなしと言わんばかりに何度も斬り交わして一度距離を取る。
「んじゃ、決着つけっか」
「ああ……そうだね」
あの日に付け損なった決着。あの戦いを懐かしい既知と僅かに微笑んだティンは、一度目を閉じて再び目を開いて相対する相手を見つめる。
「またその目……既知だかなんだかしらねえが、そんなつまんなそうな目で」
「光子加速」
口にして、そっと頭に触れて魔力を術式へと流し込み、自身の体の通常速度を基準にして自身を加速させ、リフェノへと一気に踏み込んでいく。
「二倍速」
「こっち見んじゃってうぉはええ!?」
あれこれと愚痴を口にしていると突如見せて来るティンの急加速に驚きながらも風の加護と野獣の感性でそれに喰らい付くように噛み付くように剣戟を交えていく。
「何だこいつはやい、そうか見切りの魔眼か! 確か目に見える速さを半分にして動きを倍に」
――口にしてる暇は無いようです、マスター。
持っている太刀から思念が流れた瞬間、彼女の死角から剣閃が舞い斬り捌く。が、それでもティンの剣舞は終わらず絶えず影すらなく絶影となって閃光の剣を、かの草原を駆け馳せる狼へと。
「しゃらくせえ!」
しかし野生の狼はただでは狩られぬ。
ティンの舞い振るう剣を見事に受け止め尚切り返す、そして野獣が如く嗅覚で追いすがり斬り返して更に追いかけ斬りかかる。風を纏う狼の邪魔となるものなど存在しない。空気の摩擦は消え失せて、生み出された真空すら歪んで狼に纏い道を作る。
風の魔導師、いや風の魔法が使えれば誰でも出来る芸当。風の魔法が最速たる所以、それこそがこの空間制御と操作による無限の加速だ。送り風のバックアップと向かい風の消去、それによって光に負けず劣らずの加速を得た狼は牙を剥いてかの閃光の、いや黄昏と輝く騎士に突き立てる。
よって、音速にも至るかと思える速度で剣と太刀が交差して火花散らして衝撃と風が弾け飛ぶ。しかし飛んだ風すらリフェノは掴んで自分の背を押す風として操る。暴風すらも自身の味方にしてティンと切り結ぶ姿は正しく風と駆け抜ける野獣。
しかしティンもティンで閃光と化して暴風となった狼と切り結ぶ。いい加減風と舞う剣と切り結ぶことにも慣れて来たことだったが、問題はそれでも彼女の行動を阻害し操るものを補佐する風が鬱陶しい。
いかに動き、死角を突こうともまとまりつく風がセンサーとなってティンの居所を逐一伝えてくる、更には風が引っ張って押してくれるから相手の速度に極限無しと来たものだ。触れている風がティンの呼吸を妨げるものでもなく刃を生み出すものでないのがある意味唯一の救いと言うところか。
「ああもう、風の魔法って皆こうなの?」
口にして一刀一刀が既に暴風の化身となっているその剣閃斬雨の駆け抜けて切り結ぶも全く持って突破口が見出せない。
リフェノの振るう刃は既に剛剣と呼ぶに相応しく、それでいて疾風の如き速さで乱舞するのだからたまらない。だが、舞という自分の十八番で負けるのは無論劣るのも癪に障る。
しかし、リフェノもリフェノでこの風の中を難なく舞い踊り自分に刃を突き立てる閃光の騎士を疎ましく思い始める。
「くそ、こいつさえ」
「刃が届きさえすれば」
ぶった切る自信があると、そう嘯いて互いに瞳を見い合い。
「手前ら、場所くらい選べば馬鹿野郎」
互いの刃が互いの肉体を切り裂こうとした瞬間、ティンの頭に拳がリフェノの頭に冷たい金属が叩き込まれ強引に戦いは終結する。
「――ってえええ~~~~ッ!」
「此処は年寄りや子連れにカップルが団欒する公園だ、手前ら見てえな馬鹿が斬った張ったする所じゃねえ他所へ行け」
