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凱旋祭に向けて

 ティンはデルレオン公国へと戻っていた。理由としては単純にチラシ配りするのにチラシを失ったからである。しかしティンは正直言ってさっさと公爵館に行く気にはなれなかった。

 ラルシアとは一緒に着たがティンはそそくさと館から外に出て周囲を見て回る事としたが。

「本当、廃墟ばっか」

 呟いて、周囲を見て歩いていく。デルレオン公国の近くの街並みは未だにボロボロの廃墟が多く、公爵館正面からの凱旋門までの道の途上にしかまともな家が無い。廃墟に沈んだ街、それがティンの目に映るデルレオン公国首都の様子だ。

 そんな中、彼女は今尚工事中の凱旋門に近付く。凱旋門は着実に出来上がっているのだが、少し不思議なことがあった。

「……何で、民間の人が作ってんだ?」

 ティンは呟いて上を見上げた。そこで凱旋門の工事を行っているのは何故か街の住民達、冒険者をしていた両親が元イヴァーライル人だと言っていた者達ばかりだ。

 そしてティンは視線を下ろし、そこで飲んだくれている老人を目にする。彼は凱旋門の近くで座り込んで見上げながら酒を飲んでいる。もう朝日が昇っているというこの時間帯にだ。

「如何したんですか?」

「あ~? 何だ手前は?」

 ティンは老人の言葉を聞いて顔を顰める。理由は単純に息が酒臭いからだ。それでもティンは近付いて。

「あの、此処だと危険だと思うんですが」

「ああ!? 何が危険だ、此処は俺の遊び場だったんだぞ!?」

「あ、遊び場!?」

 ティンは驚くと老人は鼻を鳴らして視線を彼女から門に戻して酒を飲んだ。

「あの、遊び場って、此処工事現場じゃ」

「うるせえよ! 此処は、此処はよ……俺が生まれるずぅぅぅぅっと前からあったんだ……こんな張りぼてモドキじゃねえ、立派な凱旋門がよ」

 老人は言うだけ言うとまた酒を勢いよく飲んでいく。そんな時に凱旋門の中から青年が駆け寄って来た。

「親父、またこんな所で!」

「ああ、親父さんってことはもしかしてこの人の息子さん?」

「あ、えっと傭兵さんだった、でしたっけ? すいません、親父が迷惑かけてしまって……ほら親父、見るならもっと離れて見てくれよ!」

 そう言って青年は老人を脇から抱え上げるととうの老人は急に暴れ始める。と言っても所詮は酔っ払い老人の抵抗で。

「何しやがるこの野郎!」

「親父こそ、此処はあぶねえって言ってんだろ!?」

 工事現場の作業員と酔っ払いの老人の取っ組み合いもどき、別にこれと言って問題なく老人は門から引き離されていく。

「すいません、傭兵さん。ご迷惑かけたようで」

「別にそうじゃないけど……一体どうしたの?」

「親父は、昔この街に住んでたんですよ。昔は良くこの凱旋門で遊んでたみたいで、親父にとっては思い出の場所なんですよ」

 青年は苦笑しつつも抵抗する自分の父親を引き離していく。ティンはそれを黙ってみている。

「俺、此処の作業員に志願したのも親父の影響なんですよ。親父の思い出の詰まった凱旋門を俺が、俺達が作り直したいって」

「……あんなの、俺の凱旋門じゃねえ」

「ああ、俺達の凱旋門だ」

 老人の言葉に、青年は誇らしげに返した。すると老人は抵抗を止めて。

「親父? どうした?」

「離せよ……酔いが醒めた。もう帰るよ」

 言うと青年は老人を放し、老人はとぼとぼと帰っていった。その際に小さく。

「悪かったな……邪魔して」

 呟いて、家の中に入っていった。それを見届けるとティンは。

「何であの人あんなことを」

「多分、気持ちの整理が付かないんだと思います。親父、いや親父達にとって凱旋門は昔の思い出の象徴だから。それで俺達の作る凱旋門を認め難いんだと思うんです」

「だからって、何も息子さんの職場で飲まなくても……」

「それしか、もうする事が無いんですよ。酒飲んで、昔の思い出に浸って、愚痴ることくらいしか」

 言われて、ティンは老人が入っていった家を見る。あの老人はあの後、一体何をしていると言うのか。

「……あの人も、辛いんだ」

「どっちかと言うと、歯痒いんだろうなあ……もう体が昔のように動かなくて、思い出の詰まった凱旋門を自分の手で出来ないから。だから、せめて俺が、俺達が親父達の世代の思い出深い凱旋門を作りたいんだ……それじゃ、傭兵さん。俺はこれで」

