女王と星姫
「でも、よく治療の魔法なんて作れたね」
「私も、曽々々々々々祖父と言う時代から受け継いできただけですので、長い、長い時の中で研究されたものです。私は、その中でその過程で生まれた研究成果を使っているだけですし」
と言って、治癒術の少女ははにかむように笑った。まるで、自分の家族を誇るようで、怪我人を癒せることを喜んでるようで。
「あ、申し送れました。わたし、ユリィスと言います。ユリィと呼んで下さい」
「ああ、どうも。あたしは」
「ティンさん、ですよね。浅美さんから何度か聞いております」
と、ユリィはくすくすと笑いながら兵士達の治療を再開する。それを見てティンも彼女の邪魔をしてはいけないとエーヴィアの元へと向った。
そしてエーヴィアの執務室へと入ると。
「おう、どうした? 期日にまだ早いが」
「えっと、一応報告に」
「何のだ? よっぽどの事でないなら分かってるな?」
言ってエーヴィアはごきごきと指を鳴らし始める。ティンは思わず『それは挨拶のつもりか?』と思い、口に決してせずに。
「星姫と接触、彼女から幾つか術式を貰ったので、試しに如何ですか? 未実験だそうですので、モルモットになりたければですが」
「……いやちょっと待て、お前それ如何いう事だこら!? 星姫言ったか!?」
エーヴィアは思わず呆気に取られながら立ち上がった。
「おい手前それいつからだ!? ことと次第によっちゃ」
「国を出て直後に、ですが何か?」
聞いて、エーヴィアは頭を抑えると椅子に座り直し。
「で、何だ? 何を貰ってきた?」
「まず、通信術式です」
と言ってティンは懐から紙束を取り出す。描かれてるのは何かの魔法陣で。
「星の光を使い、中継して音声を繋げる術式とのことです」
「最近のインターネットで言う、光回線か?」
「あの陛下、言ってる事がよく分かりません。取り合えず、術式どうぞ。受け手と同士で通信できますので」
エーヴィアは術式を受け取ると鼻を鳴らしながら術式に魔力を通してみる。すると術式が発光し。
『はいよ、通信りょーこー』
「貴方が、星姫か?」
『そうそ、女王さん』
と、エーヴィアが声をかけるとなんとも気の抜けた声が返ってくる。
「ふむ、随分と維持魔力が少ないな? 映像通信術式は使用者と術式維持者を分けると言うが」
『あっちは元々転移術式の発展と発生、空間ぶち抜いて映像と声を送り合ってると言う超原始的なやり方だから。こっちは光と言う何処にでもあって、何処にでも通じるて居るものを使い、光の本質である波に乗せて音声を運んでるからタイムラグ無しで会話可能、凄いっしょ?』
「なるほど、これは確かに素晴らしいな。下手な電話よりも通信感度が言いし、声もはっきり聞こえる……ところで、其方の姫殿は一体うちの傭兵とどの様な関係だ?」
『あ? 騎士だけど、うちの』
エーヴィアは声を完全に殺し、眉間によった皺を揉み解した。
「そうだったのか、失礼した」
『んでさ、ものは相談なんだけどさ。そっちに術式とうちの騎士を実験台として寄越すからさ』
「ああ、こちらもそちらの魔術実験をサポートさせて貰おう。何なら、国を挙げて行っても構わない」
『おおう、随分と気前いーじゃん』
エーヴィアはちょいちょい額に皺を寄せてはそれを解している。どうやら、声の主であるリフィナの気の抜けた返事が一々かに障るようである。
「しかし、貴方は引き手数多の姫だろうに。何故我が国に支援する気に?」
『んー? そこが、光満ちる国だからー』
「……イヴァーライルと言う国を良くご存知のようで」
『当然。その上でうちの騎士がそっちに居るんでしょ? だったらやるっきゃないじゃん?』
その反応にエーヴィアは少し満足げに頷き。
「それで、他の術式については」
『そこに騎士に聞いて。新作術式なら全部そいつに持たせたし、そんじゃこっちはもー落ちるねー』
ぶつ、そんな感触を持ってエーヴィアは魔法陣から放つ光が薄くなるのを感じ取る。そして大きな息を吐き、いや噴出して椅子に凭れ掛かり、そしてティンを睨むと。
「てんめえ……」
「何ですか、その視線は。あたしは一応、国を思っての行動ですが」
「ふざけんな、とは言わんが星姫はあそこまで軽い人物だったのか?」
「まあ、はあ。天才ですから、彼女」
「寧ろ天災だ畜生が。あそこまで軽い人間とは思わなかった、姫ってどいつもこいつもああなのか?」
エーヴィアはやれやれとため息を吐く。そしてティンは自分の頭にそっと右手を置き、何かを掴んだ。
「どうした?」
「実は陛下」
言って、ティンはそっとその右手を突き出し、手を開く。
