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瞬光の剣聖

「って、待て待て」

 ティンは気付けばこうなっていると言うこの状況に思わず突っ込んだ。何故かと言えば。

「はあ? 何を待てというのですか。もう始まるから黙って待っていなさい」

 言ってラルシアはティンをいさめる。そう、此処はルクドの街の外れにある旅館。これは闇の武器市場の上層部会合兼飲み会である。

 ティンは何故だかよく分からないし寧ろ説明ヨロといいたい気分でこの宴会場にいた。目の前には定食と酒が置かれてる。隣を見ればラルシアと謎の店員がいて、他には沢山の武器商人と、ついでにルメアが居て。

「……ねえ、何であたしが此処にいるの?」

「ええ? そんなの、貴方をルクドの住民との繋がりを強固にンンッ! いえ、私のささやかな祝いと言いましょうか」

「お前今とんでもない事口走ろうとしただろ手前」

 途中で言い直したラルシアにティンは激しく突っ込む。だがラルシアは何処吹く風とお猪口を口に押し当てて少し上げた。

 そしてラルシア主催の元、音頭をとり飲み会が始まった。まずは今回の市場の売り上げ報告会に。

(今回って何だ、今回って)

 と、思わずティンは突っ込んだが言っても無駄だと既に承知している為無言を貫いた。そして定例会議、次に飲み会の本番となり周囲は思い思いに食いのみを始めていく。

 ティンも同じように食べていた。一応彼女は未成年なので酒には手を出さずにだがそんな中、ティンに誰かが絡んだ。

「よう、嬢ちゃん! さっきは凄かったなあおい!」

 そう言ってティンの肩を軽く小突く。ティンは変なおっさんに絡まれたことによる強い不快感を示すが向こうは一切気にしておらず寧ろ酒を飲んで気をよくしているようである。

「疾風怒濤、一撃必殺と言うのか? あんな見事な剣捌き、早々見られねえ!」

 まるで自分の事のように男は自慢げに、そして誇らしげに言っていた。対するティンは余計に『お前に褒められる為にやったんじゃない』と唇をとんがらせる。だが。


「流石、“剣聖”山凪宗治郎の愛弟子だぜ!」


「なっ」

「チッ」

 ティンは思わず目を見開いて男を見た。だがソレを見たラルシアは舌をうって懐中時計を開いて時間の確認を行いだす。

 だが驚くティンをよそに周囲は呆れたように肩を竦め、他の者達も言ってしまったなと言う空気だ。

「え、え、な、何?」

「まあ、あんたのことは此処に居る全員が知ってるさ。なんせ白獅子さんが公然の前で堂々と言ったんだ、皆知ってるさ」

「俺ら全員、情報屋であんたの事は知ってるからなあ」

 そんな声が周囲から聞こえてくる。そんな声に引かれてティンは周囲を見渡し始める。だが隣に座っていた男は急においおいと泣き始め。

「だがよぉ……俺は、とんだ恩知らずだ……」

 混乱し始めるティンをよそに、酔った勢いで行き成り大泣きし始める。そして、大々的に宣言した。

「俺は、あの人に救ってもらった分際で、あの人の子供を死なせちまったんだぁ~~ッ!!」



 そこは炎の海だった。死と崩壊に満ちた町、そこには何もなくあるとすればそれは冥府への入り口だろうか。

 正に、地獄。現世に展開された地獄と言うべきその世界に、泣きじゃくる子供が一人居た。子供は周囲を見渡して絶望だけを感じ取り、延々と泣き続ける。

 親とはつい先程死に別れた。優しかった隣人も、あっと言う間に骸へとなり、血と肉の塊へとその姿を変えた。そして、自分もその後を追うのだろうと子供心に自分の末路を悟って余計に涙を流す。

 そんな子供の前に、人が二人現れた。

 子供を救いに来たのか? 否、と子供は反射的に思っていた。何故か、と言えば簡単に言えば似ていたからに他ならない。何に? 無論、両親を目の前で無残な死体に変えた者達に。

