王国最強の筆頭騎士
右手をご覧下さい、何処までも続く地平線が見えます。
左手もご覧下さい、何処までも続く地平線がやはり見えるのでございます。ティンの目にはそんな勢いの何処までも続く地平線地平線、アンド地平線と言った長閑な平原の風景のみが映りこむ。
そしてそんな車の乗り心地は、至極最悪であった。
田舎の荒地を走っているせいかものっそい揺れる揺れる。がたんがたんと車体が跳び上がるのはもはや両手の指所から既に3桁に届きそうだ。シャガーからすっと差し出された酔い止めを黙って飲んで正解だと思ったのは車に乗って20分過ぎてからだ。
「ティン殿、民間療法ですが乗り物酔いには親指を噛むのが宜しいとの事ですぞ」
「ああ、そうですか」
「歓談は宜しいですが、舌を噛むので辞めた方がいいですよ」
助手席に座るメタナンからそんな声が聞こえた。彼らはぴんぴんしているようで、乗り物酔いとは無縁のようだ。
「我等は慣れているのでお気になさらず。この辺りの道が塗装されてもう早二百年になりますか」
「いや塗装しろよ……早二百年って数字がおかしい」
「この田舎王国じゃ、道路を作る事にかける資金の方が勿体ねえ扱いだしなぁ。荒地の方が守り易いって昔の兵士はよく言ったもんだ」
「いやだから、此処を通る人間のことを考えろよ……主に客人として」
「いえ、実は荒地用のタイヤがきちんとあるのですが準備出来ずに。申し訳ない」
メタナンの言葉にティンは溜息を吐き、跳び上がった車体のせいでその口は直に閉ざされ、歯を痛める。車内で痛みに震えるティンにエーヴィアは溜息混じりに。
「ティン、ギャグなら他所でやれ」
「いえ、陛下。これはギャグではないかと」
シャガーの突っ込みにティンは呻き声で返した。そしてティンは痛みを堪えながら窓の外に目を移して。
「……トマト、か」
一面に広がり続けるトマト畑を見て呟き。
「ええ、この国の名産物ですよ。この国のトマトはマックストマトと言う商品名で世界中に輸出していますからな」
「マックストマト?」
「ええ、一口食せば元気マックス、やる気マックス、生命力マックス、等々という謳い文句をつけたトマトです」
「へえ」
がたん、と大きく揺れる車の中でティンは広がる大平原と畑を見て軽く返した。
「おうともよ、この国自慢のトマトだ。他にも砂糖も有名でな、うちの国の作る飴菓子は何処でも人気さ」
「ああ、確か棒付の飴だろう? 一度舐めれば強大な魔力を放つと言うが」
「ま、そんくれえの謳い文句つけなきゃ売れねえしな」
車窓の外眺めながらデレックスはエーヴィアの言葉にそう返す。
そんなコントをしながらも車はやがてきちんと塗装された道路に乗り上げて移動する。そして地平線は消えうせてその先に海と、街が見えてくる。
「おお、王都が見えて来ましたよ」
「本当。海の近くなんだ」
「いえ、港を有していると言うだけです」
見てみれば幾つか民家や村、町も目に入ってくる。田舎の割には徐々に見えてくる町並みは列記とした都会の風景だ。
「意外と都市開発されてる……王都付近だからかな」
「ああ。基本的にこの国は港を持つこの王都を中心に都市開発が進んでいる。おかげで国境の近くは先程体験しての通りだが」
「うん、まずあそこから何とかしようよ」
「要望がありゃあなあ」
「無いのか……」
デレックス国王の言葉に、ティンは力なく呟いた。つまるところ、あの荒れ道は言い換えれば国民の総意でもあると言うのだから。
やがては車は王都入りを果たし、更に奥へと入り込んでいく。そして車はある場所に止まった。そこに止まるとメタナンは乗車していた全員に車内待機を伝えると車から降りると近くにいる者に声をかける。
そう、その場所こそ。
「ガソリンを入れてくれ。満タンまで、払いはプーデクス王国持ちで頼む」
ガソリンスタンドへと、立ち寄っていた。
「いや、ガソリンくらい最初から入れておけよ」
ティンの冷たい突込みが炸裂するも、返ってくる声は何も無い。
「さて、そんじゃ謁見を始めようぜ」
無事、かどうかは置いておくとして一行は王城入りを果たしていた。よってこれより本題に入るのだ。今から、漸くであるのだが。
デレックスは逆座に座って隣にメタナンを置いて、エーヴィアとティンとシャガーを見下ろす形で話し合いが始まる。
「さぁてさてさて、大国イヴァーライルがこんなしょぼくれた田舎に何の用だ?」
