本当の素顔
ティンがあっさりと自分の非を認めると周囲の野次馬はくるりと武器を納め、逆にこれ以上掘り下げる方が問題あるくらいであった。
「と言うかさ、ラルシア。あれって仕入れって言ってるけど」
「はい。ただの仕入れですわ」
「ただの仕入れじゃないだろう、どう考えたって」
「ただの仕入れですわ……ちょっと、どこの仕入先かは言いにくいだけです」
「いやそれどう考えてもただの仕入じゃないよね?」
ラルシアの問答に突っ込みを入れたくなる衝動に駆られるティンだが、一々突っ込むと果てが無いと徐々に思い始めてやめた。
「そうそう、折角武器市場に来たのです。市場を見て回りましょう」
「まあ……良いけど」
そう誘われては逃げ場も何も無いわけであるし、ティンは潔く諦めるようにラルシアの提案に乗っかって歩き出す。
「あいよらっしゃいらっしゃい! 今日お出しする掘り出し物はこいつだぁ~~!」
そう言って店主は杖を一本取りだした。その様子に野次馬一同はおおっと盛り上がった様子を見せ、ティンは猛烈な既知に襲われた――気がした。何処かで見たような、でも何処で見たのか思い出せず、記憶を探っても不明と出るばかりで。
そんな時に答えが宣言される。
「こいつこそ、かの漆黒の氷姫こと氷結瑞穂が持っているとされるメイスだッッ!」
「んなッ!?」
店主がボソッと『……とおもう』と付けるが、野次馬達の更なる盛り上がる。そんな中、ティンはあの杖がなんなのか直ぐに悟った。そうだ、形こそは似ているが瑞穂の持っていた杖だ。
「おいあれまさか」
「いえ、貴方の考えるような事実はありません」
今すぐ抜剣して飛び出しそうなティンをラルシアがなだめた。
「彼女の持っている杖自体は確かに特殊ですが、見るものが見れば複製出来ないようなものではありません。ですので、あれはただの複製品ですわ」
「ほ、本当……?」
「ええ。と言うか、氷結瑞穂は隙が無さ過ぎてくすねるのが難しいと盗賊ギルドがぼやいて……」
「っておいこら待てそこ」
ラルシアのギリギリな台詞に思わず突っ込みを入れるが当人はやけに上手い口笛で無視してた。
「おほん、何か」
「今お前なんつった」
「あら、こんな所に軽量の剣がありますわ。貴方に如何ですか?」
「話逸らすなそこ」
「それとも服でも仕立てますか? 此処は一部ですが防具だって売っていますよ」
白々しいにも程があるラルシアの台詞にティンは突っ込みを入れるが無視して更に突き進んでいく。次には別の武器屋で。
「お嬢! お久しぶりっす!」
「ええ、久しぶりですわ。最近表の仕事ばかりでこっちには顔を出していませんでしたわね」
「おい、表って何だ表って」
ラルシアは無視して棚に置いてある品物を手にしてそれを眺める。
「……そういや、この商品ってなんなの?」
「某遺跡の最深部にあるとされる伝説の武器ですわ。前人未踏、あまりにも危険すぎるがゆえ立ち入り禁止区域指定まで受けた、誰もその詳細を知らないとされる遺跡の最深部に安置されていると言う武器ですわ」
「そうそう、その遺跡が立ち入り禁止区域指定を受けたのは何と50年も前の出来事! その詳細を知るものはもはや誰も居ないとされている、正に伝説の武器! ……の、レプリカ」
「ほえー……凄いねえ。これがその誰も見た事の無い武器のレプリカか……」
ティンはその触れ込みに興味を持ったのか陳列された剣に触れて持ち上げて、抜いて剣を手にして見る。
「何だか凄い武器だね、持ってるだけで普通とは違うって感じがする。何と言うか、本当に伝説の武器みたい」
「と言うか気付け。誰も見た事が無いのに、どうやってレプリカを作ったんだ」
ラルシアは冷め切った台詞を呟きながら指摘する。言われてティンはワンテンポ遅れてはっと気付かされた。そうだ、誰も見た事が無いし知ってる人が居ないのにどうやってレプリカを作ったんだと言う。
複製品を作るには本物を見るしかない。もしも作れたとしてもそれは見聞を聞いて作ったものであり、レプリカとは言いがたい。本当にそれを見たのなら、或いは。
「……うん、まあいっか」
「気に入ったもんはあったかい?」
「うん、ない」
店主の良い笑顔にティンは良い笑顔で返した。
二人は市場を見て歩き回っていると向こうから騎士警察の男が二人やって来て。
「おお、お嬢様。お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりです。市場は平和ですか?」
「ええ、本当に平和で。特に之と言った事件が起きなくていいもんだよ。ははは」
「おいこら待てそこ二人」
ティンは警察と白々しい会話をしているラルシアにいい加減突っ込む決意をして口を挟む。
「ねえラルシア……なんで此処に警察がいるの?」
「はあ? そりゃ此処だって何時犯罪が起きるか分かりませんし」
「いや、どっちかと言うと之事後でしょ。と言うかあいつらって……」
そこまで言ってティンはちらりと視線を変える。その先には男二人が歓談しながら歩いており。
「でな、その遺跡がマジでタマ狙ってきてマジあせったわ~いや、魔法使えるからって安心しちゃ駄目だね。流石立ち入り禁止区域指定」
「あるある、俺もこないだとある貴族の家にこんにちはしたら思いっきり殺人武装で追いかけられてな~」
