夢幻の模擬戦
気がつくとティンは幻想的な空間に立っていた。
いつか見たようなそんな空間、ティンは導かれるように首元に剣を置くことで直後に振られた剣を防ぐ事には成功していた。一体何なのかと思いつつ、ゆっくりと後ろを振り向くとティンが予想したとおりのものがそこに存在している。
脚だ。脚の、いや靴の裏、真っ直ぐティンに飛んで来る。
ティンはそれを視認すると欠伸交じりに一歩、いや半歩下がって迫るそれを見つめて鼻先に触れるかどうかと言う所でぴたっと脚は止まった。
「ほう……面白い反応だ。今の蹴りをこんなにもあっさりと見切るとは」
「分かり易い体格してるからね。脚の長さと蹴りのリーチを図るの容易いよ」
そう返すとレウルスはふっと笑うと軽く跳躍して距離を取る。
「一体、何のよう?」
「何、ちょっとした鍛錬だ」
「鍛錬?」
「ああ」
ふっと消えると同時にティンは数歩前に歩いていって後ろに振り向くと、ティンの真後ろ。つまり彼女が今さっきまで見てた前に回ったと言うことで。
しかしレウルスの攻撃は背に回した剣に防がれ、更にそれを受け流すがレウルスは素早く逃げ出し、次にティンの右横へ回り込んで切り返し、次に左へ回り込まれて切り結びお互いに距離を取る。
「ほう、行動を読めるのか……これは、面白くなるね」
「全く、行き成り何?」
「いや? 唯の模擬戦だよ」
「何故急に?」
「必要だろう? 君には」
レウルスの仮面の奥で柔らかい笑みが見える。それを見てティンは。
「別に必要とは思わない」
「ほう、では君は勝てる訳だね?」
「何に?」
「無論、君が今まで勝つ事の出来なかった者達に」
ティンはぎっとレウルスを睨み付けた。実際、それは事実以外の何者でもなかったからだ。実際に、今の彼女では己よりも実力を上回る者達に今挑んでも勝てはしないだろう。しかし。
「今それ関係ないだろう」
「いや、関係ある。実際、君は己より実力の届かぬものに届く事が出来た経験は?」
そんなものは、無かった。考えれば考えるほど、自分は自分より実力が劣る者としか戦った記憶しかない。百歩譲っても、自分と実力が拮抗する相手とのみだ。
まず皐との戦いも基本的に拮抗していたようにも思えるし、実力で上を行かれていたと言うほどでもない。クリスも、何度も切り結んだ相手と言うのもある。水色髪の女剣士だって、実力はあちらが上だったのかもしれないが実際に差は格上と言えるほどではないだろう。リフェノにしてもそう、お互いに圧倒しあったが実力の差はそこまでなく寧ろティンが上だったとすら言える。
今彼女が真正面からエーヴィア、亮、護堂に挑んで勝てる通りは一切無い。思えば、黄龍すら最初は取るに足りない存在だったが何度も逃してるしこの間は左肩をやられた。
そうである以上、彼女は格上と戦って勝った記憶が無いのだ。
「ないよ、それが何!?」
「では、今後君が勝てる保障は? 機械の軍勢を一人で全滅させられるとでも?」
レウルスの言葉に対する返事は歯軋りだ。ティンは奥歯を強く噛み締める。それを見てレウルスは柔らかく笑むと。
「そう言うことだ。せめて私くらい超えてみるといい」
「っ、言わせておけば」
返すとティンはふっと消え去る。
真後ろを取って切りかかるもレウルスの回し蹴りで捌かれ、続いて切り返し、更に切り返してもう一度切り交わし、レウルスの攻撃を捌いてティンは地面に手を添えてそこを軸に体を回転させてレウルスの足下へ刃を滑らせる。
レウルスは軽く跳躍してその斬撃を避けて空中回し蹴りを放つもティンはより低い姿勢にする事でその攻撃を避けて飛び上がりながらてに魔力を纏わせつつ剣の刃を下から殴りつける。
よって、低空姿勢から一気に飛び上がって切り上げる、と言う動作でレウルスに襲い掛かる。が、レウルスも無理やり片足を地に付けさせてさっと後ろに下がってその攻撃を避けその上で飛び上がるティンに双剣を踊らせる。
