核との戦い
森の中を一行は銃を乱射しながら前を走っていく。ティンはその後ろで剣を収めて付いて行く。怪我をした方の脚を使わぬように加減をしながら故に、少しテンポが遅れ気味ではあるが何故か確りとついて行くこと自体は出来ている。
銃撃しながら木々を抜け、草むらを抜けた先に唐突、一行は切り抜けた広間に出た。そこにある物を見て思わず一行は息を呑んで立ち止まる。
「もしかして……これが、核?」
一行の内、誰かが静かに呟く。
そこにあったのは、蔓と触手の固まりいや柱とでも呼んでいいレベルのものが鎮座している。うねうねと、絡んだ触手が蠢いていて何処か生々しい。
「結構、簡単に辿り着いたね」
「容易いとは言いがたいですが!」
ティンが呟くと兵士Aは手にした銃を乱射する。何故か、と言えば。
唐突に乱舞する植物の蔦がいや、もう触手が束になって襲って来たからである。べしんべしん、と言いたくなるほどの物量が一気に、この空間に入ると予告無しである。
「おお、やってるやってる!」
言いながらやってきたのはメイリフだ。万歳のポーズをとりながら木の上から派手に登場し、後から草むらから転がり出るように火憐もやって来る。
「っ、状況は!?」
「大変だ火憐!」
そう言ってメイリフは真剣な表情で、一歩間をおいて。
「うちらが、一番らしい」
「おい、他に誰かいるか!?」
火憐はメイリフをガン無視して、ティン一行に目が付き。
「ティン! お前らか!」
「火憐、ってことは瑞穂たちが」
「ってちょいまてお前」
メイリフ、火憐はティンの姿を見て一言そう告げた。なぜかというと。
「お前、それで戦えるの?」
言われ、ティンは自分の格好を見直した。簡単に言えば、血みどろだった。左の肩口、左のおっぱいから流れた血が服について血塗れで、右の太股からも出血していて、一応応急処置は施されているが、体中の所々が赤く染まっている。
簡単に言えば剣を右手だけで持ち、全身血塗れの、左腕を完全に遊ばせている女だ。
「左手、血流れてるぞ」
「なあ、その左腕完全にうごかねえよな?」
火憐に指摘されて左手を見てみる。確かに肩口を貫かれた際に流した血が未だに乾かずティンの左手に流れている。
メイリフに指摘されて実際に左手を動かしてみるも僅かに眉が潜める程度には痛い。恐らくまともに動かせば剣が振り難い程度には痛みが走るだろう。
ティンは左腕の調子を確かめて少し右足で地面を蹴ってみる。動かすたびにきしむように痛いが、地面を踏む分には問題ないことが分かる。
左腕は動かない、右足は我慢できる。これがティンの体の現状、黄龍にしてたやられたものだが。
「大丈夫、何とかいける……と言うか」
ティンからすれば、火憐とメイリフの姿に突っ込みたかった。その装備は一体なんだと口にしようとして直後に触手がティン目掛けて殺到してくる。
舌を打ち、ティンは上段に剣を構え直して触手を踏みつけて駆け出していく。そして遅い来る触手を次々と切り落として走って、どっちかと言うと跳んで行く。
踏んだ足場が溶けている。光の魔力で脚の補強をしてるからだろうかと思いつつティンは跳んで斬って跳んで駆けていく。
しかしそれでは中央に届かず意味がない、と感じ寄っていく触手達を切り裂きながら落ちていき火憐とメイリフの下に降りていく。
転がるように舞い踊るようにティンは見事に着地し、二人の様子を見る。メイリフは兎も角、火憐が剣を振って戦うところを見るのはこれで三度目、だがその内容は正直言って剣術馬鹿のティンからすれば唯一言。
(まるで駄目、子供が棒を振り回してるようだ)
本当に、そんな感じだった。火憐の剣術は、剣術と言ったらティンからすればふざけるなと言いたい次元のものだ。しかし、筋は通っているし剣術とは到底呼べないものであったが戦術とは呼べるものだ。恐らく、複数で戦うことを前提に入れた、冒険者なりの剣技と言うものなのだろう。
しかし、ティンはふと。
「何で、その剣?」
剣を見て呟いた。彼女が持っている剣はなんと言うか、片手で十分扱えるサーベルを両手で重そうに振り回していた。そこで。
「待て、お前」
「え?」
