超能力というもの
夜、ティンは館の廊下を歩いていると談話室でラルシアがくつろいでいるのを見かけた。見て見ると一人でチェスをやっているようだ。
「で、何やってるの?」
「見ての通りですが」
「いや、何で唐突にチェスを? なんかあったの?」
「何かあり過ぎましたわ。正直言って今日は疲れたので適当にチェスをやっているだけですわ……」
そう言ってラルシアはふとティンを見た。見られた、と言うか視線を向けられた当人ははて、と思い。
「何か用?」
「貴方、チェスは出来まして?」
「チェス? んールール分からない」
「ふむ、ではやってみますか?」
ラルシアの視線は既に盤面に戻っている。だがその言葉は未だにティンヘ向けて告げられている。
「何で?」
「一人でやるよりも誰か相手がしたほうがマシですわ。気休めなんですから」
言われてティンは彼女の意図に大体気が付いた。つまりチェスでボコる相手が欲しいという事なのか、と。
「ま、いっか。じゃ教えて」
ティンも別に暇ではあったし明日からまた面倒な仕事があるのだと思うと確かに気休めと言うか気分転換したかったので、彼女の提案に乗っかった。
ラルシアからルールを教えられたティンは彼女とチェスをさしあうが、結局と言うかやはりと言うか、つまるところ付け焼刃程度のド素人の技術でラルシアには敵わず酷い勢いで叩きのめされた。言ってしまえば、ティンの駒が全部消えている状況。
酷いほど楽しげにあくびをするラルシアに酷いくらい叩きのめされたティンは怒り心頭にもう一戦と挑んだ。ラルシアも勿論と言った様子で快く受けてチェスを続ける。
そんなやり取りが十回ほど続いてからでだろうか、ラルシアは盤面を見てふと違和感がよぎった。
「……私が、追い詰められた?」
結局負け、ではあるがなんと言うか、やればやるほど上達して言っていると言う所か。今まで特に何も考えずにさしていたがそれだけで追い込まれるくらいになっていた。
口にする事で自覚したラルシアは目の前で悔しがる対戦相手を見るが、気のせいだと流すこととした。
「ラルシア、もう一回!」
「ええ、構いませんわ」
ゆえに次の結果に、ラルシアは何より驚いた。
気が付けばそうなっていた、その程度の認識でしかない。眠るようにチェスをさしていて気づけば勝っている、今までその程度の認識だった。
だが、今気付けば何故か負けていた。眠るような一戦ではあったが内容だけはきっちりと覚えている。だからこその疑問のある敗北だったのだ。気が付けば、幾つかの分岐点を迎える度に自分が不利になっていった。それについては分かってはいたが、ほぼわざとそのミスをフォローせずに放置し、それが原因となって敗北した、それだけだ。
だから、彼女は丁度いいと思って少し本気を出して相手してやろうとラルシアは椅子の座り方を変えて再試合へと挑んだ。
しかし結果は。
「よっしゃ勝った!」
「……は?」
また、敗北。先程までと同じような眠るような戦いではなく、目を覚まし軽く踏み潰してやろうと言うものだった。確かに相手を侮り、手を抜いていたのは事実だがそれでも先程とは頭の動かし方が完璧に違うのだ。それでも先程とは実力は雲泥の差であったはず。それでも勝てないのなら、この女はさっきと今では全く違う実力を持っているということに他ならない。
ありえない、とラルシアは斬って全力を持ってティンを叩き潰そうと決意して。
「もう一度やりますわ」
「いいよ!」
そう言ってティンは快く返事してチェスを続ける。結果、ラルシアはさらに驚愕の現実に出くわす。
あれから五回をさしあったが、最初の二回はまだ勝てたのがそれ以降は全く勝てずに五回目ともなれば異常なことになっていた。
「はは、は……駒、全部消えた……」
最初に、ラルシアがやらかしたことと同じ事が盤面の上で出来ていた。手加減なんかしてない。そんな事もしていなければこんな大道芸染みたことが出来るようなことはしていない。本当に、気付けばこうなっていたと言う程度の認識しかない。
彼女が大きなショックを受けているのは、単純に言って彼女がチェスについてはそこそこ自信があるからに他ならない。幼い時にプロから指導を受け、今では世界トップクラスのプレイヤー相手に練習相手を頼まれるほどの実力を持っている。そんなラルシアが、今日チェスを覚えたばかりのド素人に此処まで負けたのは流石にプライドがズタズタである。