頭を抑えて蹲る二人に踵を返し、この戦いに水を差した邪魔者を視認する。その正体は見覚えのある中年男性だ。茶色の髪をだらしなく伸ばし、サングラスをかけて片手にはビール缶。それを見たリフェノは。
「なにすんだよ叔父さん! つーかまた昼まっから酒飲んでんじゃねえよみっともない! ったく酒くせぇ」
「うるせえなぁ……俺が稼いだ金で何を何時如何飲もうが俺の勝手じゃねえか」
言って、リフェノの叔父は公園のベンチに座ってビール缶を口にする。それを見たティンは毒気を抜かれたように剣を収め、以前にも見たリフェノの叔父を見る。前に見た時と全く同じ姿でそこにいるのだ。
長く伸ばした乱雑な髪、伸ばし切った髭、適当にそろえたポロシャツにジーンズ。見事にだらしの無い、そこらに居る如何にもなおっさんがそこに座ってる。
それを見たティンはどうしようもなく、自分に直接剣を教え続けたものを思い出した。かの師範代もよく夜になると行き付けの飲み屋に行ってべろんべろんに酔っ払って帰ってくることがあった。
その時の姿は良く覚えてる。顔は真っ赤で足はふらふら、しかも近付かなくても吐くと息は酷く臭くて見ていられたものじゃない。そんなだらしの無い中年男性の姿を重ねて色々複雑な思いでリフェノに問う。
「この人、何してる人? 真昼間っからお酒なんて」
「ああ? えーっと……叔父さん、何してんだっけ」
そう言って天を仰いで頭をかく。どうやら本気で自分の叔父が日常的に何をしているのか知らないようだ。対する叔父は舌を打つと。
「傭兵だよ」
「よう、へい? ああ、じゃああたしと同業か」
ティンが納得して呟くと叔父は鼻で笑った。
「俺とおめえがおなじだぁ? はっ、剣林弾雨かつ鉄風雷火の戦場を駆けてから言いやがれ」
「何それ? って、ああそっか。あんたは確か戦争に出る傭兵だっけ。そんじゃ同業とはちょっと言えないね」
納得し、ティンは有効の印と言わんばかりにチラシを取り出した。
「……あ? んだこれ。凱旋、祭?」
「がいせんさい? なにそれ、ガイ繊細?」
「イヴァーライル王国建国記念のお祭りだって」
ティンの言葉に対して返答はない。彼を見ればチラシに目を通すような格好でチラシではなくここではないどこか彼方、記憶の中に向かっている。
「叔父さん、一体どうしたの?」
「あ、ああ……昔一度行ったからなぁ」
「……へ?」
彼が口にした言葉はティンからすれば衝撃の伴った事実だった。そんな彼女を置き去りにして彼は語り始める。
「確かありゃぁそう、任務でイヴァーライルに遠征に行った時だ。当時国を挙げたにお祭りに他国の騎士団を派遣だとか、同盟国への友好の印とかで行かされたんだっけか。そんとき新人だった俺らは本国の警護とかでよ、イヴァーライルのお祭りに参加だったがそこそこ楽しんでたな。他国遠征の上に自国のを超える規模の大きなお祭りだ、交代で見回りと名ばかりの店回りしてたなぁ……懐かしい、俺の時はちょうど運が良くてよ、凱旋パレードがやっている時に見回りだったからな。思わず見入っちまってたよ」
本気で、かつてあの日に在りし自分を懐かしむように、過ぎ去った過去を噛みしめるように語った。
しかしリフェノはリフェノで今の話を半分くらいしかわかっていないようで。
「へえそんなのあんだこれ」
「いやこんなのってお前……まあ、いいや。取り敢えず今度このお祭りやるから来てよ」
返事は僅かばかりの沈黙、そして。
「ああ、分かった。たまにゃ祭りにいくのも悪くない」
返し、受け取ったチラシを乱雑に折り畳んでポケットに突っ込む。そして此方へ目を向けると。
