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KYな奴ら

「さて、それでは行くぞ」

 そう言ってエーヴィアは一部の騎士達を引き連れて公爵やかたの外に出て行く。しかし、この状況に対して瑞穂は淡々と。

「ねえ、此処からアンヴェルダン領まで確か車で飛ばしても2日は掛かる筈だけど。更にその呪われた魔獣もいるんじゃ、もっと掛かると思う」

「大丈夫だ、一気に転移する」

「おいおい、転移とか正気か?」

 エーヴィアの言葉に火憐は飽きれを通り越して不可解だと言わんばかりに眉を潜める。周囲を見渡しながら火憐は。

「この人数で転移? おいおい、無属性魔導師が何人いんだよ? これだけの人数をアンヴェルダンへ移動させるなら軽く100人を超える」

「いいから黙ってみていろ」

 火憐の台詞を遮る様にエーヴィア女王が言葉をつむぐ。聞かされた火憐は肩を竦ませて黙り込む。エーヴィアはそれを見るや否や近くにいる魔導師に声をかける。

「おい、準備は良いか?」

「はい、実験も完了しており何時でもいけます」

「じゃあ始めろ――転移!」

 エーヴィアの一声によって、騎士達の足下が光り輝き光が一行を包み込む。

「って、おいこら、待て、待ちやがれ!」

 違和感に気付いた火憐の叫び声は光と共に消えていく。



 光が消えたのち、まずは火憐と有栖が素早く周囲のチェックを行い始める。何故かと言えば。

「おい待て有栖、何かがと言うか何もかもがおかしいぞ!?」

「ああ、普通転移術式は基本的に外部から(・・・・)魔力を注ぎ込んで(・・・・・・・・)制御する人間がいる筈(・・・・・・・・・・)だ! だがこの術式……!」

 有栖は言葉を途中で切って周囲を見渡して、転移術式を起動させる人間が内側にいる現状を見る。

「全員、内側にいるぞ!?」

「おかしい、こんなことでどうして転移術式が起動する!? と言うより」

 火憐と有栖はそこで、術式を起動させた魔導師に視線を向ける。

「何で、こんなことで、起動させた魔導師が廃人となっていない!?」

 驚く火憐と有栖を尻目にエーヴィアが膝をついて肩で息をする魔導師一行に歩み寄ると。

「状況は?」

「は、はいっ。実験どおり、上手く、いきました……それより、この術式ですが……まさか、予想以上です。こちらで全力で魔力を絞りましたが、この術式にまだまだ余裕があります」

「なるほど……ではそれを使い潰す勢いで」

「そう、か。そうきたか!」

 エーヴィアの横で、火憐が全体の術式を解析して感嘆の声を上げる。

「この術式、巨大な空間接続術式と移送術式の複合による、儀式魔法陣だったのか! なるほど、儀式陣に構築すれば小人数で転移術式を起動できる! 足りない魔力は外部魔力で」

