蒼末流剣闘術
「おーい、生きてるかー?」
「いや、護堂さんの刀って確か魔刀でした……よね」
「うむ、そうだが。小娘、無事か?」
ティンは地面に、と言うかアスファルトに埋め込まれたエグネイをつんつんと突き、周囲がそれを見下ろしてその行方を見守っていると言うものだ。
そんな風にしていると突如エグネイが。
「う、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」
そんな絶叫と言うか悲鳴と言うか奇声を上げて地面を転がって転んでベンチにぶつかって倒れ。
「あれ、此処何処。爆撃は?」
「いや街中だし、爆撃って何?」
「へ、爆撃、空爆、あれ? あたし……」
と手を見て、自分の格好を見て、ぽんと手を叩いて。
「あそっか、私は今爺さんに挑んで……何されたんだ? 猛獣と切り結んだと思ったら変な夢見たことしか覚えてないな」
「もしや、貴様……西大陸地方の田舎から来たのか?」
そこまで聞いた護堂はそんな事をエグネイに投げる。
「え、うん。いや目をみりゃ分かるだろ、私の瞳の色はライトイエローで」
「空爆、とぬかしていたな。先程わしに薙ぎ払われた時にもしや故郷で空爆に巻き込まれた事でも思い出したか?」
「いやまさかこいつがそんな」
「そうだけど……え、何で分かったの?」
ティンは笑い飛ばそうとしていた表情が一気に固まり、思わずエグネイの顔を見る。
「裏の住民で、空爆の経験、となれば故郷の村が戦場になって親兄弟と死に別れたか」
「いや、生き別れ。8歳ん時かな、何か知らないけど空でヘリやら人やらが飛んでてさ、地上は地上であちこちで爆発三昧でよ、私は命かながら村で拾った剣を持って逃げたんだけど家族とはそれっきり。生きてんのか死んでんのかもさーっぱり、兄弟はいなかったし……あ、でも弟はあと一週間で生まれるって話だっけか」
「あ、あの、それ、軽い感じで話せるようなものではないような……」
「そう? 私の周囲じゃよくある話だけど」
エグネイのあっさりとした感じに女記者は引き気味に、しかし手の中のメモ帳に手早く何かを書き込んでいた。
「では少しすまぬことをしたかのう。主にとっては一種のトラウマであったろうに」
「いや、別にそこまでじゃ……まあ、私もなんであそこまでびびったのかは知らないけど」
そう言って尻を叩きながらエグネイは立ち上がり。
「と言うよりティン、お前これはどういうことだ?」
「何が?」
「何が、じゃない! 何だこのおっさん、あり得ないほど強いぞ!? さっきは本当に剣が触れてたと思ったら爆撃でも受けたように人間が吹っ飛んだぞ!?」
「……いや、まあこの爺さんなら仕方ない」
「無くない! お前が変に挑発させるからだろうが!」
ティンの言葉にエグネイは怒鳴り返すもティンは何処吹く風と返す。
「しかし、お主。これをわしに知らせる為に此処に来たのか?」
「一応雑誌の人達と一緒に宣伝」
「します! しまくります! 広告塔に是非使ってください! これでも全国のコンビニで販売してる、そこそこ歴史ある雑誌なんです!」
「いや分かったって」
ティンはため息混じりに返し、護堂はエグネイの方を見て。
「にしても小娘、お主の二刀流は我流か?」
「え、うんまあ。何で?」
「いや、お主の構えや動きから元は一本だけで戦っていたように見えたのでな」
「そうだけど……よく分かったなあ、爺さん。あの一瞬で」
と、そこまでエグネイは言ってから少し考えて。
「なあ爺さん。爺さんの剣術って二刀流なのか?」
「ああ、そうじゃ」
「昔から? そういう流派なのか?」
「ああ、そうじゃとも。我が蒼末流剣闘術は古来より二刀の流派なり」
その言葉を聞くとエグネイは腕を組んで少し考えると。
「なあ、爺さん。もう一回やってもいい?」
「試合か? 良かろう、少し手を抜くが構わんか」
「……手抜きを公言すんなよ爺さん」
「すまぬの、お主がまさかあれほど無様に吹っ飛ぶとは思って無くてのぉ」
くっくっと笑う護堂にエグネイはぶすーッとむくれながら地面に転がる二本の愛剣を手に取り立ち上がる。
そしてもう一度護堂に挑むエグネイ。一気に距離をつめてから右からの一刀から左からの切り上げ、回転からの右から薙ぎ左から振り下ろし右から掬い上げる様に突き上げ、そこからふたりは硬直する。
