事後処理
「きゃああああああああ!?」
ユリィはティンの傷を見た途端、目を回して倒れこんだ。
時は夜、一行はイヴァーライル王国本城にいた。本来であればティンは病院に送り込まれる筈であったが、現在イヴァーライルに病院というものがなく医者は城や屋敷にしかいないため本城が即席の病院となっているためだ。
ティンもティンで重傷を負った立派な負傷者であるため、病院代わりの城に負傷者と纏めて送り込まれて現在に至る。
そして日がくれた頃に浅美達一行がイヴァーライルに戻ってきたため、早速ユリィがティンの怪我を見て卒倒、という流れだ。
ユリィは何とか身を起こすと改めてティンと向い合い。
「いいいっ、一体何処でこんな大怪我を!?」
「いやぁ、まあ、私用?」
ティンはそんなユリィを見て仕方ないと思う感情と、こいつ医者として大丈夫かと思ってしまう。
現在彼女は上着もブラも外して完全に上半身裸の状態である。なので当然左肩の傷もおっぱいの傷も絶賛公開中だが、色々問題のある光景だ。まず、ティンの左肩が素人目に見ても酷い。鋭利な刃物で抉られ、その上から無理やり外傷を癒す薬を吹きかけたおかげで外から見ても少し浮き出た骨が見えるし、それが塞がり掛けている状態に血が滲んでいる。
目を丸くしてまた倒れそうなユリィを見ながらティンはもう一度。
「これ、治る?」
「ここっ、こんな傷、初めて見ましたよ!? どどっ、如何しよう、如何しよう!?」
「まず落ち着くことから始めれば? 医者でしょ、一応」
隣で見ていた瑞穂が冷たい一撃を叩き込み、メイリフがメモ用紙を一枚取り出す。
「ほいこれ、こいつの傷調べたからそのメモ」
「は、はい……おっ、音速で、鋭利な刃物に突かれたぁっ!? その上、骨が切断で複雑骨折……うわわわっ!?」
メイリフのメモを読んで更に目を丸くするユリィ。ティンは脱いだ自分の上着を見直す。何故ならばその服には本来あるはずの切り傷が一切無い。徐々に気がついてきたが、この服には自動修復機能が付いている様だ。
ティンは思いっきり溜息を吐いて目をぐるぐる回しているユリィを見て。
「ねえ、治療するの、しないの?」
「え、ええっと、その、ここっ、こんな大怪我、私には対応できませんー!?」
「だから落ち着きなよ。医者が慌ててるんじゃ、患者も落ち着けないよ。普通逆」
と、ユリィの慌てぶりとは正反対に瑞穂は冷徹に返す。横にいるメイリフは。
「うん、うん、一先ずお宅の魔法って何処まで治療できるん? それ聞きたい」
「あの、えと、その……っ!」
「ゆ、ユリィちゃん、取り合えず息を吸って、吐いて、気持ちを落ち着かせて」
そう言ってフロースもユリィを落ち着かせにはいる。
「だだっ、だって、こんな酷い傷、流石に見るの初めてですよぅ!?」
「で、でも、治療しないと……」
「そそっ、そうですね……えーと。あの、すいませんティンさん私には治療出来ません」
ユリィは漸く気持ちを落ち着かせてメイリフから貰ったメモを見て、ユリィは無常とも言える答えを出す。
「私の術式で行えるのは、あくまで縫い合わせなんです。筋肉や皮膚の繊維などを元に戻すだけで、骨まで行ってるとなると骨の修復も行わければいけません。これならいっそ、再生の魔道書で直した方が早いかと」
「……それ、お金すんごく掛かるよね」
ユリィの言葉にティンは思わず溜息をつく。再生の魔道書と言えばこの世界における最も有名かつ明確で、そしてある意味現状唯一の回復魔法だ。時間軸そのものを歪める事で対象を最大24時間前の状態に戻すことが出来る。
術式自体はそこまで高いわけではない。しかし、その術式を大量生産するのが難しく、その生産速度を軽く超えるほどの需要があり過ぎるゆえに、基本的に10万en以上は軽く超える魔道書である。
「一応、このお城にも備えられています。ティンさんに使わせて貰えるかどうかは……」
「しゃーない、ちょっと女王と掛け合ってくるよ」
そう言ってメイリフが退室し、瑞穂や火憐もそれについていった。ティンとユリィはもう一度向き合い。
