エーヴィアと出張
「もうマリンおっそーい!」
「申し訳ありません、殿下!」
「……申し訳ありません、殿下」
ディレーヌは部屋で普通に待っていたようだった。朝食は、どうやら既に取っていたようだ。部屋には幾つもの空のコンビニ弁当が彼方此方に散漫していて、ビニール袋に入ってあり今ディレーヌはペットボトルのジュースを飲んでいる。
「……もう、ルジュったら私を空腹で殺す気!?」
「申し訳ありません!」
「……思いっきり食ってるような」
ティンはそこらに広がる空の弁当箱にスナック菓子の袋までも開けて頬張っているディレーヌを見ながらそう呟いた。それを聞いたであろうディレーヌは改めて。
「ルジュったら、私を生活習慣病で殺す気!?」
「申し訳ございません!」
「おかげで私、弟に迷惑かけちゃう」
と言いかけてペットボトルの中身が空になったのに気付くと携帯電話を取り出して。
「あ、もしもし久しぶり私だけど……え? さっきもかけた? 細かいこと気にすんじゃない、追加で注文、えーとティンちゃん何食べる? 大丈夫、カーメルイアの在庫なら世界中のコンビ身弁当が揃ってるんだから!」
「あ、じゃあ肉で」
「ビフテキ弁当一つ、シーフードピザ一つ、コークを4人分、マリンは何食べる?」
ディレーヌはマリンに問うがマリンは持ってきたサンドイッチをもそもそと食べている。
「じゃ、以上で……ほら、弟にまた迷惑かけちゃったじゃない!」
「如何見てもディレーヌさんがやったことじゃ」
ティンのコメントはあっさりと華麗にスルーされた。
「大丈夫、カーメルイアの転移術式サービスは早いから一分もしない内に来るから」
「そんなにですか」
会話の途中で部屋の中央が光り始め、その中からビニール袋が現れる。中にはホッカホカの弁当やらピザやら、その上術式で確り区分けされたペットボトルのジュースまであると言ういたせり付くせりだ。
「……すげえ」
「でしょう? カーメルイアのサービスは何時だって過剰だもの」
ティンはそんなこんなでビフテキ弁当を手にとって胡坐を組んでもぐもぐと食べ始めた。
「ティンさん、お行儀が悪いですよ」
「あ、そうだね」
と、ティンはマントを外して畳んでそばに置き。
「いえ、其方ではなく」
「椅子とテーブルなら此処に用意してありますので、どうぞお座り下さい」
ルジュは溜息混じりに中央あるテーブルの椅子を引いてティンに催促し、ティンもそう言う話かと素直に椅子に座ってビフテキ弁当をもぐもぐ――いやもっぐもっぐと一気にかき込んでいく。
「ほら、ルジュ。ティンちゃんまでこんな風に食べて、この子も病気になるじゃない」
「すいません、ティンさん」
「ふぃあ、ふぇつにひーけふぉ」
「食べながら言うなら言うのは止めましょう、ティン様」
ルジュに言われて、ティンは喋るのを止めてむんぐむんぐとビフテキ弁当を食べることにした。
「おうティン、丁度いい前金だ」
「いいえ、要りません。まず事前に説明を」
廊下を歩いていたティンは偶然にもエーヴィアとシャガーが一緒にいる場面に出くわした。エーヴィアは言いながらティンの胸元に茶色の封筒を突っ込み、ティンはそれを拒絶する。その様子を見ていたシャガーは苦笑しつつも。
「ティン殿、これより我等は少々外交に出てまいります。良ければ護衛をして頂ければと思います。お金ならば陛下が持っているものを、と思います」
「はあ、まあ……で、何処までで?」
「ああ。プーデクス・プリュンクス・プライムス王国だ」
「……え?」
ティンはエーヴィアの口にしたその国の名前を聞いて思わず素っ頓狂な声で聞き返す。それは一体何の名前かと。
「プーデクス・プリュンクス・プライム王国」
「……な、長」
「プーデクスは土地の名前、プリュンクスは初代国王ことプリュンクス・デトロイタの名、プライムスは現古語で言う所の最上と言う意味だ。合わせてプリュンクスが収める至高の王国と大地と言うことだ」