火憐に気を取られていると隣に立っていたメイリフに気付けず、そのまま彼女はティンの腕を握ると呆ける様に開いていた口に何かを問答無用で入れ込み。
「黙れ、いいから噛んで飲め。一応栄養剤と痛み止めの成分を含ませて作ったのを飴玉状に作った特性の薬だ。中の液体を飲めばある程度の痛みを緩和し、幾らか体力が戻るよ」
「ん、んんっ」
「あと、血液丸。一応、即席の血液補充が出来る、これも食え」
言いながらメイリフはティンの口を押さえ込んで無理やり口に入れたものを噛んで飲み込むのを確認すると追加で赤い玉を無理やり口に放り込ませて噛ませる。
「おいこらメイリフ手前! 援護早く!」
「はいはい大丈夫大丈夫、あたしが幾ら頑張っても雀の涙程度だから多少サボっても影響ないよ」
「そっかー手前後でブチコロす」
火憐はしみじみと過激な発言を返しつつ剣を振り回し、唐突に殴り飛ばされるように横へと転がっていく。メイリフもそれを見て瞬時に後ろの方向へダイブする様に飛び込んで更に。
「インフェルノォッ! サンッ、スフィアァァッ!」
突如、草むらから飛び出るように林檎が出て来て構えた両手の間に炎の球を構築し、その二人が退いた先へと、ティンは避けられてないが、構う事無くその炎を投げつけた。
「え、えええええっ!?」
ティンは驚きながら後ろに倒れこんで林檎の魔法の射線軸から避難し、その後鼻先を掠めて真っ直ぐ魔獣の核へと直撃し、巨大な爆炎と共に炎を撒き散らす。
「火憐、状況の説明を!」
「一先ずやばい! 後、人が続々集まってる!」
「メイリフ、油!」
言いながら火憐は殺到する触手を切り落とし、林檎は周囲に電撃を撒き散らしてメイリフにそんな要請をする。
「えー人使いあらくねー!?」
「死にたいならその辺でのたうっていろ!」
「ちぇーひでーなーおい!」
メイリフは両手を叩いて液体の球を生み出して彼方此方に投げつけていき、林檎は更に魔法陣を構築していく。
ちなみにティンはこの間、呆然と見ている。目の前で魔法が乱舞している以上、その射線軸上にある核の方へと下手に飛び込むのはアウトだからだ。
林檎は燃えている魔獣達を見て、その溶けていく様を。
「やはり、こいつら……熱より光に弱いのか」
「だ、な! 林檎、やっぱり此処は」
「継続的に燃やす方が効果的だな、太陽劇!」
作った魔法陣は太陽を基盤とした物となり、林檎はそれを握り締めると核の真下に魔法陣が展開されていき。
「灼熱の! 聖光火!」
林檎の叫びと共に太陽が顕現し、油塗れとなった核はより激しく燃え盛る。
「うっわ、二酸化炭素大量に生み出しそー」
「あほ、火の魔法が燃やしてるのは酸素じゃない、魔力そのものが発火する熱の塊だから意図しなきゃ出来ねえよ」
「何より、本来可燃物であるはずの木々に引火していない。さっきから派手に火の魔法を使っているのにここらが火事になっていない時点で何もかもがおかしいんだがな」
「物理法則さん仕事しろ!」
「全くだ」
メイリフの魔道師らしかぬ叫びに火憐と林檎は溜息混じりに返し、ティンは漸く立ち上がると。
「おいあんた、今即席のギプス作るからそれ付けろ。さっき傷の具合見たけど肩口の傷、中で複雑骨折の上骨の一部が切られてる。左腕は使えるが、左の肩は完全にイカれてるよ」
「え、そんなのいつ」
「企業秘密」
言いながらメイリフはティンの左肩口に肩当を付けさせる。ティンはそれを見て少し嫌そうな表情を見せる。
「これ、左腕が動かないんだけど」
「我慢しろ、下手すりゃ傷口が開いて余計に複雑骨折が悪化すんぞ。しかも内部で骨が粉々に砕けてるし、結構危ない状態だ。一体何されたん? 音速まじかで動く物体に真正面から刃物で突かれたん? やたら鋭利なもんをすんげえ速度で突かれたような傷痕だったけど」
「……まるで、見ていたように言うね」
「見ていたと思うくらい分かり易い傷だったよあんた」
メイリフは言い終えると直そばに突っ込んできた触手を裏拳で叩き潰す。ティンは左肩の調子を確かめると周囲の様子を見る。
どうやら続々と先行隊がやって来た様で、この空間に入ると同時に上に向けて次々と信号弾を撃っている。ティンはそれを見て思わず。
