死の商人
「死の、商人? 何それ」
「読んで字の如く、死を売る商人ですわ」
そう言ってラルシアはゴミ箱にたかる害虫を見て眺めるような視線をダクトの金網の先にある一角に固まってる複数の人間に向ける。
その場所には人間が二組、片方は大勢に対してもう片方には極僅かな人が居るだけ、と言うより無数VS3人と言う構図であった。だがその三人組の背後には大きな機械が一つ置かれていて。
「死を売る?」
「ええ、彼らは死を売るのですわ。あれを御覧なさい」
言ってラルシアは機械を示す。機械は大きく、筒状の形をしていて荷台の上に乗っていて動かせる状態になっている。
「あれは、何?」
「魔力吸引装置」
「魔力、吸引装置? 何それ。魔力を吸収する道具?」
「ええ。道具に宿った魔力を吸収する、ね」
ラルシアの含み笑いながら紡がれたその言葉にティンは頭を回す。それが意味するところ、道具から魔力を奪い去る、と言うことは単純に考えて。
「つまり。殺人道具を生み出す、装置?」
そう言うことになる。ティンが所有する剣が、今まで如何に心臓を貫こうが首を切ろうが殺人が行えなかったのは全て魔力の持つ特性“同種族へ外傷、致命傷を与える事は出来ない”というものによる。
之がなくなれば、ティンの持つ剣は一瞬にして抵抗無く、斬られた事すら気付かずに相手は絶命させる、凶悪な殺人道具と早代わりするだろう。
つまり、これは殺人道具の取引現場なのだ。
「あっ、あいっ!?」
「黙れ。そしてよく見なさい」
ティンは直ぐさま剣へと手を伸ばして跳躍しかけるが、即座にラルシアによって押さえ込まれる。そして言われるとおりにティンは周囲をよく観察する。
「死の商人とは、このように死を売る……そう、本当の殺人道具を売り歩く連中ですわ」
「本当の、殺人道具ってそれ犯罪行為じゃ!?」
ラルシアの台詞に、拘束が緩んだティンが返す。ラルシアは更に深い笑みを浮かべて見下ろす。
「ええ、当然。今どの国、そして都市間連合の定めた法律では魔力を引き抜く装置は厳重に管理するように定められています。彼らの行為は一組織、或いは恐らく個人にそれを売り渡そうというのでしょう。之は完全に法律に抵触し、どの国、都市であろうと問答無用で逮捕されて下手を打てば一生牢獄の中でしょう」
「……なんで、こいつら此処にいるんだ?」
「此処は、あらゆる法律機関から外れた場所にあります。おまけに独自のルールがあり、警察も表立って介入出来ません」
「いや、それは此処自体が犯罪組織だからだろうが」
ティンの突っ込みもラルシアは微笑んでスルーして周囲を見渡す。
「ですので、時折此処の特性を利用してああ言ったゴミが湧き出てくるのですわ」
「……あいつらは一体」
「言ったでしょう? 死の商人、殺人武器に殺人道具……果てには殺戮兵器を売る、ゴミ屑共ですわ」
「殺戮兵器って……あいつらってもしかして」
「ええ……下手すると大勢の人間を死に導く外道ですわ。何よりあいつらは……」
言って、ラルシアは憎悪に満ちた視線を向け、忌々しげに。
「私達武器屋と混同されることが、非常に不愉快です! 我々が売っているのは戦士達の魂であり、スポーツ用品に近いもの。あいつ等みたいな下種と違い、死を売ることなどありえません!」
「……似たような」
そこまで言ってティンの首元に刀の刃が押し当てられる。この反応もだいぶ慣れてきたがそれによって黙り込むのも慣れてきた、とティンはしみじみ思い始める。
「で、こんなもん見せてあたしに如何しろ、と?」
「まあ、少しは周りをよく見なさいな」
「みろって、あんたね……」
渋々ながらもティンは覗き穴から周りを見渡す。すると一角に男がいるのを確認する。その男は何処かで見たと思うと同時に。
(さっきの警察官? でもなんで)
とそこまで頭を回して出た答えが、ラルシアとの対話。あのときに知りえた情報をラルシアに渡した、と言うことか。彼は見てみると銃を持って取引現場を注意深く見ている。
「まさか、あの人一人で」
「さあ。私は知りませんわ」
「おい、いいのか」
「ええ、黙って御覧なさいな」
言われ、ティンはそのまま男の行動を観察することにした。ラルシアはラルシアで非常に楽しそうにそれを眺めていた。まるで面白いショーでも見るように。