エーヴィアはあ、となる。何故ならばそこにあったのは何とびっくり魔法陣。それもバッチリ起動中の術式である。しかも何処かで見たことがある、と言うか今も手の中に持っている物と思いっきり同じものだ。
つまり、それとこれ、ティンが今頭から外した術式と目の前の術式は同じものと言う現実に他ならず。
「おい、まさか」
「はい、まさか」
言ってティンはちょんちょんと術式を弄り。
『別に外面取り繕わなくても良いのに』
と、そんな感じのリフィナの声が響いた。
「……何時から動かしてた?」
「貰って直に、あたしって魔力多いのでそれにぶいぶい言わせて」
聞いてエーヴィアは更に大きな息を吐いた。諦めと何かが溜まりに溜まったと息だ。
「ま、いいけどな。そっちも身内扱いでいいのか?」
『変なおっさんどもから守ってくれるんならおっけー』
「変なおっさん……ああ、魔術研究機関やら魔術道具開発販売系の社長か。いいよ、政界の玩具になりたくないんなら、そんくらいの面倒くらい安い」
『え、うっそいいの!? めんどーだよ結構』
「構わん。まさかこんな泥舟王国に乗っかる姫も凄いな、おい」
エーヴィアはもう態度を客人用にしなくてもいいと悟ったのか、彼女なりに砕けた態度で会話を行う。
「しかし、映像は送れないのか?」
『実験中。と言うか音声相互送信術式もこれが始めての起動実験だし』
「なるほど。分かったそこのバカなら幾らでも使いつぶして構わん」
「おい」
『うん大丈夫、最初からそのつもり』
「まてやそこの二人」
ティンは大いに文句のあるやり取りであったが華麗なるスルーがクリーンヒットした。ティンは知っている、こういう時は返す方もスルー安定だと。
「一先ず分かった。では通信術式はこちらでも預かる、何かあれば連絡してくれ」
『あいよーんじゃティン、オフってー』
言って、ティンはまた術式を弄って頭に戻した。
「随分便利だな、おい」
「ええ、まあ」
「で、他の術式は?」
「えっと、これですね」
と言ってティンは新たに術式をもう一つ取り出す。
「それは?」
「んー術式の充電、いや充魔器? 取り合えず術式に魔力を溜め込むためのものです」
「ふーん。つまりあれか? こいつを使うと術式が一回かそこらもう一回使えると? 随分半端なもん出てきたな、そんな意味が無さそうな術式を星姫が作るか?」
「さあ? あたしは一応この通信術式の外部バッテリーにしてますが」
聞いて、エーヴィアは更に眉をひそめる。
「変な術式だな。術式は基本的に使い捨て思想の物が多い、それを数度使えるようにしてどうなると言う。と言うか、腕に覚えのある魔導師なら術式自体に魔力を注ぎ込んで使用回数と言うより使用時間を延ばすんだが……そちらの方向で考えたのか?」
「あ、いえ、え、何? うん」
と、ティンがエーヴィアの考察に曖昧な返事をしていると突然ティンが頭の術式を取り、もう一度弄ると。
『そこのバカが勘違いしてるようだから言っておくけどね、その術式は大型術式の外付け魔力庫。言わば、儀式術式の補助魔力装置だよ』
「……は?」
そんな声がもれ、エーヴィアは一瞬固まった。そして。
「ティン手前ッ! アホ抜かしてんじゃねえ! 何が術式の外部バッテリーだ、全く違う代物だぞ!?」
「え、そうなんですか?」
「そんな事も知らずに居たのか!? お前、トラックの外部バッテリーと携帯電話の外部バッテリーを同一視したんだぞ!?」
と、言われて流石のティンも。
「え、えええええっ!? そんなに違う代物なんですか!?」
「当たり前だ! 前提となる魔力消費量がまず桁違いだバカタレ! で、他のは?」
「あ、それだけです。他のは現在鋭意製作中というか、実験データ待ちだそうで」
言いながらティンは術式を頭に戻す。
「そうか、まあいい。所でティン、宣伝の期日なのだが」
「あ、はい。何か超適当にメイドさんから聞きましたが」
「あれ、明後日に変更な」
「待ってくれませんか?」
「却下」
ティンの即答直談判はスルーされた。ものの見事に。
結果としてティンは明後日までにチラシを配り終えると言う無茶振りが化せられたのである、南無。
「なむ、じゃねぇ……」
思い、突っ込みながらティンはとぼとぼ歩いていた。適当に行った事のない大きめな町を目指して。
一先ず現状の目的は鞄の中にずっしりと詰まったチラシ。これをばら撒けと言う無茶振りだ。如何するかと悩んでいると。
「あ、ティンさんこんにちわ」
目の前に、とんでもない物がやってきた。それは。
「……えっと、なんで、クリスマスツリー?」
本物の、5メートルはあるであろう大木を抱えて笑顔で挨拶する、天使のような司祭。
天束水穂であった。
それではまた次回にでも。