しかし、ティンはその動きを見ると同時に光の壁を膝の前に作って蹴り飛ばし、無理やり体を双剣の刃から射程範囲から逃し、双剣の動きが止まると同時にティンは更に足の裏に光の壁を展開してそれを蹴っ飛ばして距離を詰めなおす。
距離を詰めなおして切り返す双剣の刃と剣を重ね合わせそこを軸に体を持ち上げてレウルスの裏側に持って行き体を回転させながら首目掛けて剣を振るい、レウルスは素早く剣を後ろ首に回して切り結び、更にティンはそこを軸に自分の体を真下に投げ飛ばし更に後ろに跳んで距離を取る。
「随分と魔法の使い方が上手いじゃないか。だが、出力が随分高いね? 余計に魔力を練りすぎだ」
レウルスは言いながら目の前に浮かんだ光の壁を足で小突く。そこには魔力供給をすでに断ち切ったはずの光の壁が浮かんでいる。
「余計なお世話だ!」
「それがそうでもない。これでは人に利用されるよ? こんな風に」
言ってレウルスはティンの生んだ光の壁に脚を乗せるとそこから高く飛び上がりそこからぶれるように動き、姿が消える。そしてティンは。
(そこから予測できるパターンA、背後。次に高いパターンB、真横、次は)
そこまで予想してティンは前を歩き、後ろに視線を送って直感で剣を持ち上げて、剣に激突の振動が加わる。
「パターンC、前か」
「ほう……」
剣と剣、刃と刃が交わり火花が散りティンはそのまま受けた剣を受け流して切り返そうとするが。
「上手いね、この状況で剣の押し合いを利用して自分の有利な状況を生み出そうというのか、だが」
更にその上から上手い感じに力がかけられて抜け出せず、ティンは舌を打って競り合いから抜け出して、そこからレウルスが食いついて来る。
ティンは身を低くしながら動く向きを正反対の方向へと変更し、レウルスはそんなティンに向けて走る力から踏み止めて蹴る力に変え、更にティンは向って来る蹴りの一撃を切り落とさんと剣を振るうがそこにレウルスはティンの振るう刃に脚を乗せ更に。
「っ!」
ティンはジジッと頭に何かが走る感覚を覚える。
刃を踏まれたこの感覚、それに対する対応とは――そうだ、刃を引けば――いや違う、引いても刃は当てなきゃ切れない。でもその側面に触れてない以上引いても切れはしない。刃に、自然に、当てて、切らなければならない。
そこまで思考し、ティンにはかつての、遥彼方に経験した、つい最近の出来事を、思い出す。
亮の、剣戟。彼はティンが彼の剣に乗った時に彼はあろうことかティンを切ろうとしたのだ。そう、それも枝から離れ舞い落ちる木の葉を切り裂くように、流れに任せて刃を動かし、切り裂くように。
思えば亮との戦いさえももはや随分遠くのことに思えてくる。だが感傷に浸っている暇はない、レウルスの足がティンの剣に乗せたまま弾き飛ばそうと力を加えてくる。ならばとティンは。
「ぬぅっ!?」
ザンッ、とレウルスの足を、その裏を切り裂いた。レウルスは一瞬仮面の下の表情を苦悶に歪めるが歯を食いしばりティンの目の前に足を踏み下ろして背を低くしたティンに向けてもう片方の蹴りの構えを取る。
幾ら剣であろうと刃物であろうと凶器であろうと、魔力と言うカバーがかけられている以上幾ら傷つけようが外傷も付かないし、体の機能も低下させられない。そうである以上何度刻み付け様が切り裂こうがあまり意味は無い。
故にティンは即座に横へと転がって蹴りを避けて即座に足を地に着けてバネにして切り上げに入り。
「速いなッ!」
「それが自慢でねッ!」
ティンは返し、更にレウルスは蹴りの動きから踏み留められティンに向けて反撃のために逆手に持った双剣を振るうが、ティンは更に舞い踊るように横へと転がるように動き。
「一気に」