ラルシアが引きつった表情でその盤面を見ていると、誰かが横から割って入ってくる。見れば瑞穂が横からこの盤面を見て瑞穂は何かを思ったらしい。
「……これ、チェスやってたの?」
「え、ええ……ええっ!?」
瑞穂の言葉にラルシアは返事してその違和感に対して突っ込むように返事をする。何故かと言えば、逆に問いたい。
この、更地とも蹂躙後とも言える盤面を見てまず全うにチェスをしてたなどと誰が思えようか。せいぜい始める前程度か別の方法で遊んでいるようにしか見えないこの盤上の形を。
「私が、やろうか?」
「うん、いいよ!」
瑞穂の提案にティンが返事すると自然とその視線がラルシアに向き。
「いい?」
「え? え、ええ、どうぞ。えと、その、お気をつけて」
ラルシアは言われて椅子からどいて瑞穂に席を譲ったが、譲って自分がティンにされたことを思い出して一応瑞穂に注意を促した。
そして始まる二人の対戦をラルシアは見守るように別の椅子に座った。見てみれば二人の対戦は初めは非常に大人しい動きだったが、徐々に激しくなっていく。ただ言えるのは二人の動きは速く勝つ冷徹で機械的にさして行く。ああとすればこうとすると言うレベルで次々にゲームが進んでいく。
と、そこで瑞穂は一瞬考えていたかのような仕草を見せると再びゲームは滞りなく進み、そして極自然な動きで、瑞穂が負けた。
それを見てラルシアはどんびくように驚く。何せ、ティンの圧倒的な実力を体感してその強さを理解しているが故だ。だが、しかし――瑞穂の表情が徐々に変わり始めた。目が大きく見開かれ、そして瑞穂は興奮気味に喜びを抑えるように、こう宣言する。
「ティンさん、貴方超能力者だ!」
空気が、凍る。一体何なんだと誰もが思って彼女を見る。そこにラルシアが真っ先に口を開いた。
「ちょ、超能力って、この娘が?」
「はい? 超能力って、あれでしょ? 念力とか、サイコキネシスとか」
「それは漫画内の話でしょう」
ティンの意見にラルシアはすっぱりと答えた。何故かと言えば。
「大昔、一世紀ほど前まではそう言うのも超能力といわれ、魔法とは違う存在と思われていたのですが、研究の末にそれらは魔法であると証明されたのですわ」
「え、そうなの!? じゃあ超能力って」
「超越的な頭脳の持ち主、普通の人間よりもより性能の高い脳の力を持っている人間を超能力者と呼ぶようになった」
ティンの疑問に手早く答えたのは瑞穂自身だ。
「例えば、人間の電波を外部へ送受信や記憶したことが整理されずに総て保有されるとか。後者は完全記憶って言うものだよ。で、ティンさんの超能力は――」
言って、瑞穂はティンを真っ直ぐ見つめてだ断言する。
「未来予測、だよ」
「み、未来予測? 未来を測ると言うこと? ええと、確か好きな未来を自由に引き寄せる、でしたか」
「違う、そんな荒唐無稽なものじゃない。未来予測って言うのは結果論だけど、実際は超高速計算だよ」
「ちょ、超高速計算!? こ、この馬鹿娘が!?」
「おい」
ラルシアの驚愕に満ちた酷い言葉に対してティンは睨んで返す。
「こいつの超能力が、超高速計算!? あり得ませんわ、このろくに数字の計算も出来ない馬鹿が」
「ラルシアさん、計算って数字の計算が全てじゃないよ。ラルシアさんなら、よく分かるでしょ?」
言われて、ラルシアは逆に押し黙る。商人として会社を経営している彼女なら瑞穂の言う事がよく分かるからだ。
「それにティンさんを馬鹿って言ったって事は彼女の事を結構知ってるってことだよね。じゃあ見たことあるよね、ティンさんの……戦い方」
言われて、ラルシアは目が覚めたようにはっとなった。思い出すは彼女を護衛任務に連れて行ったこと。あの当時の彼女は、何かに付けて急に剣を握ったりして臨戦態勢になっていたことを思い出す。
あの時はただ単に勘が良いだけと思っていたのだが、言われて見れば事前に全て分かりきっていたような行動にも思える。
そう言われてみれば、気のせいレベルではあるけど、確かに言われて見ればそうかも、と言うレベルでではあるが。
「あれが、未来予測? 超高速計算、だと?」
「そう、あらゆる事象を計算し計算し、多種多様な未来を瞬時に予測する超能力。それが、未来予測」
それじゃ、また。