「長いんですが、プーデクス王国でいいですか?」
「基本はな。冒険かによってはPから始まる三つの単語からPPP王国とも呼んでいる」
と言ってはエーヴィアは近くの魔導師を呼び出して何かを指示する。
「じゃあ、行く前に支度があるから私は少し席を外す。まあ転移術式が出来るまでどっち道待機する必要があるからな。それと一応国王と財務官の護衛だ、ティンも確り準備しておけ」
「はい了解……まあ、武器は剣が二本あるし準備はいいかなあ?」
「手入れなどは宜しいので? 幾ら魔剣と言えど魔力の注入や刀身の手入れを怠ってはいざと言う時に厄介では?」
「ああそうか……うーん、やったこと無いなぁ」
ティンはシャガーに言われ、自分が手持ちの剣に手入れをしたことが無いことを自覚する。
「おや、剣は剣士の魂。手入れの仕方を知らぬのですか?」
「いや、知ってはいるけどやったこと無い。ちょっと、やってみるかな」
「それが宜しいかと。そこのもの、例の物を」
とシャガーの声によって近くのメイドは何処からか工具箱を取ってティンに手渡して来た。
「これは?」
「剣の手入れセットです。錆取りに研磨用の砥石、魔力注入用の機材も入っています」
ティンは適当に返事しながら工具箱の中を開けて道具を取り出し、自分の剣を抜いて手入れを始める。
「ほほう、随分と年季の入った剣だ。相当に使い込んだご様子で」
「分かるんだ?」
砥石で刀身を磨きながらティンはシャガーに返す。
「ええ。私は金を数えるのが仕事ですが、金になるものを計るのも仕事ですので使い込まれた武器くらい判別付きますよ」
「ふぅん……そうなんだ」
磨き、魔力を刀身に注ぎ込む。それだけで武器の手入れは終わる。ティンは知識にあった行動を淡々とこなし、もう一本もそうやって淡々と手入れを行っていく。それが終えた頃にはエーヴィアが戻ってくる。
その格好はいつもの鎧交じりのドレスではなく、外行きようの動き易そうなドレス……と言うよりも普通の私服に着替えてきた。
「よし、準備は終わったようだし、行くぞお前ら」
「あ、はい、分かりました……陛下、一ついいですか?」
ティンの素朴な疑問に対する答えは、転移術式の起動だ。
急に奇妙な浮遊感に包まれた、と思ったら目の前が光に包まれ直後に公爵館の中から広大な草原と言うか、野原の道路の上に降り立っていた。
「……陛下、外交なのに何故財務官と国王と護衛しかいないのは何故ですか? 一体何の外交ですか?」
「質問を許可した覚えは無いぞ」
「陛下に求めてたら日が暮れます」
「言うようになったな、お前」
「まあまあ、お二人とも。ティン殿の質問は至極尤もでございます、答えについては本来外交を行うべき人物はもっと大きな国に向っており、国王自身がじかに向って話をしようと言う事です」
二人の軽い口に合わせ、シャガーが補足説明を行った。が、更にティンは。
「で、此処は何処ですか? 何故こんな野原のど真ん中に繋げたのですか?」
「阿呆、行き成り飛んだら不法入国になるだろうが。それに、大体どの国も国内に転移出来ない様に妨害用の結界が張られているから直に入れないんだよ。だからこうやって無法地帯ギリギリに出して貰ったんだよ」
「なるほど」
ティンは理解すると先導して歩き出し、一行も続いて歩いていく。しかし、歩けど歩けど見えて来るものが一切ない。一言で言うと。
「田舎、だなぁ……」
「ええ、湿地と荒地だらけの我が王国と違ってのどかで平和だ」
「大国レベルから田舎、更に下回って廃墟にまで落ちたうちの国と大違いだ」
エーヴィアはそんな自虐を口にし、シャガーは僅かに目を伏せた。そんな中、遠方から徐々にぽつんと一軒の家が見えてくる。ティンはそれを見て見過ごそうとすると。
「待て、ティン」
「如何しました、陛下」
「いや、ちょっと」
