孤児の先輩
「で、此処はタマムコガネシティの中央区ですが、一つ問題が」
早速タマムコガネシティへと降り立った彼女達。そしてマリンは問題が発生したと告げる。では、その内容と言うと。
「タマムコガネシティ中央区に、冒サポがありません」
「……あ、うん」
ティンは、マリンから聞いた言葉に何が如何大変なのか分からずに。
「つまり、冒険者を介した宣伝活動が出来ません。如何しましょう?」
「ああ、うん、それは大変だねえ」
「と言うことですので移動です。電車を使えば一発ですが、お金は大事ですので歩きましょう」
「はあ」
と言った様子でティンは完全に流されるようにマリンの手引きにより移動を始めていく。
「あの、何処に」
「南区へ。そこに冒サポがあるので行きましょう」
「はあ」
言われるがままに彼女たち一行は南区へと移動して行く。
「そう言えばマリンさん」
「何でしょう、ティンさん」
「ぼーさぽって何処にあるのかご存知で?」
言われたマリンはふむと頭を捻ると、近くの店に突入する。
「ってどうし」
「すいません、冒険者サポートセンターは何処でしょう?」
「店を出て通りをまっすぐ進むと大通りに出るから、そこから見えるおっきな建物がそうだよ」
堂々とマリンは店に入って道を聞き始めるが、ティンが突っ込むよりも早く返事がやって来た。
ティンも慌てて店に入るが、すぐに人は見えず。
「おおーいマリンさん急に失礼だって……え?」
「んー、あんたら中央区から来たー? 街に来るのって始めて?」
言いながら、店の奥から女店主がやって来た。ティンのある場所に目を奪われている。そう、店の奥から出て来た美女……ではなく、店の名前。
「森、林、楽器店?」
「おや、森林のチェーン店でしたか。これは失礼を、私は」
「ああ、いいよいいよ、私は本家の人間だからあの会社とは無関け」
「デルレオン公国公爵夫人にして元カーメルイア社社長令嬢ディレーヌ様の子分、マリンです」
「いや、いいって……って、カーメルイア? うそ、カーメルイアが何でこんなとこに?」
女店主も流石に驚いた。何故ならば。
「あの、うちはカーメルイアと契約と言うか楽器を仕入れていますが、一体何の用でしょうか?」
「いえ、用なんてありません。強いて言うのであればただ道を尋ねるためですが」
「はあ、そうですか」
「えっと、すいません」
と、そこでティンが手を挙げながら。
「あの、林檎って人か楓って人を知ってたり、します?」
「従妹と妹だね……何で?」
あっさりと女店長は返し。
「えっと、二人ともお世話になったので……え、お姉さん?」
「そうだよ。私は椿、と言うか楓の世話になった? へえ。あの子が、人様の世話なんて出来る様になったんだ……具体的に何をしてもらったの?」
「え? えーと、ご飯奢って貰ったり、部屋に泊めて貰ったり」
「泊め、ってあの子アパート借りてるんだっけ? へえ、人様を自分の家に泊めた上にご馳走まで……うちの妹も大きくなったなあ」
そんなことを椿はしみじみと語った。
「まいっか。これも縁だしちょっと待ってて」
「あ、どうも手土産も何もなく」
ぱたぱたと椿は奥の部屋に戻っていき、マリンがお辞儀をする。そしてティンは。
「此処って、楽器屋か」
「のようですね。ティンさんは音楽に興味は?」
「ある様な、無い様な。まあ、聞くのは好きだけど」
近くに置いてある楽器は単純にリコーダーだの、タンバリンだの、ピアニカまで置いてあった。楽器屋と言うよりは。
「まるで、子供向けの」
「うん、うちの楽器は基本近所の小学校に売ってるもんだよ」
言いながら店の奥、恐らく居住区からやって来たのだろう、椿の手には地図が握られていて。
「ほい地図。この南区と東、西と北と中央区の詳細地図と、タマムコガネシティの共通地図だよ、持っていきな」
「あ、どうもありがとうございます……良いんですか? ただじゃ」
「タダだよ。っつか、大昔じゃないんだから地図がそうそう売れる訳無いじゃん。それにうちはボランティアで箱積みで来るから丁度良いんだよ、遠慮せず持って行きなって」
椿から笑顔で言われ、ティンは納得した様子で地図を受け取った。そこでマリンが。
「ティンさんティンさん、基本的に表の世界や都市間連合には案内板と言うものがあってですね?」
「そうそ、世界地図でもなきゃ基本売れやしないって」
「……はあ、じゃあ地図、どうもありがとうございます」
言って頭を下げてティンとマリンは出て行った。
「にしても、この街広いねえ」
「それも当然、此処は流通の上では各都市の心臓部。必然と物が集まります」
「そういえばマリンさん」
「はいなんでしょう」
ティンは地図の通りに進み、やがて大通りを出るとふとある疑問がわいた。そういえば、何故彼女が傍にいるのか。
「マリンさんが、どうしてあたしの世話役に? 今までそんな事無かったのに」
「そうですね。私は基本的にディレーヌ様の子分として毎日仕事に勤しんでおります」
「子分かよ」
「ですが、少し。ほんの少しばかり、ティンさんと共にいたいと思ったのです」
言って、マリンはティンの前に立って向き合った。
「何で、一緒に」
「貴方は孤児と聞きました」
「マリンさんも」
ティンの短い言葉に、マリンは笑顔で頷く。
「はい。私も孤児です、54のおばさんです。未婚です。処女です。初恋無しです」
「言ってて寂しくなりません?」
