孤児院と腐敗組織
ティンはまず、色々な意味で衝撃的な瞬間に出くわした。
どう言う場面か、と言えばどうみても華奢な体躯の司祭殿が5・6メートルもある大木を平気そうな顔で軽々持ち上げている。この光景にティンは色々突っ込むべきかと思ったがそう思って近寄ってみるとその大木には色々と魔法陣が描かれた紙が貼られていて。
「これって、クリスマスツリー?」
「はい。と言うよりティンさん、信仰教会団創始者様の聖誕祭をご存知で?」
「え、何それ」
「世間で言うクリスマスとは、そういうものですよ」
と、そこから水穂によるアーステラのクリスマス講座が始まった。かいつまむと。
「つまり、教会団を作った創始者を祝うお祝いが、クリスマス。それを世界中に広めていった結果、伝言ゲームみたいに徐々に歪んで伝わった、と」
「はい。クリスマスを何かしらのパーティを行う冬の行事、としか思っていない人が大勢居ますが本来は神の使いと謳われし創始者様の聖誕祭でなのです」
「へぇ。飾りつけは……引いてるんだ」
ティンは一つ賢くなったところでそもそも水穂が木しか運んでいないことに気付いたが、その腰に付けた紐で後ろのリヤカーを引いていることに気がついた。
「……誰かに引いてもらったら?」
「そんな、とんでもありません。これは私個人の用事であり、忙しい神官達をこき使うなど言語道断です」
「でもそんな事してたら体壊すよ?」
「大丈夫、これでも巡礼の仕事で鍛えています。ドラゴンだって斃したことがあるんですよ?」
水穂はそんなことを言いながら力瘤を作るポーズをとる。つまり、今片腕で大木を持っていると言うことであり。
「……幾らなんでも話し盛りすぎ。魔獣ならいざ知らず、モンスターであるドラゴンがこの世界に居るわけないでしょ、見かけるだけでも宝くじの一等を当てるのと同じくらいの幸運が必要だって言われてるんだから」
「……です、よね。私、以外とその幸運持ってたりぃ~何て」
「持っていたら、凄いですね」
そんな声が聞こえると同時に水穂の腰からリヤカーが外されていた。そしてその傍には青い髪のメイドが立っており。
「マリン、さん?」
「はい。女王陛下の命でティンさんに同行させて頂きます、拒否権はございませんのでご容赦を」
「あ、どうも。拒否権、ないんだ」
「されても黙って着いていきますので」
「メイドさん……にしては少し違うような?」
水穂はそう言って首をかしげる。実際、マリンのメイド服には所々鎧の部品がついており、普通のメイド服とはかなり違っている。
と、呆気に取られているとマリンはそのリヤカーを引っ張り始め。
「で、これを何処まで?」
「あ、はい。そこの孤児院までお願いします」
水穂の指示に従って孤児院へと向かい、マリンはリヤカーに乗っている荷物を降ろした。ティンはその孤児院を見上げる。剣術道場と兼ねていた自分の実家とは違う、家。
「みなさーん、また来ましたよー」
保育園のような施設に水穂が入りながら声を上げた。すると孤児院の職員がやってきて。
「これはお嬢様、何時もありがとうございます」
「いえいえ、私は木を持ってきただけですよ。飾りつけもちゃんとあります、クリスマス当日になったら盛大にやりましょう」
「はい、ではこちらへ」
そんな会話の後、一向は孤児院の中庭のほうへと向かい。
「わあ」
ティンは、思わずそんな声を上げた。何故ならそこには、中庭中を遊ぶ子供たちにあふれていて、水穂はそんな中庭にぽつんと存在する穴に木を植えいや叩き込んだ。そして魔法陣を剥すと纏っていた反重力と風を失い、ズシンッと衝撃を持って木が立つ。
その衝撃で中庭で遊んでいた子供たちがいっせいに水穂に気付き、遊びを中断して水穂の元へと集合していく。
「みずほおねーちゃんだー」
「おねーちゃんきたー」
「きだーくりすますのきー」
「おねーちゃん、もってきたのー?」
子供たちの質問に水穂は笑顔で返事し。
「はい、皆さん元気ですかー?」
「げんきでーす」
「はい、良いお返事です」
水穂も笑顔で答えつつ。
「今日は私がクリスマスツリーを持ってきました。時期には早いですが、あとで皆で飾り付けをしましょう」
「はーい!」
子供たちが返事をするとマリンが一人で木の傍に飾り付けの詰まった箱を置いていく。
それはそれとして。
「ひゃっほーい!」
「わーっ、すっごーいはっやーい!」
ティンは、ある程度仕事が終わると子供たちと遊んでいた。
子供を数人肩に乗せて中庭中を数秒で走り抜けていき、乗ってる子供たちも僅か数秒で終わる疾走でもその速さに子供たちは大好評のようで。
「つぎボクー!」
「あたし、あたしー!」
「ぼくも、ぼくもー」
「はいはい順番順番、ちゃんと並ぶんだよー!」