「単刀直入に言おう、其方の国と交流がしたい」
「随分率直に言うじゃねえか。しかもあんた、普通逆じゃねえか? どっちかってーとこっちが頭下げて頼み込む話だと思うが」
「何かを勘違いされているようだが、当イヴァーライルははっきり言って歴史以外の全てを消失している。そんな国を大国と呼んで貰った所で嫌味にしか聞こえん」
エーヴィアは立場的に頼み込んでいると言うのに凛とした態度で会話を行っている。果たして、彼女は何の交渉をしているのか不明なほどだ。
「嫌味ってのはあれか、歴史と民しか居ない国に向けて実績もあって国土も広い国から下から頭下げられることか? なら最っ高の嫌味だなぁおい」
「逆に言えば、それしかない。実績と言う歴史、ただ広いだけで使い道の無い大地に何の価値がある」
「蘇生が出来るんじゃ、近い道が幾らでもあるぜ? その見込みがあるから祭りをやんだろ?」
デレックスはちらりとメタナンに視線を送り、彼は懐から一枚のチラシを取り出す。それを見てティンは思わず息を呑む。その手にあったのは、ティンがばら撒き続けた凱旋祭のチラシ。
「こんなもん配って世界中に宣伝してんだ、それ相応の見込みがあるんだろ? でなきゃこんな事もしないさ」
「で、話は如何か」
「随分とド直球な上に話を急ぐじゃねえか。理由は何だよ、女の癖に話が好きじゃないなんて珍しい」
「簡単だ、遠まわしな話は苦手でな。言いたい事はとっとと言う、言葉を取り繕うのは生まれた時から不得手なのだ、許されよ」
エーヴィアの頼み込んでいる立場とは思えない堂々とした態度に見ていたティンは思わず閉口する。
「くっ――あっはっはっはっは! 面白ぇな、あんた! いいぜ、聖剣女王。こんなド田舎王国でよければ幾らでも付き合ってやるぜ! で、交流と言ったが具体的には如何するよ? 貿易か、同盟か?」
「招待だ」
「何処へ」
「そのチラシの下へ、友好の証に凱旋祭へと招待しよう」
「ほう、俺らをかい?」
デレックス国王の言葉に対し、エーヴィアはいやと切って毅然とした態度で言い切った。
「小さい事は言わん。この国の住民全員だ」
「ハッ、随分でかいこと言うじゃねえか。だがいいのかよ? 住民全員となると」
「問題ない、その辺の計算は既に完了しているしその辺りの方も大丈夫だ」
「全く恐れ入るぜ、それらを最初から織り込む済みってか? こえーな、おい。こんな田舎相手によくやるぜ」
「して、返事はよしとするはいいのだが」
そこまで口にし、エーヴィアは一度切ると。
「書面については」
「ああ、そうか、書面っつか書類か、めんどくせーな」
「陛下」
「わあってるよ、ったく」
デレックスは頭をかいて溜息をついた。しかし、そこで名案と言わんばかりに。
「お、そうだ。聖剣女王、丁度俺らは今ってかこれから同盟国同士なんだ、此処はいっちょ交流試合とかどうだい?」
「交流試合?」
「おうよ。おたくは聖剣女王と名高く単騎で一個大隊、いや総国力に匹敵すると言う。一回見てみてえな、ってよ」
「人を怪物みたいに言うのはよして貰おう……だが悪くない。で、国王同士でやりあうのか?」
「陛下、流石に不味いと思うのですが」
エーヴィアに言葉に滑り込むようにメタナンの言葉が突き刺さる。
「ま、分かってるよ。下手にんなことすりゃ戦争だ、やるにしてももっと入念な準備を整えてからだが……なんならその凱旋祭とやらでやるかい?」
「いや、ならばどうせだ此処でやってしまおう」
ティンは思わず、いやな予感を感じる。
「こちらの傭兵は中々の腕前でな、当方自慢の剣士だ」
「ほおう、そりゃいい。なら、内の筆頭騎士ことメタナンとやりあってみるか?」
「……筆頭騎士?」
聞いた言葉にティンは返すように呟き、エーヴィアは小さく。
「この国最強騎士の称号だ、全ての騎士の頂点に立つ筆頭騎士」
「あの子が……」
呟き、ティンはもう一度メタナンを見る。自分より一回り低い背を持つ騎士。確か、己の身長は8月下旬に行われた健康診断では163の筈、ならばあの男の背は157・8くらいだろうか。
「子言うな、あれで確か今年で23……私と同い年のはずだ」
「……は、はぁっ!?」
エーヴィアの小さい返しにティンは驚きの声を上げながらもう一度メタナンの姿を見る。
「何か?」
「い、いえ……23で、筆頭騎士なのですか?」
「おうともよ、今年で23。文句なしの天才剣士、我が国が誇る最強の騎士だよ」
