ラルシアとお勉強
実は今までの読み返すとね、マリンさんってね。
50過ぎたドジッコメイドなんだよ? 外見は20代中盤くらいだけど。
ティンはまさかの期日前にチラシを配り終えると言う快挙をなし、デルレオン公国公爵館で惰眠を貪ると言うことに精を出していた……筈であったのだが。
「……と言う訳でティンさん、シーツを洗うので退いて貰えませんか」
「……マリンさん、寝たい」
「左様ですか」
取り付くしまもなくマリンはティンの寝ているベッドのシーツをひっぺがえして抜き取った。ティンは仕方なさそうに立ち上がると部屋を出て、まずは出会った人物は。
「あら、ティン」
「あれ、ラルシアなんで生きてるの?」
目を覚ませ、そう言わんばかりに疑問も無く呟くティンに向けてラルシアはレイピアを突き刺した。おかげで目は覚めそうだが逆に意識が飛びそうだが、彼女はそんなことに一々頓着しない。
「私が、何時命の危機に脅かされたと言うのですか」
「っつぅ……ぐっ、ぁ! エーヴィア陛下に追い回されたんじゃないのかよ?」
ティンは腹部から何かが出てくるような痛みに耐えながらレイピアを引っこ抜くとラルシアの突き刺すように手渡し、ラルシアはそれを避けながら奪い取る。
「大丈夫、エーヴィア陛下には良い感じに誤魔化して」
「大丈夫です。陛下はいつかラルシア様に払って貰う為の付けを日々貯めておりますよ。丁度良いタイミングでディレーヌ様を唆せば面白い物が見えるだろうって陛下が」
音よりも早く、もはやインチキ臭い速さと動きでラルシアが土下座をしていた。マリンは両手いっぱいにシーツを抱え込見ながらそんな彼女を見下ろし。
「いえ、土下座されても」
「いえお気になさらず。私がしたいだけですから」
「でもそんな瞬時に地面に頭を擦り付けられても」
「お気になさらず! ですがもしほんの少し慈悲があればって本当に気にせず行ったよあのメイド!」
ラルシアが顔を上げればマリンはとことこと既に歩き去って行った後だった。ティンからすると“お気になさらず”と言った時点で既にマリンは手に抱えたシーツを持って『ではお言葉に甘えて』と言って立去ったので、ラルシアは意味も無く或いは壁に向けて土下座をしていたと言う事に。
ぷるぷると震えながら立ち。
「この怒り、目の前の馬鹿で晴らすべき」
「べきじゃねーよこの野郎」
ティンはティンで目の前で酷い発言している目の前の人間に冷たく当たり前の反応を返す。
「ところでラルシア、気になってたんだけど」
「何ですか? 私これから徐々に、猛烈に、激烈に、苛烈に、そして熾烈なほどに忙しくなる予定なのですが」
そんな言葉にラルシアは人を呪い殺さんほどの視線をティンに送り込む。しかしティンはティンで超能力を全力駆使してラルシアの現状をナノ1秒を超えるほどの速度で計算し、即座に答えを出し。
「現在進行形で暇じゃねぇか手前」
とどのつまり、今は暇と言うことである。
「いやさ、会社が潰れるってこの間言ってたけどさ、どうやって潰すの? 物理的じゃないよね?」
「ああそんなことですか……」
ラルシアは気を取り直すように髪をかき上げ。
「そうですわね、赤字にすりゃ潰れますわね」
「いや、予想付くけどどうやってその状況にすんのかって聞いてるんだけど」
ティンの指摘にラルシアは少し良くなった気分が一気にがくっと落ちていく。イラつきながらも。
「例えば……そうですわね。お金の動きを潰されたらお仕舞いですわ。やり方は、私の取引先を横取りされるとか」
「横取り……取引の内容を無理やり捻じ曲げてラルシアが売る筈だった、買う筈だった物が買えなくなったとか?」
「よく分かるではありませんか。それをされると出る筈だったお金や入る筈だったお金が出て行かず入らず赤字になるのです」
ラルシアの言葉に、ティンは何処か呆然と虚空を見つめて。
「どうかしましたか?」
「……そうか、お金が溜まるだけじゃ駄目。動いて、動かして、その過程でお金を貯めなきゃ裕福とは言えないんだ」
「ティ、ティン? な、何を?」
呼びかけるラルシアの言葉も無視して、ティンは呟き続ける。
「つまりディレーヌさんの言う会社を潰すって、そんな陰険な事だったんだ。随分、酷いことするね」
「まあ、別にいいですけどね……でもお遊び気分で会社を潰されると社員のその後の処理が面倒で、私の経営している違う会社に流したり知り合いの伝で別の会社に斡旋したりと本当に面倒で」
「……え、困るのそこ?」
「は? 私ほどの人間になれば高々会社の一つや二つ、幾ら潰れようと幾らでも稼ぎなおして見せますわ。と言うかあの女、時折新しく手を出した事業を潰していくのは本気で勘弁して欲しいのですが」
ラルシアは言いながら忌々しげに爪を噛み、それを見たティンは。
「ねえ、会社が潰れるときに真っ先に困るのって社員の行方なの?」
「何を当然のことを。結果が如何あれ、私の為に働いてくれたものたちに報いるのは当然でしょう」
「ラルシアなら、社員の事なんてゴミだと思ってるものだとばかり」