「如何した爺さん、防戦一方じゃないか!」
「ふむ」
「ええ!? 守るしか出来ないって」
言ってエグネイは更に踏み込んで左で脇を。
「お主、その程度の剣なら」
斬ろうと振るった直後、鳩尾に鋼鉄でも殴られたような衝撃が。
「一振りで十分だろう、手を抜いているのはどちらか」
エグネイはそれこそ引っ張られるように真後ろに吹っ飛び、アスファルトの上をごろごろ転がって停止する。
「気を失わぬ程度には加減した。まだ立ち上がる気力があるのなら」
「なめん、な」
「ほう、立ち上がるか」
エグネイは蹴られた鳩尾部分を押さえながらもよろよろと立ち上がる。しかし、未だ彼女の手に星の剣と刀があるのを見て。
「まだ二刀流に拘るか。お主の構えや動きを見るにもとは一刀流であろうに、何故そこまで双剣に拘る」
「いいだろ、そんなの……私がどういう流派だろうと……」
「ふむ、成る程。それが主の信念か」
言って、護堂はある構えを取る。それを見てティンは何時か見たと思い。
「いいだろう。その信念が何処まで通ずるか、見てくれる」
本気の構えだと理解して、護堂は一気に駆け抜けていく。エグネイもそれに反応して踏み込んで距離をつめあうが、護堂がエグネイに近づくのが何よりも早く、思わず双剣で防御に回るが護堂の二刀を受け止めたと同時に無意味だと悟る。
防御の上から押しつぶさんと言う剛の剣、あっさりとエグネイは地面に捻じ込まれて地面にうつ伏せで倒れこんだ。
「ば、化けもんか、この爺さん」
「どうした、その程度か」
「……なあ、爺さん」
エグネイは立ち上がるでもなく地面に座り込んで護堂を見上げ。
「爺さんの剣術って、一子相伝なのか?」
「……ふむ。確かにそうだが、それがどうかしたか?」
「門外不出なのか、それって」
「いや、教える相手も教える者も居らぬだけで我が蒼末流剣闘術は誰にでもその技を伝えることが出来るが、どうかしたのか?」
「私ってさ、とある道場に所属してるんだけどさ、誰も二刀流出来なくて教えてもらう人がいないんだよ」
「あれ、優子は出来るけど」
その台詞を聞いていたティンは思わずエグネイの言葉に突っ込みを入れるが。
「あの人のは完全な自己流に近いし、光栄家の剣術はどっちかと言うと戦略思想に近いから人に教えることは出来ても剣術の指導は出来ないんだって」
「うむ、光栄の剣は元より一般兵からの叩き上げ武術、如何に剣一本で生き延びていくかと言う理念の下に研鑽されておるからの。二刀流の基礎的な動きは分かるであろうがそれきりだ」
「ってことで、他に出来る人がいないんだよ。なあ、爺さん。良かったらでいいんだけどさ、その蒼末剣闘術って、教えてもらえない?」
「良いぞ」
「いや、まあそりゃ一族に代々伝わる剣術をそうほいほい教えられる訳ってええええええ!? いいの!?」
「うむ、別に教えてはならぬ理由があるわけでもないしの。別に構わん。ところでティンよ、貴様の用事は終わりか?」
言って、護堂は唐突にティンに向けて話し出す。
「あ、うん。一応終わりです。それでは、広告の件お願いします。一応国には取材の話を通しておきますね」
「あ、はい、その件については是非に!」
そう言って、ティンは一応雑誌記者たちに例のチラシの束を渡して立ち去った。
ティンはメモ帳を眺めながら街道を歩いていた。ただし、書き込む途中なのか肝心のメモは白紙だ。
「んー、次は何処に行けばいいんだろ。行けるとこは行ったしなあ……再会の約束あったり、広告になる人……あ、あいつの所に行って見るか」
ティンはそう言ってメモに書き込んだ。
――リフィナにあいに行く、と。
「でも、あいつ何処にいるんだろ。ふーむ……瑞穂は知らないだろうし、他に情報を知ってる人、情報……? 情報屋? でも何処にそんなの……ラルシア? でも電話持って……無いな。あ、じゃあ一旦城に戻るか」
そう言ってティンは頭の中で移動の経路を纏め上げて歩き出していくと。
「おやティンさん、奇遇ですね」
「……あ、皐。久しぶり。元気?」
「え、あはい元気ですが」
振り向けば、また三度笠を被った皐がそこにいた。
ではまた次回にて。