だが、黙って見始めたからといって何かが変わったと言う訳ではなく、寧ろ取引はスムーズに進んでいるようにも見える。しかし、男はより一層緊張感を高めつつ張り込みを続ける。
そして、大勢側の代表格がアタッシュケースの中身を三人組の方へと見せた。内、二人はただの護衛か傭兵か無反応であったが代表格の男は満足気に頷いてアタッシュケースを受け取り。
「そこまでだ!」
「なッ、誰だ!?」
叫び声と同時、警察官がたった一人で取引現場に銃を構えて乱入する。
「ついに尻尾を見せたな! そこの機械、魔力吸引装置か!?」
「き、貴様! 私を嵌めたのか!?」
「お、おい! 貴様ら何をしている!? 蟻の子一匹たりとも通すなと言った筈だぞ!?」
警察の乱入に対し、三人組のトップが激しく動揺し、大勢のトップが背後に控えている部下に怒鳴り散らす。挙句、三人組の方はアタッシュケースを抱え込んでじりじりと下がりながら。
「ざ、残念ながら、どうやら取引内容をご理解されて無い様子だ?」
「ち、違う! これには訳が」
「残念だがこの取引は無かった事にさせてもらう! この金は迷惑代として有難く頂くとし」
だがしかし、響く銃声がそれを許さない。即座に護衛二人が三人組の代表を守る為に前に出るが、銃弾は三人組ではなく装置の周囲の地面を撃ち抜く。
「逃亡できると思うな? おおっとそちらも動かないで貰おう」
「こ、こいつ、転移術式を!?」
撃ち抜かれた地面から線が浮かび上がり、点滅して消滅する。つまり、今の発砲で装置の周囲にあった転移装置は機能しなくなったようで。
「き、貴様、この人数で敵うと思っているのか!?」
「やってみるか?」
三人組の護衛は転移術式で逃亡する予定だったからか近接武器を構えるが、大勢側は一斉に銃取り出して散開し、警察官を取り囲む。その数は凡そ十数名、誰が見たって圧倒的に多勢に無勢だ。
そして警察の発砲と同時に取り巻きが一斉に発砲する。
だが、十数発の弾丸は皆柄壁によって弾かれ警察の弾丸はいとも容易く取り巻きの一人を撃ち抜き、鮮血が舞う。
「しょ、障壁、だと!? そんな道具、何処から」
「何の考えも無しに一人で突入するとで思ったか? 此処が何処だか知らない訳ではあるまい」
それを遠めに見ていたティンは。
「ラルシア、あれって」
「某国軍で開発中の新型防御用魔術結界……だそうですわ。消費魔力が高くて実用に至っていませんが」
「そんなもんが何で警察に……いや、いい言わなくて」
「何処かの誰かが仕入れたのでしょう。経路は……敢えてtop secretで」
「お前今なんで現代語訳仕様古代英単語文で言った」
ラルシアは無視して金網の向こうの修羅場を眺める。ティンも呆れてそちらへと意識を向けた。
警察は懐から拳銃をもう一丁を取り出して次々と取り巻きを撃ち抜いていき、拍子抜けするほどに周囲の敵はあっさりと片付いた。
「さて、残るはあんたと僅かな手勢だが……何か、言いたい事はあるか?」
「く、くそっ、役に立たん奴らめが」
大勢側の代表格は劣勢だと言うのに余裕が崩れた様子はない。警察が持っている武器は魔力の抜き取られた殺人仕様の武器だ。それは先ほどの撃たれた取り巻きが傷口から流血している所から一目瞭然。
しかし、それを向けられても悪態付くだけで負けを認めた様子は無い。
「さあ、大人しく武器を捨てろ。そっちのあんたもだ。特にあんたは不法物所持の疑いで」
見ていて、ティンは奇妙だと思う。男の態度だってそうだが、何故手勢があれだけいたのに、警察官一人の侵入を許したのか。
いや、此処は闇の武器市場なのだからどんな道具を持っていても某国の試作品を横流ししてもらったと言えば万事解決だろう。それでも、この状況には引っかかる物がある。
あれだけの手勢を一箇所に集めて、言っていたのは人払いは完全だったとの。ならば、もしやと思って周囲を注意深く見渡して。
「あ、い」
口に出すと同時、警察官は急に吹き飛んだ。ティンの視線の先には、上手く物陰に潜んでいた狙撃手の姿だ。
「ふん、やはり金は使うべき奴に使うべき、と言うところか」
「伏兵、か……!」
大勢側の代表は狙撃手を労うように手を挙げ、倒れる警察を見下ろして踏み躙る。
「ふん、英雄気取りか何か知らんが一人で潜り込むとは大した度胸だ」