ティンもティンで手馴れた様子で子供達と遊んでいる。その様子は本当に。
「まるで、水を得た魚みたいですね……あ、これどうぞ」
「ええ、本当に。ティンさん楽しそうです」
そう、マリンと水穂は呟きあっていた。ちなみにマリンはさり気無く手土産の和菓子を職員に渡している。
「あ、おけいこのじかんだ」
「おけいこ? 何のお稽古してるの?」
「ぶじゅつのおけいこー」
「へー、武術の稽古なんてしてるんだ」
やがて子供達の一部は遊ぶのを止めて倉庫から玩具の剣を持ってきて整列し始める。
「子供に、武術を?」
「はい。その気がある子供にだけ、ですが」
マリンと水穂はその光景を微笑ましくに見ている。ティンはそんな子供達の剣を素振りを楽しそうに見ていた。
「ああそうじゃないそうじゃない、そうやって振ると剣が痛む、もっと力を抜いて、斬るだけならそっと滑らすだけ良いんだよ」
「はーい」
「それじゃ駄目だよ、剣はもっと体全身で振るんだ、腕だけで振っちゃ駄目だよ」
「わかったー」
そんな風に一人一人に剣の指導を加えていった。その様子を見てマリンは。
「ふむ、ティン殿はご自身の剣術を確り理解なされているご様子。指導が的確ですね」
「え、ええ。その、私には良く分からないのですが……」
そんな感じにマリンと水穂はティンが子供たちと戯れていく様を見ていた。
「いやぁ、つっかれた~」
「ええ、子供たちが寝付くまで相手してもらって、有難うございます」
ティンや水穂、孤児院の職員たちの背後。とある一室で子供たちが敷かれた布団の上で並んで寝ている。
「久しぶりだよ~子供とあんな風に過ごすなんて。うちの孤児院にはもうあんなにちっちゃい子供は居ないからね」
「へえ、じゃあ皆もう10歳以上なんですか?」
「うん、一番ちっちゃい子が11歳くらい、そっかー皆もうそんな歳かー」
ティンはしみじみと語り、自分の後ろですやすやと眠る子供達を見る。そんな子供たちを尻目にティンは問う。
「ねえ、この子ら大きくなったらどうするの?」
「ぁ……その、それ、は」
しかし、その問いかけに答える声は何かに憚られると言うか、答えにくいと言うか。故にか、その答えは意外な人物から。
「全員、教会の信者にするんでしょ」
マリンが、告げた。
「え、教会の信者って……どういう、こと? 冒険家になるって子はどうするの?」
「どうもこうもない、大きくなったら全員教会専属の学院へ全員送られる」
水穂が何かを言い返そうとしてマリンが先に言葉を発して潰す。
「ど、どういう事だよそれ!?」
「ティ、ティンさん、落ち着いて下さい、子供達が起きます」
いきなり怒鳴ったティンに水穂が宥めるが。
「あの子達、冒険者になりたいって言ってたのに」
「しょうがないよ。教会だって慈善事業じゃないし、安定した信者の獲得を求めるのに孤児を拾って信者にするように教育……ううん、洗脳してるんだよね。殿下が言ってた」
「……水穂、今の話、本当?」
「その人に言ったって無駄だよ。きっと、都合のいい現実とか教えられて、教会に行かせた方があの子達の幸せとか思ってるよ」
「な、なぁっ!?」
水穂はその言葉に驚く。確かに少なからず思っていたとは言え、全く思ってもなかったことを行き成り言われたからだ。
「そいつら、子供を何だと」
「金の卵を産む鶏か何かじゃない? 信者が多く、そしてその一部が教会に拾われた孤児なら世間は教会を心優しい人達だと勝手に思っていく」
マリンは淡々と、ティンに言葉を紡いで行く。
「どうせ、教会の上の人たちは皆、子供達を都合の良い道具か何かとしか思ってないんでしょ? 結局、大人達はそうやって子供達を食べ物にしていく」
「そ、そんなこと」
「ノルメイアは孤児達を連れ攫って奴隷にしてるって言うけど、実際はま逆だよね。子供を奴隷にしてるのは、果たしてどっちだか」
マリンの言葉に、聞いていた職員達も項垂れて悔しそうにしている。確かに、実際は違うのかもしれない。ただ、子供達の夢を食いつぶして無理やり教会という組織の構成員にしているのは、紛れもない事実で。
だから、彼女の言葉に対して反論がなかった。水穂を除いて。
「それでも、それでも彼らには此処が必要です……ッ! 確かに、教会の信者となり、夢を捻じ曲げることになりますが」
「でも、わたし個人はそれが悪いことだと思わないよ」
そんな激昂する水穂を押さえたのも、マリンだ。彼女はまるで、羨むかのような視線を子供たちに送り。
「だって、それでもこの子達は幸せだよ。だって」
そうきって、周囲を見渡して。
「こんなの、孤児院じゃない。こんな綺麗な所、孤児院じゃ、ない」
まるで、吐き捨てるようにマリンは言い切った。
じゃ、また。