「そんな話、聞いてないんだけど」
「聞いてない方が悪い!」
突っ込んだのは周囲の触手を潰して回っているメイリフだ。彼女は触手に対して殴ったり手刀で切り裂いたりして触手の削除に当たり、気が向いたように何かの液体を核向けて叩き込んでいく。
さっきの指示の通りなら恐らく打ち込んでいるのは油だ。しかし、ティンはそれにも奇妙な違和感を感じる。
何故彼女達は、引火もしないし発火もしないのに火の魔法を連続で繰り出してしかも油まで用いて核を焼こうとしているのだろうか。
だが、そんなティンの疑問に答えるものはなく、代わりに。
「林檎! 火憐、メイリフ無事か!」
白銀の鎧を纏った刃燈だ。ティンは彼の存在を視認し、更なる疑問を胸に抱く。何故、この面子が居て肝心の纏め役であろう瑞穂本人が居ないのであろうか。
「ねえ林檎、瑞穂は何処に行ったの?」
「瑞穂? あいつならその辺じゃないか?」
言いながら林檎は指を鳴らし、核を燃やす。勢いはそれほどでもなく、しかし問題として火の量が多過ぎることだ。
何せ振り回している蔓というか触手が火達磨なのだ、通常の攻撃に林檎の火の魔力が加味されていい感じに強化されており。
「って、林檎火の勢いが強過ぎるよ! 向こうの人達に被害が出てる!」
「捌けん連中が悪い、それに寧ろ動き回ってくれる方が奴らの肉体が消えていく」
「……はい? 林檎、説明を」
「後だ、貴様はさっさと前線に行け! そんなズタボロでもこの面子ではお前が最高戦力だ!」
言われてティンは一息つくと漸く駆け出して核へと向っていく。
触手の群れが殺到するが、ティンはその間を縫うように跳び上がって燃え盛る触手の上に降り立ち、光の魔力で固めた足場を踏むと更に跳び、それでも四方八方から襲って来る触手。如何見ても逃げ場はない、だが。
0.1秒、ティンは目の前の触手を切り上げて粉みじんとし。
0.2秒、更に返す刃で左の触手を斬り溶かし。
0.3秒、もう一度返して右の触手を斬り裂き。
0.4秒、続いて下の触手を剣で撫でるように斬り。
0.5秒、その直後体を捻って真上の触手を斬り捌き。
0.6秒、開いた空間から包囲を抜けながら周囲の触手を斬り飛ばし。
0.7秒、そんなティンに漸く反応して触手を伸ばし、更に囲んでくるが進行先にある邪魔な触手を切り落とし。
0.8秒、次に剣を回転させて残した触手をぶった切り。
0.9秒、身を返して更に寄って来た触手を斬り散らし。
1秒、結果としてこの間にティンは周囲の触手を見事に切り裂き、触手は消し飛んでいた。それを見たものはある者には自分も続くのだと活を入れなおし。あるものはふとこう呟いた。
「剣士って、頭おかしいな……」
「人間超えてるよなあれ……」
ティンは光の足場を確りと踏みしめて、目の前の核目掛けて跳びその先に現れた触手を切り払い、核を一気に切り裂くが外面部を傷つけるのみに終わる。
尤も、その一閃だけで多くの触手が消し飛んで行ったが、ティンは核を光の足場ごと踏みしめて更に跳んで切り裂き、ティンは更に光の足場を利用して空中転がるようにそれぞれ書くが攻撃している触手全ての根元を切り裂いて地面に降りる。
降りたティンはその衝撃を受身を取って逃がす訳には行かず、そのまま剣を地面に突き刺して衝撃を逃がして跳び、今度はメイリフが撒いた油と林檎が撒いた炎を確認して今度は油が付いた部分を切り裂き剣圧で林檎が生んだ炎へと叩き込み。
続いて火憐が切り払っている場所に突入し、彼女の背後に忍び寄る触手を手早く切り落としてもう一度核へと迫るも今度はあらゆる触手が何千本以上も束ねて殺到し。
ティンが見えなくなった直後、その触手が剣閃とティンの放つ光が触手達を瞬く間に消し飛ばし、ティンは勢いを失って核の表層を引き裂いてすぐに横に逃れて舞い踊るように触手を蹴散らし、剣を地面に突き立てて地面へと滑り降りた。
そして、一連の動きを見てメイリフと火憐と林檎は即座に突っ込んだ。
「お前本当に左腕使えないの!?」
「いや、使えないけど……」
如何考えても、人間から逸脱したような動きで、ティンは次々と触手を切りさばく。
ではまた次回。