「いや、外部――術式だ」

 言って、エーヴィアは儀式術式魔法陣に組み込んだ術式を指差す。

「な、外部、術式!? 馬鹿な、んな術式がこの世にあるわけ無いだろ!? そんな、外部バッテリーみたいな術式が」

「随分と」

 そこでずいっと、メイリフの懐から出て来た精霊が、冷たい視線で周囲を見渡して。

「なめてくれましたね。この世に無い術式? はあ、そうですか」

「おいこら待てそこのチート、ロストテクノロジーと比べてんじゃねえよ」

「そうはいっても、数億年も大昔から存在する術式を、それもとうの昔に研究され尽くされた術式を今更新発明だと触れ回られてはこの時代の人類が如何に低レベルなのか」

「はいはい、昔は良かったみたいな老人臭い台詞は無しよ無しー」

 メイリフはそう言って太古の精霊を一つまみして懐に押し込んだ。

「ああ、悪いね。こいつは大昔に死んだあたしのご先祖様で、名前はアクネシア」

「……おい、アクネシアって。私の記憶が正しいと太古の都の主の名前だった気が」

「ハナマハダ合衆国17代目大統領ですっ」

「だから引っ込めって言ってるだろーが」

 いい加減にしろと言わんばかりにメイリフはその精霊を懐に押し込んだ。

「ほらほら、さっさと行った行った。向こうのテントに本軍と本陣があるんだろ早く行こう行こう」

「まあ、良いけど……おい有栖行くぞ」

「いや、火憐。アクネシアにハナマハダ共和国とか聞き捨てなら無い単語が並んでいるんだが」

 火憐は言いながら有栖の手を引いて移動するデルレオン公国軍についていく。当人は大いに言いたい事がありそうだが火憐は全力で無視した。

 そんなこんなでティンや瑞穂達一行は本陣へと入っていく。

「おお、これは陛下! ご足労ありがとうございます」

「いやいい、こちらが本作戦において前線の指揮を取るジャック将軍だ」

 エーヴィアが本陣のテントに入ると椅子に座っていた老人が立ち上がるが、エーヴィアがそれを制すると同時にその人物の紹介を行い、瑞穂が手を挙げて。

「その人、第四次世界大戦中にイヴァーライル王国本軍の中隊を率いていた英雄だよね? ジャック・ド・ボルティンク伯爵だっけ?」

「おお、懐かしい名だ。今はもう伯爵を別の者に譲り、家族と隠居生活を送っていましたが、突如陛下に国の為に軍の指南役として来てくれないかと」

 ジャックの言葉を聞くと瑞穂は僅かに目を細めて。

「ああ、通りで。聞いた事がある名前ばかりを耳に入れるわけだ……あれ、でも物凄く他人事みたいに言うけどその別の者って貴方の甥じゃ」

「ふむ、物知りなお嬢さんだ。確かに、ボルティンクの名と地位を譲ったのは私の甥だがどれも呪いによって沈んだものだ……今はそれよりも目の前の彼奴等を叩くのが先だ」

 そう言ってエーヴィアとジャックは椅子に座り、瑞穂とティンはぼそぼそと。

「ねえ、瑞穂。英雄って?」

「確か、第四次世界大戦中のシーリオ共和国領内の撤退戦で活躍した人。当時、戦略的目的を果たしたイヴァーライル王国本軍は本国への帰還を決定し、徐々に戦線を下げながらイヴァーライルへと向かっていた。でも、その最中に敵国軍の強襲を受け、多くに被害を出した。そこで本軍は部隊を分けて撤退する事を選択、事実上囮作戦が行われその時囮の部隊を指揮してたのが当時中隊を率いていたジャック伯爵でその時は中佐だったこの人。生存は絶望視されていて、それでも『部下を残し、己の失敗を押し付けるは軍人の恥』といって周囲の反対を押し切ってその軍の指揮を取ったんだ」

「……己の失敗? どゆこと?」

「当時、イヴァーライル王国本軍はその領域内での戦闘目的を終えて後は本国への帰還を果たすのみ。もちろん、油断をしていた訳じゃなかったけど斥候からは敵影無しと判断され、当時の状況を鑑みても帰還の途中で襲撃があるとは考え難かった。だけど、その帰還の途中でいきなり違う敵国軍の残党の強襲を受けたことによって本国軍は陣形が崩れ、兵達も浮き足立った」

 瑞穂の解説にティンは更に疑問が。

「あれ? それ全部良く調べてなかった人が悪いんじゃ?」

「でも、その時斥候部隊の数がいつもより減ってたし皆お酒も入ってたし、本陣の上層部は思いっきり油断してたのは事実だよ。実際、強襲を受けた時ほぼ宴会ムードだったそうだし、部隊でローテーションを組んで好きに飲み食いもしてたそうだよ」

「ああ、それで油断してた失敗が自分にあるって言ったんだ」

 瑞穂とティンは軍議――と言っても現状の確認だが、それをそっちのけで歴史の勉強に入れ込んでいる。

「他にも、ティンさんが先に言ってたとおり斥候が悪いって人の意見もあったけど、上層部の人達がこの事態を重く見ていてね。様々な人が残ると言い出してその中で一番地位が低かったジャック将軍が引き受けることになったんだ」

「地位が低い? あれ、ジャックさんって中佐だっけ? 偉いの?」

「うん。下から大雑把に少尉中尉大尉少佐中佐大佐少将中将大将って感じ。まあ下にはもっといるけど、軍人の階級はそんなもん。で、一番偉い人で中将クラスの人も残るって言ってたけどそれでも一番熱意があり、最も地位の低くかったジャック伯爵が任されたんだ」