言ってエーヴィアはその家の前に立ち、屋根の方に目を向ける。そこには屋根を修理する蒼い髪の中年男性がいて。
「ご自分でされているんですか」
「あん? おお、あんたが噂の聖剣女王か。よっと」
男は屋根から下りて一行の前にその姿を見せる。姿は赤いガウンをはおり、腹巻を身に付けた如何にもな程のおっさん臭い格好をしている。すると男は携帯電話を取り出して何処かへと電話し始め。
「おう、俺だ。おめーらなにをっては? そこ動くな? 向ってる? んだよさっさと来いよ、何の為の国境警備だこら」
「あの、如何しました?」
「おう、悪いな。レディの前で電話なぞマナー違反ぶっちぎりだが、こっちも事情があってな」
「ええ、理解しています。こちらから連絡を寄越して直に着たのは流石に無粋にも程がありました」
「わりぃな、ねえちゃん。あんたみたいな別嬪さんにそんな風に言われちまうとは」
男は軽く笑いながら返す。対してエーヴィアは少しすまなそうな表情で少し頭を下げた。そこから一行が歩いてきた道から乗用車――と言うより、ワゴンがこちらに向って爆走してくる。
一行の前で停車し、助手席から一人降りて来る。降りて来たのは、小さな貴公子だった。ティンよりも背が一回り二回り低く、これまた青い髪を短く揃えた、ほっそりとした少年風の剣士だ。
ただ、性別が分からない。
何故か。ほっそりとした体躯に、男性なのか女性なのか区別の付きにくい体。服装は軍服にマント、肩当に手甲、所々鋼鉄の装備が見えるが、何より最大の注目ポイントはなんと言っても。
顔全体を覆うほどの、鋼鉄の仮面だ。鋭い目元のみを残して、口も鼻も覆い隠すその大きな鉄仮面を身に付けた騎士。
「おうメタナン、随分早いじゃねえか」
「いいえ、少し遅れました。国境を越えて国内に入ったのは把握していたのですが、動くのに少々手間取りました。申し訳ありません、お客人」
ティンは心内で驚いた。理由は唯一つ、メタナンという騎士の声がすっごく成人男性の声だったからにほかない。つまり、このメタナンと言う騎士は声的には男と言うことだ。此処まで成人男性の声をしていて女だったら色々恐ろしいものがある。
「いいえ、無理に転移してきたこちらにも非があります。申し訳ありません、陛下」
「……陛下?」
「ああ、こちらはこのプーデクス王国国王、デレックス・デォラグス・デトロイタ国王陛下だ」
「おう、始めましてだな嬢ちゃん」
紹介された男を見て、ティンはもう一度見直す。赤いガウンに腹巻を身に付け、大小のハンマーを装備した蒼い髪の中年男性。ちょっと無精髭までついている。
「……え、王様!? デトロイタって確か初代国王!?」
「阿呆、失礼だぞ貴様」
「ッハッハッハッハッ! いいってことよ、嬢ちゃん! うちは田舎も田舎、弩田舎王国だ! 王冠でもなきゃそこらへんのおっさんでも通じるぜ?」
「ですから、普段からもう少し国王らしい格好をと……いえ、それよりもこちらへどうぞ。王都まで案内します」
そう言ってメタナンは後ろのドアを開き。
「どうぞお乗り下さい。乗り心地は保障しかねますがご容赦を」
「まあ、しゃーねえな……おら、早くのんな」
「此処は陛下が先に乗るのが当然かと。彼らは客、故に我等はホスト、出迎える側として先に乗るのが筋かと愚考しますが」
「そうかぁ? まいっか、女より先に乗るのは性にあわねえけどな」
と言ってデレックスは先に車に乗り込み、次にエーヴィア、次にシャガーが座り込み、ティンはメタナンの方へと視線を向け。
「どうぞ、お先に乗ってください護衛の方」
「いいんですか?」
「ええ、貴方も同じく客ですので」
言われたティンは言葉に甘えて先に車に乗り込んでドアを閉め、メタナンもまた助手席に座った。
「出せ」
「はっ!」
運転席に座っている者に指示を出し、一行は王都へと向っていく。
んじゃ、また次回。