 大人たちは銃を持って子供を見、そして笑い上げた。

「おいおい、子供が居るぜ」

「ああいるな」

 笑いながら大人たちは子供に銃口を向ける。

「子供を撃つのか?」

「皆殺しだとよ」

「いやだねえ」

 笑いながら、子供に容赦なく、この町の住民にしたように、銃を向ける。

「ひでえはなしだ」

「でも皆死んだんだ、俺らって優しいなあ。こんな可愛い子供を放置せず、パパとママの所へ送ってやるんだぜ?」

「おお、超優しい。皆天国に居るよーオジサンが送ってやるよ」

 笑って、子供に向けて引き金を引く。

 子供は天を仰いだ。

 僅かばかりの人生を指折り数え、直ぐに現実に戻り、もう終る人生に呪いと恨みを込めて最後の涙を流そうとして。


 直後、ゆっくりと目を開いた子供の前に奇跡が起きた。


 無数の閃光が走る。光が炎を切り裂き、大人たちも、少年の絶望さえも全てを切り裂く、その光景を目にしていく。

 やがて、全てを切り裂いたその主を目に捉える。和服を纏った、希望とも言える光を掴んだ男。男は光の剣を肩に担ぐと笑いながら周囲を見る。

「カーッカッカ! 全く、酷い奴らじゃの~」

 言いながら、倒れこんだ大人達を足蹴にして子供の方を見た。

「子供は愛でるもん、ころすんもじゃないと親から教わらんかったんか? のう、小僧!」

 ニカッ、と無邪気に笑ったその表情を見て子供は漸く己は救われたのだと悟る。そうすると、何故だろうか。急に、目頭が、熱くなっていく。

「ん? どうしたんじゃ?」

 子供を救った男が怪訝な顔で子供の顔を覗き込んだ。その表情にはぽろぽろと、涙が零れていく。泣きたくもないのに、嬉しい筈なのに。涙が溢れて止まらない。

 もう、どうでもいい。不意に思った子供は、全てを手放して泣いた。泣き出した。

「お、おい如何したんじゃ小僧?」

 男は急に泣き出した子供に驚いておろおろとうろたえ始める。

「え、ええい泣くな! 笑え! 笑えば良いことがあるんじゃ! ほら笑え、笑うんじゃ!」

 そう言って、男は泣きじゃくる子供に泣き止めと、無茶な事を騒いだ。

 だが、間違いなく。子供が涙を流す理由は変わっていた。自分はまだ、この世界で生きていていいのだと言われた気がした。生きていいのだと許された気がした。


 これが"剣聖"と謳われる男、山凪宗治郎の英雄譚の一つである。



「じーさまだ!」

 ティンは思わず叫んだ。当然と言えば当然だ、彼女にとって最も自然に聞いていた特定の人物を示す言葉だからだ。


「笑え! 笑うんじゃ!」


 いつもじーさまが口にしていた。笑う門には福来たる、だからみんなで笑っていればずっと幸せだと。

 その言葉が、今になって蘇る。そう言えば、そうだった。何時だって、どんな時だって、あの人は自分に何時も笑えと言っていた。

 随分聞いてないと思っていた、家族の言葉を久しぶりに聞いた。だが、ティンは一つだけ聞き捨てならない言葉があった故に一つ問いかける。

「でも、じーさまの子供を死なせたって……それは、違うんじゃ」

「確かに、殺したのはあの戦場に向かった誰かなのかも知れねえ。そのとき、剣狼が絶望的な戦場からたった一人で帰還したから誰がやったのか一目瞭然だったが……でも戦争だ、剣狼を責めるのはお門違いってなもんだ」

 大男はそう言って涙を拭いそれでも涙が溢れていく。

「でも、俺らは止めることが出来なった……あいつ、純粋な、いい笑顔で、俺らを先輩だなんて、呼んでくれたんだぜ……? そら、あの人に救われた奴なんて腐るほど居る。その癖、俺らのやったことなんてお天道様を見上げられることじゃねえさ。でも、そんな俺らをあいつ、純粋な笑顔で……」


 ――冒険者の先輩っすね!