「へえ。でも中佐で、伯爵を残すって問題あるんじゃないの?」

「いや、逆にそうじゃないと駄目だったんだ。突然の強襲、完全に浮き足立ち、安心して国に帰るのみだった王国軍に、突然の予期せぬ軍隊の死をも恐れぬ特攻にイヴァーライル王国本軍は大打撃を受けた。自軍の数は6000、敵軍は僅か2000、数では上回っているけどこの強襲で本国軍は5000人を下回り、本国軍の多くの兵士は死を覚悟した」

「え、数で上なら」

「ティンさん」

 軽く言い返そうとするティンに対し、瑞穂は淡々ときつめの口調で。

「好きなだけ飲み食いしてて、安心し切って、気付いたら行き成りの強襲。しかも相手は死すら恐れぬ修羅。この状態で戦えって言われて、戦える?」

「あ……無理、と言うか、すぐに、出来ない」

「うん。だから、軍の偉い人が指揮を取って士気を持ち直す必要があった。そして当時ジャック将軍が率いた軍は800人、全員彼の指揮していた生き残りの中隊だった」

「800って、あいては2000って」

「直前の戦闘で一応1800に削れてるけど、何より彼らの目的は囮。大局的に見れば800人を犠牲にして4000人を生かす、至極正しい判断だよ……でもジャック将軍は奇跡を起こす。たった800人で1800人を相手に全員生還させ、見事に全員で凱旋門を潜り抜けた」

 瑞穂の言葉にティンは思わず感動の声を上げる。

「だけど、その為に払った代償は高く付いた。確かに全員生き残った強襲した敵軍を1000まで削り、イヴァーライル本国国境付近まで引き寄せてレディアンガーデ公国軍とアンヴェルダン公国軍で一気に叩き潰す事には成功した。けど、多くの兵が五体不満足、半数近くもの兵が軍役復帰が不可能とも言える程の重傷を負い、ジャック将軍も肩と足に大怪我を負い、当時の治癒魔法技術でも完全な治療は出来なくなかったけど、その頃には第4次世界大戦が終結しているだろうって言われ……ジャック伯爵はその後、甥に家督を譲って隠居生活を始めたんだ」

「ほほう、よくご存知だ」

 そんな瑞穂の解説に一言加えたのは、他の誰でもない、ジャック自身だ。エーヴィア自身も感心してるようで。

「……私でも断片的にしか知らない第四次世界大戦時の記録をよく知ってるな」

「歴史上の偉人関連は大体抑えていますので」

 瑞穂は何でもないと言わんばかりに返す。

「それに、此処で漸く今まで疑問に思っていたことが分かったので」

「疑問? 何だ、それは」

「いえ、これ以上は蛇足ですので」

 瑞穂がそう切るとエーヴィアは肩を竦めて。

「では、本作戦の最終チェックだ。まず先行隊が森の中央へ行って魔獣の核となる部分を叩き、そこへ私を中心とした後続部隊が一気に殲滅する、基本はこの流れでいいな?」

「はい、女王陛下は念の為後続部隊について下さいませ。しかし、先行隊にティン殿を入れた意味は? 瑞穂殿は熟練の冒険者と聞いていますが、彼女は傭兵としては無名すぎます」

 と言ってジャックはティンのほうを見る。釣られる様にエーヴィアも其方へと視線を向け。

「それについては単純だ、こいつは私と同等級の魔力を保有している」

「ほほう、なるほど。では彼女は今回の」

「ああ、本作戦のエースだ」

 そこでティンが手を挙げて。

「ところで、何であたしがエースになったの? その魔獣って狼とか植物だよね? 剣が何の役に」

「剣じゃない」

 ティンの言葉を切り裂くように、エーヴィアが口を挟み。

「光だ。奴らの弱点は、光。大学が出来てからの一週間、研究を重ねた結果だが奴らは光に非常に弱いことが分かった」

「光? だから、あたしなの?」

「じゃあ、私達の装備に懐中電灯が配布されたのもそれ?」

「そ、そんなん渡されてたの?」

 瑞穂の発言にティンは少し驚くも呆れたような表情を見せる。

「そうだ、奴らは懐中電灯すら怯え、強力な闇の加護を得てる奴ならばそれだけで解け始まる。出来れば全員に光属性の武器を配備させたかったが時間が足りなくてな……この弱点が決定的に分かったのは魔獣の巣の外壁を叩いた時だ。だからこそティン、貴様が重要だ。お前の力が、恐らくこの戦いの決め手になる筈だ」