「一先ず、左胸の傷は……どうやら皮膚が裂けているだけのようですね、これなら私の魔法で直るかと。で、他の傷は……」
「えっと、右の腿かな?」
「右の太股ですか?」
言われてユリィは其方に目を向ける。一応包帯が巻いてあるが、ユリィはその上に術式を取り出してティンの脚の上に展開し。
「うん、骨に異常なし。血肉と筋肉が切れているだけですね。血管は避けているようですし、刺さった向きが良かったんですね」
「刺さった向き……ああ、筋肉に沿って刺さったからね。思ったより大怪我じゃなかったのか、めっちゃ痛かったけど」
「まあ、かなり太くて大きな刃が足を貫通したみたいですし骨折しなかったのが少し不思議でしたが」
「ああ、まあ、一応対応はしたしね」
ティンは当時のことを思い出す。黄龍が投げたと言うか蹴り飛ばしたブレードを受けたとき、とっさに屈んだり上手く力を逃がしていたことを思い出す。あの時は頭が超高速回転で思考していたのもあってか、さも当然のように受け止めていたが。
そう言っている間にユリィは術式を起動させてティンの左胸乳房と右太股に治癒魔法を発動させる。初めて受ける治癒魔法の感想はと言うと、何だか奇妙に暖かいと言う感じだった。そこの部分だけ丁度いい熱さのお風呂に入ってるかのような、そんな安心感。
「はい、終了です。それでは、次の人の診察に行ってきます」
「あれ、ユリィちゃんどうしたの?」
そこにやって来たのはパーティリーダーと目される浅美さんである。浅美はティンの傷を見て一言。
「わあ、一体何を如何したらこんなの出来るの?」
「音速で動く鋭利な刃物で突かれた」
「……よく、原形保ってるね」
浅美ですら、ティンの報告に少し青い顔で見ている。
「でユリィちゃん、これ直るの?」
「いえ、流石に私の治癒魔法の範囲外ですので。今瑞穂さんたちが再生の魔道所を使わせて貰えないかどうかと頼みに行っている最中です」
「ふーん」
言って浅美がティンの傷口にすっと触った。傷口は一応止血はしてあるが、完全に塞いでおらず、と言うか塞ぐ訳にもいかず未だに血が滲んでいる。浅美はそんなティンの血に触れると。
「ちょっと御免ねー」
「え、何が?」
浅美はティンに何かの許可を取るとティンの血に触れながら意識を集中し始める。そして眉を潜めて浅美は。
「わあ、吃驚。これ内部で骨が切れて粉々じゃん、しかも内部の小さくなった骨が血管に流れていったみたい」
「え、本当? と言うかよく分かったね」
「ん? そりゃこうやって血に触って、水の魔力に自分の触感を通せば誰にだって」
「つまり、これは水の魔法が使えれば誰にも出来ると。血に触るだけの中の傷の具合が分かると?」
ティンはじとっとした目で浅美に訴える。浅美はよく分かってない表情で。
「うん。血だって液体だもん、液体操作が基本の水属性魔法なら自分の触角を水に通すことだって簡単だよ」
「そうかそうか、分かった」
言って、ティンはユリィの持っている手帳の中身を見る。つまり、この診察と言うか傷口のチェックはあの時の戦闘、メイリフが自分の流血した腕に触ったときに行われていたと言うことである。
色々助かった、と言えば聞こえは言いのだろうがやられた方は正直いい気分は一切しない。気付けば体の中に指を突っ込まれていたと言う事でもあるのだし。
と、そんなティンに向けて浅美が背負っている剣を引き抜いてティンに、より正確にはその傷口である肩口に向ける。
「あの、浅美さん?」
「一体、何を」
「ちょっとチクッとするけど我慢してねー?」
言って、ティンが何か言う前に傷口に剣を突き刺し。
「アカシック、メディケーション!」
宣言と同時、ティンの傷がパァンっと弾けて消えていった。そこには傷跡のかけらが何一つしてない、綺麗な肩が。ティンはそれを見て動かしながら。
「お、おおーっ! 凄い、動かしても痛くない! まるで傷が最初から無かったみたいだ!」
「え、え、ちょ、如何いう事ですか!?」
ユリィは慌ててティンに診察時の術式を起動させて。