それは正しく、スケートリンクを滑るようにティンは舞い踊り無防備な背中に切り上げから蹴り刺突、次に正面へ薙ぎ払いから蹴り付けの切り返し。
「決めるッ!」
続いて右肩から回し蹴りから突き刺して引け寄せ、今度は左肩に切り上げから跳び蹴りに突き刺し、正面へと膝打ちから突き上げて唐竹割りをくらわし。
そして背中に向けて切り上げから更に身を捻りながら回転運動を加えつつ切り上げつつ、更に空中から光の壁を生み出して蹴りつけて移動し。
正面から蹴り上げから切り上げ跳びつつ更に切り上げ光の魔力を纏った切り落とし、流れるように右肩から跳びあがりつつ突上げて叩き落しから切り上げて蹴り上げつつ跳び上がって光の波動を伴った下方へと身を捻りながら大きく薙ぎ払う。
大きな閃光のアーチが残る最中、ティンは左肩から切り上げから更に重ねるように上へ上へと何度も切り上げ最後には跳び上がりながら大振りの輝きの一閃を見舞い。
「これが、必殺のっ!」
そこから一瞬にしてティンは消え去り、真正面から魔力を込めた拳を叩き込み更に剣を突き刺しての。
「シャイニングッ! オンザステージッ!」
魔力を剣先に移し、直後に光の大爆発を生み出す。
「ぐぅぅっ!」
レウルスはその怒涛の攻撃を黙ってきり捌いていた。しかし最後の一撃には流石に答えたらしいならばとティンは。
「これも貰ってけッ!」
更にナノ一秒以下の瞬間に状況を飲み込み、瞬時にこの状況におけるレウルスの急所を点として捉え、更に発生するように線を結び、レウルスの体目掛けて軽く跳躍して距離を詰め、すれ違うように全ての点に斬撃を叩き込む。
これこそ、致命の閃光。名をつけて。
「クリティカル・フラッシャァァァッ!」
輝くような斬線が、レウルスの体を蹂躙し駆け抜ける。その斬撃を見て、レウルスは心底楽しそうに仮面の下の表情を歪ませて――。
(――それで、如何したんだろうか)
ティンはそんな事を思いながら目を開ける。そこは、それなりに豪勢な作りのベッドだった。昨日の行動と結末を思い出しながら自分の格好を見直す。確か、やたらと時間が掛かったので、結局ラルシアの会社に泊まったのだ。
何でも当人曰く、如何なる状況にも対応出来るようにと言って数人分の寝室を用意していたとのこと。
(どういう事態だ、それ)
思いながら、自分が未成年だと言う事実を思い出しながら今着ているアダルチックなネグリジェに目を落とす。こんなの着ていていいのかと思うがどっちかと言うと。
(寧ろ、今の時間を確認したがるのか……さっさと着替えよう)
ティンはそんな風にさっさと着替える事とし、自分の服に手を出す。そしてふと気になったことが。
「あれ、チラシ何処だ?」
「こちらで預かっております」
そんな声に引かれて振り向くと初老の男性がティンの後ろに立っていた。男性の脇には黒い鞄が抱えられてる。
「あの、貴方は?」
「私は社長付きの秘書でございます。社長の御意向でやってまいりました」
「へえ」
「あの、貴方」
男の影からラルシアが不機嫌を表に出しつつ前に出て来る。
「ベッドを用意した人間に礼や挨拶の一つも出来ないのですか、貴方は」
「ああ、ごめんごめん。先に挨拶するべきだったね、今何時?」
「……朝、だと言って置きますわ?」
ラルシアは額に青筋浮かべながら笑顔で返した。
「ああ、おはようラルシア」
「ふん……っ! で、何で貴方がそれを持っているのかしら?」
ピッと、ラルシアは社長秘書の脇に抱えられている鞄を指差す。確かにとティンは彼の持っている鞄を見て思い出す。それは確かイヴァーライル王国の凱旋祭のチラシのはずだ。
「社長命令です。たかが小国の祭り程度の宣伝くらい手伝っても問題ないだろう……と、言うことだ」
「なるほど、実に社長らしい。ありがとうございます」
男はふっと笑って立去っていった。
ではまた次回。