「あ、はい」

 エーヴィアはティンに言葉をかけると立ち上がって本陣のテントから出てイヴァーライル王国軍の前に立つと腰に備えた剣を引き抜いて地に叩きつける。

 それによって全軍の兵はより一層気を引き締めた表情でエーヴィアを見る。


「諸君っ! ついに今日この時が来た! あれを見よッ!」


 言いながらエーヴィアは剣先をかの暗い森に向ける。


「あれこそ、この国に巣くう害虫共の巣だッ!」


 兵達も同時に森へと視線を向ける。


「今此処で言うことは、多くない。言うべき事は唯一つッ!」


 一度言葉を切り、エーヴィアは剣を構えなおして。



「叩き潰せッ!!」



 光り輝く剣を振るい、兵達は武器を掲げ、高く声をあげた。



「す、すご」

「出撃前の演説だ、こんぐらい普通だろ……まああたしも聞くの初めてだけど。ほらお前もさっさと配置に付けよ」

 兵達の声にティンが思わず驚いていると火憐が肩を叩き、彼女も配置に付いて行く。ティンも指示された場所に向かい。

「え、えっと、どうも」

「よろしくお願いします、ティン殿」

「は、はいどうも」

 そこには待機していた兵士たち、数は5人。軍服を纏、手には抱え込むように銃剣を持っており、いつか見たような鎧甲冑を纏ったものではなく、動きやすそうな服を着ている。ティンはそんな彼らと挨拶をしあい、一行は森の中へと入っていく。

「ねえ、こいつら光に弱いって聞いた、けど……」

「は、はい!」

 ティンは同行する兵士たちに話しかけるがやけに声が震えていて。

「ど、どうしたの?」

「い、いえ、前回の作戦に参加して、いて」

 どうも、走りながら周囲に目をチラつかせながら森の中を駆け抜けて行く。しかし、急に立ち止まると手の銃剣を構え始め。

「ど、どうしたの!?」

「や、奴らの、影を見た、様な……」

 言われた方へと視線を向けるが、そこにははっきり言って何もなく、闇が見えるのみで。

「っ、後ろだ!」

 逆に真後ろから植物の蔦が伸び、ティンは抜剣と同時にそれらを切り裂いていく。

「う、うああああああああああああああああああ!?」

 ほぼ錯乱状態で、それでもほぼ味方に当てる事無く兵士達は銃剣の引き金を引き絞って触手に銃弾を打ち込んでいく。

「ど、如何したの急に」

 そんな中、ティンは踊るように銃弾の中を悠々と触手を切り落としていく。

「こ、こいつらに前回、仲間を、仲間をぉっ!」

「お、落ち着いてよ、幾らなんでも」

 興奮した様に戦闘を開始し、ティンと共に兵士達は奥へ奥へと突き進んでいく。

「こいつらは生き物を捕らえてそのまま、握りつぶして」

「……見たの?」

 ティンの静かな問いに一人の兵士は歯を食いしばりながら頷き、ティンは。

「分かった。ちょっと先に行って来る」

「そんな、独断先行は」

「正直言って、そんなばかすか撃つ奴の近くで剣なんて使えないでしょ?」

 ティンの指摘に兵士達は立ち止まり。

「大丈夫、先行って直戻るから」

「分かりました、ティンさんの後に続きます……ご武運を」

「そっちも!」

 行って、ティンは術式を起動させて森の奥へと突き進む。ティンの持つ魔力が駄目なのか、触手はティンの体に巻きつこうとするも触る事無く弾かれていく。

 それを見て、確かにこれは自分が切り札だなとより強く確信し、目の前の木々の壁を粉みじんと切り裂き。



 その瞬間、ティンはKYと言う言葉が浮かんだ。



 KY。通常、この言葉は大体空気が読めないと言う意味の言葉で使われる。確かに、その言葉がぴったりな状況が目の前にある。

 そう、空気が読めてない連中。本当に、空気の読めないKYな奴ら。そう、それは。


「またあったな――契約者ぁ!」


「こっ、黄龍!?」


 仮面の奴らが、そこに居た。

 それじゃ、また次回。

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