「え、ええっ!? 骨が正常だ! しかも筋肉に痛んだ様子が無い、まるで傷を直したと言うよりも傷が出来るより前の状態に戻したと言うか」
「そうだよー。アカシックメディケーションは拒絶の力を持つアルヴィクションの力を傷自体に向けて、傷そのものを無かったことにしたの!」
「へえ」
「わたしはこれで一回やけどの治療をしたことがあってね」
「そうかそうか。お前が病院から抜け出したのはそう言うからくりか」
と、浅美は何か変な問答が行われてる事に気付き、二人の顔を見る。ティンは呆れ気味に浅美の後ろを指差し、ユリィも恐ろしげな表情で浅美の背後を指差す。一体全体何なんだと思って振り向くと、そこにはやたら機嫌の悪そうな黒猫が一匹。
「あ、瑞穂さん」
「浅美さん、話がある」
振り向いて、浅美が挨拶すると同時に瑞穂の手が浅美の顔面をぐわしっと掴んだ。
ティンは医務室と言うか治療室での治療を終えると城内廊下を歩いて回っていた。デルレオン公国の屋敷も十分立派だと思ってたが、あれでも実は格下だった。そう思わせるほどの豪勢な作りの廊下に思わず舌を巻く。
流石は本城、と言うだけはあると思ってた矢先にティンが目にしたものは。
「ラルシア! お前何してたんだよ!?」
「商売ですが、何か問題でも?」
城の談話室で優雅に一人でチェスを指しているラルシアを見つけてティンは思わず彼女に文句をつけるも当人は涼しげに流す。
ティンはその様子に少しカチンと来たのかラルシアの対面席、即ち対戦者側の椅子に座り込み。
「今日、魔獣の巣をぶっ飛ばしたって言うのに、何処で何してたんだよ」
「……はあ」
ラルシアは前髪をくるくると巻きながら溜息交じりにティンを見つめる。
「あのですね、そんなこと部外者に伝えて宜しいので?」
「部外者ってあ、そか」
と、ラルシアの言葉にティンは納得し。
「つまり、ラルシアは権力もあるし社会的地位もあるからおいそれとイヴァーライルの行事に参加できない。参加して活躍しようものならその時点でイヴァーライルと言う国が傾く。それを防ぐ為に敢えて戦闘に参加せず、武器も売らずに適当に篭城紛いのことしてたと、そう言うこと?」
「ノーコメントで」
ラルシアは満足げにナイトの駒を取りながら答える。しかし、その表情がティンの言葉が事実であると伝えるもので。
「下手に答えたらその時点であうと、か。ラルシアも面どい立場にいるね」
「一言で言うとそうなのですが、私の場合ですとがちで忙しかったので下手に偽装する必要も無く助かりましたわ」
言いながらラルシアはクイーンでポーンと倒し、一言。
「チェック」
と言って紅茶を啜り、チェスの盤面を元に戻していく。
「そういやラルシアってコーヒーの方ががすきって聞いたけど」
「仕事に前にはブラックで頭を起こし、紅茶で息を抜く。これが私のスタイルですの……それは父から聞いたので?」
「うん。お母さんは紅茶以外認めないんだっけ?」
「ええ。当人曰くコーヒーは泥水とのこと。まあ気持ちは分かりますが」
と、他愛の無い会話を続けていく二人。ティンはそんなラルシアを見て。
「相手しようか?」
「ええ、もちろん」
「いいの? こっぴどく負けると思うけど」
「人間、たまには敗北を知らないと挫折した時が大変ですわ」
ラルシアは紅茶を啜ってティンに指で来いと合図する。どうやら先手を譲るようだ。ティンはそれじゃあと駒を動かして。
数時間後。
「チェックメイト」
ティンは、最後に残ったと言うか残したポーンを討ち取ると自身の勝を宣言する。しかし盤面の駒は誰一人としてキングを討ち取れる位置にはいない。
問題と言えば、ラルシアの駒にキング以外の駒が無い事くらいだが。ラルシアはジャムを口に放り込むと紅茶を啜り、ゆっくりと紅茶の熱さと舌でジャムを溶かすと一個。
「ティン、顔を貸しなさいな」
「いいけど、返せよ」
そんな問答をしてティンはラルシアに顔を近づけて、ラルシアは居合い抜きの要領でほぼ無拍子の顔面崩壊パンチを繰り出すがあっさりとティンは避けて。
「おい避けるな」
「いや避けるわ」
今日も今日で夜が更けていく。
んじゃ、また次回