デレックスの言葉に示されたメタナンはただ無言でたたずんでいる。
プーデクス王国闘技場、そこでティンとメタナンは互いに睨み合う。
「ではこれより、御前試合を始める! 双方前へ!」
審判の男の声に導かれ、二人は前に出る。ティンは静かに剣の柄に触れて僅かに刀身を覗かせ、メタナンは纏うマントを翻して腰に挿した剣を見せる。
「試合、開始!」
言葉に合わせ、ティンは抜剣して何時もの様に剣を上段の構えつつ一気に踏み込む。先手必勝、一撃必殺、どれ程の手だれかは知らないが、人間である以上首を切ってしまえば同じ筈。
故にティンは初速度から全開で踏み込み、最早居合い抜きの要領で剣を抜き放つと同時に切り込む。いかに距離があろうとも、そんな事も頓着せずにティンの凶刃がメタナンの首へと真っ直ぐ走り。
その刃は空を切り、ティンは目標がどうなったのかを直に探る。だがすぐさま背後より。
「甘いなっ!」
ティンは振り抜いた姿勢のまま前進して反転し、距離を詰めたメタナンと斬りかわしティンの目の前が一瞬急に暗くなるとメタナンが再び見失う。そこでティンは即座に何が起こったのかを。
「マントで、目くらまし!?」
口にして振り返る事無く背中を薙ぎ払い、刹那の間にその方向へ視線を向ける。その方向には誰も居らず、ティンは視線をめぐらせて消えたメタナンを探し、再び己の前に現れたかの騎士を眼に捉えて真っ直ぐに向う方向を変更して突進する。
そして振るわれるメタナンの剣に合わせてティンは真横に滑らせるように動き、上段から振り下ろして横に薙ぎつつ移動して切り返し突き刺し手更に踏み込んで突き抜けた直後にターンのステップで真横一閃に薙ぎ払い更に身を捻って下段から切り上げ軽い跳躍、そして大きく上段から切り落とす。
メタナンはティンの踊るように続く攻撃を次々に斬り捌いて防いでいく。
「――へえ、うちのメタナンを追い込むたぁやるなあいつ」
「ご冗談なら止して貰おう、如何見てもお互い様子見だ」
王族用の観客席から二人の王が試合を見てそう言いあった。
「様子見? メタナンが大人しめなのは確かにそうだが、あれで何処が様子見なんだよ。思いっきり攻め込んでいるじゃねえか」
「いや、逆だ……一先ず分からないから、取り合えず斬る。でなければ注意する、そう言うことだ。何を注意すればいいのか分からないならそこを探るだ」
「随分面白い剣士だな、メタナン相手に手加減かよ」
「さあ……どうだろうか」
二人は再び口を閉ざして戦場に目を落とす。
ティンは戦場を己の舞台上として踊り続け、メタナンに幾つもの刃を重ねる。剣戟は正に絵を描く筆が如く繊細に美しい残影を生み出し見るものの心を魅了し、何時しか観客の目はティンの生み出す剣閃の虜となっている。
が、しかし。
「成る程……これは手強い」
剣閃が首目掛けて飛翔し、このままいけばメタナンの首に刀身が入る。そこへ――メタナンの剣が下から振り上げられる。
刃と刃が交わり重なり滑り、そのままティンの胸へ心臓へと真っ直ぐ伸び、ティンはその剣を叩き落す。
「なっ」
「ではその剣舞に私もお供しよう――はぁっ!」
すぐさま落とされた剣を鞘の横に置いて身を屈め膝を付かん位置まで姿勢を低くし。
「胴抜き!?」
ティンは滑るように距離を取り、メタナンの胴抜きが空を切った直後。
「サイクロンブレイク!」
振り抜いた勢いに任せてメタナンは身を捻って風を纏い回転して小さな竜巻となってティンへと迫り、ギリギリで避けると同時に。
「シャトルライズ!」
「うそ!?」
ティンに肉薄し、竜巻をかわすと同時にメタナンは竜巻から空中を足場にして上昇と同時に切り上げ、ティンはそれを紙一重で避け、見上げるとメタナンはマントを翻して素早く空中で魔法陣を描き。
「風よ渦を巻け全てを包む暴威となりてその力を示せ」
素早く魔言を紡ぎ、それを起動させ。
「サイクロン!」
風がメタナンの指先に集い、爆発するように膨れ上がる。ティンの頭上から、嵐が巻き起こり、竜巻となって真下に落ちてくる。
「な、なあああああああああああ!?」
「中級上段、Bランク魔法サイクロンだと!?」
舞い降りる竜巻の暴威にティンは目を剥いて驚き、エーヴィアも目の前で起こった現象に思わず叫んでいた。
んじゃ、また次回。
え、プーデクス関連の元ネタ? 某ピンク玉シリーズですよ見ての通り。