「いやいや、見つかったお前が悪いだろ」
「仕入れるもの仕入れたから油断してたんだよ。思わず赤外線にびーってね」
言いながら彼らはティン達の横を通っていく。それを聞いて警察に振り向くと。
「で、あれについて一言」
「ああ、ただの仕入れ話だろう? 此処じゃいつものこといつもこと」
「いや、今確実に不法侵入をしてたよね? 思いっきり自白じゃないの?」
「言ってたかなあ、よく聞こえなかった」
「いいのかこんな警察」
耳を穿りながらそんな事を返す警官に思わず溜息を漏らすティンに、ラルシアが肩を掴んでティンを引っ張っていく。
「何処に連れて行くんだよ」
「そこのお店に。折角来たんですもの、はした金でも落として行って貰わないと」
「おいこら待て」
一々突っ込みどころが残る台詞を吐きながら移動する彼女に先程の警察が歩み寄ってきて。
「例の場所で裏とりっす」
「分かりました」
それだけ言葉を交わすと警察は立ち去っていく。ティンはそんなやり取りを見て少しいぶかしんだが聞いた所でどうせまともな返答が帰ってこないと思ったので諦めて彼女のエスコートを受けることとした。
ちなみにその後、なんのかんので気付けば持っていたシルバーナイトソードを彼女用に打ち直されてた。
ラルシアに連れられて市場の奥の高台まで連れられてきた。この町に来た時も上から来たが、これはこれで街の全貌を目に出来ていいものだと思った。それを見ながらラルシアは語りだす。
「この街は、初代ノルメイアが作った街です。貴方はノルメイアの始まりは知りませんでしたわね」
「知らないけど……でも、なんで?」
「いえ、知っている人は知っている割とポピュラーな話ですから……ノルメイアが店を始めた時代は、一言で言えば正に大賊時代でした」
「だい、ぞく? ぞくって、何?」
「賊、盗賊などの賊です。当時は、大きな技術革命が連続して起きていた為か誰もが餓えて乾いていた時代でした」
ラルシアの語りを聞いてティンはああと思い出した。そう言えばそんな時代があったと昔の授業で習ったことがある。
技術の革命が加速しすぎた、いや物理化学の技術の発展速度に魔法科学の技術が追いつかなくなって、その摩擦で治安が悪化したり山賊や海賊とかが大量発生して群雄割拠してた、と学んだのを思い出した。
「その時代は盗みが当たり前に行われていた時代です。故に、初めの頃は偽物が彼方此方に売られていて、本物が極わずかと言う時代でした。或いは偽物が本物で、本物が偽物と言って売られていたんです。誰もが本物を偽物と、偽物が本物となっていた時代です」
「具体的に、どんな時代?」
「例えば、鉄の剣と言いながら実際に売られていたのは特殊合金で出来た剣でした。こう、近いもので言えば……ステンレスに近い?」
「それ詐欺だよね!? ステンレスって、包丁とかに使ってるあれだよね!? 確かに鉄の包丁とかあるけど、あんなもんじゃ魔力込めないと全うな武器として使えないよ!?」
流石のティンもそれには驚いた。と言うかなんとも酷い時代もあったのだろうか。
「そんな時代を大いに嘆いたのが初代ノルメイアです。故にノルメイアは鉄の剣を相応の値段で、相応の質を持って売り出したのです。当然、周囲はその行動に反発しました。素材も値段も何もかも今までの物とは違うのです、反発だって強かった。でも、そんな中でもノルメイアは懸命に立ち向かい、やがては小さな武器商店を大きくし、孫の代には見事会社にまで立ち上げたのです」
「……すごいん、だね」
「ええ、本当に……凄い方でしたわ」
ラルシアの語る瞳は今までの彼女とは思えないほど、強い羨望が宿っていた。ティンはそんな彼女の隣を歩みながら活気に溢れる闇の武器市場を見ている。
「この武器市場もそうです。初代は法的に問題があるから売れない、と言う世界に疑問を持ち、この武器の闇市場を作り上げたのです」
「法的に……ってそれ問題があるんじゃ」
「ですが、もしも宝の持ち腐れとなっていた宝剣があるとしたら? 貴族や王様が後生大事に持っている剣が、その貴族にも王族にも使いこなせない物だとしたら?」
「使いこなせるようになればいいじゃん。盗む必要が無いし、その人達に無理なら信用できる人に渡せばいいし」
「本当にその剣を使いこなせる人が人種レベルで受けいれられなかったら? 魔導師中心の国家だとしたら?」
ラルシアの言葉に、ティンは反論しようとしてやめた。と言うより答えが出た。以前の自分なら疑問だらけだろうが此処で『そう言う時代、環境があった』と言う答えがはじき出される。自身の超能力でそういった答えが出された以上、この問答には意味がなく。
「ですが、何時の時代もそう言った高尚な思想が汚されるものですわ」
「それはどういうこと?」
「何時の時代も、そう言ったことを理解しない下種がいると言う事ですわ」
言われて、ティンは自分達が妙な所にいるのを理解した。大きなダクトの中と言うところでラルシアは地面の穴を覗き込む。その中には人間が数人いて。
「あいつらは?」
「この市場に蔓延るゴミ、死の商人です」
「死の、商人? 何、それ」
「私達とは違う、死を売って歩くゴミです」
では、また。