「寂しいです。でも、悔しくはありません。私はきっと、貴方に伝えたいんだと思います。孤児の先輩として」
マリンはそっとティンの手を取り。
「孤児にだって、幸せになる権利はありますよ」
そう、にこやかに言ってのけた。
「何で、今」
「貴方は、何処か自分が孤児だからと言い訳してるように思えたので。なのでいって挙げましょう、孤児だって幸せになってもいいのだと」
そしてマリンは手を離して歩き出す。
「さあ行きましょう。もうすぐ夕暮れ、宿の事も考慮して早めに冒険者サポートセンター近くの冒険者にチラシを押し付けますよ」
「いや、押し付けんな」
ティンは苦笑しつつもマリンの後についていき、ふと足を止めた。何故なら、冒険者サポートセンター近くで人だかりが出来ているからだ。ティンは思わず足を止めてそっちのほうへと意識を向けてみる。
なにやら、人だかりから陽気な音楽が聞こえるではないか。人に力を与える、そんな力を持った音楽。人の足を動かすリズムに笛の音、弾かれる弦楽器の音。そしてそれらを彩るしめは――ダンス。
それは、旅芸人の一座が音楽と踊りで人を楽しませている光景であった。
「ほう、旅芸人一行による公演、どちらかと言えばゲリラライブですか」
「ゲリラライブ?」
「ええ。恐らく無許可で突発的に舞台を始めたのでしょう」
「へえ」
ティンは完全に舞台の上で踊っている人間に見とれていた。ピンクの長い髪の上に花 冠を被り、踊り子の衣装で舞台の上で踊る女性。笑顔を振り撒いて踊る彼女にティンは何処か憧れの様な感情を抱いていた。
「如何されました?」
「あ、いや……綺麗だなぁって」
「ええ。踊りには疎いのですが、確かに綺麗ですね。それがどうかしましたか?」
「いや、ね……あたし、前はね、色んな踊りを見てはそれを覚えて真似して走法に組み込んだり、それで踊るのは昔から興味があるんだ」
「なるほど、ティンさんのあの舞うかのような動き方はそうやって出来たのですね」
マリンの言葉にティンは頷き。
「うん。だから踊りを見るのは好きなんだ……でも、何だろ。あれとあたしは違うって思うんだ」
「と、言いますと」
冒険者たちの歓声と陽気なボンゴと笛と弦楽器の音に紛れ、ティンは羨ましいと言わんばかりに。
「あたしの踊りは相手を切るためのもので、見せるものでもない。だから、ね。これだけの人を喜ばせる踊りは、あたしには絶対出来ない」
ティンが言い終えると同時、舞台が終わる。ダンサーの彼女は腹に手を置いて片足を引いて万雷の拍手を送る観客達にお辞儀をする。
そして座長の終了宣言を聞くと冒険者達はバラバラに散っていく。
「では行きましょう。ぐずぐずしていてはチラシを受け取る人が居なくなってしまいます」
「あ、うん」
マリンの手引きによって冒険者サポートセンター付近と向い、マリンの鞄からチラシを取り出したと同時に風が吹いて。
「あ、やば」
「拾って来ます。ティンさんはそこで」
「あいいよ、あたしが行ってくるよ」
「では手分けしていきましょう。一枚たりとも見逃してはいけません、冒険者民度が低く見られる上にイヴァーライル王国のモラルも疑われその上印刷量が勿体無いです、最後が重要事項です」
「お、おう」
ティンは圧倒されつつもチラシが飛んでいった路地裏に入り込んでいく。飛んで行ったであろうチラシを回収してどんどん奥の方に行っていく。
そしてある程度回収するとティンは鞄にチラシをしまいこむと同時に剣を抜いて後頭部に刀身を置き、直後に何かが激突して火花が散って受け流しその後ろの何かを切り飛ばす。
一体何なんだと思い、いや一体何なのか初めから全て分かっていたのだが。
「よう、暇なのかお前ら」
「貴様」
声のする方へと振り向けば、いつもの仮面の連中がいる。
「なあ黄龍、お前らいつも何してんの? 後で相手してやるから」
ティンは言いながら周囲から襲ってくる仮面の連中を切り裂いていく。
「聞けよ、お前ら」
「オレ達に遊んでいる暇などない! 早く貴様を殺し、ラグナロックを手に入れる! 何が何でもだ!」
「……何で、これを欲しがる。神剣なんて幾らでも」
「知らん、オレ達のが主が望んでいるのだ! ならば、それを叶えるのがオレ達の使命! そうである以上」
襲ってくる仮面ロボ達のガラクタ山が作られていく中、やがて雑魚集団はいなくなり、黄龍が襲って来る。
黄龍のガントレットブレードとティンの剣が交差する。
「オレ達に選ぶ権利も考える余裕も、存在しない! オレ達は機械だ! 命令に従う機械だ、貴様を殺す、それがオレ達の使命だ!」
ティンと黄龍は何度も刃を斬り交わす。
「そこに疑う余地もない、でなければ」
路地裏の奥、一人と一機が刃を交わしながら向かい合い。
「オレ達の主が、あのお方が、な――」
「待ちなッ!」
突如、声が響いた。女性の声だ。見れば、目深まで被った帽子のおかげで顔は分からない。
「男が揃いも揃って、たった一人の女の子を囲んで……恥かしくないのかい?」
「だ、誰?」
ティンは突如現れた第三者を見て、警戒する。何せ見たこともない女性だ。革ジャンにジーンズと言う出で立ちの女性だ。
「あたし? あたしかい?」
言って、軽く跳躍してティンの前に、踊るように舞い降りて、帽子を投げる。
舞うはピンクの長い髪、何処かで見たような顔、そして彼女はスターのように言い放つ。
「通りすがりの踊り子さ」
ではこれにて。