勝誇って倒れた警察を蹴りつけ、三人組の代表へと視線を向ける。
「いやぁ、申し訳ありません。少し邪魔が入りましたがこの通りです。さ、取引を続けましょうか?」
「ふ、ふん! 私は確かに伝えたはずだぞ? この取引、警察に感付かれたら即刻中止だと。そいつが此処に居ると言う事は、既に上層部に知れ渡っているという事じゃないか!?」
「こやつはこの街に抱え込まれた落ち零れですよ。一人二人に漏れたところで」
「だが、情報が漏れてると言うことはそう言うことでしょう? 今後の取引にも影響しますねえ」
「ほう、ではこの取引はいかがすると?」
男は挙げた手を少し動かす。それに応じる狙撃手は銃口を三人組に向け。
「ほう、脅しですか。先程の銃弾、クリスタル製とお見受けするが、宜しいのですかね?」
「後ろの装置を盾にしてるつもりですか? では試してみますか?」
言って大勢の代表は手を下げ、銃が響くが金属音が響いて銃弾が砕け散った。
「……終わりですか?」
「ほ、ほう。流石流石、素晴らしい護衛をお持ちのようで」
「おたくの様に使えない物を置いておく主義ではないのでね」
あざ笑う三人組の代表に、それを聞いて苦い顔で舌を打つ大勢の代表。
それを見てティンはラルシアの方へと視線を移し。
「いいのかよ、あの警察助けなくて」
「あら、まだまだ面白くなりますわよ? もう少し待ってみては?」
ラルシアはまだ楽しんでいる様子。ティンは呆れた様子で溜息を吐いて視線を金網の向こうへと落とす。
どうやら取引は違う方向に続いている様子。警察官はその中で目だけで周囲を見渡すてゆっくりと首を動かした。
その僅かな動きを見たティンは一体なんだろうとまた周囲を見渡す。ざっと見渡してもそれが何を示しているのか分からなかったが、視界の隅できらりと閃く物が見えた。
直後、物陰から先程の警官と一緒に居た若い警官が剣を構えて飛び出して周囲の護衛を切り払って大勢側の代表を捕らえて首筋に刃を押し当て。
「う、動くな! こ、この男がどうなっても知らんぞ!」
声は完全に震えてはいるものの、動きに迷いはなくすぐさま壁を背にとって周囲を威圧する。
「き、貴様!? 警官の癖に」
「でかし、たぞ……」
ふらふらとしながら撃たれた警官は立ち上がる。周囲の護衛達も如何動けばいいのか戸惑っているようで。
だがその中で三人組のトップの方は状況を冷静に見渡すと。
「……で? その男を捕らえて如何すると? 私を脅せるとでも?」
「おい、此処から逃げられるとでも?」
言って銃をそちらへと向ける。だが、続いて聞こえるのは銃声と弾かれる剣の音で。
「くっ! 武装解除をこうもあっさりとやりやがるとは!」
警官が振り返ると、新米警官の武器は弾かれそこに追撃の銃弾が突き刺さり、新米警官は倒れこむ。開放された大勢側のトップはへなへなと腰を抜かした様子でその場にへたれ込む。
それを見ていたティン達の側に誰かがやって来る。見れば、入り口を見張っていた男がやって来ていて。
「お嬢、指示通りに配置完了しました」
「ご苦労様。ではティン、後はお好きにどうぞ」
「やっとか。と言うか、そいつらにやらせりゃいいじゃん」
ティンは自分の頭に手を置くとラルシアと後ろの人間を見る。
「あら、私はただ、単純に、使えそうな駒をおいといただけですわ」
「それも強引な手段で。まるでお前のチェスのやり方そのものだな、おい」
溜息を吐いて、魔力を注いで術式を起動させる。ティンの体が光と同化を初め約二倍の速度になり。
金網を蹴破り、そこから飛び降りてまず見えていた狙撃手を一気に切り捨てていき、更に飛び降りて残っている護衛を全て切り捨てる。
「な、な、な」
「で、次は? どうすんの?」
ティンは魔力を維持したまま周囲を見渡して、最後に男に目を止める。
「ひ、ひ、ひぇっ」
「あら、情けない声を出して如何いたしました?」
腰を抜かした男の上からラルシアがニコやかに挨拶を行った。その笑顔は、羽根を毟られた虫を眺めるようで。
周囲を見れば武器を持った市場の人達が此処に集結していた。どうやらあの警官たち自体が単なる囮だったと言う話だ。
「あら、相も変わらず此処は辛気臭い所ですわねぇ」
「あんたは」
「ルメア……!」
ラルシアは苦い顔で此処にやって来た珍客を睨んだ。
続きます。では。