 ――そんな、凄い事ですよ先輩!

 ――俺も、先輩みたいにすっごい冒険者に、剣士になります! 父さんと、母さんみたいな!


「そんな事を面と言われちゃぁ……いえねえじゃねえかよ……ぶん殴って、母ちゃん悲しませんじゃねえなんて、俺には、言えなかった……!」

「おっ、さん……」

 男の話を聞いて、ティンは何かを言おうとして、飲み込んだ。何も言えなかった。男はおいおいと後悔の滲んだ涙を流し続ける。

 その空気に当てられてか、周囲もぼそりと呟く。

「いい、奴だったな」

「俺みたいな盗賊を、手放しに褒めやがって。本当、何で戦争なんて馬鹿なことを……」

 まるで、宴会場がお通夜のような空気になり。



「はい時間」



 と、ラルシアの宣言とほぼ同時。一瞬にしてお通夜の空気が止まり、酒を一気飲みすると。

「ようし、次にこの俺様が戦争を生き抜いたからこそ知っている宗治郎さんの武勇伝を聞かせてやろう!」

「あれ、お通夜雰囲気は何処!?」

「あんな雰囲気のまま宴会が出来ますか」

 混乱するティンに対してラルシアはぴしゃりと言葉をたたきつけると懐中時計をしまって酒を飲む。

 そしてティンの真横では頼んでもないのに在りし日の山凪宗治郎の武勇伝が始まっている。それも内容は剣聖伝説のメインヒロインこと彩との出会いなようだ。

 剣聖の、それも今なお側で寄り添い続ける病弱ながらも気丈な女、と言えば彩と言う名前に聞き覚えはないものの、その存在には聞き覚えがあった。

「ばーさまとの出会いか……まあ、聞くか」

 そう思ってティンは酒を手にとって、盆の上に戻した。しかしそこでそっと旅館のお上がティンの側によるとぼそりと。


「ティン様、大社長様がお呼びです」


 この一言に、時間が停止した。いや、誰も時間停止の魔法なぞ使っていない。だが、しかし、彼らの時間は確かに停止した。

 ラルシアも。

 ルメアも。

 そして市場の愉快な面子さえも。

 ティンはこの状況に戸惑い周囲を見渡す。

「いや、あの、之はどういう」

「嬢ちゃンッッ!」

 隣で武勇伝を語っていた男は急にティンの両肩を掴み上げると。

「な、何?」

「大旦那の元に行くのだろう?」

「まあ、呼ばれてるし」

「どんな用事かは一切の検討はつかん。だが、あの大旦那が人を呼んでいる以上絶対にただごとじゃねえ、お気をつけ下せえ」

「な、何を大げさな」

「大げさではありませんわ」

 ティンの言葉を遮ったのはルメアだった。彼女は何を食べていた途中だったようだが、端を盆の上に戻すと。

「あの方は正直言って誰にも読めません。貴方が相対してきた中で、あらゆる意味で最大の難敵ですわ。何故なら」

 そう言って、ティンを鋭く見てから未だに硬直しているラルシアへと視線を移すと。

「相手はノルメイア社、その総合社長。端的に言えばラルシアの父親です」



「やあ、よく来たね」

 言いながら、部屋の奥に座る男は椅子から立ち上がる。

 ティンは案内された部屋に入るとそこで待っていたのは、何処かの誰かとよく似た金髪に青い瞳の男性。男性は机の前に歩み出て。

「どうぞ、そこに座りなさい」

「……はい」

 ティンは疑問に満ちた目で、まずはと問いかけた。

「あの、何故あたしを」

「いや、実は君に一度あってじっくりと話をしたかったんだ。ティン、いや私としてはこう呼ぶのが適当だな」

 そう言ってノルメイア社長はにこりと笑って。

「メアリー・スーウェル」

 ではまたいつか。

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