「んで、お前さんは何してんだ? 同業ってこたぁあんたも誰かに雇われてんのか?」
「一応イヴァーライルに雇われてるけど」
「はん、傭兵がチラシ配りたぁ世も末だ。おまえさん、若いくせにどんだけ切羽詰まってんだよ」
「切羽詰まった?」
ティンは言われた言葉の意味が理解出来ない。どういう意味かと頭を捻っていると枯葉含み笑いつつ。
「てめえで傭兵なのってやる事はそこらのバイトと一緒たぁ、お前さん傭兵なめてんのか?」
「あ、そういえばそっか。そうだよね、それ普通傭兵がやることじゃないよね、あの女王様本当傭兵をなんだと思ってるんだろ」
そう納得しつつも呆れ気味に返すティンに彼はビールを一口飲むと。
「へえ、イヴァーライルに雇われてんのかい。それでチラシ配り、と。傭兵もずいぶん安くなったなぁおい」
「つまり何が言いたいんだ、あんた」
「別に。んじゃ俺はてきとーにぶらってるからお前らはお前らで遊んでこい。ガキの仕事は遊ぶことだぞ」
言うだけ言うと一気に缶の中身を飲み干して近くのゴミ箱に投げ込んだ。
「うちら、もうそんな歳じゃないと思うけど」
「馬鹿野郎、ガキっつーのは人生的に全体的に短いけどそこそこ長いんだよ。今しかできないこととかあんだろ、楽しめるうちに楽しんどけ」
そして男は立ち上がるとノソノソと歩い去っていく。そこへリフェノが。
「んでどうする? あそぶっつーと切り結ぶくらいだけど」
「白けたしいいよ。私は宣伝して回らなきゃだし……冒サポにいくか」
「じゃあたしもいく!」
ティンは勝手に行こうとするとリフェノがひょいひょいっとついて来た。のでティンは少し鬱陶しそうな視線を送ると。
「んだよ、あたしが邪魔ってか?」
「そりゃこっちは仕事だよ。遊ぶんなら別のやつ誘って」
「いいじゃんかよーたまには一緒に依頼でも受けようよ」
言いながら歩くティンの周りをついてくる様は一言で表せば犬だ。正に飼われた犬そのもので人によっては可愛らしいと思うのであろうが、立場的に恐らく友人であるティン的には只々鬱陶しいだけで。
「あーもーわーったよー一緒に行きゃいいんだろ一緒に行きゃ」
「そう来なくっちゃ!」
きゃんきゃん、きゃんきゃんと言った感じにはしゃぐリフェノにティンは諦めて連れて行くこととした。
そんなやりとりを持ってやってきた冒険者サポートセンター。ティンはチラシを取り出して。
「どもーイヴァーライルのー」
口にして、チラシ配りを始めると何故か周囲はひょいひょいとティンのチラシを受け取り否、奪い取っていく。
妙に行儀の悪いようでしかし此方の言いたい事を把握してるといった行動にティンは少し疑問を覚えつつもいい感じにチラシが捌けていくのでまあいいかと流す。
やがて受け取るものが少なくなるのを感じると中に入ってかれこれ30分は出てこないとあの飼い犬の事を思い出し冒サポの中へと顔を出してみる。
中は色々な冒険者達が冒サポを利用しており、混んでいる様子はないが活気に溢れて入る。そんな中、リフェノは直ぐに見つかった。
様々なチラシと言うか依頼状が貼ってある掲示板の前にリフェノがいた。
「何してんの?」
「んーなんかいつもやってる依頼がないからどーすっかと思って」
「いつもやってる依頼?」
ティンは返して掲示板へと目を向ける。しかし、ティンはぶっちゃけて言うとこの冒サポの掲示板を利用したことがなく一体全体これがなんなのかすらろくに理解していない。
「……え、っと」
「今日に限って何でねえんだろ。ついてないなー」
ため息混じりに違う依頼を探すリフェノにティンはただ目の前のものが理解出来ずに混乱していた。
んじゃまた次回。