 言うと青年は走って職場に戻っていく。それを見てティンもまた公爵館に戻っていった。



「おや、お帰りなさいティンさん」

 館に戻って来たティンを出迎えたのはマリンだ。彼女は洗濯場に向うつもりなのか、籠いっぱいにシーツを詰めて両手で抱えている。

「ただいま……とかあんまり言いたくないけど……今洗濯、と言うか大掃除中なの?」

「はい。とは言っても此処のところ殆ど大掃除ですが」

「何でまた?」

「実を言いますと、他にすることも無いのにこの館は広くて大きく、まだ掃除が終わっていない所も多くて人手が足りないのです。ですのでここの所ほぼ大掃除です」

 言いながらマリンと一緒にティンは洗濯場へと入っていった。

「へえー。この館ってそんなに大きかったのか……」

「って、あああああああ! ちょっとティンさん待った待った! ちょっと、マリンに何話しかけてるんですか!?」

 そこへ滑り込むようにルジュが混ざり込できた。かなり焦っているようで、表情から見ると中々に冷静さを欠いている。

「どうしたんですか?」

「如何したもこうしたないっつの! マリンの仕事中に話しかけたら、何かとちるから止めて下さい!」

「……ルジュは意地悪です。わたし、そんなドジばっかしませあ」

 と、洗濯機に何かを入れながらマリンはそんな素っ頓狂な声を上げた。それに反応するのはルジュ。

「いや待てこらお前、何だ今の」

「大丈夫です、この程度なら……」

 そう言ってマリンは近くにあったバケツを手に取る。しかし、何か水のいっぱい詰まったバケツを持ち上げて。

「あ」

 言って、バケツの中身を洗濯機の中にザっパーと流し込んだ。ティンとルジュは直にマリンを下がらせてその中を覗き込むと、洗濯機の中は泡だらけで真っ黒な水が埋まってた。

「マリン……これ如何言う事?」

「最初の時に洗剤を入れ過ぎてしまって……」

「それでバケツか……」

 ティンはそこで直前に行ったマリンの行動に納得がいった。しかし、この黒い汚水は一体何なんだと。

「んなもん、別にいいんだよ少しっつかこれむっちゃ多いな!? ま、まあ多かろうと、泡が凄いことになるけどそれにさえ目を摘むりゃ多少入れ過ぎようと問題ねえよ! で、この水は一体何!?」

「……実は掃除の時に使った水ですが、何か」

 マリンのある種堂々とした返しにルジュは落ち着きを取り戻しつつ更に問いかける。

「……何でそれをぶちまけた?」

「つい」

「つい、じゃねえええええええええええええええええええッッ!? ってか、お前には廊下掃除頼まなかったか?」

 てへっとしたマリンの返しにルジュは思わず叫び返した。そこへ更に別のメイドがやって来て。

「め、メイド長!? 何でここに!?」

「あ、お前! お前には洗濯を頼んだ筈だぞ!? 何勝手にマリンと変わってる!」

「す、すいません! 掃除の方が終わって来たのでマリンさんに手伝いをお願いしたんです!」

 そう言ってそのメイドも洗濯機を覗き込みに行き。

「え、ええ!? せ、洗濯機に汚水が!? どどっ、如何しましょう!?」

「落ち着け、ある程度のゴミさえ取っちゃえば普通に使える。まあ、ある程度の埃とか泥が付くのは仕方ないけど、それを洗い流す為のもんだしな」

「わ、分かりました。では此処は私が請け負いますのでお二人は別の仕事に行ってもいいですよ」

「分かった、んじゃ任せる。行くよマリン」

 そう返してマリンとルジュにティンは洗濯場から出て行く。廊下を歩きながらルジュは溜息を吐いた。

「全く、本当にこいつは……」

「マリンさんって結構ドジなんだね」

「いや全く。こいつ、いっつも“あっ”なんて呆けた声を出して妙なトラブル起こすし」

「あ」

 と、途中からマリンはそんなほうけた声を漏らす。二人は歩みを止めてマリンに注視し。

「わざとです。ルジュが意地悪いうので言ってみました」

「おいこら、そんな言い訳が通用すると思ったのかこら」

 ルジュは腕を組みながらマリンに詰め寄りそんな風に返す。

「どんだけの付き合いだと思ってんだ、30年以上の40年に届かんばかりの相方が本気か冗談かの“あっ”が分からんと思ったか! ほら、さっさと言え」

「……良いの?」

「いいから言えって、面倒だから」

 そう言うルジュに催促されてマリンはおずおずと答えた。

「実は、ディレーヌ殿下に朝ごはん持ってきてって言われてたんだけど」

「……それ何時のこと?」

「7時半です、ティンさん」

 ティンの問いに返し、マリンとルジュとティンは時間を見る。時計の指す時刻は10時だった。即ち、もう2時間以上も彼女は朝食をお預けになっていると言うことで。

「何で今言ったぁ!?」

「だって、ルジュは私の話しを全く聞かないし」

「いやいや、仕事させる時に言えよ!?」

「聞く耳も持たずに引っ張ってったのルジュ」

 マリンに言われ、ルジュは唐突に朝の出来事を思い返す。


「お、マリン! あんた暇? 暇だよね? よっしこい楽しい楽しい大掃除だ!」

「ルジュ、私これから」

「いいから来い! どうせ暇なんだろ?」


 と、そんなやり取りで無理やり連れて行ったのを、ルジュは思い出した。

「何で、その時言わなかった!? つうかお前暢気にあるいてっから暇だとああもう! さっさと食事を持って殿下のところに」

「ルジュ、待って」

 踵を返し、ダッシュで向おうとした矢先、マリンはルジュの服のはしを掴んで止め。

「私、おなかぺこぺこ。お腹と背中がくっつきそう」

 暢気にそんな事を訴え、ルジュは力なくうな垂れた。

んじゃまた。

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