これまでの敬意と彼女のキャラなら普通にあり得そうな言葉に対してラルシアは溜息を漏らすとそれはお前だろうと言わんばかりに呆れ顔を向けると。
「あのですね、私が最初からゴミなどと思ってる輩を採用するとでも思ってるのですか? それに、彼らが意図して手を抜いて会社が傾いたなら兎も角、如何考えても外部からの天災でそれも彼らの手に余るものであった……寧ろ同情しますわ。ならばその後のフォローをするのは当然でしょう?」
「……ラルシアってもしかして、義理と人情の人?」
「はあ? 何を言ってるのですか?」
「いや、話の流れ的に。何か闇市の人達の慕われようといい、ラルシアって何かこう、ヤクザもんの」
途中、ラルシアが無拍子の勢いで居合い抜きをかまして来るが、ティンは少し悲しい思いをしながら既知と捕らえ始めたその剣戟を軽くかわし。
「ってそういうとこがヤクザもん臭いって言ってるんだよお前」
「チッ……まあ良いですわ」
苛立たしげにラルシアは刀を納めて懐に仕舞い込む。
「ちなみにラルシアは幾つの会社を経営してるの?」
「46ですけど、それが何か」
「一個二個潰れても良いじゃんそれ」
「よくありません! それだけの会社を育てるのにこっちがどれだけ苦労したと思ってるのですか!?」
「いや、まあそうだけど……でもそんなに会社って必要?」
ティンの素朴な疑問に対し、ラルシアは真面目な表情で返し。
「そうですわね、まず物を売るのに必要な物と言えばなんですか?」
「ええっと、商品、買う人?」
「基本ですわね。では商品を如何用意するのか、如何相手の購入意欲を刺激させるか、そう言った事も考える必要があります。あと、如何買わせるかも」
ラルシアの言葉に、ティンの頭脳がまた刺激され、ああと言えばうんと応えるかのような速さで。
「つまり、売る為の企画やら宣伝やら、ラルシアは武器を基本的に売ってるから武器の製作材料の取り寄せとか仕入れ? あと作る技術者にどんな武器を作るか……ああ、これ確かに大勢人が居るね。それを纏める人実際に動く人、こんな事を手広くやってたら組織だってやらなきゃいけなくなる、で会社の設立か」
「加えるなら、細かい事に手を回したり、他の会社との連携などを考えればそうした子会社が増えていくのです……と言うか貴方、随分と頭が回りますわね。父親の血ですか?」
「なんだよ、それ」
ティンはラルシアの“血”と言う発言に目に見えて不機嫌な態度をとる。
「ええ、もう隠し立てする必要性も感じませんしね」
「それってあれか? 下手するとあたしとお前が姉妹かもだったって言うやつ?」
「……へ、は、て、は、はは、はあっ!? しまい!? あねいもうと!? 何の話ですか!?」
前に聞いたティンの養子の件にラルシアは目を丸くして驚いていた。いつも余裕そうなラルシアから一切考えられないほど動揺している。
「あれ、聞いてない? あんたのとーさんがあたしを引き取ろうと彼方此方駆け回ったって言う」
「ん、んんっ! それは関係ありません、ええ、単純に時期的にもいい加減その手の話にも慣れただろうなとか、ああもうっ! 取り合えず!」
とラルシアはびしっとティンの眼前に指先を突きつけると。
「貴方の生みの父親は僅か一代で企業を起こし、果てには財政界において一目置かれるほどの人物だったのです。そんな人物の娘ならばどんな才能が眠ってるのか、気になるのが当然でしょう? 実際、眠っていたのは極上も極上にして最上、未来予測と言う超能力と来たものです」
「ほほう、正答者ですか」
そんな言葉を呟くのは、一体今まで何処にいたのかデュークその人である。ティンは彼の口にした言葉に疑問を抱き。
「せーとーしゃ?」
「未来を予測すると言う超能力の、昔の呼び名です。私が幼い頃はその能力はそう呼ばれておりましたよ」
顎鬚を撫でながら、デュークは微笑む。隣に立つラルシアは少し態度が柔らかくなったように見える。
「読んで字のごとく、“正しき答えに至る者”或いは“必ず答える者”、そう言った意味を込めてその能力者を皆がこう呼んだ……アンサラー、と」
「必答者……何でそんな呼び名に?」
「その能力、いえ脳力は単純に超越的な速度で回転し誰よりも多く、そして誰よりも早く、疑問に対して答えへと至るからです。その様からその者が問題と相対すれば必ず答えへと、そして誰よりも正しく、誰よりも早く答えへと辿り着く事から、回答者という意味を込めて正答者と呼んだのです……今の人達は、未来を予測するかのごとく早さと結果論を見て未来予測、と言う名前で呼んでいるようですが」
「ははー、でデュークさんは今まで何処に」
「こいつはちょっと私用で。それよりもティン」
ラルシアが時間切れだと宣告するように遮り、ティンとラルシアが向き合う。
「貴方、ちょっと商売事について勉強する気は無くて?」
「あ、うん。やってみたいそれ」
ティンは、瑞穂達との冒険の日々を思い出しつつ、目の前のラルシアの儲け話にくらんだ瞳を見ながら答える。
んじゃ、また次回。




